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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
魔女の出張
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間話 ステラ=オルブライトの嘲笑

 ライナー=ハインヒルト=ザールは、とても有能な男だった。

 頭脳明晰。判断は的確で、行動も迅速。目的のためには汚れ仕事も厭わない姿勢があの方に評価され、ステラのはるか昔から認められ、様々に重要な仕事を任され、かつ、その期待に応え続けた。保護局警備隊の若き出世頭。今も、そう見る人は多いだろう。

 しかしステラの評価は今は違う。


 ――あの男は、“ミイラ取りがミイラになった”のだ。

 取り込まれた。籠絡された。女の涙と嘘に騙されて、誑かされて、絆されて、彼女の手足に成り下がった。

 今や“あの人”よりも、イェイラの方を崇拝している、裏切り者だ。

 ステラ=オルブライトは、そう思っている。




「こんにちはぁー」


 声をかけながら入って行くと、留守番の隊員が顔を上げた。ベネットだ。

 ベネットは三ヶ月ほど前に南大島に配属されたばかりの、この第一出張所でも一番若い男だった。まだ“どちら側”に属する男なのか判断できていなかったが、人当たりが良く、朗らかな性質の男だ――基本的には、であるが。たまに見せる荒んだ笑みは、南大島という“僻地”に飛ばされたことに不満を燻らせている内心を思わせる。なかなか有望な人材である。


 ベネットはステラが物資を運んでくると知ってからは、ステラが来ると呼ばれなくても受け取りと片付けにやって来る。目端も利くし、気も利いている。


「ステラさん、お疲れさまっす」

「ベネット、聞いた? レンドーのこと」


 カウンターの上に物資を置いて、ステラはその隣に肘をついた。ベネットは物資を元の大きさに戻し、カウンターの上に積み上げた。中を開いてごそごそしながら、「なんすか」と言った。


「逮捕されたんすか」

「残念だったわねー、自分で捕まえたかったんじゃない? こっちに異動になっちゃってさ」


 ビル=レンドーという男は、本土で、“治療院めぐり”の常連のひとりだった。

 真冬で急患を抱えて大忙しの治療院を狙って渡り歩き、ごく軽い風邪や喉の痛みを訴えてサービスを受けたがる、と言う、違法ではないがあまり耳障りの良くない趣味を持つことで有名だった。そうした性癖を持つ人間はエスメラルダ国内にも少なからず存在し、保護局警備隊では彼らがあまり傍若無人な真似をしないよう、かなりの人員を割いている。犯罪者ではないが、犯罪者予備軍として警備隊にマークされている人たちの、一員だった。


 それが、花火大会の夜に、正真正銘の犯罪者になった。

 ミランダ=レイエル・マヌエルという左巻きの魔女に恫喝、そして、治療の強要をしたのだ。それも保護局出張所で、保護局員の留守を狙ったというおまけつき。罪状としては恫喝と治療の強要だけだが、逮捕されて取り調べを受けていたら、きっともっと大きな犯罪までが明るみに出たはずだ。レンドーはミランダを誘拐しようと画策したに違いない、と、警備隊は睨んでいる。犯行の前日に急に仕事を辞めている。また元同僚たちの証言によると、辞める一週間ほど前に多額の金を受け取っていたらしい(急に羽振りが良くなったようだ)。エスメラルダの裏社会では人身売買が行われていて、長年警備隊の頭を悩ませているのだが、その裏社会につながるルートとして、レンドーの逮捕はとても期待されていた。


 ステラの調査では、花火大会の夜にミランダが詰めていた出張所の職員に、ベネットが在籍していたことは分かっている。

 さあ試金石だ、と、ステラはベネットの目を盗んで唇を舐めた。ベネット、あなたは()()()かしら?


