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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
間話 リンとラルフの大冒険
391/779

列車の中(1)

   *



 リーザという名らしい狩人は抜け目はなかったが、彼女が気を配らなければならない事柄はかなり多かった。魔女の風や水、それからケティの逃亡も警戒しなければならなかったし、背後をついてこようとする保護局員を威嚇して追い払わなければならなかった。だから彼女は車椅子を認めなかったのだろう。リンにラルフをおぶわせて行けば、少なくともリンのことは警戒しなくていいからだ。


 お陰でリンは何度もラルフの口の中に水の玉を入れることができたし、小さくなったメイを通じて、ガストンの指示を受け取ることができた。


 こうなっては狩人の指示に従わないわけにはいかないと、ガストンは言ってきた。狩人と合流するまでは撃たれることもないだろう。でも問題は、合流してからだ。リーザを逃すのは仕方がないので、ケティとラルフ、それからリン自身の安全を確保することを第一に考えろ、と。


「アナカルディアの隣に、リファスという駅があったはずよね」


 リンはメイに囁いた。


「シグルドがいるのってそこよね? アナカルディアの駅員のふりして、入り込んでもらうことってできないかしら」

「シェロムって人もいるよ……あと確か、マギスって人も、エスメラルダのルクルスだ。シェロムさんには会ったことないけど、マギスはちょっと知ってる。すっげいい人、だよ。マグって呼ぶと怒るんだ」


 リンの背の上でラルフが言い、メイは了解、と答えた。少しの沈黙があり、それから、


『それはいい考えだって。頼んでみると言ってる。あたし、ポケットに入れてね、リン。ミランダからどれくらい離れられるのかわからないけど、出来る限りついてくから』


 そう言って、メイはリンのポケットの中にもぐり込んだ。リンは少し安心した。メイがミランダと連絡を取れる間は、ガストンの指示を受け取ることが出来る。そしてシグルドが来てくれて、ラルフも元気になったなら、ケティとラルフを逃がすくらいはなんとかなるかもしれない。


 それにしてもと、リンは思った。この狩人は、いったいどこから入り込んだのだろう?


 残念ながらリンは保護局員ではないから、当然持ち歩いているべき装備もひとつも持っていなかった。ケティをあんな風に捕まえられている状態で、ケティを傷つけずに狩人を取り押さえるなんて無理だろう。それに万一孵化促進剤とやらを撃たれたら――ケティはあんなに魔女になる日を夢見て、楽しみにしているのに。魔女として孵化することが二度とできなくなったなら、どんなにつらいだろう。そう考えると、そんな危険を冒す勇気はでなかった。


 だからリンに今できることは、出来る限り情報を収集してそれを持ち帰ることだ。


 駅が近づいてきた。ラルフが重い。今は眠っているようだ。いったいどうして熱なんか出す羽目になったのだろう。そして狩人なんかに、利用されることになってしまったのだろう。リンは歯を食いしばって、背後の狩人に、息が上がっていることを気づかれませんようにと祈りながら、もう一度ラルフを揺すり上げた。ミランダが『死にかけてる』と表現したほど体調の悪いラルフだが、それでも、非常に心強い味方であることには変わりなかった。そう考えて、不安を紛らわせようとした。





 発車はすっかり日の暮れた、六時過ぎのことだった。

 リーザへは、列車の時刻表を調整しなければならないからと説明していたが、その間に運転手のところにひとつ、それからリンのところへもうひとつ、小指大に縮んだ箒がこっそり派遣されてきていた。どちらも右巻きのイリエルのものだった。それでもメイは帰らなかった。リンのポケットの中でじっとしたまま動かない。


 やって来た箒はどちらもあのアーノルドという右巻きの箒ではなく、それがリンにはありがたかった。アーノルドは保護局員と連携して行動する右巻きの訓練も受けていなかったようだし、ラルフによってミランダが“誘き出され”たということに、一番最後まで気づかなかった。ケティを止めてくれることもなく、そのあと、リーザを止めようと努力してくれることさえしなかった。今頃はお役御免になったことをこれ幸いと、安全なところに引っ込んでいるだろう。


 リーザに見つからないように距離を開けてではあるが、箒を派遣してくれたイリエルふたりと、ミランダと、ガストンとギュンターと、保護局員たちが後を追いかけてきてくれるという話を聞いて、リンはホッとした。ガストンもギュンターも、出来る限り万全の体制を取ろうとしてくれているとわかるだけで、安心感がまるで違う。


 でも、状況が良くなったとは言えなかった。座席に着くとすぐに、リーザは用意させた手錠ふたつを使って、リンに、自分の足を座席の足に、左腕を座席のひじ掛けに、それぞれ固定するようにと言った。鍵はリーザがポケットにしまった。これじゃあ、と、渋々従いながらリンは考えた。左側のポケットにミランダがいれてくれた薬を取り出すには、かなり複雑な体勢を取らなければならない。リーザの目を盗んでラルフに薬を飲ませるには、いったいどうすればいいだろう。


 その後はリーザはほとんど身動きもせず、座席に座って、ケティを捕まえていた。リンはその向かいに座って、膝にラルフの頭を乗せていた。客車の中には他に人がおらず、静まり返っている。がたんごとんと揺れる列車の振動をしばらく感じていたが、しばらくして、リンは始めた。


