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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
番外編 ふたりで買い物へ
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ふたりで買い物へ(3)

 『マリアラ』


 ミフの思念が囁き、マリアラははっとした。

 瞼の裏に、魔法道具の本に鼻先を突っ込んでいるラセミスタの映像が映し出された。背景を見ると、どうやら既に魔法道具のコーナーに移動した後らしい。


『なあんか、やな感じがするんだよね。あれ見て』


 ミフのカメラが動いて別の人影を捉える。そこにいるのは帽子を目深に被ったひとりの男。ラセミスタの正面の本棚を挟んで向かい側の通路に佇み、本に没頭しているように見える。

 しかし良く見ると、帽子のつばの下から、何か光るものがラセミスタの方に向けられている……ような、気がする。あれは目だろうか、それとも。


『あの人、さっきから全然ページめくらないの』


 マリアラはぞっとした。先日、ミランダがつれて行かれそうになった事件を思い出す。 


 ――すぐ店員さんに知らせて。


 ミフにそう伝え、急いでレジに行き『おひめさまのこい』を購入した。レジの店員が小さく縮めてくれた絵本をポケットに入れて、急いで魔法道具関連書籍のある階に向かう。視界の中では、ミフの通報によって駆けつけた店員が帽子の男に歩み寄り、低く声をかけている。男は狼狽した様子で、読んでいた雑誌を取り落とした。

 中から、小型カメラが転げ落ちた。


 男は泡を食って逃走しようとし、その階は大騒ぎになった。駆けつけた応援の店員が首尾良く男を取り押さえた。どうやらこの書店の店員たちは、こういうことに慣れているらしかった。マリアラがその階に辿り着いたときには、男は既に床に押さえつけられていた。「記者なのー? ふうーん?」男を床に押さえつけた店員さんが、意地悪そうに言っていた。「嘘つくんじゃねーよ、盗撮だろ? んー?」


「いや違うんですって、ただ、ただっ、取材してただけなんですって! 見逃してくださいお願いしますお願いしますううう」

「取材だあ?」

「一大スクープなんですって……!」


 その阿鼻叫喚の現場をすり抜けてラセミスタのところに向かうと、驚いたことに、彼女はまだ本に没頭していた。その傍らで、はじめにミフからの通報を受けて駆けつけた店員さんが困った顔をしている。マリアラはその人に駆け寄り、深々と頭を下げた。


「あの、ありがとうございました。わたし、通報した箒の持ち主です」

「ああ、あなたが! こちらこそありがとうございました。うちの店で盗撮なんてね、絶対許すわけにいかないんで!」


 若い店員さんは熱の籠もった口調でそう言った。ラセミスタに聞こえて欲しいのだろう、結構大きな声だった。しかしラセミスタは未だに本に熱中していて、顔も上げない。マリアラはなんだか感心した。これほどの集中力がなければ、リズエルになどなれないということなのだろう。

 その後、これまた若い保護局警備隊員がふたり、駆けつけてきたが、その際の被害状況確認の聞き取りについても、マリアラが代わりにすることになった。駆けつけた警備隊員はラセミスタの顔を知っていたらしい。悄然と俯いた盗撮男の前に屈み込んで、噛んで含めるような口調で言った。


「あんたエスメラルダに派遣されてまだ日が浅いんじゃない? あの子盗撮してどうすんだよ、スクープになんかならないよ?」

「え、でも……」


 どうやら男は本当にどこかの記者だったらしい。ラセミスタをちらりと見て、ぼそぼそと呟いた。


「だって、あの子あれでしょ……引きこもりの天才少女じゃないですか……コアなファンがめっちゃ多いとか聞きますよ……ごく限られた機会にしか人前に出てこないって……」


「まあそりゃこの写真見たら喜ぶ人間はかなり多いだろうけどさ」警備隊員は笑顔で小型カメラを操作した。「エスメラルダには肖像権って法律があってね、アナカルシスよりだいぶ厳しいんだよ。もし本人の同意なしにこんな写真載せた雑誌なんか出してみなよ、損害賠償金と罰金だけで出版社潰れるし、スクープした記者も許可した編集長も見過ごした印刷会社も流通させた書店の経営者も皆まとめて国外追放だよ?」

 記者は青ざめていた。「……魔女じゃなくても?」

「ああ、リズエルも入るんだって知らなかったんだ?」ぴっ、とカメラが音を立てた。「勉強不足だねえ、編集長呼び出してこってりお説教してやるから覚悟しな。まあそれくらいで済んで良かったね? あの子が万一盗撮のショックで寝込んだり恐怖で研究活動に支障が出たりしてみなよ、どれほどの損害になるかわかってんの? ねえ、この写真、職場に自動送信されたりしてないよねえー? あ? やっぱしてんだ? わー大変だ、急いで全部削除しないとねー、刻一刻と賠償金増えてくよ? 払いきれる額のうちに、電話しなさい、今すぐ」


