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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
魔女の相棒
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五日目 非番 午前(2)

 朝の七時。ジェイドはあくびを噛み殺しながら更衣室のドアを開けた。


 更衣室にはロッカーや洗濯ボックスといった必需品の他に、ローテーブルと座り心地の良いソファがあり、ミーティングルームのような役割も果たしている。基本的に、男性用の更衣室ならどの部屋を使っても咎められることはないのだが、やはり自然に、自室から一番近かったり仲のいい人間が良く使っていたりする室を選ぶようになる。この更衣室はジェイドの行きつけだ。私物化して久しいロッカーもあるし、自分の部屋には置けない本棚を置いて、少しずつ買い集めた小説や漫画を――小さく縮めたりせずに――並べることもできている。そのコレクションを借用するためにここに来る人間もいるらしいが、ジェイドの使用に支障が出たことはない。奥のカーテンを引いてソファに寝そべりながらダラダラ本を読むのが、ここ最近のジェイドの楽しみだった。


 早く準備を済ませたら、出勤前のひとときにこないだの続きを読める。

 ドアを開けたときには、そう思っていたのだけれど。


「――げ口するつもりはないんだけどでも、やっぱりどうしても言っておかなければならないと思って」

「失礼いたしましたー」


 ジェイドはバタンとドアを閉めた。中にいたのはダスティンだった。会話の相手は見えなかった。部屋間違えたかな俺、ときょろきょろ周囲を見回すが、やはりここはジェイドの行きつけの更衣室に間違いない。ダスティンは自室が遠いから、ここには滅多に来ないのに。

 滅多に来ないはずのダスティンが思い詰めたような顔をして誰かに何かを“話しておこうと”している、らしい。


 よし、逃げよう。

 そう思ったが、遅かった。閉めたばかりのドアが開いて、顔を出したのはダニエルだった。ダニエルの渦を巻く金髪の向こうで、ダスティンがこちらを睨んでいる。ひいいいい、とジェイドは思うが、ダニエルはいつもどおりにこやかだった。


「ようジェイド。おはよう。着替えに来たんだろ、まあ入れよ」

「いや、」

「いやじゃなくて。ちょっと話もあるし」

「取り込み中なんじゃ、」

「大丈夫大丈夫」


 さあさあさあ、とダニエルはジェイドを更衣室の中に引っ張り込んだ。

 奥のカーテンは閉まっていた。ダニエルはジェイドをしっかり掴まえて、ソファのひとつに座らせた。自分はその隣に座って、ダスティンを見上げる。


「悪いなダスティン。で、何だったっけ?」

「……」


 ダスティンはジェイドを睨んでいる。ジェイドは何が何だかさっぱりわからないまま、隣のダニエルの顔を盗み見て、ダニエルが少々意地悪げな微笑みを浮かべているのを見た。生け贄だ、と思った。何が何だか本当にさっぱりわからないが、ダニエルはジェイドを生け贄にするために引きずり込んだに違いない。


「告げ口をするつもりはないんだけど、話しておかないといけないことがあるんだよな?」


 ダニエルが促し、ジェイドは、

 ――ダニエルが親切で面倒見がいいなんて俺の思い違いだったんだろうか。

 ここ三年間で培ってきたダニエルへの評価を見直し始めた。ジェイドの前でも同じことが言えるのか、それなら聞いてやろう、と言わんばかりの言い方だった。ダスティンは少し逡巡したが、思い切ったように口を開けた。


「仮魔女試験の時に、何があったかを――本当のことを、話しておかないとと思って」

「ダスティン」


 ジェイドは腰を浮かせかけ、それをダニエルが押さえつけた。ダニエルは左巻きのくせに巨体だし、力がとても強い。まあ黙ってろ、ん? とばかりに頭をわしわし撫でられて、ジェイドは黙る。朝っぱらからなんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ、と自分の境遇を嘆くくらいしかできることはない。


「仮魔女試験の時、というと、先日のマリアラの時だよな。狩人が入り込んだ。受験者の少女をさらって逃げ、ジェイドは毒に冒され、ダスティンとフェルドが狩人を追った。〈壁〉まで逃げる際に狩人は少女を捕まえていられなくなり、諦めて〈壁〉に触れて姿を消した。――そう報告書にはあったが」


 ダニエルが促し、ダスティンが頷く。


「その時にフェルドが何をしたのか、話しておきます。あいつは無鉄砲すぎて、相棒を得るのに相応しくない。もしマリアラがあいつの相棒になったら、絶対危ない目に遭う。ラクエルの左巻きは貴重だ。もうすぐ研修も終わりだし……こないだのことが評価に入らなかったら、正当な評価とは言えないだろ」


 ダスティンは半ばジェイドに言い聞かせるように自分の発言の意図を説明した。ジェイドもガストンから口止めされているが、それは、保護局員の使用した魔法道具の存在を公にしないための措置だと説明されていた。同時に、被害に遭った受験者の少女、リン=アリエノールに対し、同寮の少女や寮母やマスコミから、不必要な好奇の目が向けられることのないようにという意味合いもあると。


