ミシェル
エーリヒ=リメラードは、清掃隊の『若造』である。
二十八歳、部下も後輩もいて、世間的には中堅と呼ばれていいはずだ。が、ジレッドやベルトランをはじめとする保護局警備隊のおっさんたちからは、いつまで経っても『若造』扱いだ。
そもそも警備隊と清掃隊は折り合いが悪い。警備隊は清掃隊を見下している。人間を相手にする自分たちの方が上だと無意識に思っているのだ。そのせいで清掃隊たちも警備隊が嫌いだ。お前らは確かに人間相手に毎日神経すり減らしているのかもしれないが、その神経を休めるための家やオフィスや、食い物を出す店やさまざまな欲求を満たす設備たちが雪害から守られているのは誰のおかげだと思ってんだよ、と言いたい。
だからエーリヒは腹が立ってたまらないのだ。警備隊の中でも特にいけすかないジレッドという問題児のせいで、エーリヒは、現在の処分を受けることになった。
数日前、ジレッドが『魔物が出た』と駆け込んできた時に、エーリヒはまともに受け取らなかった。シュテイナー班長を呼んで欲しいとの要請を、せせら笑って却下した。そのついでに二言三言、いやもう少し、挑発的な発言をした。
もちろんこちらにも言い分はある。ジレッドは正規の手続きを踏まなかったし、そもそも休職中、バッヂも取り上げられて、カウンセラーにゆりかごに縛り付けられている状態だった。おまけに先に手を出したのはジレッドの方だ。エーリヒとしては、まあ少しやりすぎたかなー? くらいの認識である。
しかし結果として、魔物はいたのだ。
ジレッドは魔物に襲われたためか(?)昏倒して前後不覚のありさまに陥った。その後、まず一回目の叱責を受け、異臭に気づいた校長の甥っ子だとかいう偉そうな若者に呼びつけられて対処をさせられ、実際に〈毒〉の数値が出たことで、魔物が本当にいたことが公になってしまった。ジレッドの要請の時にきちんと対応していたらここまでの事態にならなかったのだと、警備隊長から正式なクレームが入った。ふざけんなクソが大事にしやがって、何も警備隊長まで出してくることねーだろ。と初めは思ったのだが、事態はあれよあれよという間に進んでしまった。シュテイナー班長はお偉方のご機嫌を取るために訓告処分となり、エーリヒたちは花形の【魔女ビル】担当から一時的に外されて、【魔女ビル】の麓で実験協力をさせられることになったのだ。普通なら、ぺーぺーの新人か、アナカルシスやレイキアからの出稼ぎか、出世する気のないやつらが担当する役割の、はずなのに。
清掃隊の外回りは右巻きのマヌエルとの連携が不可欠だ。マヌエルと連携するのは億劫なものだ。同行するマヌエルによっては非常に苦労する。やる気がなかったり協調性がなかったり、サボったり特権階級にあぐらをかいて威張り散らしたり。重い気持ちで集合場所に行ったエーリヒを待っていたのは、あろうことか、ミシェル=イリエル・マヌエルだった。
なんでよりによってこいつなんだよ、勘弁してくれよ。
と、朝からずっとエーリヒは思っている。ミシェルは典型的なマヌエルの若者だ。つまり魔力は強いがバカだ、と言うことだ。仕事は可もなく不可もなく、適度に手を抜き、適度に働く。底意地が悪いわけではない、協調性もなくはない。どちらかと言うと気のいい人間なのだが、ただ【魔女ビル】内ではちょっと有名なのだ。休日にこいつが着用する多種多様なカツラは、ヘイトス室長によって目の敵にされている。室長がいくら苦言を呈しても、ミシェルはヘラヘラ笑って、のらりくらりとかわし、次の休みには新作をかぶっていたりする。清掃隊には女神のように崇められているあのヘイトス室長が相手だというのにだ。
こいつとつるんでるところをヘイトス室長に見られたら、俺まで同類だと思われる。
【魔女ビル】勤務に戻れる日が遠のいてはたまらない。
そんなわけで、エーリヒは朝からずっと落ち着かず、きょろきょろしている。
「リメラードさん、次そっちー」
言いながら、ミシェルがじゅわー、と半径数メートルの雪を溶かし、もうもうと湯気が上がった。エーリヒの役目はその蒸気を、新装備である蒸気吸収装置で吸い取ることだ。この装置はあの有名なイーレンタールが新しく開発したものだそうで、エーリヒたちが数日【魔女ビル】勤務から外されたのは、この新作装置のテストという名目になっている。
