落とし穴についての考察
中には四人がいて、執務机のところに集まっていた。机の正面にいるのは、ラセミスタだ。他の三人は机を取り囲んでいて、なんだかラセミスタを詰問しているように見える。
「……だってだからほら、専門外なんだよお……っ」
泣きそうな声で彼女は言い、大きな肘掛け椅子にぽすんと座り込んだ。
「だって、魔法道具じゃないんでしょう!? あたし魔法道具しかわかんないんだよ!」
「機械なんだから似たようなものだろ!」
「無茶を言うな無茶をー! 魔力以外で動く機械の仕組みなんかわかんないよ……!」
先ほどの自分の印象は的はずれではなかったらしい、とラルフは思った。
「落ち着いて考えましょう」とミランダが言った。「落とし穴よ、落とし穴。機械だとしても、すごく原始的なものじゃない? 子供の頃、落とし穴、仕掛けたことある人? あたし噂でしか聞いたことないのよね」
「仕掛けられたことならある……」ラセミスタが泣き声で答えて、
「仕掛けられたことも仕掛けたこともある」とフェルドが言った。
「俺もどっちもある」とシグルドも言う。
「はいはい、はーい。俺現役」ラルフはそこへ駆け寄った。「こないだもリックを落とすのに掘ったばっか。差し入れが来ると、リックの奴、年下の奴らから甘いもの取り上げようとしてさ、自分の分受け取ったらすぐ集会所出て扉の陰に潜みやがるんだ。だからそこに掘ってやった」
ラルフは全員の視線を集めて、うんうん、と頷いた。
「落とし穴はその上を歩いてもらわなきゃ意味がないんだ。だからこの部屋にあるとしたら、扉の前だと思うけど」
「そうだな。……で、スイッチだけど」
フェルドはこちらにやってきた。
「扉の前にいてくれてる間に作動させなきゃならないんだから、そう凝ったところには隠してないはずだよな。もたもたしてたら穴の上から移動するかも知れないし、ミフが助ける暇もなかったってことは、ほんとに不意打ちだったはずだ」
「そもそもマリアラはどうしてここに来たんだろう。校長が危険だってことくらいは知ってたはずだろ」
シグルドが呟いて、ミランダはそれを受けてうなずいた。
「マリアラが自分から進んでここに来るわけないんだから、校長は、ジェイドのふりして、マリアラを誘ったのよね。なんていうかこう……言葉巧みに、ってやつ」
「……エルカテルミナがなんなのか、よく調べてみようよ、ここになら手がかりがあるかもよって、言ったんだよ。きっと」
ラセミスタが言った。フェルドはラセミスタを見て、ため息をついて、頷いた。
「だろうな。スイッチは目に見えるところにはないよな。保護局員が部屋中を念入りに捜索したってのに、スイッチには誰も気づかなかったんだ。だからたぶん、なんらかの仕掛けがしてあるはずだ。ラス、スイッチくらいは魔法道具で作ってもいいんじゃないのか?」
「そっか!」ラセミスタは急に元気になった。「だよねだよね、フェルドが落とし穴の上に立っても何にも感じないってことは、蓋の少なくとも上部は真鉄じゃないはずだ。便利だなあ。カナリアみたいだね、フェルド」
「てめ――」
「待って、今波長を調べるから」
ラセミスタは何やら折り畳みの機械を開いてコードを延ばし、床の絨毯の一部をはがして、そこにコードを差し込んで、床に座り込んで機械をぱたぱたと叩き始めた。ラルフはフェルドを見上げた。
「ウィンがね。マリアラは魔力が弱いから、火傷まではしないだろうって、言ってたよ」
「……そっか」
「〈アスタ〉!」とラセミスタが出し抜けに声を上げた。「この部屋に存在するすべての魔力供給網をリストアップして」
少しの沈黙があった。
それから〈アスタ〉が答えた。『……どうぞ、ラス』
ぱっ、と、頭上のスクリーンに複雑な見取り図らしきものが浮かび上がる。その鮮明な画像を見て、ラセミスタがため息をついた。
「ああ、いいなあこのスクリーン。校長は性格と根性は悪いけど、少なくともセンスはいい」
「〈アスタ〉に聞いてわかるのか?」
フェルドの言葉に、ラセミスタはうなずいた。