 ジェイドはダニエルの様子を見ながら口を開いた。


「ダスティンがどういうつもりで今さらあの時のことを持ち出したいのかはわかんないけど、こないだのこと話すんなら〈アスタ〉のマイクとカメラを切った方がいいと思うよ。というか、ダニエルが相棒選ぶわけじゃないって何遍言ったらわかるの、ダスティン。選ぶのは〈アスタ〉だよ? ダニエルに話すのは構わないと思うけど、〈アスタ〉にまでそれを伝えるのは俺は反対だからね」

「別にいいよ、ダニエルさえ知っといてくれれば」


 ジェイドは少し苛立った。そこまでやるのか、という気持ちだった。ダニエルが相棒を決めるわけじゃないのだと、何度言ってもダスティンは信じない。できることはしておこうというつもりなのだろうが、やり方があからさますぎてジェイドの趣味には合わなかった。


「ふーん」


 と言いながらダニエルは立ち上がり、壁に作り付けの〈アスタ〉のスクリーンに歩み寄った。スイッチを切り、そのままこちらに向き直って壁に寄りかかった。


「なんか意味深だな。話してみろよ」


 ダスティンは話した。狩人がリンというあの綺麗な少女を抱えて逃げたこと、その時に本当は何が起こったのか、ということ。改めて聞きながらジェイドは、フェルドが考案したというあの浄化方法のせいだな、と考えていた。水を使用したあの方法はあまりに画期的だった。浄化に関わる人間全てから大絶賛され、お陰で浄化は当初の予定を遙かに超えるペースで進んでいる。相棒選出レースでフェルドに大きくリードされたと思って、焦って、ダスティンはこんな手段に出たのだろう。


 ――告げ口する気はないんだけど。


 張り巡らせた予防線には人の本音が出ると言うが、本当だなあとジェイドは思う。


 話は、グールドがリンを抱えたまま〈壁〉を素通りしたところまで来ていた。ダスティンは初めこそ言いにくそうだったものの、今は蕩々と話している。

 〈壁〉の向こうで、狩人とリンが話していた。狩人がナイフを玩びながら、ジェイドと一緒に飛んできたマリアラをちらちら見ていた。マリアラがそちらに行こうとしダスティンが止めた。左巻きを失いたくない一心だった。


「その時フェルドが言ったんだ。あの子を助けられる方法がある。〈壁〉に小さな穴を開けて、その隙間から箒が向こうに行けば、あの子を助けられるって。マリアラはすぐ賛成した、でも、俺は止めた。あんまり危険すぎるからだ」

「危険ってのは?」


 ダニエルは興味津々で身を乗り出しながら話を聞いている。テーブルを回って、こちらにやって来る。ダスティンは我が意を得たりというように言いつのった。


「〈壁〉に穴を開けてる間に魔物の巣窟みたいなところがむき出しになるんだってフェルドは言った。だから俺とジェイドに、魔物が飛び出てきたら抑えてくれって――冗談じゃないって思ったよ。俺は止めた。でもあいつは聞き耳を持たなかった。一歩間違えたらエスメラルダの〈壁〉から魔物がわんさか出てくるところだった。隙間からすっげえたくさんの魔物が見えてた。あれが何百頭も出てきてたら」

「でもそうはならなかったんだろ」

「そうなるところだったんだ! 実際魔物が出てきた、ジェイドは毒に冒されてたしマリアラは怖がってフェルドの後ろに隠れちまうしっ」

「ちょっと待って」思わずジェイドは口を挟んだ。「マリアラ、怖がってたの? そうは思えなかったけど」

「えっ」


 ダスティンが虚を突かれたような顔をし、ジェイドは驚いた。本気で“隠れてた”と思ってたのか? まさか。

 ダスティンは慌てて手をパタパタ振った。


「いっ今そこは関係ないだろ! とにかく……今後フェルドが相棒を得たら、同じようなことが絶対起こる。だから、そのことを評価に入れて欲しいんだ。あいつは傲慢で独善的すぎるよ。左巻きの前でいいカッコするのが、右巻きの仕事なんて」

「フェルド」


 と、ダニエルが言った。

 同時に、しゃっとカーテンを開けた。本棚と長椅子を隠していたカーテン。

 そこにフェルドがいた。長椅子の背にしがみつくような体勢で、ダスティンを睨んでいる。


「と言うことだそうだが、何か言い分あるか」


 ダスティンは絶句していた。ジェイドも驚いた。フェルドは確かにこの更衣室にも良く来るが、こんな朝早くから、いったい何をしていたのだろう?

 ダニエルは初めから知っていたらしい。なのにジェイドを引きずり込みダスティンに言いたいことを言わせたのだ。本当に人が悪い。

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