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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
魔女の相棒
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五日目 非番 午前(3)

 ダスティンは少しして立ち直った。開き直るような表情がその顔に浮かぶ。


「……いたのかよ。何してんだよ、盗み聞きしてやがったのか」

「寝てたら勝手に入ってきて出てく間もなく喋り始めたのはそっちだろ」

「寝てたの? なんで? 部屋で寝ればいいのに」


 ジェイドは思わず訊ね、フェルドはがしがしと頭を掻いた。


「昨日帰ってきてから暇だったから、ここで漫画読んでたら寝ちまったんだよ。読みたいのあったし、持ち出すの悪いし」


 確かに、本棚に並べておいた漫画の一角がごっそり抜けていた。丸椅子を持ってきて、それを傍机代わりに使っていたようだ。ダニエルは口元に笑みを浮かべながらソファに座り、すっかり傍観者の体でダスティンとフェルドを眺めている。


「聞いてたんなら話は早い。浄化の方法でスタンドプレーやってリードしたつもりかもしんないけど、俺は認めないからな。魔物がこっちに傾れ込んでこなかったのはただ単純に運が良かっただけだ」


 ダスティンが言い、フェルドは長椅子に座り直した。背もたれ越しにダスティンを睨み上げる。


「……逆に聞きたいんだけどさ。もしあの時人質にされたのがアリエノールって子じゃなくて、マリアラだったらどうしたんだよ。そうなってた可能性、かなり高かったと思うんだけど」


 視線の剣呑さの割に、言葉は存外穏やかだった。ダスティンは一瞬考え、ふん、と鼻を鳴らした。


「たら、れば、の話はしてねえよ」

「あの時言ったよな。“一般人のためにエスメラルダ全土を危険にさらす気なのか”って。じゃあ“一般人”じゃなくて相棒だったらどうしたんだ。左巻きを〈壁〉の向こうにつれて行かれてたら――あの狩人、本当はそっちの方がやりたかったんじゃないか。報告書に書いてあったよな。一番やりたかったのは、右巻きの目の前で左巻きを殺してやることだって言ったって。――アリエノールさんじゃなくて、相棒だったら。相棒とエスメラルダ全土とを天秤にかけて、どっちが重いかとか考えたのか?」

「たら、ればの話はしてねえって」

「今後の話はしてただろ。俺が傲慢で独善的すぎて、左巻きの前でいいカッコする、だから相棒を得るのは相応しくないって言ったな。俺もあんたにそう思うよ。あんたが今後狩人に相棒を狙われたとき、本気で守る気があるのか疑わしい」

「なんだと――」

「マリアラが俺の後ろに隠れてたって? ふざけんな。あの子の手助けがなかったら、〈穴〉開けるのだって無理だったよ。あんたは何も見てなかった。自分のことしか考えてなかったんじゃないか。あんたにだけは傲慢だの独善的だの言われたくねーな」


 ダスティンとフェルドはにらみ合った。ジェイドは、こちらに火の粉が飛んで来ることはなさそうだ、と考えていた。ダニエルが隣でとても愉しそうにニヤニヤ笑っているから、何かあったらその後ろに隠れればいい。そう思うと余裕が出てきた。


