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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
ラセミスタの留学
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操獣法(21)




     *



 グスタフたちと交替したリーダスタたちがキャンプに戻ってくるや否や、リデルは何も言わずにポルトのテントに入っていった。今までリデルが眠らなかったのは、やはり、夜にラセミスタを一人にさせないためだったのだ。この国の人たちは筋金入りなのだ、とラセミスタは思う。

 

「やーラス、お疲れさま。なんか久しぶりな感じだね~」


 リーダスタは真夜中でも元気満々だった。昼寝をしたと言っていたからそのたまものかもしれない。ウェルチも元気そうだったが、チャスクは少々疲れた様子だ。

 夜だからか抑えた声音だったが、リーダスタが話すだけで周囲が明るくなる気がする。ラセミスタは振り返り、「お疲れ様」と声をかけた。

 

「おなかすいてない? よかったらそこのお菓子、食べてね」

「あーありがと。夜中起きてると妙に腹減るよねえ」


 リーダスタは流れるような動きでビスケットの包みを摘まみ上げ、開けると同時に中身をぽいっと口に放り込んだ。その間も一度も足を止めずにすたすた歩いてくると、「で、これが」ラセミスタの隣にすとんと座った。

 

「これが噂の、山ン中全部見張れる仕組みってやつ? すっげえー、ちょっと貸して」

「え、え? それはもちろんいいけど、でもリーダスタ、寝なくていいの?」

「眠れるわけないじゃん、やだなー」


 はいはい貸して貸して、と、リーダスタはラセミスタの前の端末を自分の方に向けた。もう一つの代替端末の方にはすでにウェルチとチャスクがかがみ込んでいた。ラセミスタは両手をわきわきさせた。担当時間になったから痛みに耐えて起きたのに、また手持ち無沙汰になるなんて。


「あの、操作法、わかる?」

「わかんない。でも言わないで。あれこれ試してみるのが面白いんじゃん」

「でも、でも、今は担当時間だから、」

「ラスももちろんそこにいて? もし壊したらすぐ直してもらわなきゃなんないし」

「いや壊すなよ」ウェルチが言った。「まーラスは菓子でも食って待ってれば? 俺ら、これいじりたいのずーっと我慢してマティス番やってたんだから」


 そう言われると強く返せとも言いづらい。


「でも、みんな眠くないの?」

「眠いわけないでしょ、昼寝したし、一晩くらいの徹夜どってことない。帰りの馬車の中で眠れるわけだし……あ、これが? これがこーしてこうなるわけね、なるほど」


 壊したら直してもらうと言ったけれど、リーダスタはすぐに操作のコツをつかんだようだ。端末をいじり回すリーダスタは本当に、この上なく楽しそうだった。ラセミスタは隣に座ってリーダスタの楽しそうな様子を眺めることにした。異国の地で、それも男子校で、女の子とこんなに仲良くなれるなんて想像もしなかった。


 しかし今は、そんな感慨にふけっている場合ではない。


「……あのね、リーダスタ。ウェルチもチャスクも、聞いて。さっき、グスタフが言ってたんだけど……」


 先ほどグスタフが提示した懸念をそのまま話すと、ウェルチとチャスクは顔を見合わせた。リーダスタも端末から顔を上げ、まじまじとラセミスタを見て、「ああー……」と言った。


「……なーるほど。一石二鳥か。合理的だね……」

「どうしよう。どうしたらいいと思う? 時間がなくて、それ以上は話もできなくて。グスタフは明け方まで動くなって言ってたけど、明け方になったら動かないわけにいかないよね。でもこの子を家に帰すつもりで、迎えに来た生き物を、捕まえられてしまったら」


 その上この子の故郷まで、ヨルグ少尉に見つかることになったりしたら――

 それがどこにあるのかということはラセミスタの想像の範疇を超えているが、ヨルグ少尉がそこでいったい何をするかと言うことについてはある程度想像できる。この子たちの安住の地は、どこにもなくなってしまう。


「情報共有は大事だ」チャスクが言った。「カルムも通信機持ってったよな? ボタン押して話せば聞こえるよな。伝えておいた方が」

「いや、待って待って。マティス組にもその声が聞こえるわけでしょ、話し声がしてたらマティスはいつまで経っても出てこないよ。カルムの方も暢気に話してる場合じゃないかも知れないし、通信は最小限にした方がいい」

