四日目 当番(7)
日が暮れてから約束の場所に向かうと、三人は先に来ていた。
ラルフはへとへとだった。狩人とアルノルドではなく、保護局員を撒くのが大変だった。ラルフは外見的にはか弱い子供なので、保護局員たちの善意が本当にうざったかった。“保護”を目的にしているから殴るわけにもいかず、足は速くないがとにかく数が多い。ラルフは自分から保護局員たちのまっただ中を目指して走ってしまったから余計に大変だった。
おまけに朝から何も食べていない。空腹には慣れているが、さすがに目眩がしてくる――
そこにいい匂いが漂っていて、温かな色の光が灯っていて、ルッツと魔女の和やかな会話が聞こえていたので、ラルフは拗ねた。無性に腹が立つ。ひどい。悔しい。人の気も知らないで。俺は大変だったんだぞ! 魔女のせいで! くそ!
「あ、ラルフが来た」
ルッツが気づいて嬉しげに立ち上がる。小突かれたり踏まれたりしたケガは予想どおり綺麗さっぱり治されている。岩に腰掛けていたフェルドが振り返り、その向こうで、魔女が温かな色の光りに照らされて微笑んだりするものだから、ラルフの苛立ちは最高潮だ。
「お疲れー、ラルフ」
「うっせえよ!」
決壊した。ラルフはざしゅざしゅざしゅと砂をわざと蹴散らして彼らに詰め寄り、喚いた。
「魔物はどーなったんだよ! こんなところで寛いでる場合かよ! あの建物にいなくていーのかよ!!」
「食いながら説明するから、まあ座れよ」
フェルドが言い、流木の空いている場所を示して見せた。ルッツの隣、一番明るくて、一番鍋に近い場所。鍋はくつくつ煮えていた。何だこの匂い。何だこれ、何が煮えてんだ。ラルフの経験の中に今までこんな食べ物はなかった。スープというよりもう少しどろっとしている。茶色のどろどろした汁の中に、にんじんと玉葱ときのこと、でかい――本当にでかい、肉の塊が浮いている。
「食ってる場合じゃないだろ!」
「大丈夫だよ、お前のお陰でだいたい全部うまくいったんだ」
「魔物助けるのも!?」
「それはこれからだけど、狩人と保護局員の方は片付いたよ。座れってば」
「腹減ってねーもん!」
「俺らが減ってんだよ、うるせーな。とっとと座れ」
ぐーい、と頭を押されてラルフは渋々流木に座った。すかさず魔女が椀と匙を差し出した。見たことない食べ物なのに、絶対に美味いとわかる匂い。ああ、目眩がする。
「お代わりいっぱいあるからね」
魔女が微笑んでいる。何だってんだくそ、こんなもんでごまかされてたまるもんか――そんないじけて拗ねた気持ちも、椀の中身を一匙、口に入れるまでだった。がつん、殴られたような衝撃だった。なんだこれなんだこれ、なんだこれ、うま。ラルフは文字どおりむさぼり食った。初めは少し熱かったが、すぐにほどよく冷めた。一椀食べ終えるとすぐに次の椀が差し出され、空の椀が回収されていく。うまい。なんだこれ、本当に人間の食べ物なのか。肉はこってりしていてものすごくやわらかく、喉を通って腹ん中に落ちていく感触にうっとりする。二椀目が空になり、次の椀が差し出される。気づくと膝の上にふわふわのパンが載っていた。白いパン。黒くなく、殻だのごりごりした粒だのが混じってない、ふわっふわなのに香ばしいパン。
何だってんだよくそ、とラルフはもう一度思った。
本当に何だってんだよ。こんな美味いモン、冗談じゃねえよ、くそ。
ラルフが周りを見回す余裕を取り戻した頃、他の三人も食べていた。ルッツも朝から殆ど何も食べていないはずだが、いつもどおりの無駄な男気で、ラルフが来るまで自分も我慢していたらしい(この匂いを嗅ぎながら!)。ラルフに負けないくらいがつがつ食べている。フェルドと魔女も食べてはいるが、あまり本気ではなさそうだ。
「もっと食べる?」
魔女が訊ね、ラルフは、ん、と空の椀を差し出した。泣き出したいようないじけた気持ちは消え、代わりに今は、恥ずかしかった。腹なんか減ってないと言いながらがつがつむさぼり食ってしまった。事態は深刻だ。穴掘って埋まりたい。しかし差し出された椀を無視するわけにはいかない、だって自分で頼んだお代わりだから。受け取って、抱え込む。食っても食っても食ってもまだある、美味しさの固まり。
「これ……なんて料理」
恥ずかしさをごまかすために当たり障りのない話題を振ってみる。答えたのは魔女ではなくフェルドだった。
「ビーフシチューだよ。野菜も食え」
「んー」
いつからそこにあったのか、つやつやした“野菜”の入った器が流木の上に置いてあった。緑の葉っぱの上にキュウリとにんじんの千切りが載っていて、たれがかかっていて、またこのたれがものすごく美味そうな匂いをさせている。フォークを突き刺して、食べる。なんだこれ、美味い。野菜と言えばラルフにとっては『体の調子を整えるから無理矢理でも食え』と世話役に口の中に押し込まれる類のものだが、このたれがかかっていてこんな風に切られているなら押し込まれなくても食うのにな、と思う。
そして最後に、芋が出てきた。
ラルフの大好物だ。
ルッツが教えたに違いない。ちくりやがったな――と睨んだが、ルッツはにこにこ笑うだけだ。おまけにその芋は、ただふかしただけじゃなくて、変わった形に切られていて、光っている。おそるおそる舐めると、甘い。黒いゴマが散らばっている。噛むと、かりっと言った。外側はかりかりで、内側はほくほく。全体的に絡んでいる甘塩っぱい透明な衣は、砂糖――だろうか。
なんだこれ、とラルフはまた思った。
こんな食いもん、今まで見たことも聞いたこともなかった。
芋の方は、あんまりたくさん食べられなかった。美味すぎて、そして甘いから、どうしていいかわからない。頭がぼうっとしてしまう。噛んでも噛んでも甘い。
ラルフの勢いが落ちたから、腹が落ち着いたと思ったらしい。フェルドはようやく、話を始めた。