さすがはエスメラルダ始まって以来の天才と謳われたイーレンタールの設計だ、蒸気はみるみるうちに吸い込まれ、ミシェルの姿が見えるようになっていく。蒸気の中でミシェルは珍しそうに、吸い込まれていく蒸気を見ている。その横顔は、年相応の、十代後半の若者にすぎない。
――そういやこいつ、雪まつりの雪像で佳作かなんか取ったんだっけか。
そんな情報を思い出したが、水を向けてやる気にはなれなかった。
エーリヒの手の中のホースは、しゅおおおおお、というような音を立てて蒸気を吸い込む。装置の中で蒸気は冷やされて、装置の後ろから伸びたホースを伝って排水溝へ流れていく。非常にスムーズな使用感だ。これも、マヌエルの人手不足を解消するために考案された装置だ。ふだん、雪かきは右巻きのマヌエル二人以上で行うものだ。一人が雪を溶かし、一人が蒸気を片付ける。清掃隊はそのサポートをし、雪が消えた街中を目視でチェック、破損箇所を報告書にまとめる、と言う役割なのだが、蒸気を片付ける役も清掃隊が担えれば、雪かきできる場所が単純計算で倍に増えるというわけである。
昼までつつがなく、問題を起こさず、真面目に地道に与えられた仕事をこなせば、刑期が少し早まったりしないだろうか。
それか、何か、もう少し、目に見える手柄を立てることができれば――。
蒸気が薄れ、エーリヒはカチッとスイッチを切った。ミシェルが歩き出さないのでエーリヒはミシェルを見上げ(そうこいつは背高のっぽだ癪に触る)、ミシェルが目を見開いて一点を見つめているのに気付いた。
視線を辿った先、少し先のビルの陰に、少女が立っていた。
背の半ばくらいまでの亜麻色の髪と、ふっくらした頬。暖かそうなもこもこの上着。見覚えがある――そう思ってエーリヒは、あ、と声を上げた。昨日、清掃隊にも通達が出されたのだ。指名手配されている人間というのがエスメラルダにもいて、清掃隊には手配書が配られるのだが、こんなに年若い少女、それも左巻きのラクエルが、要注意人物のリストに挙げられるなんて、と注意を引いたのでよく覚えている。
彼女は、半年前にガルシアに出奔した。国境を通らずに出入国するというのは、エスメラルダでは結構な罪になる――らしい。今までそんなことができるなんて思ったこともなかった。マリアラ=ラクエル・マヌエルはそれをやり、そして、なぜか戻ってきている可能性があるということで、指名手配されるに至ったのだ。見かけたら通報するようにと。
手配書にあった顔と、すごくよく似ている。
――あの子捕まえたら、俺、名誉挽回できんじゃね?
エーリヒと目が合うと、マリアラと思わしき人物はさっとビルの陰に身を翻した。エーリヒは奮い立った。チャンスだ。シュテイナー班長に連絡しよう。今回一番辛かったのは、なんの落ち度もない班長が訓告処分になったことだ。ここで捕まえればエーリヒの、そして班長の手柄になる。
そこまで考えるより先に体が動いていた。無線機に登録した班長の番号は見ないでも押せる。押しながら走る。ミシェルが呑気な声を上げた。
「あの子、指名手配の子じゃないと思うっすよ。ミーシャじゃねーかな」
そんな世迷言、聞き入れている暇はない。エーリヒはミシェルを置き去りにして走った。
角を曲がると、かろうじて間に合った。〈マリアラ〉は一ブロック先の角を曲がるところだった。あちらには動道がある。動道に乗られたら厄介だ。
『どうした』
手のひらの中の無線機から班長の声が流れ出て、エーリヒは叫んだ。
「指名手配犯を発見しました! 【魔女ビル】のすぐ麓、ウルク地区旧市街、ポイントB−18。追跡します!」
『――わかった。応援をよこす。そのままつないどけ』
「うっス!」
班長の良いところは、お前今謹慎中だろわかってんのかとか、大人しくしてないと処分が重くなるぞとか、そういう余計なことをいわないところだ。
エーリヒは一ブロックを駆け抜け、〈マリアラ〉が曲がった角を曲がる。「あっ」思わず声を上げる。動道に続くまっすぐな道路は人通りが多かったが、エーリヒの目は吸い込まれるように目当ての人物を探し出した。ふっくらとした頬、亜麻色の長い髪、もこもこのコートに身を包んだ少女が、こちらに向けて歩いてきている。
――ん? こっちに向かってる?