 警備隊員が無線機を差し出し、記者は半泣きで番号を押した。と、もう一人の警備隊員が、マリアラに言った。


「どーも、ご協力感謝します。あなた、マヌエルですか?」

「あ、はい、そうです。マリ――」

「あ、ダメダメ名乗っちゃダメだよ。こんな勉強不足の盗撮野郎にあなたの名前まで教える必要ないからね。いやーほんと、ご協力ありがとうございます。あのね、できればなんですけど、あの子……幸いまだ没頭してるから」


 そう言って彼はラセミスタを見て感心したように微笑んだ。


「……さすがリズエルだね。だからね、できれば、こんな事件あったってこと、言わないであげてくれないかな。せっかく街に出てきたのに嫌な目に遭ったりしたら、次、出てきたくなくなっちまうかも知れないからね」

「あ、はい。もちろん、それで構わないなら」

「うん、構わないと思うよ。本来起こるはずのない事件だったからね。編集室には新人への指導不足ってことで厳重注意が行くけど、撮られた写真は俺たちが責任持って削除するから」

「はい、よろしくお願いします」


 マリアラはホッとした。写真がきちんと削除されるのであれば、無用な心労など与えずに済むならそれはその方がずっといい。少し、責任を感じていた。ラセミスタを街に連れ出したのはマリアラだ。楽しい気持ちになって欲しかったのに、怖い思いをさせるなんて本末転倒だ。



 ラセミスタが我に返ったのはそれから一時間後だった。

 マリアラは魔法道具の階の店員に勧められ、歴史学の階に移動していた。ビアンカ=クロウディアというお姫様についてはあまりめぼしい収穫がなかったので、デクター=カーン関連の書籍を何冊か選び出した頃だった。ミフから連絡を受け、レジを済ませてまた魔法道具の階に戻ると、ラセミスタは晴れ晴れとした顔をしていた。ちょうど会計をしているところで、ラセミスタが購入した本はレジのカウンターに山になっていた。マリアラは呆気にとられた。ラセミスタの隣に並んでも、せっせとレジを進める店員さんの顔が見えないほどの山。


「これ……全部買うの?」

「うん!」ラセミスタは楽しそうに言った。「今まで興味ないなーって思ってた分野の本、やっぱめくってみると色々面白いんだよ。インスピレーションいろいろもらえそうだし、あのねあたしね、魔力の省力化についてもっと真剣に研究してみたいんだ! 今までそっち方面の文献あんまり読んでなかったし、これを機に面白そうなの一気に全部買っちゃえーって」


 すごい量だ。レジは二台がかりで店員さんは四人体制だというのに、全部済むのには未だしばらくかかるだろう。

 と、すすす、とスーツ姿の男性が近寄ってきた。「失礼いたします」にこやかに名刺を差し出した。マリアラは驚いた。この書店の店長である。

 店長は丁重に挨拶をして、速やかに本題に入った。


「私ども、【学校ビル】の研究者の方向けに、ご興味を持っていただけそうな本を見繕って、出張販売をしておりまして」

「あ、そうなんですか?」


 ラセミスタは先ほどのスタイリストのときよりも、緊張しないで済むようだった。少し慣れてきたのかも知れない。名刺を受け取ってしげしげ眺めている。


「あくまで非公式にですが、【魔女ビル】にも出張販売をご利用頂いているお客様がいらっしゃいまして」

「へえ――」

「こちらの名刺に窓口が書いてございますので。ひと言、例えば『魔力の省力化に関する本』というお題をいただければ。新刊だけでなく、過去に出版された本でも、魔法道具技術以外の本でも――ありとあらゆる分野の本の中から、お役に立ちそうな情報が載っている本を選び出しましてお勧めに上がりますので」

「……それって面白そう!」ラセミスタはぱっと顔を上げた。「あたしが選ぶだけじゃなくて、オススメしてもらえるわけですね!」

「そうです、私どもは書籍を選ぶことにかけては業界随一と自負しております」

「わあ、それってすごく面白いです! じゃあさっそく、さっきの魔力の省力化に関する本で、ぜひ依頼していいですか?」

「はい、ありがとうございます。お伺いする日程に関しては、後ほど工房を通じてご連絡差し上げますので」

「よろしくお願いします!」


 マリアラは、リズエルとして外部の人と交渉しているラセミスタを見るのは初めてだった。


 ――ラスはああ見えてプロだ。


 フェルドが以前言っていたが、確かにそのとおりだった。堂々として、颯爽として、とても格好良かった。感心している内にレジの精算もようやく済んだ。今日ラセミスタに購入された本たちは、小さく縮められてもポケットに入りきらないほど膨大だった。硬いプラスチックのケースに整然と詰められ、小さな可愛い紙袋に収められてラセミスタに手渡された。店長と店員に深々と頭を下げて見送られ、ふたりはその階を後にした。ラセミスタはほくほくした顔で紙袋を胸に抱え込む。


「あー、楽しかった。マリアラ、連れてきてくれてありがとう!」

「いえいえ、どういたしまして。でもその本、どこに並べるの? わたしの方の本棚、少し開けようか?」

「ううん、大丈夫大丈夫。工房の控え室に並べられるから――ねえマリアラ、さっきのインフラ整備の話なんだけど」


 話しながら書店の出入り口に辿り着き、コートを元の大きさに戻してもらって着込み、外に出た。ラセミスタは楽しそうに話し続ける。

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