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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
ラセミスタの留学
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対魔物用道具お披露目2/2


「つーかこういうの、魔物だけに使うにはもったいないよなあ」どんぐりじみた先輩がそう言った。「課題の出先で安全に気を配んの、結構大変なんだよね。野生の獣とか、まあ滅多に襲っちゃこないけど、食いもんは狙われたりするし。野獣より怖いのは人間なんだよ。泥棒とか追い剥ぎとか出没したりするんだ」


 カルムは兄から聞いて知っていたが、新入生たちの大半は知らなかった。リーダスタが「ひええ」と声をあげる。


「寝込みを襲われたりするわけですか」

「いや治安維持隊がパトロールしてるからさあ、あんまり大規模なのは出なくなって久しいって聞いてるけど、単発の泥棒は結構出るよ。高等学校生は魔法道具持ってるって知れ渡ってるから。食糧だの魔法道具だの盗まれると、一度課題を中断して近くの街まで戻らないといけないし、その分時間取られるし、もちろん金もかかるし迷惑なんだよなあ。この網をさ、テントの周りに広げといて、一晩中起動させとくことができりゃあめちゃくちゃ便利なのに」

「そうだよなー」とチャスクが言った。「ラスなんてトロいし格好の餌食じゃん、祭りが終わったら課題消化だよ? 今のうちにちょっとでも、防犯用の道具用意しといた方がいいんじゃないのか」

「そもそも全体的にぜんぶ大掛かりなんだよな。自分の護身用の道具とか持ってないの」


 次々に言われてラセミスタは少し考えた。おいおい、とカルムは思う。


「魔物に遭遇することはなくても、普通に防犯グッズとか持ってるだろ……」

「エスメラルダってよっぽど安全な国なんだねえ」


 ミンツが感心している。確かにミンツなら、防犯グッズの数々をいつも持ち歩いていそうである。


「いやいや、狩人だのなんだのに狙われてるんじゃなかったか? 能天気すぎるだろ」

「刃物の一つもないのか?」


 グスタフがそう言った。チャスクが笑う。


「ラスとろいから、自分に刺さりそうじゃん」

「いやでもやっぱりコンパクトさと利便性を考えたら」

「あのね、俺姉ちゃん多いから知ってるけど、女の子にとって刃物は却って危ないんだよ。奪われたら逆に凶器になるんだから。ラスだったら大事なもの全部抱えて、さっき言ってた、しぇるたー? だっけ? そういうのに閉じこもった方がマシだって」

「そういうものなのか」


 グスタフが感心し、ラセミスタがポケットを探ったのにカルムは気づいた。出てきたのは口紅くらいのサイズの、小さな細い筒、それから卵のような形をした石だ。


「護身用の道具なら持ってるよ。これで泥棒を撃退することは想定してなかったけど」


 ぽん、という音と共にその場に現れたのは、十五センチくらいの長さの筒だ。卵の方は変わらなかった。みんながのぞき込んだ。


「これ、なに? たまごと吹き矢?」

「ううん。ちょっと離れて、危ないから」


 ラセミスタは筒を上に向けて魔力を通わせたようだ。ふおん、という軽い音と共に輝く刀身が出現した。その輝きは眩しいほどだ。周りで誰かが息を呑んだ。


「すっげ――」

「なんだこれえ、何でできてんの?」


 しゅん、と刀身が消滅して、ラセミスタはそれをみんなに見せた。


「こっちが刃物で、この卵みたいな方は盾になるよ。どっちも同じ原理でできてるんだけど、盾の方はこの卵を握って魔力をこめると盾が出現する。で、こっちは出現させた細かい粒子を高速で振動させることでものを断ち切る、という仕組み。この剣の売りは切れ味だよ。ダイヤモンドもすっぱり切れます」


