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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
ラセミスタの留学
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休日(5)

「ポルト、オーベルジュの店に行くんだろう?」リデルが聞こえよがしに言った。「ここでは自分で店に行かなきゃいけないから不便だね。自宅だったら、御用聞きが全部持ってきてくれるのに」

「寮でリストを作ってはどうでしょう」名前も知らない取り巻きの一人が言った。「リストをミンツに届けさせれば、夕方には全部揃うんじゃありませんか」

「商人の機微をわきまえた同級生がいて助かりますね」


 彼らの後ろでミンツが小さくなっている。まさか、全ての買い物をミンツに押しつけるつもりなのだろうか。

 しかしポルトは鷹揚に笑った。


「高等学校生になったんだから、自分で何でもできるようにならないといけないんだ。このままオーベルジュに行こう。自分で選んで必需品を買うと言う経験もしておかないとね」

「さすが、お覚悟が違いますね」

「うん、心構えが違うよな」


 一団は笑いさざめきながら歩いて行く。オーベルジュというのはけっこう格式の高い商店なのだろう、とラセミスタは想像する。と、リデルが大きな声で言った。


「寮は誰かのお陰でまだ落ち着ける感じじゃないしねえ。朝っぱらから迷惑だよなあ、異国人が混じってるとこういう面倒が起こるんだから」


 え、あたし?

 ラセミスタは目を丸くする。リデルは憎々しげにラセミスタを睨んで言った。


「異国人は異国で大人しくしてくれてりゃいいものをさ――」


 ベルナもこちらを見ていた。「ラセル」ベルナの声はかすれていた。


「ちょっと、……話があるんだけど」

「だよなあベルナ、君も――って、え? ベルナ?」


 リデルは、ベルナが自分に同調したものだと思ったらしい。予想に反した発言に、ひどく驚いたようだった。ベルナは行き過ぎようとする周囲に逆らうように両足を踏みしめて立って、小さな声で言った。


「さっきの札……だけど。その、操獣法の試験の、班分けのためにさっき引いた札」

「え?」あたしに言ってるの?「え、ええっと、うん。それが何か……?」

「君なら、あの札にどんな文字が浮かび上がるのか、……解析することもできるの?」


 ラセミスタは呆気にとられていた。いったいこれは何の話?

 リデルに同調してこちらの悪口を言うものだと思っていた相手が全く違うことを言ったために、ちょっと理解が追いつかない。ラセミスタだけではなく、ポルトもリデルも、ここにいるベルナ以外の全員が驚いている。「ベルナ?」とポルトが言った。「何言ってるんだ?」


「いや、ちょっと考えたんだ。あの札に何が書いているのかわかれば、今から対策を練ることができる。班によって、出される課題が違うって聞いたことがあるんだ、内容については、ぜんぜん教えてもらえなかったけど……。班の構成メンバーがわかればさ、その相手と手分けして、買い物内容を変えたりもさ、できるわけだし……ね、できるのかい?」


 ラセミスタはちょっと我に返った。できるかできないか、と問われたら、それは。


「できる……と思うけど。でもやらないよ?」

 ベルナがまっすぐにこちらを見た。「どうして?」

「どうしてって……だってそれじゃあ、カンニングと同じでしょう?」

「それにさあ、班の構成メンバーがわかっても、課題の内容がわからなきゃ意味なくない?」


 リーダスタがそう言い、ベルナはふんっと顔を背けた。


「田舎者には聞いてないよ。口を挟むな」

「はあ!? てめ今何つったコラ――」

「班分けだけでも知りたいんだよ。金なら出すから。なあ、みんなも知りたいだろう?」


 一瞬の空白があった。新入生たちが顔を見合わせた。班分けの中身――どの人間と一緒の班になるか、ということ。知りたいか知りたくないかと問われれば、とラセミスタはまた思った。それは、知りたい。知りたいけれど、でも。


