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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
魔女の出張
248/781

出張前(4)

     *


 〈アスタ〉の許可はあっさり下りた。


 次の日、マリアラは朝から医局に出かけて、詳しい仕事の内容とスケジュールなどについて事細かに説明された。アナカルシスの医師不足は本当に深刻らしく、同行者が増えるのはとても歓迎されるらしい。


 詳しい説明が終わると、次はミランダとヴィレスタと一緒に最後の打ち合わせだ。明日の朝七時に、普段着で、エスメラルダの【国境】前に集合。魔女だとわかる服装は避け、巾着袋、箒、コインなどはポケットか手提げ鞄に隠しておくこと。


『狩人の勢力が強まっていますからね』


 〈アスタ〉が穏やかな口調で説明した。


『用心に越したことはないのよ。ヴィレスタがいるから心配はないと思うけど』

『頑張ります、アスタ』


 ヴィレスタが言い、アスタはスクリーンの中でとても優しく笑った。


『お願いね。――大陸鉄道の切符を手配してあります。マリアラの分も相席が取れたわ。リファスの駅に着いたら駅員さんが案内してくれますからね』


 ミランダが硬直し、〈アスタ〉が訊ねた。


『なあに、ミランダ?』

「あ……いえ、いえ、いいえ。何でもないの、〈アスタ〉」

『そう?』


 〈アスタ〉よりは少し事情に詳しいマリアラは、『彼』が就職したのはアナカルシスの駅なのかも知れない、と思った。


『お弁当はどうする? 到着してすぐ治療にかかれるように、鉄道の中で食べた方がいいと思うの。【魔女ビル】から持って行ってもいいけど……』

「駅弁買うよ」

「そりゃそうよね」

『そりゃそうです』


 三人が口々に言い、〈アスタ〉は笑った。


『それはそうよね。到着してからの食事や宿泊所などは全てあちらで手配してくれていますからね。初日のお弁当と、四日目の自由行動で必要になりそうなお金を持って行きなさい。あちらではエスメラルダの通貨も使えるけれど、今日の内にアナカルシスの通貨に両替していった方が、面倒がなくていいと思うわ。ミランダ、今日の昼過ぎまでは医局のシフトがあるでしょう。部屋に届けてもらうこともできるわよ』

「あ、お願いします」


『マリアラは?』


 マリアラは微笑んだ。


「わたしはいい。両替って一度やってみたかったの。出張のための買い物もしたいから、ついでに行ってくる」

『そう? じゃあ、必要事項は以上です。三人とも、張り切っていっていらっしゃい』


 〈アスタ〉は最後に微笑み、スクリーンが暗くなった。マリアラは渡された書類を取り上げて、スケジュール表を見て、いよいよわくわくしてきたのを感じた。ミランダの思い人にも会えることだし、鉄道に乗るのは二年ぶりだし、旅行気分でいてはいけないのだろうが、それでも楽しみだ。


「ミランダ、ヴィヴィ、何か買っておいて欲しいものとかある?」

『飴をお願いします、マリアラ』


 ヴィレスタが即答し、ミランダは笑った。


「私も同じこと言おうと思ってた。じゃあ、それに加えてキャラメル」

『キャラメル! 初めてです!』

「じゃあカップ入りの水飴も買ってこようかな」


 マリアラが言うとヴィレスタは目を見張った。


『水飴! それは初耳です! 是非お願いします!』


 ふたりは思わず顔を見合わせて笑い出した。ヴィレスタは一日活動するのに一定量の魔力の結晶を必要とする。それがどうしても手に入らなかった場合のために、飴などの甘いものでも動力を補充することが出来る設計になっているそうなのだが、魔力の結晶がたっぷり補充されているはずの状態でも、甘いものが大好きらしい。まるでラセミスタみたいだ。ラセミスタも、喫茶店のデラックスパフェに挑むなら、マリアラじゃなくてヴィレスタを誘うといいと思う(喧嘩になるかもしれないが)。


 医局を出ると、とても珍しいことに、ヴィレスタが追ってきた。『マリアラ』いつもどおりのしかつめらしい言い方でヴィレスタは訊ねた。『部屋に一度戻りますか?』


「部屋に? うん、着替えに戻るよ。街で買い物をするなら、普段着の方が都合がいいもの」

『そうですか。水飴のお金をお渡しした方が良いのではないかと思ったのです』

「ええ? そんなの気にしなくていいのに」

『そうはいきません。ミランダから厳重に言い含められているのです。ミランダは、こんなに急にマリアラに同行してもらうことになったことをとても申し訳なさがっています』


 ヴィレスタはエレベーターホールまで一緒に来た。それどころか、ちょうど来たエレベーターに一緒に乗り込んだ。

 中には人が乗っていたので、ふたりはしばらく無言だった。ややしてマリアラは、ヴィレスタを見下ろした。


「医局に戻らなくていいの?」

『ええ、ミランダが医局に詰めているときは、私は暇なのです。お邪魔ですか?』

「まさか、そんなことないよ。じゃあ、買い物も一緒に行く?」

『いえ、そこまでお邪魔するわけにはいきません。ミランダを守るのが私の勤めですから、あまり遠くに離れるのはいかがなものかと思いますし』


 真面目だ。マリアラは微笑んだ。

 マリアラ自身、“真面目だ”とことあるごとに言われたものだが、ヴィレスタはそのマリアラの目から見ても本当に真面目で、同時にそれを全く気に病んでいないらしいところが嬉しい。