「えええええええ」

「……切ったの?」

「切ったよ」

「切ったの!? なんてことすんのエスメラルダ! 魔法道具のテストのためにダイヤまで切るか普通!」


「お前もお前だ! あっさり切るな! ちょっとはためらえ!」

「ど、どんな感触?」


 ラセミスタは思わずと言ったふうに笑った。


「まあちょっと、背徳的な感じはしたかな。ああでも、切った後のダイヤはちゃんと別の物に使われてるよ? 捨てたりしてないよ」

「んなことは当たり前だー!」

「ダイヤ切った剣かあ……でもそこまでの切れ味……まあ普通の敵とか獣とかなら、ぴかぴかの剣見たら逃げるよな……でも……やっぱそこまでの切れ味いらねえだろ」

「……まあね」

「その剣でその盾を斬ったらどうなんの?」

「それがねえ、すごく危ないんだよ。粒子同士が反発しあって大爆発を起こすの」

「……!」


 みんながざっと後退り、ラセミスタはさらに笑った。


「ふふ、冗談冗談。ただ反発しあって混ざり合わないようになってるだけ。だから護身用は十分だと思ってるんだけど、」

「すごいなあ……その道具もラスが作ったんでしょ」


 ミンツがうっとりとそう言い、ラセミスタが少々たじろいだのにカルムは気づいた。


「……うん」

「すごいなあ。ほんとすごいよ、ラス」

「あ、ありがとう」


 少し居心地が悪そうだ。そう思ったカルムは、ミンツを見て納得した。

 ミンツは笑顔だった。ラセミスタの方に身を寄せるようにしており、彼女にむけている表情は、まるで崇拝だった。ストレートな賞賛の声にも信奉のようなものが含まれていた。


 そう、ミンツはまるで、女神か天使でも見るかのようにラセミスタを見ていた。


 わずかな警戒心が働いた。今日エスメラルダからの留学生を一眼見ようと詰めかけた大勢の人々を思い出した。彼らは初めは物見遊山だったが、ラセミスタを見、ラセミスタの話を聞いたあとは、雰囲気が一変していた。危うい熱狂さを秘めた群衆は、それだけで十分な脅威だった。


 ミンツにも似たような熱を感じる。女性がほとんどいないこの学校に紛れ込んだ美貌の天才少女、という肩書きを考えると致し方ないことかもしれないが、ラセミスタにとっては迷惑な話だろう。ミンツに釘をさした方がいいかもしれないが、ミンツにとっては不本意だろうし、話の切り出し方が難しい。


「ねえラス、すぴーかーしすてむってなに?」


 リーダスタがそういった。ラセミスタは少しホッとしたようにリーダスタに向き直った。


「校長先生がさあ、今年はすぴーかーしすてむで我慢するしかない、っておっしゃってたんだ。祭りで演説を聞きそびれることがなくなるって」

「ああ、スピーカーシステム? ええとね、今日、講堂での講演を、外の芝生広場でも見られるようにしてあったの見た?」

「うん、見てはないけど話は聞いたよ。芝生広場に詰めかけた人もラスの講義全部見て、聞けたって」

「それと同じようなものだよ。マイクから話したことを離れた場所で聞くことができる、その道具をスピーカーっていうの。スピーカーは映像は映せない、音声だけ」

「ふぅーん。じゃあ、高等学校の円形広場の壇上でやってる演説を、正門そばの広場で聞くこともできるってこと?」

「そうそう、そういうこと。高等学校用にスピーカーを50準備したはずだよ。まだ魔力供給網が整備されていないから、頻繁に魔力の結晶を補充しなきゃいけなくて非効率なんだけど。でも毎年の円形広場の混雑と演説の聞き通りの悪さを思えば、今年からぜひ導入したいって校長先生がおっしゃって」

「来年には、映像付きで聞けるようになんのかな」

「んーと……次は議事堂に整備されるはずなんだよ。国会を中継できるのが最優先だもんね。それから王宮と、あと各地区の地区役所を整備して。それが結構大変だと思うんだよね、途中の通信網を整備しながらだからね。学校関係はその次かな、学校の中での優先順位は、高等学校が筆頭になるはずだよ。もちろん役所関係と並行して進めるけど、優先順位は落ちると思う」