一瞬そんな違和感が脳を過ったが、そんな些事は後回しだ。少女は足早に、何か思い詰めたような顔をしてこちらに歩いてくる。エーリヒは少女との間にいる通行人を押し除け、かき分けて走った。悲鳴と怒号が上がって、少女が驚いて立ち止まった。エーリヒが自分めがけて走ってくるのを認め、驚きに目を見開いている。
――獲った。
あとほんの数メートルまで迫った時、出し抜けに、頭上で大きな声が響いた。
「やっぱミーシャじゃん! 何やってんだよ、ずっと捜してたんだぜ!!」
さっき置いてきたはずのミシェルが、箒に乗って飛んできていた。少女は何も言わなかった。彼女にとっても明らかに、ミシェルの突撃は予想外だったようだ。ミシェルはエーリヒと少女の間に音を立てて飛び降りるや、
「ほんっと久しぶりだよな、ずっと聞きたいことあったんだわ!! リメラードさんすんません今日の仕事はここまでってことでー!」
少女を掻っ攫うようにして箒に乗せ、飛び立った。「ちょ、ま!!!」エーリヒは愕然として、地上に取り残されたまま、ミシェルが指名手配犯を連れ去るのを見送るしかなかった。
『エーリヒ、どうした。何があった』
シュテイナー班長の落ち着いた声が無線機から流れ出て、エーリヒはようやく叫んだ。
「ちっくしょー!!!」
*
ミシェルは少女を横抱きにしたまま今日の実験協力で組むことになったエーリヒ=リメラードとかいう清掃隊のおっさんがビルの陰に見えなくなるまで飛んで、そこにあったビルの屋上にとりあえず降りた。でもちょっとまずいかな、とも思った。すぐそばに【魔女ビル】が聳えている。【魔女ビル】の壁面にびっしり並んだ窓から、この屋上を遮るものは何もなかった。『指名手配』とやらをされている子を連れてくるには少々不適当だったかもしれない。
今までお姫様抱っこのような体勢で抱えられていたというのに、マリアラ=ラクエル・マヌエルは、何も言わなかった。悲鳴も上げず、文句も言わなかった。ただ屋上に降り立つやいなや彼女は飛ぶようにしてミシェルから離れた。顔を見ると、だいぶ言いたいことがありそうな顔をしている。
「久しぶりじゃん、マリアラちゃん」
にっこり笑ってそう言うと、マリアラは少し考えた。なんで何も言わないんだろう、とミシェルは思う。
「今までどこ行ってたん? 俺さあ、マリアラちゃんにはだいぶ言いたいこととか聞きたいこととかあるんだけど」
「……」
さっき街角にいた少女は何だったのだろう、と、言いながらミシェルは考えていた。たぶんミーシャだったのだろう――と思うが、なぜミシェルと清掃隊のおっさんを見て逃げたのかがわからない。
リメラードさんは頭に血が昇ってるな、と、ミシェルは思う。〈ミーシャ?〉はリメラードが走ってくるのを見て動道の方へ逃げたのだ。その先にいたマリアラは、動道からこちらへ向かっていた。よく似た人間が二人いるのだと考えるのが妥当なのに、指名手配犯を自分の手で捕まえたいと思うあまり脳がバグったのだろう。
ともあれこの子はマリアラで間違いない。ミシェルはできるだけ抑えた声で尋ねた。
「マリアラちゃんがガルシアとかゆー国に出てっちまってからさ、フェルドのやつ、ずっと怒ってやがるんだよ。……なんで一人で出てったの?」
ぶわっと風が湧いてミシェルの前髪を吹き散らした。ああやべ、と自戒して慌てて風を抑える。脅したいわけではないのだが、そうか、俺はずっと怒っていたのか――とミシェルは悟る。
そもそもこの子は初対面の頃から遠慮しがちな子だった。命綱くらいつかんどいて損はないでしょ、とか、あの頃も言葉を尽くしたような記憶がある。だからって相棒にまで遠慮することないだろ。もし自分の相棒が自分を置いて一人で違う国に飛んでいってしまったら、そりゃあ、ミシェルだってフェルドに負けないくらい怒る自信がある。
「ガルシアに行ったラセミスタが危篤だったっていうのは聞いたよ。でもなんでフェルドが一緒じゃダメだったわけ。その後も――あれからどんだけ経ったと思ってんの? その間にエスメラルダで何があったのか――知らなかったわけじゃないんだよね? ミーシャが」
