三日目 非番(1)
ララは、ダニエルの髪がお日様の光にキラキラ輝くところを眺めるのが好きだ。
今日は、十一月が近いエスメラルダでは珍しく晴れ間が覗いていた。ダニエルがフェルドの“面接”会場を、休憩所ではなく青空食堂に設定したのでララは満足だった。朝食のピークタイムが過ぎて空席の目立つ食堂の片隅で、フェルドの向かいにダニエルが座り、ララはいそいそとダニエルの右斜め後ろに陣取った。
“面接”に口を出すつもりはないが話は聞かせてもらいますよ、ということが如実にわかる位置だ。そしてダニエルの金色に渦巻く髪とそこに溜まる日光を、思うさま眺めることができる位置。
フェルドは珍しく、疲れているようだった。今まであまり当番勤務をこなしたことがないから、よく眠れなかったのだろうか。意外。
マリアラはと言えば、もっと疲れ切っているようだった。今は食堂の一番離れた隅っこで、こちらに背を向けて朝食のサンドイッチを食べている。この“面接”で交わされる言葉がマリアラの耳に入ることは万が一にもないだろう。
「疲れてるとこ悪いな。まあ食えよ」
ダニエルはにこやかにフェルドにそう勧めた。フェルドはうー、と唸るような返事をして素直に食べ始める。サンドイッチとスープとサラダ。サンドイッチは二人分しか載っていない。疲れていて食欲がないのだろうか。意外。
「話って何」
いつもより少し落ち着いたスピードで食べながらフェルドが言う。ちらりと、マリアラの背に視線をやったのが見える。フェルドもうすうす察しているだろうが、これは“面接”だ。ダニエルが、溺愛する“愛娘”の相棒候補をひとりひとり呼び出して話を聞くのを、ララは全部見てきた。今日で三人目。フェルドが最後だ。
ダニエルはマリアラの【親】である。
通常、【親】が【子供】の相棒選出に嘴を突っ込むことはあまりないが、マリアラの場合は仮魔女試験が大波乱だった余波で、研修が三週間も延びた。三人の相棒候補をじっくり選べる立場になったということは、マリアラのような子には却って負担になりかねない。だからダニエルもできることはしようと腰を上げた。【親】が誰かを推薦もしくは拒絶した場合、〈アスタ〉もその意見には最大限の配慮をするだろう。
それが事実かどうかはさておき、そう周囲に思われていることは確実だ。
ダニエルはしばらく黙って、フェルドが食べ終えるのを待っていた。ララは右斜め後ろから、その巨体の上にちょこんと乗っている小さな頭と、その上に渦を巻く金色の頭髪を眺める。見ても見ても見飽きると言うことがない、なんて綺麗な金の髪。お日様の光をくるくる巻き取ったみたいな輝きだ。そしてその下にあるのは碧眼の鬼瓦。完璧だ、とララは思う。
“今後一緒に仕事をしていくとして、障害になりそうなマリアラの“欠点”が見えたと思うが、それはなんだった?”
ダニエルはダスティンにもジェイドにも、同じ言い方をした。
ダスティンはまごついていた。ダニエルがマリアラを溺愛しているのは周知の事実だ、彼女の欠点をあげつらったら、ダニエルは気を悪くするに違いない。しかし『見えたと思うが』という言い方をした――つまり“見えて当然”だということで、ということは“欠点”を言わなかったらそれは減点になるのか? どう答えるのが一番いい?
ダニエルの右後ろからダスティンの様子をとっくりと眺めたララには、彼の内心の葛藤が手に取るようにわかった。ダニエルは結構人が悪い。ダスティンに追い打ちをかけた。
“どうした、見えなかったのか? 一週間も時間があったのに”
“いやだって、欠点って、言っても……そんなのなかった。うまくやれると思う”
“なかった? じゃあ粗探しするつもりでもいい、何か一つ、強いて挙げるとすれば?”
