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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
魔女の希望
723/779

プランB

 四時になった。


 フェルドへは、結局連絡が取れなかった。一度も電話がつながらず、何度かけても、電波の届かない場所にあるか電源が入っていない、と、優しい女性の声が繰り返すばかりだった。


 仮魔女寮のロビーで、受話器を戻し、ケティは行動を開始した。ラルフが届けた手紙がどうなったのか、ビアンカに聞きに行く手筈になっていた。


 濡れたままのコートを厳重に羽織り直し、毛糸の帽子と手袋を装備して外へ出ると、吹雪は荒れ狂っていた。さっきよりもっと激しくなっている。小さな仮魔女寮がそのまま吹き飛ばされてしまうのではないか、と、心配になるほどの暴風だ。


 きっと医局はてんてこ舞いだろう。シフトに入っているマヌエルたちも、独り身の右巻きたちも、目が回るほどの忙しさだろう。


 ケティは勇気を振り絞った。ラルフはこの吹雪の中を、車椅子で出かけていったのだ。


 ――大丈夫だろうか。


 心細さに、胸が締め付けられた。どうしてラルフが出掛ける時に、やっぱり一緒に行く、と言わなかったのだろう。こんな嵐の中を、ケガをした身で、ひとりで行くなんて――ケティが一緒なら、せめてケティの体重分、重しになることもできたのに。


 さっきケティが帰ってきたとき、ラルフがあんなに不安そうだった理由がやっと理解できた。『エスメラルダの町中じゃ、この程度の吹雪大したことないんだろうし』とラルフは言った――そうだ、と思う。ラルフが生まれ育ったのは、エスメラルダの町中ではないのだ。魔法道具のない、地下道も堅牢な建物もない、場所なのだ。真冬になるたびに、みんなで寄り集まって、家が吹き飛ばされる恐怖に怯えながら育ったのだとしたら。お昼に帰るはずだったケティが帰ってこなかった二時間、ラルフは、どんなにケティの身が心配だっただろう。


 ――それなのに、ラルフは行ったのだ。


 ケティはコートのフードを深く被り、吹雪の中を駆けだした。【魔女ビル】まではほんの五分の距離だ。方向もあっている。何度も何度も、通った道だ。そう信じているのに、ほんの一分で不安になった。風が強すぎて、まっすぐ進んでいるかどうかが全然わからない。


 仮魔女寮は仮魔女用の施設だ。だから、孵化していない人間への配慮がない。部屋にはお湯を沸かす器具がないし、コートを乾かす設備もないし、【魔女ビル】までも動道までも、地下通路が設置されていない。孵化さえしていれば、こんな嵐にこづき回されることもなくなる。フェルドもアイリスも、ケティは孵化寸前だと言ったけれど、いくら寸前だって『今』人間であるケティには何の意味もない。


 下から吹き上げた風がケティの体を一瞬浮かせた。全身にたたきつける雪はもはや細かな粒ではなく固まりみたいで、


 ――これは水だ……!


 ケティは祈った。風は仕方がない、でも、雪は水でできている。味方してくれないなんておかしい、ケティはもうすぐレイエルになるのだ、だから雪は、


 ――従うべきなのだ。


 ふうっ、と、雪の攻撃がゆるんだ。

 ケティの足が地面についた。


 何も考えずにそのまま駆けた。【魔女ビル】も何も見えなかった、でも、方角も距離も、もうちゃんとわかっていた。雪が織りなすトンネルの中をケティは走っていった。風の暴威を雪たちが防いでくれていることも、【魔女ビル】の在処を教えてくれていることも、意識の外にあった。


 当然のことだ、という意識しかなかった。





 どっ、

 全身を揺すぶるような激しい音に我に返った。


 気がつくとケティは今、【魔女ビル】の玄関に足を踏み入れたところだった。背後で雪のトンネルが崩れて風がすべてを吹き散らした。ケティははあはあと喘ぎながらよろよろと玄関ホールの中に入り込んだ。今何が起こったのか、よくわからなかった。