言ってミシェルは顔を顰めた。
「ミーシャがどんなふうにフェルドにまとわりついてんのか、知ってんの? 俺もーほんと、ほんとーに、イラついてたまんないんだけど。俺だったらすげーやなんだけど、フェルドのやつなんでか追い払わねえし、賭場行ってるとか仕事避けようとするとか、あいつがあんなふうになっちまう前に、なんでもっと早く戻ってこなかったんだよ」
「……」
「なんで何にも言わないんだよ!」
マリアラは、今はすごく、悲しそうな顔をしていた。
そして何か言いたげに、自分の口元を指してみせた。ミシェルは少し考えて、思い至る。
「まさか喋れないとか言わないよね?」
「――」
こくこくとマリアラは頷く。ミシェルは呆れた。
「嘘つくんならもう少しマシな嘘つけば? マリアラちゃん、左巻きでしょうが」
「……」
「つーか箒どうしたんだよ? 箒に代わりにしゃべって貰えばいいじゃん」
「……」
「バカにすんのも大概に――」
マリアラはポケットからメモ帳を取り出してサラサラと何か書いた。喋れないのは本当なのかもしれないとミシェルは思った。そんな嘘をつくメリットなど何も思いつかない。
ややして書き上がったそのメモを、マリアラはミシェルに向けた。
――フェルドが【魔女ビル】に連行されたと聞きました。どこにいるか知りませんか?
「……フェルドが?」
「――」
マリアラは自分の耳元から何かをぺりっと外し、それをミシェルに差し出した。それはシール型のイヤホンのようだった。恐る恐るそれを耳元に近づけると、低い、だいぶ年上らしい男の声が流れ出た。
『君は誰だね? 邪魔しないでくれないか』
なんだこいつはじめっから喧嘩腰じゃねーか。ミシェルは反射的にイラっとする。
「俺? ミシェルっつーんですけど。あんたこそ誰?」
『ミシェル? ――右巻きの? なぜマリアラと一緒にいるのだ?』
「それもこっちのセリフなんすけど。つーかこれアンタの指示なの? マリアラちゃん、なんか指名手配されてるみてーなのに、なんで一人で歩かせてんの?」
『……』男は一瞬黙り、『……止むに止まれぬ事情があるのだ。君は部外者だろう、余計な首をつっこまないでくれないか』
この短い険悪な会話の間に、マリアラは、少し長い文章を書いていた。ミシェルは遠慮なくそのメモを覗き込んだ。
――半年経ってしまったことは言い訳もできないです。今更かもしれないけれど、わたしはフェルドに会いにきました。フェルドが今どうしているか、ご存知ないですか?
「……」
今更だが、この子は本当にマリアラらしいとミシェルは思った。外見はミーシャそのものに見える。マリアラはもっと髪が長かったはずだし、もう少し目尻が柔らかかった。鼻筋はミーシャの方が高いし、唇の厚みも違う。雪像を彫ったり絵を描いたりする趣味のおかげで、そういった観察眼には自信がある。
しかしこの子はやっぱりマリアラらしいのだ。メモに書く文章にもらしさが滲み出ている。
「……朝からなんか、ずっと騒がしくてさ。独り身の右巻きたちが、大勢どっかに出動してったんだよ。あれがフェルド絡みだったのかな」
ミシェルのような半端者には、そういった指示も一切伝えられない。だからフェルドが今どうしているのか、【魔女ビル】に連行? されたのが本当なのかどうか、そのあたりのことは全くわからないのだ。
そのことを他ならぬマリアラに告白するのには、少し勇気がいる。
――ディノさんだったら絶対何か知ってただろうに。
性懲りもなく、そんなことを考える。
右巻きの独り身が保護局警備隊と連携して有事の際にことに当たるようになったのは、ディノ=イリエル・マヌエルの功績がでかい。あの面倒見のいい先輩は、今どうしているだろうとミシェルは思う。いやあの人のことだから、連日ウッキウキで大勢の犯罪者を片っ端から捕まえているんだろうけど。
ディノは、ミシェルの『悪友』たちがしでかした事件で、ミシェルがかろうじて連座を免れた時からの知り合いだ。あの時ミシェルの弁護をしてくれた清掃隊のおっさんが、ディノにも口添えをしてくれたらしい。これからきっと孤立するだろうから、目をかけてやってくれとかなんとか。
