リーダスタの計画
カルムを送ってきたらしい男の人は二人いたが、アーミナたちに一礼して場所を開けた。カルムはすぐに医局の助手たちとアーミナに取り囲まれた。「とにかく病室へ」アーミナが言うのが聞こえた。「吐き気はどう? 固形物を食べてないでしょうね? 本当に、こんな無茶をするなんて!」
カルムはおとなしく連行されていく。反応する気力もないのではないかとラセミスタは心配だった。と、カルムがこちらを見た。
目が合った。
カルムはラセミスタを見てはっとした。が、自分でも、なぜはっとしたのかわからない――そんな表情だった。カルムはそのまま、何も言わずに連行されていった。「カルム」ラセミスタは囁き、アーミナがこちらを見た。
「大丈夫よ。死んだりしないわ。でもまずは休まないとダメ」
「は、はい……」
反論などできる雰囲気ではなかった。ラセミスタは固唾を飲んでカルムの後ろ姿を見送った。
「カルム、大丈夫そうか?」
グスタフが訊ね、ラセミスタは振り返った。リーダスタがほっとしたように言う。
「大丈夫そうだよ。自分の足で歩いてたし」
「そうか」グスタフは頷いた。「よかった」
「でも、すごく具合が悪そうだったよ……アーミナが大丈夫って言ったから、大丈夫なんだと思うけど……あんな顔色で、どこ行ってたんだろう」
「たぶん家に帰ってたんじゃない?」そう言いながらリーダスタは、戻ってくる二人を指さした。「あの人たち白衣着てない。リーリエンクローンの使用人じゃないかな。ここまで送ってきたんだろ」
その二人は病室のプレートを見ながらゆっくりとこちらに戻ってきていた。カルムを送ってきただけじゃなく、誰かの病室を探しているのだろうか、とラセミスタは考えた。ラセミスタとリーダスタが覗いているのに気付き、二人は足を止めてにっこりした。人の好さそうな人たちだった。一人はまだ若く、もう一人はだいぶ年かさの男性だった。二人の笑顔を見てラセミスタはホッとした。ここまで送ってきた二人が笑顔なのだから、カルムは大丈夫そうだ、と思った。
年かさの男性は、リーダスタ、ラセミスタ、それから病室の中のグスタフと視線を動かし、穏やかな口調で言った。
「わたくしはリーリエンクローン家の執事を務めさせていただいております、アルフと申します」
「えっ、執事?」
リーダスタは目を丸くした。アルフはにっこりと微笑む。
「はい。いつも我が家のカルム様がお世話になっております。よろしければ、お名前をうかがえますでしょうか?」
「あ、はい。メルシェ地区のリーダスタと言います」
「ラセミスタ=メイフォードです」ラセミスタは頭を下げた。
「グスタフです」
グスタフは寝台から立ち上がろうとしており、アルフは急いで押しとどめた。
「どうかそのままで。ご歓談中にお邪魔をいたしまして大変申し訳ありません。あなたがグスタフ様でいらっしゃいましたか。操獣法の試験でお怪我をなさったとうかがいまして……こちらは当家の主人からの、お見舞いでございます」
すかさず進み出た若い方の男性が、籠を差し出した。思わずというように、リーダスタが受け取る。
「どうぞ皆さまでお召し上がりください」
「は、はあ……ありがとうございます」
「あの。ありがとうございます」
グスタフが部屋の奥からそう言い、アルフはにっこり笑った。
「今後とも、坊ちゃまをよろしくお願い申し上げます」
坊ちゃま。
ラセミスタはなんだか嬉しくなった。
カルムのお父さんがお兄さんを殺したとか、とても仲が悪いとか、いろいろな噂を聞いたけれど、執事だというアルフ氏の声音からは、カルムを大切に思っているのが伝わってくる。もう一度丁重な礼をして二人は離れていき、リーダスタが籠を抱えてグスタフの方へ戻った。ラセミスタはその後をついて行き、リーダスタの隣から籠を覗き込んだ。本物の花はなかったが、薄いタオル地でできた薔薇が三つあった。広げるとタオルになるのかもしれないとラセミスタは考えた。入院中にはいくらあっても困ることはないだろう。その他に、個包装のキャンディとクッキーとチョコレートが、かなりたくさん入っていた。早速リーダスタがチョコレートを一つとる。
「みんなで食べていいって言ってたよね。いただきまーっす」
「リーダスタ、こういうのは普通、もらった人が一番に食べるものだよ?」
乏しい常識を総動員してそう言ってみると、リーダスタはあっけらかんと笑った。
「ラス、高等学校でそんなこと言ってちゃ生きてけないよ~? いっぱいあるんだからいーじゃん。それよりさっき気になったんだけど、本名、ラセルじゃないんだ?」
「あ、うん。言ってなかったっけ。ラセルは便宜上の名前で、本名はラセミスタって言うの。愛称は同じだから」
「へえ~」
言いながらもリーダスタは次々に菓子を食べる。ぽいぽいと、まるでポップコーンでも食べるかのような気軽さだ。こんな高級そうで美味しそうなお菓子に対する扱いではない。業を煮やしてラセミスタはリーダスタの前から籠をどけた。リーダスタが抗議する。
「なんだよ、それラスのじゃないじゃん。ラスも食べたいくせに」
「あのねリーダスタ、人がもらったお見舞いをそう気軽に食べちゃいけないんだよ」
「エスメラルダの常識ではそうなの? ガルシアの常識はそうじゃないよ」
「え、そうなの!?」
「ガルシアの常識でもそのはずだ」グスタフは笑った。「朝食が済んだら少し食べよう。窓際に置いておいてくれないか。そうしたら、後から見舞いに来てくれた人にも渡せるから」
「だよねえ、リーリエンクローンさんもそう言う意図で、個包装のお菓子を差し入れてくれたんだろうにねえ」
「じゃあ俺午後も来るから、その分先にちょーだい」
リーダスタは屈託なくそう言い、ラセミスタは思わず笑いだした。
「リーダスタはもう十分食べたでしょ。午後の分もとっくに食べてるよ」
「ちぇ~っ」
リーダスタは唇を尖らせて見せ、そうそう、と話を変える。
「操獣法で捕まえたマティス、今牧場にいるけど、大人気だよ。先輩が乗ってみたいって言ってる。あのさ思ったんだけど、マティスに乗せてやる権利をさ、10分2,000レリとかで売ったら、バイトなんてしなくていんじゃない?」
「10分で2,000レリ!? 高すぎるだろう」
「な~に言ってんの、あのマティスを他のマティスと同じように扱ったら罰が当たるよ? やってみよーよ、絶対すげえ人気出るって! めちゃくちゃ大儲けだから! 地区出身の班のみんなで山分けしよーぜ! ウェルチとチャスクも喜んで協力すると思うよ。グスタフの取り分を一番多くしてやるからさあ」
「しかし、ポルトたちは」
「まーたそんなこと言って、お貴族様たちが2,000レリぽっちありがたがるわけないじゃん! ミンツはどうかな、金は自分で稼げって言われてるって言ってたから、入れてやったら喜ぶかもね。ね、やろうぜ。右腕だけで薬草刻むよりずっといいじゃん。乗りたい奴は乗れて楽しめるし、俺たちは金を稼げて学生生活を豊かにできる。これこそウィンウィンってやつでしょ!?」
リーダスタはどんどん話を進めていく。ラセミスタはちょっとわくわくしてきた。これからみんなバラバラに課題をこなすために旅立つのだと思っていたが、その前にこんなイベントがあるなんて。
休みだからとたくさん予定を入れてしまった過去の自分が、恨めしいくらいだ。




