薬の作り方(4)
「美味しい……」
「でっしょでしょでしょ、ここはおすすめなんですよー」
ダリアはうんうん頷きながら黒糖あんみつを堪能した。そしてスプーンがすっと伸びてきた。寒天と餡子とミカンとバニラアイスが少しずつ、絶妙なバランスで載っている。
「はい、あーん♪」
「あ、ありがとー」
一口もらったあんみつも美味しかった。バニラアイスと黒糖と餡子の組み合わせなのに、意外にすっきりした甘さだった。ダリアは本当にここの常連らしく、“すっごく甘いのが食べたいときは餡子2倍で頼めるよ”という豆知識を教えてくれた。リンはそういう嗅覚が利く、と言っていたけれど、ダリアもすごいとマリアラは思う。
「和菓子は持ち帰りもできるよ。今度来たら買ってみたら? 他にも美味しいのいーっぱいあるし新作も出るし、いちご大福とようかんとっ、わらび餅もオススメなの……!」
「うわあどうしよう、太っちゃう!」
「何言ってんの、マヌエルの冬は過酷なんだからっ、いっぱい食べて乗り切らなきゃ! 魔力も体力も使うんだから、甘い物くらい補充しなきゃ働けないよ。リンも受験勉強頑張ってるから、なんか買ってってあげよーと思って」
「はいっ!」マリアラはびしっと手を挙げた。「わたしも出したい!」
「ありがとー! その言葉を待ってたの!」
ふたりは声を立てて笑った。どうしよう、とても楽しい。脳の中にたっぷり溜まっていた憂鬱が、いつの間にかだいぶ嵩を減らしている。マリアラはさっきの返礼として白玉入りのお汁粉を一口あげ、もう一度抹茶を飲み、自分もお汁粉を食べた。吐息と共に、本音が零れた。
「あああ、……ありがとう……」
言ってから慌てた。ダリアが驚いた顔をしたからだ。
「え、何が?」
「あ、あの、あの……ご、ごめん、変なこと言って」
「変じゃないよ。どうしたの」
優しく促すような声だった。マリアラは俯いて言葉を選んだ。
「いや、……ほら、【魔女ビル】に住むようになってもう……1ヶ月? くらい経つけど、なかなか友達ができなくて……さっきもちょっと嫌なことがあって、だから……だから今日はダリアと会えてホントに助かった。お喋りできて嬉しかった。ありがとう」
「今日は偶然会えたから良かったけど」ダリアは軽く、咎めるような顔をして見せた。「そう言うときは、寮においでよ。夕方時間ができたんなら、いつでも遊びに来ていいんだよ? もちろんバイトの日もあるけど、夕食までには絶対帰るんだし。
覚えておいて、あたしやリンがね、冬のマヌエルのところに遊びに行ったり誘ったりするのは難しいの、すごく。忙しいのがわかってるから、断らせるのも悪いから。
でも、マリアラの方から来るのは構わないんだよ? リンだって受験勉強頑張ってるけど、三十分お喋りするくらいできないわけないでしょ?」
「そ……っか」
「そーよ。一般学生だったとき、別の寮の子を誘ったりしたでしょ。今も同じでいいんだよ、寮母さんに連絡取って、○○ちゃんと遊びたいんですけどって」
「……そっか」
行っていいのか。
思いがけなかった。目の前の霧がぱっと晴れたような気がした。ダリアは頷いて、
「で?」と言う。
「で、今日あった嫌なことって?」
「ああ……うん……」
少し迷った。話していいのか。
でもダリアはすっかり聞く姿勢に入ってくれている。親身になって、心配してくれているのがわかる。マリアラは視線を迷わせ、指先を組んだ。ダニエルにもララにもフェルドにも相談できる類の話ではなかった。自分で解決しなければならないことだ。けれど、ずっと一人で抱えているのはつらい。
「……実はね、今日」
ダリアの反応を見ながら、マリアラはできるだけ簡単に、今日あったことを話した。製薬の助っ人に入ったこと、リテルの在庫が尽きていて、ジェイディスに頼まれて急いで作ったこと。ジェシカとミランダに会ったこと。ジェシカに、魔力が弱い魔女はいい場所を使うべきではない、魔力の強い魔女を立てて優先すべきだ、と言われたこと。
ダリアは黙って聞いていた。
話し終わると、沈黙が落ちた。マリアラは息を吐き、少し冷めたお汁粉を食べた。もなかの最後の一口を食べ、抹茶を飲んだ時、ダリアが言った。
「そっか……」
「……うん。わたしは魔力が弱いから、薬もたくさんは作れないし……だからしょうがないかなあ、とは思うんだけど……」
ダリアはうんうん、と頷いて、言葉を探し、それから顔を上げた。
「あのね。あたしの話も聞いてくれる?」
「あ、うん。もちろん」
「……あたしね、子供の頃、自分が世界で一番嫌いだったの」
唐突な告白に、マリアラは目を見張った。「そうなの?」
「うん。あたしはね、幼年組の頃、ものすごーく醜い子供だったの」
マリアラはダリアをまじまじと見た。ダリアは真剣にマリアラを見返している。ダリアの目は切れ長で、少しつり上がっている。睫が長く優美なカールを描き、猫のような雰囲気を持った、とても可愛い子だと思う。醜い子供だったなんて、信じられない。比喩表現だろうか。
「……比喩じゃなくてね。外見が、世界で一番ってくらい醜かったの」
「そんな」
