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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
魔女の日常
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武器(1)

 次の非番の日。

 製薬所に行くと、こないだとはかなり違った雰囲気が漂っていた。

 雰囲気が、やわらかい。


「あっ、マリアラ! こんにちは!」


 シャルロッテが声をかけてき、マリアラは嬉しくなった。机に着いていた子たちが皆顔を上げて、にこやかな挨拶を投げてくれる。こんにちは、と挨拶をして手近な椅子に座ると、シャルロッテが身を乗り出してきた。


「あのね、医局の人と相談してね、薬の作り方をまとめてレシピみたいにすることになったのー。マリアラが来たら作り方教えてもらえるけど、でもやっぱ全部教えてもらうのも悪いよねって話になって。それでね、今皆で手分けして、少しずつ作り方、書き出してるところなんだよー」


「ダニエル=ラクエル・マヌエルが、マリアラが仮魔女時代に試行錯誤してノート作ってたから、頼めば見せてくれるだろうって教えてくれたんだけど。でも自分でやってみないとやっぱり覚えないじゃん」


 そう言ったのは、こないだの男の子だ。確かヴィックと呼ばれていたはず。


「君の方法を盗むようなことになって悪いけど――」

「そんな、そんなこと気にしないで。あのやり方が皆にも合っていたなら、どんどん使ってもらった方がわたしも嬉しいよ」

「計量カップとスプーンを大量に発注したんだよ」ヴィックは嬉しそうに言った。「自分の道具を支給されるなんてさ――なんか、リズエルっぽくてカッコいーよな!」


 部屋の奥に、今日は誰もいない。“魔力の弱い人間は座るべきではない”とジェシカに言われたあの席も、その向かい側の席も空だ。

 ミランダもジェシカも、今日は来ていないらしい。


「今までね、マリアラ、俺たち、リテルを作ることを『許され』なかったんだ」


 ヴィックが、何か秘密でも告白するかのような口調で言った。マリアラは頷いた。半ば、予期していたことだった。


「そう――」

「ジェシカは、リテルを作っていい人間を作ることで、自分の優位を保とうとしてた。俺それがすっげー嫌だったけど、でも、俺は魔力が弱いから――甘んじるしかなかった。ジェイディスに、『どうしてリテルの在庫がこんなにいつも足りないんだ』って嘆かれる度に、すげー悔しかったし、情けなかったんだよ。……だから」

 ヴィックは、照れたように笑った。

「だから君が来てくれて嬉しいよ。魔力が弱くたって、やり方さえ工夫すれば、ジェシカと対等に渡り合えるんだって、教えてくれてありがとう」

 

 マリアラは身じろぎをした。どうしてだろう? なんだか少し、居心地が悪い。


「い、いえそんな……どう、いたしまして……?」

「なんで聞くの」


 ヴィックは笑った。他の子たちも朗らかに笑う。

 この子たちにとっては、きっと、いいことだったのだろう――と、思う。ずっとジェシカに虐げられてきたこの子たちは、弱いからって萎縮する必要なんてないんだ、と認識できるようになった。それは、とても喜ばしいことに違いない。


 でも、どうしても。

 ジェシカとミランダが、今日この部屋にいないことが――気になる。


「あの、ミランダたちは……? 今日は、来ないのかな……」

「ミランダはね、十七歳になってから、医局で治療を始めてるんだよ」

 ヴィックが屈託ない口調で教えてくれた。

「あの人は別格だからね。レイエルだし、魔力は強いし、ちゃんとしてるから――成人前でも、医局のシフトに入れようって話になってて、最近あんまり来ないんだ。ジェシカはねえー」


 口調が変わった。意地悪げな……どことなく、蔑むような言い方だった。


「俺たちと同じ部屋で製薬するの、まっぴらなんだってさ。別の部屋に製薬所をもうひとつ作ってもらって、そこで、魔力の強い子たちだけで、薬を作るんだってー」


「あたしたち、あの子たちに負けたくないのよ」

 シャルロッテが、熱心な口調で言った。

「だから今ね、あなたの教えてくれた方法を、皆で使えるようにしようって、研究中なの。皆でひとつずつ、薬の担当を決めてね、その作り方を研究してレシピにして、皆で共有しようって。魔力が強くなくたってちゃんと働けるんだって、証明して見せようって話になってるの」


