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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
魔女の相棒
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五日目 非番 午前(6)

 店を出るとステラは、真っ先に電話をかけた。あの男がちゃんと帰ったかどうか確かめなければ。野放しにしたら、何をしでかすかわからない。

 相手は飲んだくれもふてくされもせずすぐに出た。偉そうにガーガー言う主張は聞き流し、一段落してから無線機を耳に当てる。


「ええそうね、本当に良くやったと思うわ。あの人にもそう報告しておくから。……え? そう言ったでしょ、良くやったって。あれだけ脅せば受験のやる気も削がれたでしょ。ガストンの手先がこれ以上増えたらたまらないもの。――バカね、もう放っておいて。く・れ・ぐ・れ・も、これ以上手を出さないで。本気で国外追放されるつもりなの?」


 丸眼鏡を外すと睫の長い大きな目が現れた。ステラはその目を光らせてくすりと嗤う。


「まあ確かに綺麗な子ではあったけど……怯えて縮こまっちゃって、骨も根性もなさそうだった。ガストンが目をつけたって聞いたからどんな子かと思ったけど単なる小者だったわ。だからこれ以上の対処は不要よ。ええそうね、あなたのお陰で自然に接触できたわ。どうもありがとう」


 丁重にそう言って通話を切り、けっ、と無線機に向かって嘲った。本当にベルトランは粗野で間抜けで単細胞で、暴力沙汰以外には何の役にも立たない。必要以上には関わりたくない“仲間”だった。

 続いてステラは別の番号を選び出して発信ボタンを押した。【魔女ビル】の事務長官補佐室直通の番号だ。ベルトラン以上に嫌いな相手だが、恩を売った上に無意味に働かせることができるなら悪くない。


「おはようございます、ステラ=オルブライトです。リスナ=ヘイトス事務官? ちょっとお耳に入れたいことが。南大島で目撃された魔物のことなんですけど」


 第三の魔物は、海に入って逃げ、【壁】に触って消えたと報告を受けていた。大損害を被ったことは悔しかったが、それを疑う理由は別にない。ただ根回しをしておきたかった。フェルディナント=ラクエル・マヌエルを監視する理由は多ければ多いほどよく、その信憑性はどうでもいい。


「まさかとは思ったんですけど、まあ、あの子たちはラクエルですし――生まれたてとは言えれっきとした左巻きですから。ええ。ええ。まあ、そういう情報がありましたよとだけ、お伝えしておきたいと思いまして。後で報告がなかったなんて叱責されたらたまりませんもの。じゃ、失礼しまーす」


 最後に当てこすりを含ませて、ステラは通話を切った。そして嗤った。リスナ=ヘイトスは“あの人”の役に立つポジションにいるから重用されているだけで、実際はただの道具に過ぎない。他の誰でもいい、いくらでも代わりの効く消耗品だ。

 ――でも、あたしは違う。


「せいぜいきりきり舞いして働くといいわ。魔物が取り戻せれば使い道は色々あるもの……」


 くすっと笑ってステラはもう一度眼鏡をかけた。

 南大島に戻ろう。狩人がステラや“あの人”につながる証拠を残していないかどうか、念のため調べておかなければ……


   *


 朝目が覚めるとラセミスタはもう出勤していて、マリアラは、ラセミスタの勤勉さに驚いた。リズエルは特権階級だ。シフトもタイムカードも存在しない。魔法道具の研究開発を自分の心の赴くまま、好きなように好きなだけ続けることが許された存在だ。

 それなのに。昨日一時過ぎに寝たのに、九時前に起き出して出勤するなんて。

 昨日無線機越しに少し打ち解けられたような気がしていたから、顔を合わせられなかったのは少しだけ残念だったけれど。


「体調、大丈夫なのかな」


 たぶん、魔法道具の新作に取りかかっているのだろう。芸術家は没頭すると寝食忘れると聞いたことがある。ラセミスタは芸術家ではないが、たぶん同じような性質なのだろう。イーレンタールもそんな感じの人だった。


 フェルドとの待ち合わせ時間は午後一時だ。それまでできることはない。が、ラセミスタの勤勉さを見た後で、自分だけ二度寝するのも憚られる。マリアラは手早く着替えてベッドを整え、顔を洗って髪を梳かした。それから朝食を頼み、待っている間に思案した。

 まずは下準備だ。

 睡眠時間は少なめだったが、熟睡できたことでだいぶ元気が出ている。このまま時間を待つよりも、できることを探す方が建設的だろう。

 【毒の世界】の扉がどこにあるのか、説明を受けてはいたが、実際に行ってみたことはない。フェルドの部屋からどのルートを選ぶかや、人が来た時に隠れる場所に目星をつけておくためにも、下見をしておいた方がいい。

 朝食に届いたホットケーキを食べ、フルーツのヨーグルトがけを食べ、ミルクコーヒーを飲んだ。鏡をのぞいて歯磨きをして、朝ごはんのトレイを返す。


「よし、準備万端」


 ぱちんと顔を叩いた、――その時。


『マリアラ、おはよう』


 〈アスタ〉に声をかけられて、マリアラはビクリとした。壁に作り付けのスクリーンに、〈アスタ〉の優しそうな顔が浮かび上がっている。


「お、お、はよ……う」


 ダメだ、動揺するな。自然に、自然に。

 自分に言い聞かせる。〈アスタ〉は別に不審に思った様子もなかった。いつもどおりの穏やかな、優しい口調で要件を述べた。


『今日は非番なのに、ごめんなさいね。南大島の魔物について、ちょっと聞きたいことがあるって、連絡が入ってるんだけど。つないでもいいかしら? ――リスナ=ヘイトスさん。事務官補佐室長よ』

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