魔法道具(6)
リデルの削り出し機はなかなかだった。少し太めの鉛筆のような形をしており、先端を振動させることで目当ての部品を削り、細かな細工を施せるようになっている。ラセルの手の中で円筒にあっという間にくぼみと穴が穿たれた。先ほど作り上げたガラスの板を斜めに立つように部品を取り付け、ガラス板の隙間から出ているコードを延ばして円筒とつなげ、円筒に蓋をする。先ほど穿たれたくぼみはそのコードを通すためのもののようだ。あの円筒は一体どんな働きをするものなのだろう? リーダスタがその二つから目を離せないでいるうちにラセルはさらに新たな結晶をこね始めている。
いつしか、みんな――ポルトでさえも、魅入られたようにラセルの手元を映す四角い窓を見ていた。ラセルはチラリと窓の外を見た。おそらく、日没までの時間を計ったのだろう。しかし手は一瞬も止まらない。今度の結晶も早くこね終えた。時間にして、五分もこねていないはずだ。
「なに……作ってんだろ」
魔法道具を作るところを見ているのに、用途が想像できないなんて初めてだ。
ずっと放置されていたゴム板が使われるときが来た。ラセルはゴム板の縦横の長さを測り、定規とカッターで適切な大きさに切り出した。切りくずを丁寧に取り払い、ゴム板を四角いガラス板の前に設置する。その上に先ほどこね終えた魔力の結晶を持ってきて、麺棒でのばした。先ほどのものよりだいぶ厚みがある。1センチくらいはあるだろう。ゴム板と同じ大きさになるように余分を切り落とし、下のゴム板と一緒に四隅を固定する。ゴム板の上の結晶に定規で上下左右に均等に筋を引いていく。一センチ四方くらいの正方形がいくつもできあがっていく。それが終わると、木筆で、正方形の一つ一つに文字を書いていった。
「なんだあ、あれ……」
呟いたのは誰だろう。自分かもしれない。でもその疑問に答える人間は誰もいない。文字を書き終えると、さらなる結晶を取りに行く。まだ何かいるのか――と思ったが、ラセルは今度の結晶はこねなかった。円筒の後ろに置いて、一本のコードを取りだし、片端を結晶に突き刺し、もう片方は円筒に開けておいた穴から中に刺して、テープで固定する。おそらく、動力として利用するためなのだろう。
次にラセルに選ばれた魔法道具は首都出身の誰かのものだった。彼がポルトにうわずった声で説明したところによると、拡大鏡だということだった。土台の付いた大きな丸いレンズだが、角度や倍率を自在に調整できるもので、ラセルはとても楽しそうにそれを扱った。そして、適切な倍率に調節した拡大鏡を覗きながら、細かな細かな作業を始めた。
親指くらいのサイズの筒に、小さな丸いレンズを取り付けネジで固定する。複雑な回路を瞬く間に組み上げて、筒の中に設置する。続いて作ったのはマイクだった。これは形からしておそらくそうだろうと推測ができたが、ガルシアで見るものよりも遙かに小さかった。凝視していても何をしているのかわからないくらいあっという間に組み上がっていく。スタンドを造り、その上にマイクを取り付け、粗い目の布をかぶせてひもで固定して、マイクのスタンドと先ほどのレンズの付いた筒に魔力の結晶をそれぞれこねて親指で押し込む。様々な部品が自分で組み上がっていくかのような魔法じみた工程だった。
もう、誰も何も言わなかった。みんな魅入られたように動かなかった。ふと気がつくとラセルは振動カッターや拡大鏡やはかりと言った魔法道具や、使った材料の残りを片付けていた。「できたのか」誰かが呻き、ふうっとみんなが息をついた。何時間も経ったような気がしていたが、まだ太陽は充分高い位置にあった。時刻は三時過ぎ。たったの二時間で作り上げたとは思えない、複雑な機械が組み上がっている。
ラセルは片付けを終え、ガラス板とゴム板の前に座り、腕まくりをした。細い指先が、ゴム板の上に刻まれた正方形のひとつを、とんとん、と叩いた。
体を伸ばしてさっき計算していた紙の束を引き寄せたとき、ふわっ、とガラス板が輝いた。リーダスタは思わず声を上げた。ガラス板の表面に、何か、文字のようなものが浮かび上がっているように見える。
「ええい、君」じれったそうに理事の一人が声を上げた。「あれは何だ。何をしているのだ。あの子が見ているものを正面から映してくれたまえ」
「申し訳ありません、あの向きにはカメラがなくてですね……これで精一杯なんです」