 さすがにこの玄関から出入りする人はいないらしい。地下道の入り口付近は混雑しているが、この辺は無人だ。


 と、


『ケティ』


 〈アスタ〉が声をかけた。幾分せっぱ詰まった口調に思えた。ケティが吹雪に追われて駆け込んだところを見たのだろう。ケティははあはあと呼吸を整えながら、叱られる前にと声をあげた。


「あの、〈アスタ〉。バーサに会いたい、の」

『……』少し間があった。『一階のロビーの、公衆電話に出なさい。話したいと言ってるわ』

「……電話で?」

『早く!』


 囁きが鋭く、ケティは慌ててロビーへ走った。自動ドアを入ると同時に雑踏と暖かい風が吹き付けてきた。ロビーの混雑は大変なものだった。医局の受付を待つ人と、地下道の入り口を往来する人が入り交じって、ケティには真っすぐ歩くことさえ難しい。


「すみません、通して――すみません!」


 死にものぐるいで人々の間をすり抜け、あいていた公衆電話のひとつにたどり着いた。受話器をあげて耳に押し当てた瞬間に、ビアンカの声が聞こえた――


『ケティ、時間がないわ、よく聞いて』

「え」

『ラルフはイクスに捕まった』

「……え!?」


 聞き返す暇さえ、ビアンカはくれなかった。〈アスタ〉以上に口調が鋭くて、ただならぬ事態を感じさせる。


『フェルドの部屋の前で。手紙も取られたわ。でも大丈夫、心配しないで、あなたはとにかくルクルスの元締めに電話しなさい。相手が出たら、こう言うのよ。『プランB』』


「ぷらん……?」

『それでわかるって言ってたわ。いい? そして、あなたはもう仮魔女寮に帰っては駄目』


「どうして、」

『ひとりになっちゃ駄目よ! ルクルスへの電話が終わったらすぐアリエノールのところへ行って保護を頼みなさい。今すぐよ! 早く!』


 電話が切れた。ケティは一瞬呆然としたが、すぐに一度受話器を戻して、暗記した番号を急いで押した。ぷるるるる、ぷるるるる、呼び出し音が鳴る間、ケティはそわそわしていた。ラルフが捕まった――ラルフが捕まった――ラルフが捕まった。


 ――どうして?


 心臓が冷たくなった。どうして、どうしてだろう? どうしてラルフが捕まるのだ? 手紙を取られることは想定していたけれど、どうして――


 ――フェルドの部屋は見張られてると考えた方がいい。


 ラルフは確かにそう言った。


 ――俺が行く。

 ――想定外のことが起こったら。

 ――何らかの行動を起こす前に……


 ケティが立ちすくんだ、その時。


『もしもし』


 相手が出た。嗄れた、おじいさんの声だった。


「ラルフが」呆然としたまま、ケティは言った。「……ラルフが、捕まった、そうです……プランBって、伝えてくれって」

『わかりました』


 既にラルフと取り決めてあったのだろう。おじいさんはすぐに了解した。

 そして、言った。


『大丈夫ですか。あなた自身に危険は? あなたは誰ですか?』

「あたし、ケティです。ラルフの友達です」そのはずだ、とケティは思った。「ラルフが……捕まった、そうです……あたしの……」



 その瞬間、ケティは、

 あの時ラルフが何を隠したのかを悟った。



「あたしの身代わりに、なったんです」

「見つけた」


 ケティの後ろで、聞き覚えのある声が、言った。


 細い指先が伸びてきて、ケティの手から受話器を取り上げ、フックに戻した。ちん、という軽い音が響き、ケティは立ちすくんでいた。リンちゃんに、と思った。リンちゃんのところへ行って、保護を頼まなきゃいけなかったのに。


