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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
番外編 治療院の魔女
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番外編 治療院の魔女(5)

   *


 治療が済むと、もうすっかり夜だった。

 治療院の鍵を閉めていたディアナが、さて、と言いながらこちらを振り返った。


「遅くなっちゃってごめんなさいね、マリアラ。手伝ってくれてありがとう」

「いいえ、こちらこそ、助けていただいてありがとうございました。あの、楽しかったです。治療院って、いいですね」


「あら、気に入った?」ディアナはうふふ、と笑った。「じゃあいつかやったらいいわ。まあまだまだ先のことだけどね。で、マリアラ、何食べたい? イーレンとフェルドが私たちの分も奢ってくれるから」


 マリアラは驚いた。「ええっ!?」


「本来、マヌエルやリズエルのケガや病気は医局が担当すべきなのよ、〈アスタ〉の把握が遅れると、シフトやスケジュールに影響が出るかも知れないからね。でもこの人たちは医局が嫌いなの。それを治療してあげたんだから、夕ご飯くらい喜んで奢ってくれるわ」


「晩飯くらいで治療してもらえるなら軽いもんだ。【魔女ビル】最上階のレストランはどうですか」

「いいんじゃないかしら」


 ね? と問われ、マリアラは躊躇う。


「え、でも。いいんですか……?」

「もちろんいいんだ。医局で治療してもらうことに比べたら百倍マシ。な、フェルド」


 問われたフェルドも頷き、マリアラはそれが不思議だった。【魔女ビル】の医局の人たちは、そんなに恐ろしいのだろうか。

 ディアナはマリアラの内心を見透かしたようにくすっと笑った。


「そんなに怖いところじゃないわよ。ただこの人たちはもうブラックリストに載ってるってだけ」

「ブラックリスト」

「俺が実験のケガとかで行くと、恐怖の事務方がすっ飛んで来るんだ。こうやってさ」


 イーレンタールは架空のめがねを持ち上げて見せた。


「『リズエルともあろうものがこのようなケガをこう頻繁にするようでは困ります、社会的影響というものを考えていただかないと』――社会的影響なんか気にしてて研究ができるかっつーの」

「あなたはもう少し気にした方がいいと思うけどね。……じゃあ、行きましょっか。マリアラ、コート着た方がいいわよ。上空は寒いからね」

「え、飛んで……」


 いいの? と思う。今は仕事ではないし制服でもないのに。

 ディアナは自分の箒に跨がりながら微笑んだ。


「もう夜だし、カーテンを閉めてる人が大半よ。それにフェルドもイーレンも、そんな格好で動道に乗るわけにはいかないでしょ」


 確かに。二人の格好を見て、マリアラは納得した。体のケガも汚れもすっかり消えたが、衣類はぼろぼろのままだ。

 買ったばかりのコートを取り出して羽織り、マリアラはミフに跨がった。ディーナに続いて浮かび上がると、イーレンタールを後ろに乗せたフェルドが続いてくる。ぐんぐん視界が上がり――


「わあ……っ」


 思わず、その景色に見とれた。

 エスメラルダの繁華街のネオンが、光の絨毯のように足元に広がっている。


「すごい……!」


 まるで海みたいだ。色とりどりの宝石をちりばめた海。ミフが感嘆して叫ぶ。


『すっごいねー! 写真撮ろっか』

「うんうん!」


 現像して額に入れたら、きっと素敵な壁の飾りになる。


「来月にさ」

 少し離れた場所でフェルドが声を上げた。

「南海岸で花火大会があるだろ。上から見てみるといいよ」


「上から――」

「最後の大連発なんて、すごい迫力だよ。ただボランティア頼まれるけどね、花火の合間に風吹かせて煙を片付けてくれって」

「わあ」


 マリアラは顔をほころばせた。そうだ、来月は花火大会がある。長い冬の到来を励ます、賑やかなお祭りだ。

 一般学生だった頃、確かに、上空から花火に興じる魔女たちの姿に羨望の眼差しをむけていた。広々とした夜空からあの花火を見たら、どんな風景なのだろう、と、色々と想像を巡らせたものだ。


「シフトのタイミングがうまく合えば、だけどさ。行ってみるといいよ。すげー混んでるけど」

「はい!」

「その時はさ、【魔女ビル】の大食堂で、花火弁当、申し込んでおくといいぜ」


 フェルドの後ろからイーレンタールが笑顔で続けた。


「大食堂の飯はまあまあなんだけど、花火弁当はかなりオススメだな。大、中、小とあって、その中でも特に小がオススメ。小の中身は食事っつーよりか、菓子折に近いんだよ。不安定な箒の上でも食べやすいようにって、一口大のいろんな菓子が、花火の形に並べられてんの! すげーうまいから! 絶品だから!」


