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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
魔女の日常
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薬の作り方(3)

 もやもやしたまま、街へ出た。動道を乗り継ぎ、水の博物館を目指す。

 三十分ほどの道のりの間も、気分はどんどん沈んでいくばかりだった。ジェシカは、マリアラの魔力が“それほど強くない”と言うことを、恐らくは初めから知っていたのだろう――と言うことに、気づいてしまったからだ。彼女は初めからマリアラを知っていて、初めから敵意を持っていたらしい、と言うことにも、気づいてしまった。


 どうしてだろう。

 一度も会ったことがなかったのに。


 ミランダには会えた。それは収穫だ。でも、ジェシカが一緒にいる限り、ミランダと親しくなることは難しそうだ。

 ジェシカの敵意は、マリアラの魔力の弱さのせいなのだろうか。

 魔力の強弱によって階級が付けられているらしい、ということも憂鬱に拍車をかけた。そんなバカな、と思うと同時に、とっくに知っていて良かったはずだ、とも思う。南大島で会ったラルフとルッツの境遇が、正にそれじゃないのだろうか。

 自分もその被害を被る側なのだ、ということを、考えてみもしなかった、自分の愚かさに辟易する。




 ラセミスタのリクエストしたカップケーキは、水の博物館に入ってすぐ右手にある、大きなカフェで売っている。テイクアウトもできるが、購入したものを奥のテーブル席で食べることもできるというスタイルだ。

 平日でおやつ時も過ぎているから、先日に比べるとそれほど混雑していなかった。


 列に並んで、考える。ラセミスタには今日は会えるだろうか。

 きっと会えないだろう。そんな気がする。

 仕方がない。直接渡すのは諦めて、メッセージを添えて、机の上に置いておくしかない。また三つとも自分で食べるのは、あんまり哀しすぎる。


 うまくいかないことばかりで、気が滅入る。今日はひとりきりだから、周囲で楽しそうにさざめく人々から取り残されているような気分だ。

 帰りたい。

 でも、あの部屋に帰ってもこの淋しさは埋められない。


「ね、マリアラじゃない?」


 唐突に明るい声がした。

 同時に肩をぽんと叩いたのはダリアだった。リンの友人かつルームメイトだ。マリアラを覗き込むダリアの、猫のような可愛らしい顔立ちに、人なつっこい笑顔が浮かんでいる。


 重苦しかった空気がさっと晴れた、気がした。自然に笑顔が零れる。


「こんにちは、ダリア。偶然だね」

「どーしたの? なんか元気ないけど」


 鋭い。マリアラはへへへ、と笑った。


「ちょっと、疲れちゃって……」

「それでカップケーキ? ここで食べるの?」

「ううん、お土産に買おうと思って」

「そっかー。うんうん、いいよねえ、ここのお店のカップケーキ、さいこーだよね! お買い上げありがとうございますお客様!」


 ダリアはニコニコ笑っている。私服だが、この言い方だと、もしかして。


「……バイト、してるの?」

「そー! ピークタイム終わったからね、さっき上がったとこ。ねねね、ちょっと時間ない? お茶していこーよ、おすすめのお店あるんだ~」

「お待たせいたしましたー、いらっしゃいませー」


 マリアラの前の客が終わり、順番が回ってきた。レジにいる少女は冗談っぽくダリアに言った。


「ダリアも買うの? 毎度ありがとうございまーす。友達みっけたからってダメよ、ちゃんと列に並んで。お召し上がりですか、お持ち帰りですか?」

「あ、も、持ち帰りで……」

「今月のおすすめはバニラストロベリーロイヤルスペシャルカップケーキでございます! いちごをちりばめたバニラ風味の生地に生クリームを載せた、絶妙なまろやかさと甘酸っぱさをご笑味ください!」

「じゃ、じゃあそれ。それからキャラメルハニーナッツクランチカップケーキと、あとその、バナナの」

「はい、かしこまりました」


 レジの少女はてきぱききびきびとカップケーキを箱に詰めてくれた。会計を済ませると、ダリアがマリアラの手を引いた。


「さーいこー!」


 ダリアの手は温かい。親しみの籠もった腕が、ありがたい。

 カップケーキの入った箱を大事に抱え、マリアラはダリアにつれられてその店を出た。


 まだ四時過ぎだが、11月のエスメラルダの日没は早い。店にいたほんの十分ほどの間に辺りは確実に暗さを増している。水の博物館は水音に溢れ、様々な場所から噴き出る水がライトアップされ始めている。ダリアは慣れた様子で道を歩いた。入場ゲートを出ずにその前を突っ切り、反対側の通りにある店の前で、こちらを振り返ってにっこり笑った。


