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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
間話 リンとラルフの大冒険
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王妃宮での会議(2)

 少しして、【夜の羽】が続けた。


『……つまりカイル=リーリエンクローンを亡き者にして欲しいと』

『それで俺が呼ばれたんですね』と言ったのはグールドだった。『相手が魔女じゃないですけど~?』

『それは……』

『【夜の羽】』とウィナロフが言った。『情報局から正式な依頼状をもらいましたか。口約束では危険です。成功しても失敗しても、情報局は全て狩人のせいにして切り捨てますよ』

『……』

『そんなわけないじゃないの』リーザが不快そうに言った。『ヨルグという、情報局の局長の右腕が直々に依頼してきたのよ? 心配しすぎよ。曲がりなりにもアナカルシスの国会が、アナカルシスの国王を切り捨てるわけがないじゃない。これはチャンスなのよ。あたしたちが国民全体にその価値を認めさせる足がかりに出来る』


 【夜の羽】は無言だった。それをいいことに、リーザは勝ち誇ったように続けた。


『とにかく、狩人の総意として、この依頼を受けたいと思うの。グールド、あんたを助けるの大変だったのよ? 相手が魔女だろうとそうでなかろうと、アナカルシスの国益になる仕事なのだから、不満はないでしょう?』

『まあ……金さえもらえりゃやりますけどね』


 グールドはあっさりしたものだった。リーザはそして、続けた。


『ひとりじゃ無理よね。伯父様、【風の骨】に依頼してはいかがかしら』


 しばしの沈黙があった。

 その間に、ラルフは考えていた。ノールドは、【風の骨】には狩人として課される仕事はほとんど無い、と言っていたのに――グールドを助けたばかりなのに――リーザはどうしてこうも続けざまに――と考えて、ラルフは気づいた。


 リーザはウィナロフに仕事をさせたいのだ。自分に従えたいと思っている。そしてウィナロフは断れないと、考えているのだ。


 ――俺が狩人の手の内にいるからだ。


 なんてこった、とラルフは思う。リーザはラルフを、ウィナロフの弱点だと、言った。それが本当かどうかはさておくとして、リーザは、手に入れた『弱点』を、最大限に、それこそ死ぬまで、利用し続けようとしているのだ。


 【夜の羽】が口を開く前に、リーザが続けた。


『ずっと特権的な地位を与えて、破格の報酬を支払ってきたんですもの。【風の骨】には能力がある。それを生かしていただきたいわ。もちろん、快く引き受けてくださると思うわ。ねえ、そうでしょう?』


 受けるはずがない。ウィナロフはラルフをリファスに送って行くと言ったのだ。体調が戻ればすぐにでも――と思った時、【夜の羽】がおずおずと言った。


『頼んで、いいのだろうかね?』


 ――だめだこいつ。


 伯父ならもう少し、姪のでしゃばりな鼻っ柱をへし折っておくべきではないだろうか。そう思うが、リーザが嬉しそうに、それはもう猫が喉を鳴らすような声で言った。


『快く引き受けてくれるわよ。……あの子を逃がしたって、行き先は分かってるんですもの』


 ラルフは走りだそうとした。隣に乱入してリーザをぶちのめして窓から遁走してやるつもりだった。でもそれより先に、ウィナロフが言ったのだ。


『いいですよ』


 ――いいのかよ!


『……いい……の、かね?』


 【夜の羽】が不思議そうに訊ねて、リーザが叫んだ。


『やっぱり! 引き受けてくれて嬉しいわ! あなたにもようやく、自分の役割というものが』

『つきましては、お願いがあるんですけど』


 ウィナロフがあっさりとリーザの凱歌を断ち切り、【夜の羽】が驚いたように答えた。


『お……お願い?』

『見返りなんて――』


 リーザが口を出そうとしたが、ウィナロフが遮った。


『たいしたことじゃありません。ついでに済ませられることなんです。今年、ガルシア国の高等学校に入学を果たした人間の中に、ラセル=メイフォードという名前があったはずですが』


 きびきびした秘書の声が言った。


『確かにございますわ。不合格すれすれの最下位で滑り込んだようですわね』


 リーザが少し悔しそうに言った。『……よく知ってたわね、あんた』


『そりゃあ俺は、エスメラルダの中で何カ月もルクルスに匿われて、蓄えを食いつぶしていたわけじゃないからね』


 痛烈な皮肉に、リーザが一瞬黙り込んだ。ラルフは状況も忘れて、ざまあみろ、と思う。……でも。

 続いたウィナロフの言葉に、そんな気分は吹き飛んだ。


『それは偽名で、本名は、ラセミスタ=メイフォード。エスメラルダ出身の、弱冠16歳でリズエルの座を勝ち取った天才、ラセミスタ=リズエル・シフト・マヌエルです』

『――』


 座が、沈黙に包まれた。

 ウィナロフは、淡々と続けた。


『彼女の頭脳と技術を、ぜひ、狩人の工房に欲しい。ガルシア国へ行くなら、……ついでにさらって来てもいいですか』





 青天の霹靂だった。


 本人に会って話して、菓子とココアをふるまってもらったりしていたから、驚愕はラルフの方が深くて、立ち直ったのはリーザの方が早かった。


『……なんで偽名なんか』

『女性だからだろ。ガルシアの高等学校に女性が認められた例は今まで一度もない。まあ、建前上はね。だから公式な場での軋轢をできるだけ減らすためにとか。全寮制だという実際的な問題もあるだろう。何よりアナカルシスの目をそらすためだろうけど』