「失敬」ポルトがベルナの肩をつかんだ。「ベルナ、行くぞ」

「ポルト、でも」

「これ以上馬鹿なこと言うな」ポルトは鋭く言った。「校長先生が、明日の早朝まで班分けがわからないように手配されたんだ。それならそれに従うべきだ。そんなカンニングのようなこと、カイマン家の人間の前でできると思うな」

「……」

「行くぞ」


 ポルトはベルナの二の腕をつかみ、有無を言わさぬ調子で歩いて行った。みんなも知りたいだろう――ベルナに聞かれたときに明らかな反応を見せた首都出身の新入生たちも、何事もなかったかのように歩いて行く。


「班分けなんて今知ったらさあ、どんなことになるかわかりきってるもんな」


 ウェルチが明るい声で言った。そうそう、とチャスクが頷く。

「あの序列どおりに班が分かれるように譲り合ったりしなきゃいけなくなるわけだろ。お貴族様たちって、ほんっと大変だねえ」

 リーダスタはまだ怒っていて、「ふん」と顔をしかめた。



  *



 白亜塔にも購買があるが、カルムの話では、校内の中心近くにも大きな購買があるのだという。この中には首都出身の人間はカルムしかおらず、校内に詳しい同行者の存在はありがたかった。普段ならばカルムはいつもどおり単独行動を取っていただろうから、今朝からのあの騒動にも、ありがたい点があったのだ、と思うことにする。


 広々とした運動場を抜け、整然とした印象の林の中をてくてく歩いて行く。ラセミスタの息が少し上がり始めた頃、その建物が見えてきた。アナカルシスのおとぎ話に出てくる邸宅のような、とても大きな、すごく優美な建物だった。一階から五階までが全て購買になっていて、いつかマリアラとフェルドに連れて行ってもらったショッピングセンターを思い出させる。広大さではこちらの方が少し劣るものの、よく考えたらこれは校内用なのである。


 一階は食料品だ。生鮮食品から保存食まで、生野菜から各種のスパイスまで、全て揃っているという。小さなカフェも併設されていて、購入したものを好きに食べられるようになっていた。「いいなあここ」リーダスタが感嘆したように言った。「食堂行くのが面倒なときはここで買い込んで食べればいいのか……寮に設備もあるわけだし」

「つーか、寮でまともな食事が出るのは期間限定だぞ」


 みんなぎょっとしてカルムを見た。カルムは淡々と話を続ける。


「高等学校はほとんどずっと旅して回るカリキュラムだから。寮で食事がとれるのは、春の場合は祭りの次の日までかな」

「そうなの!?」

「秋にも一週間くらい食事が出る期間があるけど。それ以外の日は、食材買ってきて自炊するか、こういうところで買って帰るか、外に行くかしかない。ここの購買は夜七時で閉まるから、早め早めに買っとかないと飢えるぞ」

「……首都出身者の存在ってほんとありがたいわ……」


 二階は衣料品、三階から上は雑貨だった。三階に足を踏み入れた瞬間、ラセミスタは思わず歓声を上げた。広々とした売り場に、様々なものが所狭しと並べられていた。調理器具、食器、洗濯用品といった、日常の細々したものが三階だ。ラセミスタはドキドキした。もしかして、もしかして、もしかしたら。


 ここには、魔法道具のコーナーもあるのではないだろうか?


 急いで壁の表示板を見上げる。期待以上の情報が書かれていた。魔法道具の売り場は五階で、そのフロア全体が、魔法道具のために割り当てられているようだった。「ああ……」思わずうめき声が出て、リーダスタがぎょっとした。