「でもそれがね、逮捕できなかったのよー」


 そう言うとベネットがこちらを見た。「できなかった?」


「そう。捕まえる前に死んじゃったの」

「あー」

「あれ? あんまり残念そうじゃないわね。ベネットが捕まえたくて捕まえたくてうずうずしてたって聞いたけど?」


 カマをかけるとベネットは苦笑した。


「まあね……」

「偉いわねー、ベネットは。誘拐犯を野放しになんてしておけない! って、頑張ってたんでしょー?」


 敢えてちょっとバカにしたように言ってやると、ベネットはもう一度苦笑した。


「そういうんじゃないですよ。ただああいう手合いは、裏社会の色々に詳しいでしょ。頭がいいっつーか、こすっからい。話が通じる」


 思わせぶりな言い方に、ステラは丸い眼鏡を持ち上げて、感嘆の声を上げて見せた。「え、なーにそれ?」


「んー、つまり。使える男だったってことです。警備隊員なら皆やってるっしょ」

「なになに? どういうこと? おねーさんに教えなさいよ」


 ステラは自分の容姿に自信がある。美人ではないが、背が低いし、男に敵視されない。可愛がりたくなる愛嬌があると、自分で重々分かっている。

 ベネットもそう思ったらしい。無知で軽薄で、自分を讃えてくれる女だと。

 彼は周りを見回して、いかにも重大な秘密を教えてあげようとでもいうように、声を潜めた。


「あいつは予備軍ではあったけど、前科はない。人身売買の方のルートとして有望だってされてたから、逮捕されてたら、多分警備隊と裏取引がされたと思うんですよね」

「え、裏取引? ドラマみたい!」

「いや、現実にあることなんですよ。誘拐の実行犯と恫喝・治療の強要じゃあ、どっちの罪が軽いかなんて明らかでしょ」

「まあそうねえ、魔女誘拐の実行犯って、狩人と同じ扱いされるんだもんね」

「そうそう、車裂きなんてイヤっすよね。だから、警備隊は、ルートを吐かせる代わりに恫喝のみの罪状にしてやる。レンドーもそれに乗ったはずだ」

「うん、乗るわ。あたしでも乗る乗る」

「で、レンドーはぺろっと依頼者を吐き、警備隊は大手柄を挙げられるってワケ」

「裏取引。そう聞くとほんと、ありそうね」

「でしょ? で、どうなるかっつーと、レンドーは懲役何年か喰らう程度だったはず。二年か三年後には出てきた。その頃にはすげー役に立つ男になってるって思って」

「んー?」


 小首を傾げてやると、ベネットは、しょうがないなこの可愛子ちゃんは、という顔をした。


「レンドーはルートを喋った裏切り者だ。もうエスメラルダの裏路地じゃ怖くて生きてけないでしょ」

「あ、報復を恐れるってことね?」

「そうそう。出所したらすぐにでも国外に出たいはずだけど、前科者が【国境】通んのはものすごく大変だ。でもレンドーは、金なら持ってる。その時俺を思い出してくれれば」

「そっか、誘拐の手付金は没収されるかもしれなくても、退職金はあるはずよね」

「……でもまあそれももう済んだことですけどね。死んじまったんじゃあ、国外に逃げる必要もないし、見返りもない」


 ステラはベネットをじっと見た。ここに来てからずっと、ベネットは、その朗らかな話し方と物腰のどこかに、荒んだ様子を見せることが多かった。これは演技だろうか? それにしてはずいぶん手が込んでいる。今ここにいるのはステラだけだ。別の出張所在籍の、特にザールの手下でもないステラの前で、こうもぺらぺら嘘を喋るほど、ベネットは賢い男だろうか?