ディノは本当に面倒見がよくて男気あふれる人だった。ミシェルのことを『お前バカだなーほんとに』とか言いながらことあるごとに声をかけてくれ、ミシェルが孤立しすぎないようにしてくれた。保護局警備隊に入るのが夢だったとかで、ギュンターさんが警備隊長だった時に、独り身の右巻きと警備隊の連携を直談判しにいったという。それも何度も。その熱意が買われて、ディノは独り身のまま、ウルクディアという大都市に派遣されることになったのだ。
もしマリアラを見つけたのがディノだったら、とっくに事情がわかっていただろう。
「んでもさあ……フェルドがほんとに【魔女ビル】に連行されたのかどうかはわかんないんだけど、マリアラちゃん、指名手配とかされてるんでしょ。リメラードさんって、さっき俺と一緒にいた清掃隊の人なんだけど、目の色変えて捕まえようとしてたじゃん。つか、こんなとこで油売ってる暇もないじゃん。今すぐ逃げた方が、」
マリアラはさらさらとメモを書き、それをミシェルに向けた。
『今ならミーシャとそっくりだから。ある人魚が、わたしに魔法をかけて、ミーシャそっくりにしてくれた。言葉を話せないのもそのせい。この格好なら、怪しまれずに中に入れるんじゃないかと思う』
いやまてまて。
ミシェルは呆れ返った。何言ってるんだこの子。口を開け、そして閉じた。なんと言っていいかわからない。人魚だと? 外見を変えるだと? いや変えずとも、もともとミーシャとマリアラはとてもよく似ているのに。
そしてミシェルは、マリアラのすがるような視線から顔を背けた。そんな目で見ないでほしい。こちらが極悪人のような気がしてくる。
「いや……いや、なんつーの? その情報が正しいかどうかもわからんわけじゃん。それに、近くに行ってどうすんの? どうやって……」
マリアラが首元から鎖を引っ張り出した。その鎖にコインがついているのをみて、ミシェルは納得する。
「あー、そう、そういう……そっか、いざとなったらコインで逃げられるからこんな危ない橋渡ってるわけね。そー……ああじゃあ、そう、そう! まずマリアラちゃんが乗り込む前にさ、俺の箒が中を探ってくるっつーのはどうよ」
と言ってみた瞬間にマリアラの顔が輝いたのでミシェルは少し気をよくした。以前のように同行を固辞されたら説教しようと思っていたが、命綱を手放さないくらいの分別はついたようで何よりである。
しかしすぐに、このビルの真下がざわつき始めていることに二人とも気がついた。リメラードさんが呼んだ応援が、この辺りに続々と集まり始めているらしい。
この状況で箒を自分たちから離すわけにはいかない。ミシェルは自他共に認める『考えの足りない』若者であるが、それくらいのことは考えられる。
ミシェルは右横に聳える【魔女ビル】を見上げた。壁面にびっしりと窓が並んだ悠然たる建物。その窓がいくつか開いていて、誰かがこちらに向けて身を乗り出しているのが見える。やべ、とミシェルは思った。このビルの屋上は、【魔女ビル】から丸見えだ。
「いったん移動しよか。マリアラちゃん、箒ないんだよね?」
促すと、マリアラは素直にミシェルの後ろに乗って、しっかりとしがみついた。
ミシェルはその感触から気を逸らすために、フェルドのことを考えた。
最近のフェルドはいつも周囲を威嚇していて、またいつも非常に怒っていて、毎週のように賭場に通っていて、いつ犯罪に巻き込まれても(もしくは自分から手を染めても)おかしくないような状況だった。『連行される』というフレーズにも信憑性がある。
この子が今更フェルドに会いに行ったとして、今のフェルドが素直に受け入れるだろうか。
人が変わったようなフェルドに、ミシェルは散々、悔しく悲しく情けない気持ちにさせられた。あの感情を、こんな危険を冒して会いにいったマリアラが、味わうことになったら。
いやそれはねーわ、と、飛びながらミシェルは考えた。フェルドがマリアラを受け入れないところなんて、どんなに想像を働かせようとしても、まったく思い浮かべることができなかった。




