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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
ラセミスタの留学
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日記①

「や、約束だからね!? あ! それ以外にも、観光もつれてってね!?」

「あーいーよ、もちろん。どうせだから行きたいやつみんなに声かければ?」

「って、今から読むの? 俺さあ、アナカルシス語読み上げられても意味わかんないんだけど」


 リーダスタがいう。カルムは手を振った。


「あーそっか。じゃなリーダスタ。助かったよ。おやすみ」

「何てこというの!? それが助け舟出してやった恩人に対する言葉なのかよ!」


 ラセミスタは笑いだした。この人たちの会話を聞いていると全然飽きない。


「じゃあ翻訳機の機能をフルにしてから読むよ。グスタフも聞きたそうだもんね」

「ありがとう」


 グスタフは嬉しそうだった。オーレリアというのはそれほどの偉人なのだろうか、とラセミスタは思う。

 しかしこれは渡りに船というものではあった。エスメラルダから持ってきた菓子は底を尽きてしまったし、購買で買えた菓子は庶民的なものばかりだった。もちろんどれもみんなおいしかったけれど、コオミ屋のような、ハレの日に食べる高級な菓子にはまだ遭遇できていない。リデルが山で食べさせてくれたチョコレートはどこで買えるのだろう。聞きたかったが、教えてくれないだろうという気がする。

 ここでカルムの頼み事を聞けば、お姫様が召し上がっていらっしゃるような超高級菓子店を紹介してもらえる。ここ半年ずっと頭を悩ませてきた菓子問題がこれで解決となる。

 しかし少々後ろめたい気持ちもあった。ただ母国語を読み上げるだけで、首都観光(執事と馬車付き)と伝説の揚げパンだなんて。


「えっと……でもほんとにいいの? これ多分本当にただの日記だと思うよ。あとで、知りたかったことが書いてなかったから揚げパンなし、とか言わない?」

「言わない言わない。男子に二言はない。揚げパンの他にもあったぜ、もちもちした皮ん中に冷たーいバニラアイスが入ってたり、生クリームと苺とか、チョコレートクリームとバナナとかが、ぎっしり詰まってたりすんだ。口の中にとろとろとふわふわともちもちが一挙に押し寄せてくる」

「うああ……」

「それもつける。全種類食っていいからほら、早く!」

「あああ夢のようだ……どうしよう……」

「だからこういう人に恩売っとくとお得だよって言ったでしょ?」


 リーダスタの笑顔。ラセミスタは頷いて、ノートを開いて読み上げた。


「九月七日――オーレリアが日記など書くべしとやかましきため、本日よりつけることにし候。夏休みの宿題以来のことなり。懐かしきかな。本日はアイオリーナから手紙が着き候。来年の予定、立てる必要ありしため、我らが披露宴の期日を知りたき旨なり――ほら! 本当に日記だよ? いいの? 本当に全部読むの?」


「……」間があった。「い、いいよ。読んでくれ。あ、日付は省略していいや。それに全部律義に読まなくていい。大まかな意味だけ教えてくれ」


「うん。えっと次が……披露宴どうしようかってガスという人に聞いたら、すごく苦しそうな顔をして、したいならしてもいいって言ったけど、あんまりつらそうだからやめとこうと思った、かな。それから次の日、アイオリーナに返事を出したって。数日飛んで、レティアがご飯をたくさん食べた……授乳量が減ってありがたい……ば、あ、と……バートという人が、レティアのことが大好きで、よく遊びに来てくれる、あやすのが上手、レティアもバートが大好き、バートがおんぶをするとすごく喜ぶ。もう少し大きくなったら……剣? 剣を、教えてくれると言ってる……レティアが腕の力だけで前に進んだ……ついに移動を始めた……ま、あ、しゃ、マーシャ? かな? マーシャに伝えたら大喜びで、えー、家のすべての床を磨いた……これからは家に入る時に靴を脱いで、レティアが……は、い、ず……はい……はう……なんだこれ、あ、はいはいのことかな? たぶんそうだ。はいはい、しても、汚れずに済むようにすべきだとマーシャが言った……ら、しぇ、る、だ、……ラシェルダ、が、やっていた、家をきれいにする、じゃなくて、うーん、ちょっと待って……ああ、家をきれいにするんじゃなくて赤ちゃんに慣れてもらうんだ。あは、なるほど。赤ちゃんを鍛えて家が汚くても平気になように育てる、ということを、ラシェルダと言う、たぶんお母さんの先輩なのかな、ラシェルダがそうやっていたから、自分もそうしたいけど、マーシャの気を悪くせずにうまく伝えるにはどうしたらいいのか分からないって、書いてあるみたい」