「疲れたときは甘い物だよね。あんみつとかどお? 嫌いじゃない?」

「あんみつ? わあ……!」


 見ると店にはのれんがかかっていた。細い格子がはまった窓も引き戸もエキゾチックな雰囲気を醸していて、外に出されたメニューに記されたラインナップも、あんみつ、磯辺焼き、団子、もなか、お汁粉などといった和菓子ばかりだ。


「ここでいい?」

「もちろん!」

「いこーいこー!」


 連れだって店に入ると抹茶の匂いが鼻をくすぐる。内装も招き猫やビー玉をあしらったデザインでまとめられていて、店員は藍染めの前掛けをしている。窓際の席に座りながらダリアは言った。


「ここはねえ、何でも美味しいよ。あんみつがおすすめなんだけど、あーでも冷えてきたからねえ、お汁粉の方がいいかもね。お汁粉も美味しいよー。焼いたお餅と白玉とどっちも選べるんだけど、なんと……! “どっちも”という選択肢もあるの!」

「贅沢……!」

「だよねだよねー! メニューにはないんだけどリンが発見したの、あの子そういう嗅覚はホント利くんだよね」

「リン、元気?」

「元気元気。保護局員受験するんだって言って、すっごい勉強してる。あ、すみませーん! 注文お願いしまーす」


 ダリアはてきぱきと店員を呼んだ。マリアラは慌ててメニューに屈み込んだ。ダリアに腕を取られたときに気づいたが、体がすっかり冷え切っている。製薬で魔力を使った影響もあるのかもしれない。あんみつには後ろ髪を引かれるが、やはりお汁粉がいいだろうか。

 すぐやって来た店員に、マリアラはリンの発見した“どっちも”を注文し、それから好物の白あんもなかも頼んだ。お茶は悩んだ挙げ句に抹茶にした。ダリアは黒糖あんみつを頼み、バイト料出たから、とアイスまでのせた。店員が立ち去った後、ふたりは顔を見合わせて笑った。満足のいく注文ができた、という充足感を分かち合う微笑み。


 ダリアはニコニコと話を始めた。

「で、仕事の方はどう? 相棒は決まったのよね、こないだリンから聞いた。良かったねー、ダスティンとかって嫌な人にならなくて」

「それはもう、本当に」

「本当にねえ、やっぱりさ、相性は大事よね。あのリンが『ちょーヤな奴!』って言ってたから、心配してた。ほんとに良かった」

「ありがとう……」


「休みは取れてる? あのね、彼氏が……あ、今の彼氏イリエルの“独り身”なんだけどね、冬はすっごく忙しいから、デートの約束は一月前からしとかないと無理なんだって言ってた。それから雪祭りの日は諦めてくれって。マリアラは左巻きだから、製薬の助っ人とかあるんでしょ? だからね、一日休みが欲しかったら、ずっと前から〈アスタ〉に予約しとかないといけないんですって」


「ああ、そういうシステムなんだ」

「うん、だからフツーの子と付き合うにはスケジュール管理が大変なのよ。リンと遊ぶときはまず自分の休みを確保して、その日付をリンにあけてくれるように頼むくらいじゃないと」


 そう言えば、ミシェル=イリエル・マヌエルから、スキーに行かないかと誘われているんだった、と思い出した。リンと、ダリアも誘おうと思っていたのだが、付き合ってる彼がいるなら無理だろうか。

 そう切り出してみると、ダリアの目が輝いた。


「何言ってんの、行く! 行く行く、もちろんじゃない!」

「え、そうなの?」

「そりゃそーよ、ただ遊びに行くだけなのに文句言われる筋合いないでしょ! 右巻きのスキーはすっごいのよ、そりゃもう、すっごいんだから……! いつでも行くから、リンも絶対っ、連れてくから! マリアラ、さっきも言ったけど一日休みを確保するのは冬は大変なの。複数のマヌエルの都合を合わせるのは至難の業よ!」


 大変だ、とマリアラは思った。なんだか大ごとになってきた。

 マリアラの表情を見て、ダリアは笑った。


「だいじょーぶよ、ミシェル=イリエル・マヌエルって言ったっけ? その人に任せれば大丈夫。きっと慣れてるから」

「そういうもの?」

「そういうものよ! わー、盛り上がってきたー! スキーウェア買わなきゃ……!」


 マリアラは思わず顔をほころばせた。屈託のない楽しい会話が、しみじみと嬉しい。

 運ばれてきたお汁粉(小さな四角い焼き餅とつるんとした白玉入り)と、抹茶ともなかが、幸せな気分を後押ししてくれる。もなかの皮はぱりっとして、前歯の隙間でさりさりと音を立てた。あんと皮の間に仕込まれた求肥がもっちりしている。白あんはなめらかでずっしりと甘い。

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