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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
魔女の出張
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出張後(15)

「……夢みたい」

「じゃあ俺とジェイドも、その爆弾のお披露目に、ラセミスタに依頼されて協力した。そう言う扱いでいいんですね?」


 ディノがギュンターに訊ね、ギュンターはまた笑った。


「まあね。だが始末書が数枚必要だろうな」

「え、なんで!?」

「【魔女ビル】を通さずにラセミスタの爆破実験に協力するのは、やはりマヌエルとしてではなく個人としての行動になる。その際君たちは箒を使った。その分が一枚。また巾着袋の中の様々な魔法道具も使っている。その分で、もう一枚」

「え、ええ? 箒って、使っちゃダメなんですか?」

「休みん日に箒使って咎められたことなんか今までないよなあ!」

「まだあるぞ。ジェイドは荷運びの仕事がある日に誤って“実験協力”の予定を入れてしまい、ディノは、“実験協力”の予定をすっかり忘れてジェイドの荷運びを肩代わりすると言う空約束をしてしまった」


 ジェイドが頭を抱えた。「……そうなるのかあ」

 ディノは抗議した。「解放されたら今すぐにでもいけるんですけど!」


「バカを言うな、もうダスティンが代理で向かっている」

「よりによってダスティン!?」

「ヘイトス室長から厳重に言い渡されている。君たちの釈放は【国境】関連施設の掃除と修復が済んでからだとね。イーレンタール=リズエル・シフト・マヌエルと、グレゴリー=リズエル・シフト・マヌエルから、【国境】修繕の協力の申し出が出されている。もちろん手伝うよな? 今後十日は休みがないぞ」

「はい……」

「あたしもやります」ラセミスタは立ち上がった。「この機会に【国境】の設備を全部最新式にしましょう! システム全部作り替えます!」

「それはありがたい。今度は南大島あたりで爆破実験してもらってもいいくらいだね」


 ギュンターが冗談を言い、皆が笑った。ラセミスタも笑いながら、また笑える日が来るとは思わなかった、と考えた。昨日の夜は、もう、このまま一生笑うことはないだろうと思った。


「さ、何はともあれ食事を取ろう」


 ギュンターがそう言って手を叩き、ディノが大げさにお腹をさすって見せた。


「あー良かった、もうめっちゃ腹減ってて飢え死にするところだった!」

「ひと晩飲まず食わずで働いたんだ。そりゃ腹減ったよな。これからまた力仕事してもらわなきゃならないんだから、しっかり食べて元気を出せ」


 ダニエルがやって来て、ラセミスタの目の前に左手を差し出した。大きな手のひら。優しい笑顔で、ダニエルは言った。


「ラス、ディノ、ジェイド。――俺の娘と息子のために、頑張ってくれて。ありがとう」

「ふたりが帰ってきたらお祝いするわよ」隣に並んだララも微笑む。「ヒルデとランド、今頃張り切ってくれてると思うわ。……楽しいイベントを計画させてもらえるって、ありがたいわね」


 ララとダニエルに連れられて、ディノとジェイドと一緒に、【国境】警備隊詰所を出た。外にいた保護局員たちも皆笑顔だった。明るい陽光がさんさんと降り注いでいる。お日様までが喜んでくれているかのようだ。