『……なんでリズエルが高等学校に入んのよ! おかしいでしょ!』

『別におかしくない。彼女は元老院の逆鱗に触れる何かをしたんだ。リズエルだし、〈アスタ〉の神髄を覗くとか、そういうことをしたんだろ。体のいい厄介払いというところだろう。大体、考えてみれば分かる。ガルシア国はアナカルシスの文化圏じゃないんだ。言語がそもそも違うんだ。ただでさえ至難と言われる試験、おまけにカリキュラムもテクニックも何もかも全く違う、さらには母国語ですらない。そんな試験に、半年少々程度の勉強で、不合格すれすれとは言え何とかすべりこんだ。リズエルの頭脳でもなきゃ不可能だろ。

 ……エスメラルダとしても、リズエルの頭脳を本気でガルシアにくれてやる気はないと思う。狩人に狙われるくらいは計算の上だろう。だからエスメラルダは彼女を見捨てたということだ。ガルシア側は死に物狂いで守ろうとするだろうけど、宰相が殺されたという混乱に乗じてなら――』

『それは……』


 【夜の羽】が立ち上がったらしい。がたん、と音が響いた。


『それは願ってもない! リズエルを懐から追い出すなど、エスメラルダは気が狂ったとしか思えないな! やはりカルロスが失脚した後のエスメラルダは馬鹿の集まりだ! はは――リーザ、ようやく運が巡ってきた。情報局に我らの存在を刻み、リズエルを手に入れて、技術力でもエスメラルダに負けない地位にのし上がることができるのだ!』


『おめでとうございます、伯父様。アナカルシス国王として、再び実権をその手に取り戻す日も近いですわ』


 ふたりが手を取り合って喜んでいる様子が目に見えるようだ。そこに声を上げたのは、グールドだった。白けたような言い方だった。


『……んで、じゃあ、あっちまで移動するのには急いでも五日はかかるそうなんで、急いで出立したいんですけどー』

『おお!』【夜の羽】は手放しで喜んだ。『よろしく頼む。必要なものはなんでも要求してくれ。マルゴット、手配を頼む。潤沢に頼むよ、潤沢にな!』

『出来る限り早く出立よ』とリーザも言った。『あなたがたの働きに期待してるわ。……【風の骨】、あの子のことは心配しないで。丁重に預かるから。今までのようにね!』


 冗談じゃない!

 ラルフは我に返った。


 冗談じゃない――全く、本当に、冗談じゃなかった。寝込んでいる暇など無かった。これ以上、ここに止まる必要などこれっぽっちもない。身を起こして、窓から飛び出した。雨樋を伝って滑り降り、地面に降り立って、出来る限りの速さで走りだした。混乱していた。ウィナロフの言葉が、信じられなかった。ラセミスタをさらうとはっきり言った。こないだグールドが彼女に何をしたかも、ウィナロフには全部話しておいたのに。フェルドの妹を――マリアラを救い出すのに一役も二役も買った彼女を――ラルフににっこり笑いかけて、どうぞどうぞ、と菓子を差し出してくれた、リンとお化けパフェを食べに行く約束をしどろもどろに取り付けていた、あの小さなひ弱そうな、マリアラの親友のことを!


 部屋には戻らなかった。エマのくれた靴ははいていたし、上着も着ていたし、ウィナロフからもらったカードは持っていたから、それ以外に必要なものなど何もなかった。リファスへはまだ行けない、と、歩きながら考えた。そしてチャンスも今しかないだろう――狩人は全員、ウィナロフも含めて、ラルフがまだ弱り切って寝込んでいると思っている、今しかない。待ち伏せだ。いいように利用されてばかりいてたまるものか。ここを今のうちに出て、ウィナロフとグールドが出掛けるのを待ち伏せして、何とか、一緒にくっついていくしかないのだ!


 憤然と歩き続けて、ラルフは王宮の裏、地下から川が流れ出ている場所から敷地の外に出た。ガルシア国へはどうやって行くにせよ、鉄道を使うに違いない。アナカルディアの駅へ行って待ち伏せすれば捕まえられるはずだ。捕まえなければならないと、泣きそうになりながらラルフは考えた。そして真意を聞かなければならない。一体どういうつもりなのか。『用』が済んだら狩人をやめると言ったのに。では、ラセミスタを置き土産にして、狩人をやめるつもりなのだろうか。そんなの駄目だ――


 ラルフは歩き続けながら、確認した。


 ――そんなの、絶対、駄目だ。


 どうしていいのかはわからない。でもそれが絶対に駄目なことだということだけは、よく分かっていた。

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