「とても太っていて、肌にはできものがいっぱいできてて。髪は多すぎてごわごわのぼさぼさ。太りすぎてて目が細くって、男の子にも女の子にも馬鹿にされていじめられてた。自分への戒めのために、写真いつも持ち歩いてる。……これ見て」
そう言ってダリアが財布から取り出した小さな写真に写っていた子供は、確かに少々太り気味だった。世界一醜いというのは言い過ぎだが、確かに、可愛い方ではないだろう。
そしてダリアの面影は殆どない。同一人物とは思えないほど違う。
「それ、あたし」
「……そうなんだ」
「あたしは綺麗になりたかった。男の子にバカにされたりしない、お姫様になりたかった。でも少女寮では、変わる勇気も出なくて」
「勇気が……?」
「あの時あたしは自分を棄てたかったの。生まれつき綺麗じゃないと意味がないって思ってた。その……合同行事で良く一緒になる寮に、嫌な男の子がいてね。お誕生会の時、その月の誕生日の子は、ちょっとお洒落をするじゃない? あたしもひらひらのワンピースを着たの。そしたらその子に、お前みたいのがそんなの着るなんてバカみたいだって言われた。可愛くない子が綺麗な服着たって意味なんかないし、余計に台無しだって。醜いものは見たくないから消えろって。他の子は笑ってたわ。豚に真珠ってこういうことを言うんだねえって」
マリアラは唖然とした。あんまりだ。
「ひどい……!」
「……だから、また嘲笑われるのが怖くて、お洒落なんて無理だった。でも、女子寮に移る一年前くらいに、これはチャンスだって気がついたの。あたしね、南大島第二少女寮の出身なの。寮母さんに頼み込んで頼み込んで、どうにかウルク地区で空きを探してもらって……誰もあたしを知らない場所で、ブスじゃない子として生まれ変わろうと思った。ダイエットして、それからお化粧の勉強もした。欠点をカバーして、長所を伸ばせるナチュラルメイクと、髪の手入れと、美容師さんへのリクエストの出し方についても一生懸命研究して……」
「……」
「それでようやく、これなら生きててもいいかなあ、ワンピースを着ても大丈夫かなあって、思える外見を手に入れたの」
ダリアは言い、マリアラは、手を伸ばしてダリアの手に触れた。
「酷い目に遭ったね。嗤った子たちはおかしいと思う。そんなの間違ってるよ。ダリアはとてもいい子だし、充分素敵なのに」
「それよ」ダリアはマリアラの手をぎゅっと握り返した。「ありがとう。マリアラならきっと、そう言ってくれるって思ってた。
仮魔女試験の時の話をリンに聞いた時、思ったの。ああマリアラはきっと、あたしの同志なんだなって」
「……同志?」
「薬の勉強をしてるって聞いたから。あたしマヌエルの知り合い多いけど、薬の勉強してるなんて話、今まで一度も聞いたことないもの。だからきっと、立ち向かおうとしてるんだろうな、自分にできることをしようとしてるんだろうなって思った。
……だから、あなたと友達になりたいと思った」
言ってダリアはまっすぐにマリアラを見た。そして、照れたように笑った。
「あたしも、そのジェシカとかいう子は、勘違いしてるし大バカだし、おかしいし、間違ってると思う。マリアラはとてもいい子だし、人をその左腕で治療できる。それでもう充分なのにって。だいたい【毒の世界】に行ったらジェシカなんかぶっ倒れちゃって、足手まといにしかならない。ラクエルが他の魔女に比べて一般的に魔力が弱いのは当然なの。その分、毒への耐性を持ってるんだから。
……でもあなたが、自分の魔力の弱さに引け目を感じてしまうのも、わかる。どんなに気にするなって言われても無理だと思う。あたしもそう。あたしは自分がリンほど美人じゃないってよく知ってる。どんなにお化粧して工夫しても、リンには敵わないって知ってる。もうお洒落したって誰も馬鹿にしないって、わかっていても、……リンが着たらもっと素敵だろうなって考えてしまう。考えるだけだけど」
「……そっか……」
「だから、応援してる。魔力が弱くても勉強して工夫して研究して、何とか弱さをカバーしようとしているあなたは、……あたしの同志だから」
ん、とマリアラは言った。言葉が出なかった。泣き出さないだけで、精一杯だった。
ダリアは優しく微笑んで、マリアラの手をもう一度、ぎゅっと握って、放した。
「つらくなったら、遊びにおいで。夜でもいいんだよ? リンとあたしは二人部屋だから、窓の外から声かけてくれてもいいんだよ」
「……ありがとう」
やっと声が出た。ダリアは笑った。
「つらくなくても遊びにおいでよ。そうそう、ミシェル=イリエル・マヌエルに日程調整頼むの、帰ったらすぐやってね!」
「そうだった。帰ったらすぐ頼んでくる。で、決まった日程を伝えに行くね」
「うんうん、そうしてそうして。右巻きのスキーはね、ほんっとうに、そりゃもうすっごいんだからー!」
それから二人は連れだって、リンへのお土産をあれこれ選んだ。白あんのもなかは外せない。あんこ玉と甘納豆、それから豆大福。
最後にマリアラは、金平糖を一握り、自分用に買った。ジェシカに会ったときの薬として。
いつでもこの時間を、思い出せるように。