 あまりの熱の入れように、マリアラは微笑んだ。イーレンタールは甘党らしい。


「それでその時にさ――ラスを誘ってやって。良かったら、なんだけど」


 一陣の風が吹いて、フェルドの声を吹き散らした。マリアラは髪を押さえ、彼を振り返った。


「ら、す?」

「ラス――ラセミスタって言うんだ。マリアラの、新しいルームメイトの名前」

「――」


 マリアラは少し流されていることに気づき、フェルドの方にミフを寄せた。ディアナはこちらの話が聞こえているのかいないのか、少し先を飛んでいる。

 フェルドはとても真面目な顔をしていた。


「あいつ、ちょっと……ちょっとだけ、偏屈なんだよ。でもまさか今日まで延期にさせるなんて。今度は絶対大丈夫だって言ってたのに」

「ラセミスタ……リズエルの?」


 ラセミスタ=リズエル・シフト・マヌエル、と言う名は、イーレンタールと同じくらい有名だ。

 十五歳という、史上初めての若さでリズエルの座を射止めた、魔法道具開発の天才少女、と言われている。


「あ、知ってるんだ。まあ、リズエルだから、色んな噂が流れてるのかも知れないけど……でも本当は別に悪い奴じゃないんだ。ただちょっと」


「臆病なんだよ」イーレンタールが受けた。「まあ俺もわかるけどね。あいつは特に、女の子だからさ。小さい頃からなんだかんだあって、だから自分の殻に籠もっちまってるんだ。ダニエルはお節介だから――」


「別に、何か、特別なことをしてやって欲しいって思ってるわけじゃないんだよ」


 フェルドの声は穏やかで、でも言いにくそうで。どう言えば伝わるのか、誤解されずに済むのかと、言葉を選んでいるのが伝わってくる。


「たぶんダニエルもね。ただ、待っててやって欲しいんだよ。ラスは、新しいルームメイトを嫌がってるわけじゃないんだ。ただ怖くて、縮こまってるだけなんだ。だから、少しだけ待っててやって。……つーかもう、充分待っててくれてるんだよな」

「わかりました。もう少し待つくらい、全然なんでもないですよ」


 頷くとフェルドはホッとしたように微笑んだ。マリアラもつられて笑顔になった。

 新しいルームメイトは別にマリアラを嫌っているわけじゃない。

 相手が誰でも、きっと同じなのだ。

 そう思うと、気が軽くなった。どんな子なのだろう、まだ見ぬルームメイトに思いをはせる。


「仲良くなるのに……何かいいもの、ないでしょうか」


 聞くと、フェルドもイーレンタールも、先を行くディアナまでもが振り返って、同じことを言った。


「甘いもの」


 声がぴったり重なり、マリアラは思わず笑った。


「すごい、異口同音」

「いやホント、あいつたぶらかすには甘い物攻めが一番効くって。コオミ屋のバラエティセットが一番オススメ」

「いやあれは自分で毎月段ボール買いしてるから……」

「“デリアーナ”のスペシャル・ミックス・アイスクリームがいいわよ。あれならきっとイチコロよ!」


 皆でわいわいあーだこーだと考えてくれ、マリアラは何だかホッとした。ラセミスタという子がどんな子であれ、ディアナにもイーレンタールにもフェルドにも、大事に思われているような子だ。悪い子であるはずがない。



 話している内に【魔女ビル】がだいぶ近づいてきている。それを見たとき、この風変わりな夜の散歩が終わるのを名残惜しく思っている自分に気づいた。

 でも大丈夫、これから、【魔女ビル】の最上階のレストランで、今の時間の続きができる。


 ――今日は楽しかった?


 自分に訊ね、マリアラは、少しだけ考えた。引っ越しはできず、かつての友人とは決定的な訣別を迎え、おまけに詐欺に遭いかけた。初めて行ったコオミ屋で初めて食べたケーキの味さえ覚えていない。


 ――でも。


「うん。……楽しかった」


 小さな声で自分に答え、微笑んだ。

 そうだ、今日は、完全とは言えないまでも、かなりいい日だった。それは、断言できる。


 今度のお休みには、ラセミスタに会うときのための“甘いもの”を調達しに行こう。十一月の花火大会には、一緒に行かないかと誘ってみよう。

 セイラとは、昔のような関係を取り戻すことはできなかった。

 でも、大丈夫。リンも、ダリアもいてくれる。これからの居場所は、これからゆっくり作っていけばいい。


「屋上に降りるわよ。――あたしたち先に行って選んでるから、あなたたちは着替えてらっしゃいね」


 ディアナが言って、先に降りていく。【魔女ビル】の屋上はとても広く、こちらを迎えるように穏やかに光っている。

 マリアラは微笑んで、続いて【魔女ビル】の屋上に向かって降りていった。

番外編『治療院の魔女』了。

お付き合いありがとうございました。

次からは本編第二話『魔女の相棒』が始まります。

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