「……そっか。そりゃそうだな」


 リーダスタの意見に頷きチャスクは椅子に座り直した。


「で、どーするかな。ヨルグ少尉の思惑どおりにさせるわけにはいかない」

「つーかさ、ここから先はその子一人で帰らせた方がいいんじゃないか」


 ウェルチがそう言い、ラセミスタは、やはり来たか、と思った。

 ラセミスタもうすうす思っていた。ミンツが送っていくのはうまくいかなかったけれど、一人で帰らせられるなら、そちらの方がずっと簡単なはずなのだ。


「俺らが送っていくと却って面倒なことになる。その子はそもそも小さいしすばしっこいんだ。ケガもだいぶ良くなっただろうから、談話室で追い回したときよりもっと機敏に動けるはずだ。いざとなったら飛んで帰ったらいい、翼だってあったはず」

「……それは、」


 確かにと思う。確かに、それは、そのとおりだ。

 ヨルグ少尉たちが目印にしているのは新入生たち、正確に言えばラセミスタだ。

 ラセミスタだって考えなかったわけではない。しかし、できればそれは避けたかった。


「あの、あのね。それは確かに、そう、なんだけど……でも、難しいと思うんだ。この子はとても賢いけど、まだ子供なんだと思うの、そうでしょう? 五歳くらいの子供だと考えてみて。こんな真っ暗な森の中、一人で歩かせるなんて無茶じゃない? 今はぐっすり寝てるし……」

「人間の子供なら確かにそうだろうけど。犬だったら五歳なんて立派な大人だぜ」


 ウェルチはそう言い、ラセミスタは唇を噛んだ。確かに。確かに、本当に、そうなのだ。

 

「万全を期せばいいよ」とチャスクが言った。「ウェルチ、いい考えだ。俺らの方はいかにもラスがその子を連れてるように見せかけるんだ。俺たちがラスだけを逃がすように動けば攪乱できる。こっちの方が人数が多いし」


「でも、でも」

「あのねえラス、酷なようだけど、状況に応じて対処を変えるべきだと思うよ」


 リーダスタがそう言った。ラセミスタはうつむいた。

 

「ちょっと過保護すぎるよ。情が湧いちゃったのはわかる……初日にラスに預けたのは俺だからさあ、責任も感じる。けど、ラスが一人で全部しょい込む必要はないんだ。親身になって心配するのは大事なことだけど、ここに来るまであの少尉から守り通して、無事にここに連れてきたんだ。それで充分だって割り切った方がいい。この子は幼児じゃない、野生の生き物だ。街中ならともかく山に来たんだから、あとは自分で何とかできるはずだ」

「う……」


 ラセミスタは唇を噛む。確かに、とまた思った。マリアラとフェルドも、魔物を【毒の世界】――自力でどうにかできる場所の入り口まで送って行った。あの時の行動にあてはめたら、ラセミスタの義務はすでに果たしたといえる。


「一緒にいたらそっちの方が危ないんだよ」


 リーダスタに諭されて、ラセミスタはうつむいた。うう……同意のために出した相槌の声は、我ながら、うめき声のように聞こえた。


「じゃあそれで決まり。いいよね? 大丈夫、放り出すわけじゃないんだ。ラスがその子を連れてるように見せかければ、その隙に逃げられる。それで充分でしょ」

「待て、一点だけ。ラスじゃなくてリーダスタが連れてるように見せた方がいい」ウェルチが話を継いだ。「ラスのどんくささはヨルグ少尉も知ってるはずだ。ラスに任せるわけないって簡単に見破られるからな」

「……」


 ラセミスタは反論しようとして、ウェルチが楽しそうに待ち構えているのを見て口をつぐんだ。そこまでどんくさくない、と言いたかったが、この子を連れているように見せかけるなら、山を登らなければならないのだ。考えただけで筋肉痛がまたぞろ主張を始める。痛み止めのお陰でだいぶマシになったとはいえ、この状況で機敏に動けるとは思えない。


 ウェルチはラセミスタが何も言わないので、さらに、にやりと笑って見せた。よしよしちゃんとわきまえたな、とでも言うかのように。

 ラセミスタは呆れた。人の心の機微をこんなに把握できるなら、他人をからかうことに手腕を発揮していないで、心理学者にでもなれば良いのに。

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