間話 ステラ=オルブライトの決意
先程合羽をかぶっていた小さな謎の子供は、ルクルスであったらしい。それも、目を見張るほどすばしっこい子供。
ステラは、ザールがその子供に一撃で倒されるのを見ていた。ザールとイェイラの標的が誰だったのかはわからないが、二人の男に挟まれるようにして森に逃げたのは見えた。ザールはバカだ。イェイラの関心を取り戻そうとしたためにガストンとベネットを殺せなかったし、イェイラに頼まれた目的も達成できなかった。小さな子供の攻撃は情け容赦がなくて、ザールは声も立てずに昏倒した。こん棒らしきなにかの柄が脳天に直撃しそのまま翻ってみぞおちに突き刺さり、あの子供はおそらくザールが死んだって構うまいと思っていたに違いない。ステラが考えても、あの子供にとって手加減する理由はひとつもない。
死んだかな、とステラは思った。そうかもしれない。逮捕された後の運命を思えば、今死んだ方が幸せかもしれない、とも。
すぐ近くにイェイラがいることはわかっていた。おそらく森の中から【銃】で標的を狙ったのは彼女だ(レイエルが? という疑問はさておくとして)。今はこの辺りにはいない。そのまま逃げた標的を追ったのだろう。ザールが死んだかもしれないのに、助けに飛んでなど来なかった。
――バカな男。
初めからわかっていた。イェイラにとってザールは捨て駒だ。ずきりと頬が痛んだ。傷口には携帯用傷口保存シートを貼ってある(乾いてしまったら痕が残るかもしれないからだ)。だから痛むのは錯覚だろう。そう思うが、それでも痛みはひどい。
“あの人”に連絡を取る手段は何もない。詰所へはいけないし、無線機は壊れてしまった。地下道はギュンターによって検問が敷かれているだろう。ステラの取れる唯一の方法は、朝になるまでどこかに隠れて捕まらないでいることのみだ。今夜さえやり過ごせれば、海上封鎖が解かれてから舟で本土に戻り、“あの人”の息のかかった魔女の治療院で治療をしてもらうことができる。“あの人”への連絡はそれまで待つしかない。
倒れ伏したザールに背を向けて、ステラは歩き出した。じりじりと何かが胸の中で燃えている。ザールは“死んだ”。イェイラが殺したも同然だ。利用するだけ利用して、捨て駒にして見捨てた。
エルカテルミナ。世界の花。世が世ならば世界中から崇められかしづかれていたはずの神の娘。
身の程を知らずに彼女に恋をした、バカな男。
ザールの声が脳裏に響いている。スーザンは俺が始末した――それを知るのは、俺とイェイラだけでいい。
つまり“あの人”でさえ、スーザンの失踪の真相は知らない、ということだ。
ステラはわななく唇を噛み締めた。
――このままにしてはおかない。