「なあ、フェルドが〈壁〉に穴を開けたとき、マリアラは何を手伝ったんだ?」


 ダニエルが囁いてき、ジェイドもひそひそ答えた。


「たぶん、治療してたんだと思うよ。すごい量の魔力使い続けると、やっぱ疲れるし筋肉も強ばるし……それをその場で」

「へえ、なるほどなあ。そうか、その手があったか」

「とにかく!」


 ダスティンが怒鳴った。フェルドを無視するようにダニエルを見て、


「とにかく俺の言いたいことはそれだけです。〈親〉として選出に加わるなら、そういうところも重視してもらわないとと思って」

「あーわかった。うん。よくわかったよ」


 ダニエルが頷き、ダスティンは扉に向かった。その背に、ダニエルが声をかけた。


「わかったから、もうこれ以上、その話を持ち出すなよ。〈アスタ〉に知られたら、リン=アリエノールという未成年の少女の人生に関わりかねないからな」

「わかってますよ」


 ダスティンは言い捨て、扉を出た。ばん、と耳をつんざくような音を立てて扉が閉まり、静寂が落ちる。ダニエルはジェイドを見て笑った。


「朝から騒がせて済まなかったな」

「ダニエルはどうしてここに? 珍しいよね」


 ずっと聞きたかったことをようやく訊ねる。ダニエルは成人しているから、【魔女ビル】の違う階に住んでいる。ダスティンよりもっとこの更衣室に来る確率は低いはず。

 ダニエルはニヤリと笑った。


「お前知らないのか? この更衣室には趣味のいい漫画コレクションがあるって有名なんだぜ」

「そ――そうなの? 漫画読みに来たの?」

「そんなわけないだろ」ダニエルはついに声に出して笑った。「来るなら休みの日に来るよ。今日はちょっとお前らに話があったんだ。研修も明日の午前中で終わりだし、出勤前に最終確認をって思ったんだけど、まあいいや。面白かったし」

「面白がるなよ」


 フェルドがうなり声を上げ、ダニエルは笑った。あっはっは、と。


「じゃあ俺飯食って来るわ。ジェイドも出勤だろ? 急げよ、あんまり時間ないぞ」


 フェルドの神経を逆なでするだけ逆なでして、ダニエルはカラカラ笑いながら出て行った。ジェイドは時計を見た。既に八時を回っている。朝食を取ることを考えたら、もう殆ど猶予がない。仕方なくロッカーから制服を出した。昨日南大島に魔物が出て海にもぐり、〈壁〉に触って消えたと言うから、今日からまた忙しくなるはずだ。

 フェルドはと言えば、ソファの下に落ちていた毛布を持ち上げてくるまった。もぞもぞ。すっかり寝る体勢だ。


「出勤しないの? あ……そうか、今日は非番か」

「んー」

「ここで寝んの? 部屋戻れば? 別に漫画持ってってもいーよ」

「んー」


 動く気配がない。ジェイドは着替えを終え、ロッカーを閉めた。ダニエルはいったい、どんな話があったのだろう。まあたぶん、相棒選出についてのことなのだろうけれど。

 明日には誰になるかが決まるはずだ。〈アスタ〉の中では、もう決まっているかも知れない。早く決まって落ち着けばいいと思う。でも決まってしまうのが少し残念なような気もする。

 仮魔女試験の時には、ジェイドは相棒を得るつもりが全くなかった。決まったらダスティンにずっと延々嫌みを言われるだろうし、左巻きを得たら【毒の世界】に行かなければならなくなる。あの世界で運悪く【夜】を越すことになることを考えたら。お客さんと相棒を自分ひとりで守らなければならない。そんな重い責任を、進んで担いたいとは思えなかった。


 でも、今はちょっと違う。

 こないだ、南大島で左巻きと一緒に仕事をした一週間が、思いの外とても楽しかったから。

 ダスティンが相棒獲得に躍起になる気持ちが、少しわかってしまったから。


「んじゃ、行ってくるね」


 もう寝てるかと思ったが、意外に毛布が動いた。出てきたフェルドの顔はまだ少しふてくされている。ちらりと時計を見て、フェルドは言った。


「まだ早いんじゃないのか」

「うん、飯まだだし。昨日魔物出たって言うから、出勤前にミーティングあるらしいんだ」

「トランプやったんだって?」

「は?」


 扉に向かけていたジェイドは思わず振り返った。何言ってんだこの人は。

 フェルドは元どおり毛布にもぞもぞくるまり直している。


「休み時間にトランプやったって聞いたけど」

「あー、マリアラと? うん、ほら俺レイキアのゲームしか知らないからさ、マリアラに教えてもらったんだ。同じゲームでもルールがちょっと違うんだね」

「フーン」

「なんなんだよ」ジェイドは思わず笑った。「休み時間にトランプやるくらいいいじゃんか」

「別に悪いとは言ってないよ。早くいけよ」

「行ってきまーす」


 ジェイドは笑って扉を出た。変な人だ、と思った。朝からダスティンに噛みつかれダニエルに面白がられたからって、八つ当たりしなくてもいいじゃないか。

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