「……次は」


 カルムがうめき、ラセミスタは続けた。


「えっと……アイオリーナから脅迫状……脅迫状!? あ、いいんだ。脅迫状が来た。披露宴に呼ばないなら大神官をそそのかして、マーセラ神殿がエスメラルダに攻め込むようにしむけるとのこと……なんだそりゃ。でもこれ書いてる人って、エスメラルダの人なんだね。何でこの人の日記がガルシア国にあるんだろ。大神官をそそのかせるってことは、アイオリーナってすごい地位にある人なんだろうな。そんな人と友達みたいだから、この女の人も高い地位の人なんだろうし、マリアラが知ったら読みたがるだろうなあ」


「……なんだそりゃ」とカルムも言った。「ほんとにそんなことしか書いてねえの? それじゃまるで日記じゃんか! なんでだよ!」

「だから初めから言ってるじゃん! カルムってば言い草がほんとにフェルドそっくりだよ!」

「フェルドって、お兄さんなんだっけ?」


 リーダスタがたずね、ラセミスタは笑った。


「そう……まあ、血の繋がりはないけど、兄みたいなもの。カルムと話してると思い出しちゃうよ、理不尽なとこまでそっくりなんだもん」

「マリアというのは?」


 グスタフが言って、ラセミスタは驚いた。


「うん! マリアラね。え、何で知ってるの? 言ったっけ」

「魔法道具制作の試験の時に、グレゴリーという人に近況聞いていただろう」

「ああそっか! そーなの。マリアラって言ってね、寮の同室だったんだ。すっごくいい子で、あたしの恩人なの。フェルドの相棒なんだ」


 マリアラからの手紙は今日も来ていなかった。

 だからラセミスタはもう、心配する気にはならなかった。マリアラがラセミスタを忘れるわけがない。疎ましくなったりもするわけがない。きっと何らかの事情があるのだ。


「相棒って?」

「あー、うん、ふたりは魔女だからね。フェルドが右巻き、マリアラやお客さんの護衛役。マリアラは左巻き、フェルドやお客さんのケガや病気を治せる。魔女は相棒同士、二人一組で仕事をするんだ。ここにもイリエルのペアがきてるって聞いたけど……グスタフの足も、頼めばいいのに」

「いや、ここではそう簡単に頼める相手じゃない」

「そう? じゃあねえ、イリエルの左巻きの前に松葉杖ついて通りかかったふりをすればいいよ。左巻きはケガや病気を見過ごせるようにできてないの。あっちから治療させてって頼んでくるよ。マリアラもそうなんだ。すっごくいい子なんだよ。可愛くって親切でちょっとおせっかいで、寝食忘れて研究に没頭してると、食べ物もってきて食べろ食べろってわいわい騒いでくれるの」


 目の奥がじんと痛んだ。なんて楽しい日々だっただろう。

 リーダスタは感心したようだった。


「友人に魔女がいるなんて。あ、お兄さんもそうなんだっけ、さすがエスメラルダって感じだなあ」

「そう? まあ……」

「ぅあー!」と唐突にカルムが叫んだ。「くそっ、負けるもんか! 引き下がってなんかやらないからな! ラス、続きは!?」

「ええー、まだ読むのー?」

「じゃあチョコレートもつける! 王室ご用達だ!」

「オウシツゴヨウタシ!!」


 王室ご用達、というのはつまり、王様が召し上がっているお菓子ということだ。色めき立たずにいられなかった。エスメラルダには王室など存在したことがないがゆえに、あこがれの対象である。王室のご用達とくれば、さぞや高貴でおいしい菓子なのだろう。ラセミスタはいそいそと続きを読んだ。