フェーンは申し訳なさそうに言った。言い訳のようにかちかちと操作盤のダイヤルをいじり回しているが、こちらの四角い窓に映る映像は切り替わらなかった。ラセルの頭、それから両手が動いているところはよく見えるのだが、ラセルが見ているガラス板に何が映っているのかはごくわずかな角度しか映らない。
『新入生諸君』面白がるような校長の声が響いた。『組み立ては終わったようだから、こちらに来てはどうかな? 近くで見てみたいだろう』
校長からはやはりこちらの様子がわかるのではないか、と思うような、絶妙なタイミングだった。声に押されるように、みんな一斉に動き出した。首都出身の者たちも、ポルトでさえも、そんなもの見たくないとは言わなかった。どやどやと廊下に出、隣の部屋に向かう。
「邪魔しないようにね」
扉を開くや否や校長先生が釘を刺した。
「魔法道具ができあがるまで、発声は厳禁だ。足音もできるだけ遠慮したまえ。あの子の集中力は並じゃないそうだが、万が一にも集中を乱すことがないように」
新入生たちはおのおの頷いて、そっと扉の中に入る。
制作室の中にいたのは校長先生とラセルだけではなかった。魔法道具教室の指導官らしき人物が五人いて、密やかに動き回っていた。どうやら、ラセルが使い終えた新入生の魔法道具に、シールや名札を貼り直して陳列棚へ移動させているらしかった。使われなかった道具たちもせっせと運ばれている。確かにここに大勢の人間が再び戻ってきたなら、例えばライバルの魔法道具に何か細工をしたり混ぜ物をしたりすることもできてしまうから、不特定多数の人間が近寄れないように片付けるのは理にかなっている。その作業を横目で見ながら、リーダスタは小柄な体格を活かして動き回り、首尾良くラセルの左後ろという特等席に滑り込んだ。続々とラセルの後ろにギャラリーが膨れ上がっていくが、ラセルの指先には全くよどみがなかった。
ラセルは両手を広げて、まるでピアニストのように、ゴム板の上に刻まれた文字を叩いていた。ゴム板とガラス板は連動していて、ラセルの指が何か文字を押すたびにガラス板の方に文字が生まれる。ガラス板には青い大きな四角と、黒い小さな四角が見えていた。文字が生まれていくのは青い方で、黒い四角は全く変化がない。
ラセルの動きは、初めはぎこちなかった。何か確かめるように一字一字を丁寧に押していた。だが、そのうち指先はどんどん速さを増していった。それと競うように、ガラスに浮かぶ文字も速度を増した。かろうじて見える文字の羅列は、先ほど見せられた、あのラセルの答案によく似ている。凝視して、読み解ければ、何が書いているかわかるだろうか――そう思うが、リーダスタはラセルの指先から目を離すことができなかった。ゴム板の上の薄い魔力の結晶にラセルの指先が触れると、かすかに、ぺた、という音が聞こえる。その音が今や川のせせらぎのように聞こえている。まるで違う生き物を見ているようだ。特に華麗なのが左手だった。そういえばそろばんも左手ではじいていた。こいつ、左利きだったのだ。
と。
指先が止まった。川のせせらぎもピタリと止まり、リーダスタは、その後にやって来た静寂に喪失を感じた。ずっと聞いていたかったのに。
校長が声をかけた。
「どうしたのかね? ああ、話してもいいよ。特別だ」
「……〈アスタ〉に入ります」夢を見ているような声だった。「でもちょっと……怖い、かなあ……」
「怖い?」
「一生無理? よくも言ったな……」
呟いて、ラセルは瞬きをした。周囲を大勢の人間が取り囲んでいるのに気づいたようだった。目をパチパチさせている。
「え……と?」
「ああ、彼らのことは気にしないでいい。何が一生無理なのだね?」
「はあ……あの……これって、あんまり褒められることじゃないんです……〈アスタ〉には疑似とは言え感情がありますから……〈アスタ〉に断らずに、その能力だけを使うというのは、いわば、人の家に勝手に入って家具を使う、と言うことですから」
校長は頷いた。「だろうね」
「あちらはええっと……明け方だから、寝てるかなあ、とは、思うんですけど。先輩というか、上司というか、そういう同僚にですね、こういう不正行為をしてはいけないと……そしたら俺には絶対わかる、俺の目を盗んでこういうことをするのはお前には一生無理だと、言われたことがありまして。見つかったらシャットダウンされる恐れがあるので、うーん」
ラセルは時計を見た。
リーダスタも見て、驚いた。ついさっき確かめたときにはまだ三時過ぎだったのに、今はもう五時が近くなっていた。窓の外もだいぶ夕暮れに近づいている。