「ら、ラス!?」

「ごめんちょっと……上の階見てくる……」


 同行者に断らずに勝手に姿を消してはいけない。その程度の常識は、わきまえている。ラセミスタの表情を見てリーダスタは引きつった笑みを浮かべた。


「ど、どーぞ?」

「わああい……うふふふ……」


 ラセミスタはふわふわした足取りで五階へ向かった。



   *



 ――なんだこいつ。


 初めに思ったのはそれだ。


 ここまで歩いて来るまでは遅れがちで、どうやら、疲れてきているようだ、という印象だった。ほんの十分くらいしか歩いてないのに。骨格が華奢なのもそうだが、そもそも筋肉がなさ過ぎる。ひ弱、脆弱、もやしっ子。こんなんで、本当に高等学校のカリキュラムでやっていけるのだろうか。明日の野宿のために何を買ったらいいかもわかっていないらしい、ということもわかってさらに呆れてしまった。野宿くらいしたことあるだろ普通。こいつももしかしたら、首都出身者のような、王子様みたいな立場にいたのではないだろうか、とまで思えてくるほどだった。


 その印象が、三階に足を踏み入れた瞬間に一変した。


 ここまでカルムに案内してもらえて助かったが、到着した以上、みんなで一緒に連れだって買い物をする必要はないはずだ。みんなも同じ意見だったようで、雰囲気は明らかに解散に傾いていた。各人で必要なものは違うだろうし、一緒に行動していては非効率的だ。ラセルだって子供じゃないのだ、わからなかったら知り合いを探して聞くだろう。聞かれたら教えてやればいいだけの話だ。それじゃあ何時に集合にしようか。そう言いかけた、時だった。


 売り場の案内表示を凝視していたラセルが、おかしなうめき声を漏らした。

 ダミ声というか、ドスの利いた声、と言うか。声変わりなど未だかつてしたことがない、という風情だったラセルの喉から異様な声が漏れたから、リーダスタはぎょっとしてラセルに向き直った。ラセルは、こちらを見た。夢見心地、と言うような。目の焦点が合ってない。頬が紅潮している。どうしてだろう、ラセルの周囲に、色とりどりの花々が咲き乱れるお花畑が見える。


「ら、ラス!?」

「ごめんちょっと……上の階見てくる……」


 茫洋とした言い方。大丈夫かなこいつ。リーダスタはこくこくと頷いた。どうせ解散のつもりだったし、ラセルが五階を見に行きたいなら止める気などさらさらない。しかし。


「ど、どーぞ?」

「わああい……えへへへへへ……」


 笑い方が気になった。リーダスタは階数表示を見上げた。五階:魔法道具、とくっきりと書いてある。

 他の奴らは三々五々歩き出している。と、グスタフが振り返ってリーダスタを見た。


「買い物、行かないのか」

「いや、行く、けど……」

「放っておいても大丈夫だろ。……子供じゃないんだし」


 どことなく、自分に言い聞かせるような言い方だった。リーダスタはラセルの消えた階上の方を見て、それから呻いた。


「……魔法道具、好きすぎじゃね……?」




 それでも一時間ほどは頑張った。補充が必要だったランタンやコンロの燃料、様々な消耗品はもちろん、洗面用具も新調できたし、ちょっと古びてきていた防水布もしっかりした作りの良いものを入手できた。さすが高等学校内の購買、質のいいものが幅広く揃っているだけでなく、とても安い。支度金の範囲内でかなりのものを揃えられた。

 四階のベンチで購入品を整理し、残金を確かめて、しばらく思案する。帰りに購入する食料品のことを考えたら、もうこれ以上余計なものは買えない。だができれば、湯を沸かす魔法道具がほしかった。コンロの燃料も馬鹿にならないし、これからずっと旅して回る生活が続くことを考えたら、故郷のみんながカンパしてくれた予備費に手を付けてでも、魔法道具の導入を考えた方が最終的には安上がりだろう。


 魔法道具は高価だが、質の良いものを一度購入すれば、手入れしながら長いこと使うことができる。

 ここの五階なら、安くて手頃な湯沸かし器が手に入る確率はかなり高い。


「……俺も魔法道具が、見たい、だけだし……」


 リーダスタはついに、五階に足を踏み入れた。

 そして、そこで繰り広げられていた光景に、愕然とした。


 なんだこれ。

 人だかりができている。


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