 ラルフが捕まった。

 ケティの身代わりに。

 ……つまり、


「こっち」


 聞き覚えのある声はケティの耳元でそう囁き、ケティを抱え込むようにして足早に歩き出した。混乱したまま、ケティは黙ってついて行った。いきなりでびっくりしたけれど、それほど危険だとは思えなかった。その声も、ケティを抱える腕も、押しつけられる体も全部、柔らかな女性のものだったから。

 マリアラやミランダやリンと、同じくらいの年頃の。


「歩いて」


 少女は囁く。ミーシャではない、と、呆然としながら考えた。この声、どこで、聞いたのだろう。顔を上げると、うつむけた少女の顔は陰になってよく見えなかったが、垂れた髪が黒いのが見える。


「あんたがケティでいいのよね」彼女はケティを、どうやら【魔女ビル】から出る地下道の方へ連れて行くようだ。「早く歩いて。騒ぎにしないで。あんたの居場所はずっと捜されていたの、捕まったら殺されるわよ」


「あなたは誰……?」

「誰でもいいでしょ」

「良くない」ケティは足を止めようとした。「まだ用事が済んでない。手紙を届けに行かなくちゃ」

「〈アスタ〉があんたの居場所を逐一あいつらに教えてるのよ」


 見上げると彼女は、フードを深く被っていた。フードの陰からケティを睨んだその顔に、ケティは目を見張った。

 こないだ、ケティがあのジークスの賭場へ行く前。

 ミーシャに激昂し、そんな覚悟がないなら初めから騙るなと怒鳴った、あの綺麗なお姉さんだったのだ。


「……あなたは誰!?」

「さっさと歩きなさい。手紙なんて届けられないに決まってるでしょう、バカじゃないの」

「あなたは誰? どうしてあたしにそんなことを」

「いいから歩きなさい!」


 鋭い声で叱責され、ケティは反射的に足を進めた。地下道へ続々と流れ込む人の波に紛れ、彼女が囁いた。


「歩かないと死ぬわよ。さっきまであんたがいたところを見てご覧。イクスが来たわ」

「……!」


 振り返ると、確かに。


 ジークスの賭場でケティに優しく道を教えたイクスが、きょろきょろと周囲を見回しているのがちらりと見えた。ケティは慌てて前を向き、地下道へ続く階段へ足を踏み入れた。ガストンやリン、その同僚たちの反応を見た今は、イクスが敵なのだともうはっきりわかっている。死ぬ、殺される、と、彼女も何度もケティに言った。ケティはもう、エスメラルダという楽園の中にも、人を売ったり捕まえたり殴ったり殺したりする人間が存在していることを知っている。


 ケティを抱えるようにして、彼女は地下道へ続く道を歩いていく。

 階段を下りきり、【魔女ビル】のロビーが見えなくなり、ケティはホッと息をついた。


「あの」

「何」


 答える声は素っ気ない。彼女はケティとの歩幅の差など気にする様子もなくずかずかと歩いていく。ケティは小走りになりながら、囁いた。


「名前を聞きたいの」

「言いたくないわ。あたしはあたし。イクスが来る前に、あんたをあそこから逃がした。それでいいじゃない」

「でも、どうして?」

「さあ、どうしてかしらね」


 彼女は呟くように言った。

 少し困ったような響きが混じっていて、ケティは彼女をまじまじと見てしまった。睫が長い。髪も、眉も、睫も、瞳の色さえ黒く、異国風の風変わりな美しさをまとう彼女は、なぜだか今途方に暮れているように見える。


「……ただあんたたちがあんまりにも間抜けだからよ」

「お兄ちゃんに、手紙を届けなきゃいけないの」

「やめときなさい」

「でも、そうしなきゃ死んじゃうの」


 そうすると、彼女は。

 ふと、酷薄な笑みを見せた。


「そうなったらいい」

「……え?」


「そうなればいいわ。木っ端みじんのリスクを冒してでもマリアラに会いに行きたい男なんか、そのとおり木っ端みじんになればいいのよ。ああ、そうだ、あたし、あんたの邪魔をしに来たんだわ。手紙を届けようっていうあんたをね。戻って手紙を届けられたら困るから、あんたを【魔女ビル】から遠ざけるために」