「相手は誰でも構いませんか? 明け方に起きていそうで、叱らない人で、接続しているのに気づいてくれそうな人は、ひとりしかいないんです。時間は五分が限度かな」
「シャットダウンしそうな上司というか同僚というか、そういう人物に、言われっぱなしでいいのかね」
む、と再び唇が引き結ばれた。眉根を寄せて、ラセルは言った。
「いつかはできるようになります。絶対なります。でも今日は」
「そうか、頑張ってくれたまえ」校長はにっこり笑った。「相手はもちろん誰でもいい。君の判断に任せるよ。通信できたら、私にも話させてくれるね」
「はい」
ラセルの指が、再び踊った。ぺたぺたぺたぺた、かすかな音と共に文字の奔流が流れていく。いったい何をしているのだろうと、リーダスタは考える。こいつの目は、今いったい何を見ているのだろう。リーダスタとは全く違う景色を見ているのに違いない。十数分は時間が経った。日もほとんど沈みかけている。ぺたぺたぺたぺた打ち続けながら、ラセルが呟いた。
「気づいて」
顔をしかめて、囁くように。
「気づいて、グレゴリー。気づいて、気づいて……きた!」
その瞬間、ずっと変化がなかった小さな黒い方の四角に、ぽつりと光がともった。
黒かった四角の方に、今は五十代に見えるおじさんの顔が映っていた。ノイズの混じった声が聞こえた。
『――ラス?』
「グレゴリー!」
ラセルの表情が輝いた。よほどに親しい相手らしかった。グレゴリーという名らしいおじさんは、驚愕に目を見開き、身を乗り出していた。あちらもラセルを、おそらくは実の息子のように思っているだろうことは明らかだった。
親子だろうか。
ラセルの左手が自分の首もとに滑り込んだ。何をしたのだろう。
と、全く知らない言語がラセルの唇から滑り出た。音楽のような響きの言葉だった。唯一わかったのは、グレゴリー、という名前だけだ。
「…………、…………」
ふたりはいくつか会話を交わした。ラセルの指先はまだ動き続けているが、会話に支障がないようなのがすごい。内容はちっともわからなかった。二人の間に意思疎通が成立しているのが不思議な気がする。
――全く違う言語を一から覚えて……
校長先生の言った言葉が今さらながらに身に迫ってくる。そうだ。そうだった。ラセルにとって、ガルシア語は異国の言葉なのだ。アルファベットすら違う試験、それも高等学校の入試。テクニックもカリキュラムも全く違う。今年は無理だろうと思っていた……
思わずぞっとした。
ラセルは、全く知らない言語を一から学んで、半年程度の猛勉強で、高等学校の入試をパスした。
“並々ならぬ努力”でどうにかなる話じゃない。化け物じみている。
「何を話してるんだ。今は試験中だぞ」
ポルトが苛立った声を上げる。自分に全く理解できない言語をラセルが話している、と言う事実が、とても気に入らないようだった。しかし確かに、目の前で悪口を言われているとしてもこちらにはわかるすべがない。ポルトは先ほどの負い目があるから余計にそう思うだろう。
するとカルムが小さな声で言った。
「ちょっとくらいしょうがないだろ。久しぶりに故郷の人間と話してるんだ。なんかマリア? と、フェード……ああ、フェルドか。その二人の近況を聞いてるだけだよ」
「わかんの……?」
リーダスタはまた呻いた。化け物が、ここにもひとり。
そういえば三年間も異国を放浪していたと聞いた。エスメラルダまでは行かなかったがアナカルシスまでは行ったと。
ひとりで三年も。案内役もなく、庇護者もいない状態で。
それは、話せるようにならなければ死活問題だろう。
リーダスタはじりじりした。異国を自分も見たい、という、うずうずするような焦燥が湧き上がって来ていた。高等学校に入れたことくらいで有頂天になっている場合ではない。“自分ばっかり見つめて満足している国”の価値観でははかれない世界が、この世には広がっている。それを目で見てきた人間の存在は、否応なしに焦燥をあおる。
そうこうしている間にラセルの会話は終わったらしい。ぱたぱた叩くのを続けながら、顔を上げて校長を呼んだ。
「ドウゾ」
やけにぎこちない言い方だった。
校長がラセルの後ろに回って、笑顔で、グレゴリーに何か言った。何を言ったかはわからなかったが、ラセルが嬉しそうな顔をした。と、いつの間にか後ろの壁に凭れていたカルムが、呟いた。
「……腹黒過ぎるだろ」
今なんて?