「ラルフに水をあげたいの。このままじゃ死んじゃうわ」


 リーザはふん、と鼻を鳴らした。


「死にゃしないわよ。さっきより顔色もいいし呼吸も落ち着いたじゃない。死にかけてるなんて、レイエルって大袈裟よね」


 結構鋭かった。でもリンは引き下がらなかった。


「アナカルディアまで四時間かかるんでしょ。それまで飲まず食わずなんて――」

「駅に止まらないんだからそれよりは早くつくわよ」

「……それにしてももう夕ごはんの時間じゃない。ケティとラルフは九歳よ? おなかがすいて死んじゃうわよ」

「一食抜いたくらいで死にゃしないわよ。エスメラルダの人間って、どいつもこいつも過保護なのよ」

「……どうせなら食べ物と飲み物も要求すれば良かったのに」

「あんたバカじゃないの」リーザは冷たく言った。「薬とか入れられるに決まってるじゃない」


「あたしに毒味させればいいじゃない」

「魔女は薬を作るなんてお手の物じゃないの。ルクルス以外には効かない薬くらい作れるんでしょ」

「そうなの?」

「……あたしに聞かないでよ」リーザはため息をついた。「もう言わないで。お腹空いてるんだから。喉も渇いたし。……なんか食べ物ないの」


 やっぱりお腹がすいていたらしい。リンは首を振った。


「なんにも。あたしが持ってるのは、試験勉強用の単語帳くらいのものよ」

「みそっかすとかあんなにはっきり言われたのに、勉強すんの? 入れっこないじゃない」

「……頑張るもん」

「あんた本当に馬鹿なんじゃないの? ジルグ=ガストンと言えばものっすごい有名人じゃないの。あんな男にはっきり『入れまいし入らない方がいい』とか言われたのよ? 保護局の方だって、そんなお荷物、要らないでしょうよ」


 全くだ、とリンは思う。ガストンはその辺りのことはちゃんと考えてくれているのだろうか?


「………………頑張るもん」


「無理無理。無駄無駄。無駄なこと必死でやるほど馬鹿なことってないわね。それに万一入れたって干されるだけよ。何なら狩人やれば? 良かったら口聞いてあげるけど」

「…………」リンは長々とリーザを見つめた。「…………か?」

「狩人。あんた結構反応早かったし、おっきな子供おんぶしてあれだけの距離歩いて、へたり込みさえしなかった。結構根性あるじゃない? ジルグ=ガストンって、案外見る目がないのかもよ。このままアナカルディアに住んで狩人になっちゃえば」

「冗談じゃないわ!」

「あっそ」リーザはニヤリと笑った。「よかったわ。こっちだってあんたみたいなお荷物、要らないもの。からかっただけよ。ジルグ=ガストンが認めてるような子だったらあたしも欲しいけど。あーあ、お腹空いた。止まらなければどれくらいで着くのかしら」


 リンは返事をしなかった。お荷物とかみそっかすとか、面と向かって言われるのはやはり悔しい。まあ、本気で勧誘されても困るわけだけれど。


「答えなさいよ」


 リーザが不機嫌に言って、リンは、ケティを見た。ケティはさっきからずっと縮こまっている。どんなに心細い気持ちでいることだろう。ラルフはまだ目を覚まさないし、リンは手錠で手と足を座席に固定されている体たらくだ。

 ケティを目だけで励まして、それから、ケティのためだと自分に言い聞かせた。それに、何とか、出来る限りたくさんの情報を、リーザから引き出さなければならないわけだし。


「途中で十分程度停車する駅も確かあったし……三時間ちょっと、ってとこじゃないかしら。運転手さんに聞いてこようか」

「だから手錠の鍵をよこせって? 本気で言ってんの? ホントにバカじゃないのあんた。……ラルフ、まだ熱あるの?」


 銃をケティに突きつけたまま、幾分不安そうにそう訊ねて、リンはおや、と思った。

 ラルフのことを心配しているのだろうか。


「そりゃあるわよ。こんな子供に、ホントにひどいことするのね。水をあげることすらダメなの?」

「ダメよ」リーザはきっぱりしたものだった。「その子は油断ならない子なの。元気になったら脅威になるわ」

「……知り合いなの?」

「三ヶ月ほど世話になってたとこに住んでる子なのよ」

 リンは何気ない様子を装って訊ねた。「三ヶ月もラルフのところにいたの?」

「その前は雪山にいたわ。ホントにもう、出られなくて困っちゃった」

「出られなくなったの?」

「そ。全く迷惑な話だったわ。入れてくれた男が亡命しちゃったもんだから……あら。ああ、そっか」リーザは苦笑した。「そうね。あたしがいつ入ったか知らなかったんだ。グールドと一緒に入ったのよ。ね、グールドはどうなったの」


 リンはまじまじとリーザを見た。グールドと一緒に――ということはもう八ヶ月以上も、エスメラルダの中で逃げ回っていたわけだ。雪山と、それから南大島のルクルスに、匿われていたのだろうか。どうして、と思う。どうしてルクルスは、こんな狩人を匿ったりしたのだろう。


 そういえば以前、ゲンが言っていた。ガストンのことを、利害が一致しているだけで、仲間というわけではない、と。


 ――あの坊主も、育ててるルクルスも別に敵じゃねえもん。


 ベネットはそう言ったけれど――ルクルスの方は実際、認識が違うのかもしれない。そして、とリンは考えた。それは当然のことなのかもしれない、と。

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