「ちょっと待って」


 ケティはまた、足を止めようとした。けれど、それができそうもなかった。後ろからどんどん人が来ていて、立ち止まると往来の邪魔になってしまう。何とか反対側の流れに乗れないかと首を伸ばしたが、彼女がそれを引き戻す。


「戻っちゃダメって言ってるでしょう」

「でも、どうして?」ケティはもう一度訊ねた。「あたしの邪魔をするのに、どうして、あたしを逃がしたの? あなたはいったい、誰なの? イクスさんの仲間……じゃ、」


「仲間じゃないわ」彼女は鋭く言った。「仲間なんかじゃない。絶対に違う。ただあたしはマリアラとフェルディナントを会わせたくないだけよ」


「どうして?」


「どうして、どうして、どうして。質問が多すぎるわ。いいじゃない。あたしはマリアラが嫌い、だからフェルディナントと会わせたくない。だから手紙を届けられちゃ困る、これは、イクスたちと同じ。利害が一致してる。でもだからといって、あたしはあいつらの仲間じゃないの。あんたみたいな小さな子供を、この吹雪の中、檻に入れて外に放置して、凍死させるなんて、そんなことに荷担したくはないってだけよ」


「凍死……!?」

「この吹雪の中駆けだして来たんでしょ。バカじゃないの、本当に。イクスが手を下さなくたって、そうなってた可能性は充分あるじゃないの。いくら孵化寸前でも、人間であることには変わりない。吹雪を押して【魔女ビル】に出かけた小さな子供が凍死するんなら、【穴】なんて言い訳、使わなくてもいいじゃない」


 動道までたどりついた。今来た地下道の向こうの方で、何か騒ぎが起こっているようだ。イクスが追いかけてきているのかもしれない。綺麗な少女はそちらをちらりと見、ケティを動道に押し上げた。自分も乗り、有無を言わせぬ力でケティをぐいぐい引っ張って、一番速度の速いレーンに移動した。あいていた席のひとつにケティを押しつける。


「あたし、今日、画廊に絵を売り込みに行ってることになってるのよ。ついでだからつきあって」

「で、でも……あの、ラルフを知らない? 車いすに乗った綺麗な子、あたし、あたし、」


「さっき捕まったわ。でも大丈夫よ。ベルトランはどっかで飲んだくれてるらしくてまだ戻ってきてないし、ジレッドは具合が悪いらしいし、イクスは今あんたを捕まえるために走り回ってるわけだし、レジナルドは子供に乱暴するような人間じゃないわ。あの子は……エスメラルダの国民データベースに載ってないそうで、つまり、凍死体が本土で見つかっちゃ困るのよ。だからこの吹雪の間に殺されることもまずない。あの子が大人しくしている限りね」


「そ……」


「レジナルドには手駒が少ないの。あの子は結構手強いってイクスが言っていたし、ベルトランが正気に戻るまで、声を立てさせずに殺すことは難しい。でもまあ、いつまでも生かしておくわけにはいかないでしょうけどね……」


「ラルフを助けたい。お兄ちゃんに手紙も届けたい。どうしたらいい?」


「お兄ちゃんに手紙を届けるのはあたしが許さない」彼女は薄く笑った。「ラルフを助けるのはあんたには無理。フェルディナントが死ぬまで、あたしはあんたを逃がさないから。ラルフがそれまで生きていることを祈りなさい。フェルディナントが死んだら、あんたを解放してあげる。そうしたら、助けにでも何でも行けばいいわ」


「行きたいところがあるんだけど」


 ケティは必死で囁いた。イクスから助けてもらった、逃がしてもらった、というような認識で今までいたが、実際そうでもないらしい。

 彼女は頷いた。「ダメよ」


「でも、でも」

「手荒なまねはしたくない。だから大人しくしていて。アリエノールとかいう保護局員に連絡を取りたいんでしょう? でもダメよ? あたしは別に善人じゃないの。何にも悪いことしてない子供を意味もなく殺すようなことに荷担したくないってだけだから」