聞き間違いかもしれない。
校長の言葉が終わると、ラセルはいくつか挨拶らしき言葉を発し、すぐに、グレゴリーの映っている窓を消した。それからしばらくぱたぱたぱたぱた、とたたき続けて、そのうち、ふう、とため息をついて手を離した。ガラス板が完全に暗くなり、きゅう、と箱が音を立てて沈黙した。ラセルは最後に再び首もとに手を入れて、すぐに出した。
「すばらしい。完璧だ」
校長が言い、ラセルは微笑んだ。
「ありがとうございます」
今度は流暢な言い方に戻っていた。
気がつくとラセルの周りには新入生だけではなく王立研究院の研究者たちや理事たちまでが詰めかけていた。ラセルは高揚しているようで、彼らの存在にはちっとも注意を払わなかった。頬が紅潮し、目尻まで赤くなっている。リーダスタはドキリとした。これで男子とか、世界の損失だ。エスメラルダには本当にこんな男ばかりがいるのだろうか。いったいどうなっているのだ。さっきのおっさんは、普通のおっさんだったのに。
校長先生も楽しそうだった。熱のこもった性急な口調で訊ねた。
「解説を聞いてもいいだろうかね? エスメラルダでは熱処理はしないと聞いていたが。今日の熱処理は初期化のためだけかね」
「ああ、いえ、それだけではないです。手持ちの魔法道具を使うなと言うことだったので、初期化のためと意思浸透のためにやむなく加熱処理を行いました」
「やむなく、と言ったね」
「ああ……ええと、すみません。語弊がある言い方でした。久しぶりにやってみて思いました。加熱処理は面白いです。すごく面白い。自分の意思をどのように浸透させるか、工夫の余地がたくさんある。全く新しい魔法道具を創造するときには、もしかしたら加熱式の方がすごいものができるかもしれない。時間があるときに、そちらの道を究めるのも面白い、と思いました。でも今日は試験なので……製品化するものや、きちんと採点をされるものについては、できれば加熱処理は使いたくないです。できあがりに責任が持てません。その日の体調や精神状態で、性能が左右されてしまう恐れがあるから」
ラセルは座ったまま両手を広げて見せた。
「先ほど、造られたばかりのはかりや距離計を使わせていただきました。本当にすごいと思いました。なんて言うか……例えば距離計なら、距離の調整にものすごく神経を使わなければなりません。まず自分を律しなければならない、というか……なのに、今日のは本当にすごかった。誤差がほとんどなかった。おかげで、〈アスタ〉の電波を借用するための調整にほとんど手間取りませんでした。はかりもそうですし、削り出し機がまたすごく良かった! さすが高等学校の新入生だなあって思いました。……あ、ええっと、何が言いたいかと言うと。はかりが狂っていたなら、今日作ったこの通信機もうまく作動しなかったはず。加熱式の魔法道具は、作成者の調整も作成も全て、作成者の感覚に左右される。あの拡大鏡……あんなになめらかに、思ったとおりの大きさに拡大してもらえる、最高な使用感! ほんとすごい。お金に換えられない価値がある。芸術的な作品です。でも唯一、欠点があるとするなら、大量生産ができない、と言う点です。
……高等学校の新入生が午前中に一つ、芸術的な距離計を作る間に、言語処理を採用したエスメラルダの工場は、千個の平凡な距離計を作ります」
「機械が魔法道具を作るってこと!?」
ミンツが叫び、ラセルは頷いた。
「もちろん初めの設計と入力自体は人間がやるよ。設計も、ちゃんとした知識がある人間にしかできない。でも、特別な知識や訓練を受けていなくても、構築されたプログラムを魔力の結晶に入力するのは、けっこう簡単なんです。入力者はオペレーターと呼ばれます。熟練した人になると、一日に千個は入力処理を終えると言われています。今日作ったこのモニターは」とラセルは、さっきグレゴリーの顔を映したガラス板を示した。「文字や映像を表示させるためだけのものです。間に挟まれた魔力の結晶に、入力された情報を映像や文字に変換して表示させろと命令を入力する、そのためだけのプログラムを構築して、そのための装置を作って、オペレーターを一人配置すれば、一日に何枚も何枚も同じものを作ることができる」