ダスティンがひねり出した答えは、“魔力が弱い”、だった。彼はフォローも忘れなかった。いや弱いと言ってもそんな気になるほどじゃないし訓練すれば魔力って増えるとか聞くし俺がサポートすれば問題なんて絶対起こりようがないから大丈夫、うまくやれると思う、と。
ジェイドは口ごもりながらも、ダニエルに追い打ちをかけられる前にすんなり答えた。
“魔力が他の魔女より少し弱いことを気にしすぎるところ。俺からすれば人の治療をしたり毒を浄化したりできるってだけで充分なのに――なんて言うか、もう少し、開き直るくらいでいいのになあって思う”
ダニエルの巻き毛の傾き具合を見るだけで、ララには、ダニエルがどっちの答えを気に入ったのかがわかった。
それを思い出していると、食べ終えたフェルドにダニエルは、同じ質問をした。
「今後一緒に仕事をしていくとして、障害になりそうなマリアラの“欠点”が見えたと思うが、それはなんだった?」
――さあ、あたしの【息子】はどんな答えをするのかしら。
ララが身構える前に、フェルドが即答した。
「助けなくちゃいけないものを見つけたらすぐ、保身とか後先とか考えずにすっ飛んで行くところ」
――!!
ララは危ういところで口を押さえた。しかしフェルドは目ざとかった。ララを見て、噛みつきそうな顔をした。
「なんで笑うんだよ!」
「わ、らって、ないわよ」
「笑ってるだろ!」
「違うわよ、咳が出ただけよ、げほんごほん」
「わざとらしい!」
「フェルド」ダニエルが主導権を取り戻した。「どうした。何かあったか? ずいぶん実感こもってるな」
「んー、まあ……」
「“ゲーム”、降りるか?」
このすかぽんたん! とララは思った。本当に左巻きというものは、何もわかっちゃいないのだ。右巻きと左巻きの間には、暗くて深い溝がある。ララはダニエルが大好きだけれど、こういうときにいつもその溝を感じる。さっきララが吹き出しかけたのは、フェルドにではなくダニエルに対してなのだということも、ダニエルはきっと一生理解しない。
左巻きだから。
博愛精神がぎっしり詰まった、左巻きの脳みそだからだ。中を開いて覗いたらきっと、お花畑の色をしている。
フェルドはダニエルの問いに、渋いものでも噛んだかのような顔をした。
「降りないよ。つーか正確に言えばそれは別に“欠点”でもない。ただ“障害”になるとしたらそれしかないってだけ。対策すれば何とかなる、たぶん」
「対策? 何する気だ」
「……わかんねえ……」
フェルドは短い髪をがしがし掻き、ダニエルは「ふうん、まあ頑張れ」とだけ言い、ララは笑って立ち上がった。マリアラが寒そうに身を縮めているのが見える。早く帰って休ませなければ。
「なんで笑うんだよさっきから」
フェルドが睨み上げてきて、ララは今度はごまかさずにくすくす笑ってやった。剣呑な色を含んだ【息子】に、軽く手を振った。
「ほらほら、早く帰りなさい。今日は非番よね、一日ゆっくり休みなさいな。マリアラをあんまり待たせちゃ可哀想よ」とこれはダニエルに向かって言った。「疲れてるだろうし、早く帰って休ませてあげないと」
「あー、まーそーだな。じゃあなフェルド、時間取って悪かったな。【魔女ビル】に帰るまでが――」
「仕事だって言うんだろ、わかってるよ。何だよ話ってそれだけかよ。何なんだよじゃあ帰ってからでも良かったじゃないか、わざわざ時間取ってくれって言ったくせに何なんだよ、もう」
ぶつぶつ文句を言いながら空の盆をつかんで歩いて行く。八つ当たりだ。ララは笑いを噛み殺した。フェルドは既に洗礼を受けたのだろう。それはそれは、気の毒なことだ。八つ当たりでぶつぶつ文句を言うくらい、許してやらねばなるまい。
ララの立場では、あまり大っぴらに誰かを推すということはできない。色々な思惑があり、相反する感情もあるが、積極的にダニエルを誘導するつもりもない。
だから純粋に、好奇心で訊ねた。
「……で? 親バカさんとしては、誰が相棒なら満足なの」
元の椅子に座りがたがたさせながらダニエルの右横に移動する。覗き込むとダニエルは、鬼瓦めいた厳つい顔をこちらに向けた。濃い金色の眉が少し下がり気味になっている。
「そうだなあ。……マリアラが一番楽なのは、ジェイドじゃないかという気がする。先週すっかり仲良くなったようだし、気を使わずに済むんじゃないか。フェルドはなんだかんだで振り回しそうだしなあ」
楽! 仲良し! 気を使わずに済む!
本当にこの人は親バカで、博愛的なお花畑の脳みそで、おまけに左巻きだ。このすかぽんたん。