 本当だ、と思った。ありがたい。なんて、なんて、ありがたいんだろう。

 生きててくれた。

 帰ってきてくれる。

 またここに、戻って来てくれる。


 彼女が生きている、元気で笑っている。

 それだけで、ありがとうって、言いたくなる。

 ミランダもフェルドも、きっと同じ気持ちでいるだろう。


「……お腹空いたね」


 ジェイドが話しかけてきた。ラセミスタは顔を上げ、ジェイドの顔をまっすぐ見て、微笑んだ。


「うん。すっごく、すっっっごく、お腹減った!!」




   *   *



「――モーガンが?」


 カルロスが言う声で、〈彼女〉は校長の執務室の中に意識を引き戻された。

 カルロスは小さな魔法道具を耳に押し当てていた。通信機だと、〈彼女〉は考えた。また何か悪巧みでも、しているのだろうか。


 カルロスがあの通信機を使うのは、〈アスタ〉に知られたくないこと、つまり悪巧みを、している時に限られる。〈アスタ〉にはしばらく構うなと命じてあるから、カルロスはこの部屋に、他の誰もいないはずだと、自分の悪巧みを聞いている存在があるはずがないと、思いこんでいる。〈彼女〉がここにいることを、まだ残っていることを、知っている人間はもうこの世にひとりもいなくなった。いなくなって――しまった。


 ――なのに。


 〈彼女〉はため息をつきそうになる。あたしはここで、いったい何をしているんだろう。


 【魔女ビル】内は先日とはうって変わって幸せな空気に包まれていた。マリアラは一週間の入院を言い渡されたが、ひと晩ぐっすり眠った今は、もうかなり元気そうだった。ミランダは病室に入り浸りだ。食事制限は必要ないと診断されたため、ララとヒルデはマリアラの病室に、美味しい食べ物を山ほど担ぎ込んだ。シュカルクッフェン、ドーナツ、色とりどりの果物、チーズケーキにラズベリータルト。入れ替わり立ち替わり病室には見舞客が訪れて、賑やかに無事を言祝いでいく。ラセミスタとディノとジェイドは【国境】修復に追われているが、夕方には病室に来て夕食を食べることになっているし、フェルドも朝からずっと事情聴取に対応しているが、やはり夕食時は病室に来ることになっている。彼らの、特にマリアラの、楽しそうな笑顔を見ることが出来るのは嬉しい。彼女を襲った事態の深刻さを思い返せば、本当に奇跡のような光景だ。


 なのにどうして、その幸せな光景から目をそらして、カルロスの悪巧みなんかを聞かなければならないのだろう。

 聞いたって〈彼女〉には何も出来ないのに。カルロスが何をしようと、止める手段なんかないのに。もう諦めればいいのに、全てを忘れて〈アスタ〉の中で眠ってしまうと言うことがどうしてもできない。


 諦めが悪いのは身体のあった頃からだっただろうか。――それとも。

 〈彼女〉は泣き出したくなった。


 ――そういう風に、設計されているのだろうか。人間だったと思っているのは、思い込みに過ぎないのではないだろうか。


「南の大島でなんかあったそうじゃないか。……ああ。まあ、ね。そうだけど。わかってるよ、でも、南の大島には【出口】があるじゃないか。出来る限り人手を割いて、しらみつぶしに調べてくれ。……ああ、そう、そう、そうだな」

 しばらく相づちだけが響いて、最後に、カルロスは訊ねた。


「文献リストは?」


 沈黙。


「……まだなんだな。わかったよ。とにかく、一刻も早く、モーガンを捜し出して僕の前につれてきてくれ。リストも揃うと完璧だな。……ああ、わかってる。ありがとう。これからも頼むよ」


 ――文献リスト?


 モーガン、と、カルロスは言った。思い出すまでもなく、数日前の、アルフレッド=モーガンの、厳粛な葬式が浮かんでくる。遺影、涙、花、花、花。宇宙空間に向けた【穴】に落ちたと、間に合わなかったと、助けられなかったと、データにはある。


 ――まさか……


 アルフレッド=モーガンの専攻は歴史学だった。〈彼女〉は呻きそうになった。メイファの悲劇、あの痛ましい事件が、まざまざと脳裏に甦る。


 ――またやったのだろうか。もしかして。


 カルロスは通信を切って、しばらく考えていた。その整った静かな横顔に、なんの罪悪感も後ろめたさも浮かんでいないのを見て、〈彼女〉はおののいた。


 一体どこで、この人は道を踏み外してしまったのだろうと、考えずにはいられなかった。

これで『魔女の出張』は終了です。お付き合いありがとうございました。

来週から間話をひとつ挟んで、『魔女の奮闘』に入ります。

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