「……ラスが進めるの?」


 ミンツがそう言い、彼女は熱心に頷いた。


「もう打診はいただいたの。もちろん関わらせていただきたいと思ってる。校長先生は高等学校の課題として取り組めるようにしてくださるって」


 校長先生は本当に行き届いた人だ、とカルムが感心した時、ミンツはうっとりと言った。


「本当にすごいね……! そうだラス、明日の祭りの時、二人で一緒に回らない? 甘いものの屋台もいっぱい出るよ。僕が案内するから!!」


 二人でかよ。カルムは天を仰ぎたくなった。ちょっと先走りすぎだろう、ミンツ。

 あれほど周囲の空気を読むのがうまく、貴族と平民の間を絶妙な距離感で掻い潜ってきた、世渡り上手なミンツが嘘のようだ。恋は盲目、ということなのだろうか。

 ラセミスタは完全に困っていた。助け舟を出してやるべきだろうか。同じことを考えたのか、リーダスタとどんぐり先輩が口を開いたのが見えた。

 しかし救いの手は、全く別の方向から放たれた。


「ちょいと失礼。おーい、ラス、いるか〜?」


 聞き覚えのある野太い声。談話スペースの入り口の方からだ。

 ラセミスタの顔がパッと輝いた。


「はい!」


 彼女は立ち上がり、のびあがって、後ろにいた先輩たちの間から来訪者を覗き見ようとした。

 カルムの場所からはその人物がよく見えた。エスメラルダの保護局員、ベネット・ラズロールという人物だ。カルムも、他の高等学校生たちもすでに会っていた。ラセミスタの講演の時、聴講していた高等学校生はみんな駆り出されて彼女の護衛役を勤めたが、その責任者だった人だ。


 ラズロール保護局員は高等学校生たちよりはもちろん年上のはずだ。ものすごく凶悪な顔つきをしており、保護局員(というのはどうも警察や軍隊のような役割をするらしい)よりもマフィアやギャングと言われた方がしっくりくるような外見だが、意外に気さくな人だっだ。とても優秀な人のようで、ラセミスタがエスメラルダに留学することになった際、護衛役として抜擢され一緒に来たそうだ。カルムが知っているのはその程度だが、ラセミスタがとても懐いているところを見ると、顔に反して人柄が良いのだろうと思わせる。


「なんなんだこの人垣。魔法道具見せてんのか」


 ラズロール保護局員の方でもラセミスタを可愛がっていることは一目瞭然だった。高等学校生たちがわきに避けて彼を通してやると、ラズロール保護局員は退いてくれた彼らに手をあげながらこちらへやってきた。


「今日はよく頑張ったな。疲れてねえのか」


 ラズロール保護局員はそういい、ラセミスタは首を振る。


「いえいえ、楽しい時間でした。ベネットさんこそお疲れ様でした。ありがとうございました」

「いや何、仕事だからな。そんでまあ、悲しいお知らせなんだが」ラズロール保護局員は手にした書類ばさみに目を落とした。「ガストンさんに聞いてみたんだが、やっぱ止められた。明日の祭りは出るのやめとけ。な?」

「……え、」


「ええっ!?」と言ったのはミンツだ。「出ちゃダメなんですか。どうして!?」


「どうしてって……今日の聴衆がどんな感じだったか見ただろ。祭りってのぁ入り口で一応身分証の確認はあるが、身分証さえ持ってりゃ誰でも入れるらしいじゃねえか。今日の講演があんなに盛況でなきゃあ行けるかと思ったんだが、やめた方がいい。呑気に屋台巡りなんてできるとは思えねえから」

「護衛をつければいけるんじゃ」

「そういう問題じゃねえんだよ」ラズロール保護局員はキッパリと言った。「エスメラルダからの護衛は俺だけだし、高等学校生たちだって四六時中ラスに張り付いてるわけにゃあいかねえだろう。いろんな挨拶回りとかしなきゃいけねえんだろ? なんかあったら取り返しがつかねえから、ほんとに」

「……」

「わかりました」ラセミスタは微笑んだ。「明日は寮で大人しくしてます」

「悪ぃな」ラズロール保護局員はぽんとラセミスタの肩を叩いた。「うまそうなものがあったら買ってきてやるよ。高等学校の外になら、出かけても構わねえからな」




 ラズロール保護局員の登場でなんとなく気勢を削がれた格好になり、魔法道具のお披露目会はそこでお開きとなった。気づくと消灯時間も近い。

 チャスクとウェルチがさんざんねだったおかげで、ラセミスタは、魔物撃退用の魔法道具をこの談話コーナーの一角に置いておくと言った。ここならば外部の人間は滅多に立ち入らない。曲がりなりにも高等学校生だ、持ち出して売り捌こうとする不心得者もそうはいないだろう。ここに置いておいてもらえれば、課題に出るまでの間、学生は好きにいじり倒すことができる。抜け目ないリーダスタは紙とペンを持ってきて、『使用上の事故は自己責任。エスメラルダおよび留学生は一切の責任を取らない』と書いて貼った。


 カルムの目的は果たせなかった。ミンツのあの様子を見た後では、彼女の時間を確保しようとする行動には、自ずと慎重にならざるを得ない。いいのだ、と自分を慰める。ラセミスタは明日は祭りにいかないということがわかった。カルムもいかないつもりだったから、明日なら時間が取れるはずだ。


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