「工場で……魔法道具も作るってこと? 加熱処理をしないで? いったいどうやって」
「エスメラルダでは加熱処理ではなく言語処理を使います。魔力の結晶にさせる働きを定義するためだけに作られた言語があって。それで、“上に載せたものの重さを量る”というプログラムを作って、魔力の結晶に入力する。そうすれば、一度プログラムを組むだけで、この部屋中の魔力の結晶に同じ働きをさせることができる……ように……あれ」ラセルは眉根を寄せた。「ということは……魔力の素養のない人も……魔法道具が作れるってこと?」
「ん?」
「ただ単に、動力の問題ってだけ?」
「何の話だね?」
ラセルはぱちぱちと瞬きをした。まつげの触れあう音がかすかに聞こえた。
静寂が落ちた。ラセルは物思いに沈んでいるようだった。その静寂を破ったのは王立研究院の研究員だった。
「すみません、いいですか。その言語について、もう少し詳しく聞きたいです。それはアナカルシス語なんですよね? それを覚えたら、僕にも言語処理での魔法道具を作れるようになりますか?」
「え?」ラセルが我に返った。「え、ああ、はい。それはそうなんですけど、でも、ガルシア語でもできますよ」
「ええ!?」
「オペレーターが意味を理解して使える言語なら何でもいいんです。ただ、後日別の人間が解析することを考えたら、ある程度統一した方がいいとは思いますけど」
「え、てことは、やはり入力者の、その、おぺれーたー? 彼のイメージや感性に作用されると言うことになりませんか?」
「ああ!」ラセルは嬉しそうに座り直した。「そうですね! もちろんその懸念はありますね。エスメラルダで魔法道具のために使われている言語は、話し言葉とは少し違います。もっと簡略化されていて、言い回しも単語の意味も、ひとつしかないようにしてあるんです。魔法道具に携わる人間はみんなそれを使いますし、オペレーターもその訓練を受けるはず。そうすることで、設計者とオペレーターの感覚や想定の違いが極力起こらないようにすることが可能になります。ガルシアでも同じく入力による作用の定義づけを採用するのであれば、初めに専用の言語を決めた方がいいですね」
「道のりは長そうですね」
「ええ、でも」ラセルはにっこり笑った。「やる価値はあると思いますよ。言語処理を導入することの一番のメリットは、魔法道具を論理的に作れるようになる、というところです。例えばものすごく美しい陶磁器があったとして、それを作れるのは何百年もの間、ごく一握りの職人だけでしたが……近年になって、材料の組成や加熱温度を分析することができるようになったら、陶磁器の光沢や美しさを他のものにも応用することができるようになりました。よね? それと同じことが、魔法道具でもできるようになる。昨日の、地図作成の魔法道具は本当に芸術的でした。本当に感動しました。できればあの中にもっといたかった。……あの魔法道具をもっと読み解くことができたら、いろんなものに応用できる。例えばケーキ屋さんとか、レストランとか、コンサートホールもいいだろうし、映画館もきっと楽しい! 校長先生! あの魔法道具を作った方をぜひ紹介してください!」
「いいとも」校長は笑った。「だが、まずは試験を乗り切らないとね。――さあ、今日の試験はこれで終わりだ。みんな寮に戻って、」
「待ってください、もうちょっと――」
「終わりだ」きっぱりと、校長は、研究員の懇願をはねのけた。「君たちを見学させたのが最大の譲歩だった。今日が試験だということを忘れちゃ困る。新入生たちは寮へ戻って今日の疲れを癒やし、明後日からの操獣法試験に備えねばならん。――みんな、今日はこれで解散だ。寮に戻って、食事を取りたまえ。理事の皆さんと研究員諸君は、もう少しお付き合いいただきたい」
えええ――と研究員たちがかすかな不満の吐息を漏らした。ラセルがこの部屋を出たら即座に取り囲んで質問攻めにする気であったことは明らかだった。