「データには載ってないだろうね。だから実際の供給網と照らし合わせて、矛盾がある箇所があればそこが当たりでしょ。ほら、見て。この机、やっぱり床に固定されてて足から魔力が走ってる」
見て、と言われてもさっぱりわからない。他の三人も同様のようだ。が、ラセミスタは一切構わなかった。
「〈アスタ〉のデータベースに載ってないのは……あった、ここだ! すごい、ほんとにあった! あたし、偉い!」
ラセミスタの手が机の右肩に伸びた。が、そこにはつるりとした机の表面があるばかりだ。つなぎ目なども見ただけでは全く分からない。ラセミスタはしばらくそこに指を走らせたが、くそ、と毒づいて、床の一端に差していたコードを引き抜いた。そして端末を抱えて机の下にもぐりこんだ。のぞき込むと、洞穴のようなそこに座り込んで端末をパタパタ叩いている。先ほど抜かれたコードは、今は机のどこかに刺さっているようだ。
すごい、とラルフは思った。
フェルドがラセミスタを、リンのように蚊帳の外に置かなかった理由が良くわかった。
シグルドは落とし穴の中に入ってマリアラを出してもらうために必要だし、ミランダは、マリアラがケガをしていたりしたときに治療を頼まなければならない。やはりこの四人が必要最小限だということなのだろう。
「これ作ったの誰だ……? けっこ古いものみたいだな」ぶつぶつと、ラセミスタの独り言が聞こえた。「古い古い、技術が古い。でもすごい。うっとりしちゃう、無駄なものがなくて洗練されてて研ぎ澄まされてる……格好いい……天才的な注意深さだ……でも、これでどうだ!」
ぷしゅ、と小さな音がした。顔を上げると、机の右肩、先ほどラセミスタが指を走らせたその箇所が、わずかに浮き上がっていた。フェルドがそこに指を引っかけて板を持ち上げると、中に、赤い古びたスイッチが隠されていた。
「……すごいな」
シグルドがつぶやき、ラセミスタは慌てて出ようとして机に頭をぶつけて毒づき、ミランダが緊張したように息を詰めて、フェルドがスイッチを押した。
すうっと、扉の前の床が滑った。ミランダが顔をしかめたのが見えた。真鉄がむき出しになり、何か感じるものがあったのだろう。しかしフェルドは全く気にする様子もなく、穴の縁に手をかけて覗き込んで、叫んだ。
「――マリアラ!」
彼女は確かにそこにいた。
ラルフも覗き込んで、息を詰めた。そこは恐ろしく寒かった。穴は想像以上に大きかったが、その面積のほとんどがさまざまな道具で埋もれていた。その道具に取り囲まれた小さな一角に、マリアラが横向きに倒れているのが見える。手に何か握りしめている。まるでその何かに、縋り付くかのように。
そのとき、ラルフは気づいた。穴の縁にかけられたフェルドの指先が、じじ、と音を立てたのだ。
――火傷、してる。
ぞっとした。
本当に、真鉄という、ウィナロフがあれほど注意しろと言った魔女の弱点は、確かに存在していたのだ。
フェルドは気にする様子もない。気づいていないのかもしれない。ラルフは手を伸ばしてその手に触れ、指先を縁から剥がした。傷口がちらりと見えた。
――こんなもの。
背筋が冷える。
――こんなものが狩人の手に渡ったら。
本当に、冗談じゃ済まない事態だ。
シグルドが中に入ろうとした時、誰かの声が囁いた。
『……そのまま入っては駄目』
〈アスタ〉の声ではなかった。優しい、耳に快い、可愛らしい声だった。誰、と思った時、改めて、〈アスタ〉の声が聞こえてきた。
『フェルド、その穴の中に風を送れる? 低酸素状態にある恐れがあるわ。救助する人も倒れかねない』
〈アスタ〉はどういうつもりなのだろうと、ラルフは思った。マリアラがここにいることを知っていたのではないのだろうか。
けれどフェルドは何も言わなかった。穴から少し離れた、と思うと、風がわいた。空気の固まりが穴の中に飛び込んで行く。穴の底のマリアラの髪がそよいだのが見えたから、空気が入れ替わったに違いない。
シグルドが入っても、〈アスタ〉はもう何も言わなかった。