「えっと……オーレリア、に、どうして日記なんか書いているのか、と怒られた」

「全くだ……」


 とカルムが頷いている。思わず笑いながら、先を読んだ。


「自分が書けと言ったくせに、本当に理不尽な人だ、そもそも、日記だと思うなら読むのをやめるべきだ……ほらー。やっぱこの人も読まれるの嫌だってー」

「チョコレートには最高級のリデア産生クリームがたっぷり使われています。他にはない濃厚なおいしさです」

「読みます読みます読ませていただきます。えー、ガスのところにか、あ、でぃ、す、カーディス……」ラセミスタは瞬きをした。「……カーディス?」

「どした?」


 リーダスタがたずね、ラセミスタは眉根を寄せた。

 カーディス。聞き覚えのある名前だ。

 ……でも、どこで聞いたのだろう?


「ラス、続き」


 カルムがせかすので、一応疑問をわきに置いた。あとで考えよう。


「えっと……ガスのところにカーディスから脅迫状……またか……脅迫状が届いた、ガスは悲壮な顔をして、頑張ろう、と言った、だから、頑張ることになった……どんな脅迫だったのかは教えてもらえなかった……ガスがつらくないなら自分はやっても構わない……でも本当に今更だ、って。そうだねえ。レティアって、ガスって人と日記書いてる人の赤ちゃんなんだよね。結婚だけして披露宴をしてなかったってことなのかな。いまさらだねえ、ほんと。てことは、カーディスって人が大神官なのかな……? で、次ね……も、り、い、……モリーがマーシャのところへ遊びに来た……お店を休んで来た、珍しいことだ、でも嬉しい……ガスとレティアと三人で、三食とも入り浸る……丸め焼き。なにこれ? 丸め焼き、だって。メニューの名前かな。モリーって人は料理人なんだろうね。えっと、披露宴をしないというなら、丸め焼きを、再び、葬る……違う、封印、かな。封印しなければならない、とモリーが言った。それを伝えるために来たのだと納得した。アイオリーナは本当に行き届いた人だ……どういう意味? 丸め焼きという、日記書いてる人が大好きなメニューがあって、披露宴をしないならモリーはそれを封印しなければならない……ああ、アイオリーナがモリーに、丸め焼きを封印しろと命じたってことかな? そんなにまでして、日記の人とガスって人との披露宴に出たかったんだね。すごい人だ……ええ……でもそのお陰で、披露宴では、モリーもごちそうを作ってくれることになって、やる気が湧いてきた、チーズ入りのケーキを焼くと約束したんだって。うわあ。モリーってよっぽど腕がいいのかなあ……食べたいなあ……。それからあ……ええと……なんだこれ、辞書辞書」


 推測さえできない、知らない単語が出て来たので、端末を引っ張り出さなければならなかった。開いて、文字を入力して、弾き出された文章を読んで、うなずいた。


「流れ者、無頼漢、戸籍をもたず、特定の住所や職業をもたずに流浪し、短期の仕事を請け負ってその日の暮らしを立てる人間の名称、一般的には蔑称である……だって。で、ええと……流れ者のみんなを呼ぶのは当然だと思っていたが、エルヴェントラ、が……」


 エルヴェントラ? 知っている単語が出てき出てきてちょっと身震いする。

 と、リーダスタが訊ねた。


「エルヴェントラってなに?」

「今も使われてる言葉だよ。エスメラルダのトップ、“校長先生”のこと」

「へえ〜」

「この日記がどれくらい昔のものなのかはわからないけど、その頃から使われてた言葉なんだね。それでえっと、エルヴェントラが言った、エスティ、エル、ティナ……えっ、エスティエルティナ!?」


 先日まで考え続けていたキィワードが出現してギョッとした。マリアラが何かで調べたところによると、エスティエルティナは以前は女神の名ではなく、エルヴェントラと同じく職名だったらしいということは聞いていた。ここここれは、と、ラセミスタはドキドキした。


『改竄』が行われる前に書かれた、日記、なのではないだろうか。

 でも――

 これは少し、危険なのではないだろうか?



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