「それは……すごいね」

「でしょ?」シャルロッテは嬉しそうに笑った。「あたし、スレッテルの担当なのよ。サンプルを分析して、ひとつひとつ、作り方を書きだしてるの。スレッテルは三ツ葉でないと作っちゃダメって言われてたから、今本当に楽しいの。マリアラ、ありがとう。あなたのお陰で、あたしたち、自信が持てるようになったのよ……!」

「俺、リテル担当してるんだ」


 ヴィックが、机越しに、嬉しそうに伝えてきた。


「一ッ葉だけど――でもさ、そんなの関係ないもんな。ジェシカがさー、リテルなんて難しい薬、あんたなんかに作れるわけないでしょ! って言うからさ、そういうもんなのかなって思ってたけど……でも違うよな。誰だって作っていいんだよな。あー、こう言っちゃ何だけど、ジェシカが出てってくれてホッとした。これでのびのび、薬作れるよ」


 その場にいた子たちは皆、嬉しそうにうなずき合った。

 マリアラは和やかな雰囲気にホッとしながら、でも、同時に、かすかな居心地の悪さを忘れることはできなかった。ジェシカがこの部屋に君臨するのをやめた――それは、いいことのはずだ。でも、出て行ったことはどうなのだろう。こないだ魔力が弱いと蔑んだマリアラがジェシカに食い下がったことで、魔力の弱い子たちの立場は向上した、らしい。


 でもそのせいで、ジェシカの立場が悪くなったりしたのだろうか。

 それでは、ミランダはどうなったのだろう。

 医局のシフトに入るようになったとはいえ、ミランダはまだ十代の少女だ、製薬の助っ人に入ることだって多いだろう。その時彼女は、ずっと『魔力の強い子』のための製薬所に通うのだろうか。


 魔力が弱いことで、虐げられるのは間違っている。

 でも、それなら――

 薬を作り始めながら、マリアラは考えていた。


 魔力が強いことで忌避されるのだって、間違っているのではないだろうか――。



   *



 和気藹々とした雰囲気の中で居心地の悪い二時間を過ごし、マリアラは製薬所を出た。シャルロッテと一緒になった。首尾良くひとつの薬のレシピを仕上げたことで、シャルロッテの頬は上気している。


 彼女は十五歳だという。二年前に孵化して以来、ずっと製薬所で仕事をしていると言った。十六歳になったら相棒ができる――もしくは、少年保護法の規定から解放されて、“独り身”の左巻きとして様々な仕事に携わることができる。

 少年保護法というのは十六歳未満の人間を保護するための法律だ。二十時以降に勤務させてはいけない、という条文が特に有名だった。この法律があるため、十五歳の子は救出シフトに入ることができないし、短期間のアルバイト的な仕事しかできない。孵化して既にマヌエルになった子には、この法律は評判が悪い。


「相棒ねえ、どんな人かなあ。いいなあ、マリアラ、いいなあ。フェルディナントさんって結構かっこいいじゃない」


 シャルロッテは屈託ない口調で良く話した。マリアラは苦笑する。


「顔は関係ないでしょ」

「いやいやいやぁ~、重要でしょそこも~。でも彼女いるとさ、仕事しにくいんじゃない? ミランダと付き合ってるんだよね?」

「うーん、それがどうも、よくわからなくて……」

「へ? 違うの?」

「はっきりとはわからないの」

「重要でしょそこ!」シャルロッテは信じられないと言うように叫んだ。「なんで確認しないの! 超重要でしょそこ!」

「重要……かな?」

「重要だよー! 彼女に睨まれんのも嫌だしさー、ミランダって冷たそーだし怒ると怖そーじゃない」

「そうかな。いい子だと思うけどなあ……」


 二人の背後で、扉が開いた。

 振り返ったシャルロッテが、口の中だけで「うげっ」と言った。

 マリアラは振り返り、そこに、ジェシカが立っているのを見た。ジェシカの方も、二人がここにいると予期していなかったらしい。驚いた顔をしていたが、すぐにいつもの、高慢な顔を取り戻した。