「でもっ」


「あたしはエスメラルダの人間じゃないのよ」彼女の声が冷たくなった。「こんな楽園で生まれ育ったわけじゃないの。あたし、この手で、何人も人間を殺してきたのよ」

「そ……なの……?」


「人間の体の構造が、どうなっているか知りたかったの」彼女は淡々と話した。「だからいろいろやったわ。あたしが一番描きたかったのは同じ年頃の女の子だった。どうしてかしら。神官には、神託を正確に描くために必要だと嘘をついた。そのために何人殺したかな……ねえ、わかった? あたしは、そういう社会で育ったの。だから、あんたを殺すことを躊躇ったりはしない」


「……どう、して……?」

「悪いことだとは、知らなかったのよ」


 彼女は穏やかな口調で言った。


「神託がすべてに優先されるものだと思っていたから。あたしが持っていた罪悪感は、神託に必要だと嘘をついたということだけだったわ。人間の舌がどういうふうについているのかを知らなければ、眼球がどういうふうに納まっているのかを知らなければ、首の骨がどういうふうに曲がっているのかを知らなければ――。必要だったんだもの、しょうがないと思っていたわ。誰もあたしを咎めなかったし、悪いことなのだと教えてもくれなかった。……ただ」


「ただ……?」


「父さんが楽しみのために人を射殺すのだけは、何だか嫌だな、と思っていたわ。体の構造を知りたいわけでも、神託に必要なわけでも――嘘を突き通すために必要なわけでもないのに、どうして殺すのだろうと。あの悲鳴も悲嘆の声も、ただあの人を楽しませるためだけに浪費されているのだと思うのは嫌だった。だから」


 彼女は薄く笑った。


「ここへ来て、そういうことはやっぱり許されない、あいつが異常だったのだ。そう知った時、嬉しかったわ。あたしの感覚は間違っていなかったんだな、って。

 ……ねえ、あんたをね、ケティ?」


「え……?」

「あんたをもし、野放しにしていたら、アリエノールとかいう人間にイクスの秘密を話しに行く。だから殺す、というのなら、あたしはあんたを助けなかったわ」


「……え?」


「でもあんたはもう話しちゃったのよね。だったら、今更殺す理由って何かしら? 見せしめとか、アリエノールへの牽制とか、レジナルドもイクスもいろいろ御託を並べていたけれど――つまりはあんたがアリエノールにイクスの秘密を話したのが悔しかった、ということじゃない。このまま放って置いたらもっと脅威になる『かもしれない』から、『念のために』『自分が安心するために』殺しておきたいってことじゃない。あたし一人にさえ捕まえられちゃうようなちっぽけな女の子をよ? ……あたし、それって、倫理的にどうかと思ったの。島にいたときには知らなかったから見過ごして来たけど、今はもう知っているから、見過ごさなかったの。そういうことなのよ」

「………………」


 意味がよく分からない。

 なんとなく分かるような気もするけれど、でも全然分からない……。

 途方に暮れたケティに、彼女はにっこり微笑んだ。


「だからあんたを連れて行く。先に言っておくけれど、画廊で何か余計なこと言ったら、“お兄ちゃん”もラルフも助けられずに死ぬことになるわよ」



 そのまま、彼女はケティを無理矢理連れて、画廊へ行った。色鉛筆で描かれた絵が高値で売れる瞬間も、画廊のオーナーが彼女に目の前で絵を描かせ、その出会いに歓喜し、専属契約を結ぶ瞬間も、彼女が紅潮した頬に心からの喜びの笑みを浮かべる瞬間も見たが、ちっとも嬉しいとは思えなかった。


 でも、彼女の名前だけは覚えた。レイルナート、という、冗談のような名前らしかった。

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