 “真面目”という性質は、実際には、自分では持てあますことが多い。周囲の人間もそう思っているだろう、と、思うことが多かった。融通が利かなかったり、四角四面で面白みがなかったり、軽妙洒脱に反応できなかったり。

 しかし本来は褒め言葉なのだ。ということを、ヴィレスタはことあるごとに思い出させてくれる。





 十六階に着いた。ヴィレスタはマリアラに続いてエレベーターを降り、部屋までの短い距離を歩く間に、小さな袋を差し出した。ポチ袋、と言う呼び名が一般的だが、少額の現金を包むためのもの。硬貨がぶつかり合って音を立てたりしないよう、きっちりと隙間がないようにたたまれていて、一見するとキャンディのようで可愛らしい。


『ミランダは、その、あなたに無理に同行していただくことになったので、この上更に何らかの負担をかけるのが心苦しいと言っていました。受け取っていただけないと困ります……あ、年下のものが年上の方にお金をお渡しするのは不躾なことなのだと聞きましたが、その、これはミランダからなので、……気を悪くしないでいただけると良いのですが』


 そうまで言われて、固辞することはできなかった。あんまり頑なに断るとヴィレスタはマリアラが気分を害したと思うかも知れない。マリアラは微笑んで、それじゃあ、とポチ袋を受け取った。なるほどミランダが選んだものらしく、彼女が好みそうな淡い色使いだ。


「お預かりします。キャラメルと、飴と、水飴だったよね」

『ええ、よろしくお願いいたします』

「はい、承りました」


 その他にも、ヴィレスタが喜びそうな甘い物があったら色々と買ってこよう、と心に決める。それから、出張のための買い物が済んだら、何か甘くないお土産を入手して、フェルドに挨拶に行こう。急に出張に行くことになったということは、相棒にも把握しておいてもらうべき事柄であるような気がする。


 部屋に着いた。どうぞ、と言うと、ヴィレスタは素直に中に入ってきた。思えば、ヴィレスタがマリアラとラセミスタの自室に来るのは初めてだ。ヴィレスタはきょろきょろ辺りを見回したりはしなかったが、やはり珍しいらしく、黒い瞳が動いている。


『ラセミスタは、工房ですか?』

「うん、そうみたいだね。最近また忙しいみたい。そこ座ってて、急いで着替えちゃうから」

『お邪魔します』

「ミランダが医局にいる間、それじゃあ、ヴィヴィはいつも何をしてるの?」


 ミランダは正式な医療者の登録を目指しているし、医局で治療を担当する頻度も増えているはずだ。急いで着替えながらそう訊ねると、ヴィレスタはあっさりと言った。


『最近は、フェルディナント=ラクエル・マヌエルの傍で本を読んだりしています』

「へ!? ……あ、そ、そうなんだ」


 思いがけずフェルドの名前が飛び出して、マリアラはなんだかどぎまぎした。この部屋にフェルドが乱入してから、早くも二週間近くが経っている。それほどの長い間フェルドに会わなかったのは、相棒になってから初めてだ。

 もっと早く行けば良かった、と思う。気後れして、なんだかんだと理由を付けて、後回しにしていた。他の人たちだけでなく、他ならぬフェルドのことも避けていたのだ。

 自分が相応しくないのではという不安で足が遠のいていた――今ならそう自分を分析することができる。が、フェルドはどう思っているだろう。ジェイディスの言った、“あの子自身は暇なんだから”“ろくでもないことし始めている”という話を聞くまで、フェルドが医局でどう過ごしているのかと言うことにまで、頭が回らなかった。確かにデータを取られるだけで本人は何もすることがないのだとしたら、とても退屈な日々だっただろう。不義理だと思っているだろうか。怒っているだろうか。いや、マリアラが来ても来なくてもどちらでも構わないと、思っているかも知れないけれど。


「ヴィヴィが一緒にいてくれたら、フェルドも気が紛れただろうね。ありがとう」

『どういたし、まして?』語尾と一緒にヴィレスタはマリアラを見上げた。『なぜマリアラがお礼を言ってくださるのですか? 本を読んでわからないことがあるとフェルドが教えてくれるので、私自身にとってもありがたいことなのです』

「あ、え、ええとね、その……わたし、自分のことばかり考えていて、フェルドが今までどう過ごしてたのかについて思い至らなかったんだ。様子を見に行くくらいすれば良かったなぁ、と後悔してるの。だからその間、ヴィヴィが一緒にいてくれたなら、ありがたいなあって思ったの」

『そうですか。どういたしまして』

「フェルドが“ろくでもないことし始めてる”って聞いたよ。一体何をしてるの?」

『それは私の口から申し上げることではありません』


 ヴィレスタがしかつめらしく答えたとき、ちょうど着替えが済んだ。上着を羽織り、バッグを手にし、ポチ袋と財布とハンカチを入れて、ヴィレスタに向き直る。


「……言えないようなこと?」

『いえ、そうではありません。私は、フェルドが、犯罪者の手口を学ぶために実践しているのだと理解しています。ただ、私がそのことについて申し上げると、私の主観が入ります。万一にも誤解があってはいけませんから。ご自分の目で確かめた方が良いと思います』


 一体何をしているんだろう。予想ができず、なんだかハラハラしてくる。

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