 ジェシカが出てきた部屋の、灯りが消えた。続いて出てきたのはミランダだ。ちょうど、製薬を切り上げて出てきたところだったらしい。噂をすれば、とはこのことだ。


「あの、ミランダ」マリアラは勇気を振り絞った。「……こないだは、ありがとう。すごく美味しかった」

 ミランダはマリアラをまじまじと見た。

 “冷たそう”とシャルロッテはミランダのことを評した。それからジェイディスもディアナも、“ああ見えていい子だ”と言っていた。確かに、と、マリアラは思った。顔立ちが整いすぎていて、顔立ちだけ見ると、取り付く島がなさそうに思える、かも、しれない。マリアラが始めにその印象を抱かなかったのは、南大島で、フェルドが彼女に話しかけたときの様子を見ていたからだ。親しげな笑顔を浮かべたミランダには、“冷たい”ところなどどこにもなかった。


「あの――」

「行きましょ、ミランダ」ジェシカが割り込んだ。「時間がもったいないわ」

「ジェシカ。わたし、ミランダと話したいの」

「近寄らないでよ!」

 ジェシカの剣幕に、マリアラは驚いた。ミランダが慌ててジェシカを押さえようとする。

「ねえジェシカ、ちょっと――」

「あんたのせいであたしたちが、それから製薬担当のみんなが、どんなに迷惑被ったかわかってんの!? 冬の忙しい時期に、一つでも多く薬作らなきゃいけない時期にっ、新しい方法試してみたり薬のレシピ作ったりって、余計な仕事増やすんじゃないわよ!」

「その話はまた後でね。ミランダに話があるの」

「ミランダにはないわよ!」

「ミランダに聞いてるの」

「近寄らないでよ! 弱いのが感染(うつ)ったら困るんだから!」


 あまりにヒステリックな言い方に、マリアラは愕然とした。言ってる意味がわからない。

 一瞬の沈黙を捕らえて、ジェシカは言いつのった。


「水は高いところから低いところに流れる。空気も同じ、気圧の高いところから低いところに流れていく。それと同じでね、魔力だって強い方から弱い方に流れ込むって、言われてるんだから。知らないの?」

「……」

「こないだの製薬競争だって、あたし負けたわけじゃないわ。ちょっと体調悪かったし、それに、あなたの隣に座ったのが間違いだった。だってどんな方法使ったって、一ツ葉があんな量の薬、作れるわけないもの。あなたはあたしの魔力を利用してたの、だからあんな量が作れたのよ。皆にもそう言ったの、だってそうに違いないんだから」


 マリアラは呆れるのを通り越して、なんだか哀しくなってきた。

 この人は、本気でそんなことを言っているのだろうか。


 ――憶測や噂で攻撃してくる相手に負けちゃダメよ、マリアラ。


 ディアナの言葉を思い出す。相手はただあなたを傷つけたいだけなの――。


 ディアナに反論したいわけではないが、マリアラはまだそこまで思い切れない。ジェシカには事情があるのだろうと思う。色々なことが重なって出て来る言葉なのだろう。それはきっと、事情を知れば、同情できることなのだろう。こんなバカなことを言い出さないではいられないジェシカは、様々な重いものや鬱屈を、抱えているのかもしれない。


 でも、それでも。

 そんな理不尽な攻撃を受けて、負けて、引き下がってあげる理由にはならない。


 マリアラはポケットを探り、ラセミスタからもらった指輪を取り出した。ジェシカはミランダを追い立てるようにして歩き出している。その後を追いかけながら、マリアラは、指輪を握りしめた。武器を贈ります、ラセミスタがそう書いた理由が今、はっきりとわかった。


 確かにこれは、武器だ。

 憶測や噂を根拠に攻撃をしかけてくる相手への、唯一にして効果的な、武器だ。

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