 今の話が本心なら、ベネットは使える。

 警備隊の崇高な意思などのためではなく、自分の権勢欲と金のために警備隊に入った男なのだとしたら、ザールの指示には嬉々として従うだろう。ザールにつけば、報酬だけは潤沢にある。何しろザールのスポンサーはこの国の最高権力者だ。ガストンにつくより、ずっとオイシイ。


「そっかそっかー、なるほどね。勉強になったわ、あたしも覚えとこーっと」

「そん時は俺も呼んでください」

「やーよ、分け前減るじゃない」


 ベネットは、ひでー、と言って軽く笑った。その間も物資を次々に棚にしまっていく。そうしながら、んで? と言った。


「レンドーは何で死んだんすか。口封じ?」

「たぶんね。“宇宙空間に向けて空いた【穴】に落ちちゃった”んですって」


 そう言うとベネットは、手を止めてステラをじっと見た。


「マジすか」

「マジっすよ」


 ――下手なことをするとあなたもそうなるのよ。


 そうは言わず、ステラはにっこり笑った。


「お気の毒よね」





 “宇宙空間に向けて空いた【穴】”と言えば、アルフレッド=モーガンである。

 ベネットを残して第一詰所を出たステラは、ふうっとため息をついた。


 どうやら南大島にいるらしい。失踪から四週間、ずっと行方をくらませていたが、大島の森の中に潜んでいたらしいのだ。おそらく、ルクルスに匿われていたのだろう。

 それでザールは大忙しだ。絶対に国外に出すわけにはいかない。しらみつぶしに森を捜して、焙り出さなければならない。同時に狩人との取引も、滞りなく進めていかなければならない。校長にとって、狩人を飼い慣らすことはとても旨味がある。アナカルシスへの影響力を更に高めることができる――狩人の親玉は、権威が失墜して久しいとは言え、腐ってもアナカルシスの王である――同時に、エスメラルダ国内に対しても、圧倒的な力を持つと言うことになる。


 今回のエルカテルミナは既に生まれている。自我を持ち、成長し、また精神的な靱さを備えている。こないだの出張医療でそれが明るみに出た。フェルディナント=ラクエル・マヌエルは、相棒を助けるために検査室を脱走し大勢の協力を得て【国境】を突破した。それほどの行動力を備えたエルカテルミナの誕生は、校長にとって計り知れない脅威だ。

 狩人を飼い慣らせば、エルカテルミナを押さえ込む上で、かなりの戦力になるだろう。


「ザール。……あんたよそ見してる場合じゃないのよ」


 ステラは口の中だけで呟いた。エスメラルダには今、大きなうねりが来ている。校長が今と同じ、いや更なる権力を得て、エスメラルダという国を今までと同じ、平和で豊かな国にし続けるために。ザールやステラ、ジレッドやベルトランといった人材が、職務を粛々と遂行していく必要がある。ジレッドやベルトランは今【学校ビル】でリストの捜索に当たっているし、ステラはベネットという新しい人材を見極めるという任務を果たした。ザールは狩人との交渉と、モーガンの捜索に当たらなければならない。


 少し前までだったら、ザールに対してこんな不信感を持つことなどなかった。

 けれど、今は。

 イェイラ=レイエル・マヌエルに向ける、あの恍惚と崇拝の表情を見てしまった、今は。


『彼女は心配ない。もうすっかり俺のものだ』


 そう話したとき、ザールが心底そう思い込んでいるようなのを見て取り、ステラはザールに幻滅した。そう、そうだ。幻滅したのだ。そんなに見る目がない男だとは思わなかった。イェイラは。あの美しい水の魔女は、世が世なら、女神にも等しい存在として崇められていた女性なのに。

 ――あんたみたいな男を、心の底から愛するわけがないのに。


 そんな簡単な事実にさえ、気づかないの?


 イェイラは絶対にザールなど愛していない。愛している振りをして、籠絡して、絡め取って、自分の支配下に置いたのだ。――いつか目的を、達成するための、足がかりとするために。



 ステラは歩き出した。男どもは本当にバカで愚かで能なしだ。ステラが頑張らなければ、目的など到底達成できない。

 校長のために。あの方のために。――エスメラルダの平和と繁栄を、守り続けるために。

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