雪祭り(11)
「すごいわねえ……! あっ、ほらほら、ミラ=アルテナだわ!」
ララは大はしゃぎだ。塔の真下にはこれまた巨大なモニュメントが築かれていた。これが全部雪で出来てるなんて、返す返すも信じられない。ララが走り出し、マリアラとジェイドは腕を取られたままつられて走った。それは確かにミラ=アルテナに関する逸話の要素を詰め込んであった。ララはそれを見上げて顔を輝かせた。マリアラとジェイドの腕を放して両手を胸の前で握り合わせたララは、まるで幼い少女のように見える。
大きな船と巨大な狼が後ろに設置されていた。その手前にいるのは猛々しい魔物。しかしその巨大な魔物は退こうとする体勢で描かれ、魔物が恐れているのは翼を広げた一羽の鴉だ。真っ白な雪で出来た鴉はまるで、天使のように神々しく見える。中心に据えられているのは戴冠を受ける若き王と、跪いた王に冠を載せる美しい女性、ミラ=アルテナだ。その二人の回りにはふたりの剣士とひとりの弓使いが描かれている。若き王の即位を阻止しようとする前王の兵たちが射かける矢を、ふたりの剣士と弓使いがことごとく叩き落としたという逸話を描いたものだ。ちなみにこの内の細身に描かれている方が、ミラ=アルテナの夫になったという逸話付きだ。
「これ雪で出来てるんでしょ。雪祭りが終わったら溶かしちゃうんでしょ、毎年思うけど、ほんと信じられない……」
ララが呻いている。マリアラも全く同感だった。雪祭りが終わったら、これらの芸術は全てマヌエルの手によって溶かされてしまうのだ。特に評判の高かった雪像は、溶かして浄化して樽に詰められる。びっくりするほどの高値で売れるらしい。その収益は来年度の雪祭りを行う大切な収入源になっている、という話は聞くけれど、それにしたって、これをいつまでも取っておけないのが残念でたまらない。
「その儚さがまたいいんだけどねえ……」
「ララ、こっちにもすごいのがあるよ。あっ、これ、デクター=カーンだ!」
少し小さめだが、間違いない。くるくる巻いた大きな紙を何本も小脇に抱え、羽筆を持ったその人は、つば広の帽子を被っている。彼の隣には長い髪を持つ小柄な女性。彼女はデクター=カーンにそろばんを差し出していて、彼はそれを受け取ろうとしている構図だ。ふたりの足元には半分しか地図の描かれていない地球儀。また箱や革袋と言った荷物もいっぱい置かれている。世界地図を描く旅に再び出かけるデクター=カーンに、媛が旅の物資を届けに来たところなのだろう。とても精緻で、美しい雪像だった。
マリアラはフェルドを探したが、フェルドとジェイドは既に屋台に向かった後のようだった。気づくとダニエルとメイカも、ランドさえいない。ヒルデだけが残っていて、にっこり笑う。
「集合場所はあたしたちで決めることになったわ。相棒には箒経由で場所を伝えられるし、ジェイドとメイカも並ぶ屋台はわかっているわけだし」
「あ、そうなの? 了解。どこか空いてるベンチないかしらね」
三人は雪像を見ながらぶらぶら歩いていった。例年の混雑を思い出すと少々不安だったが、時刻は既に三時過ぎ。昼食のピークは終わっていたためか、程なく手頃なテーブルと椅子が見つかった。ヒルデに留守番を頼んで、マリアラとララは割り当てのものを確保すべく歩き出す。ホットチョコバナナの屋台は確か、ここからほど近い、南側の出入り口に近い場所だった。
「フェルド甘い物食べないし……なんかお腹にたまるものも買っていこうかしらね」
ララは楽しそうだ。マリアラも楽しかった。ラクエルはみんなでひとつの寮みたいな感じになる、と、以前聞いていたけれど、確かにそのとおりだ。マリアラのいた寮にも様々な年頃の、様々な性格の人たちが集まっていたものだ。ダスティンのように寮の皆と必要以上につるむなんてごめんだ、と言うタイプの人ももちろんいたし、ヒルデやララのように皆で和やかに色んなことをするのが好きな人たちもいた。懐かしくてなんだかホッとする。マリアラは自ら進んでみんなを引っ張っていくようなタイプではないから、ヒルデやララにリードしてもらえるのはとても助かる。
「あのね、ララ。こないだお金をたくさん預かったでしょう、ミランダとフェルドと一緒に、美味しいもの食べるようにって。……あのね。イーレンタールさんとラスが今作ってる魔法道具人形のことなんだけど……」
ララはイーレンタールともラセミスタとも仲が良いから、当然、ヴィヴィの存在も既に知っていた。うんうん、と頷きながら聞いている。
「その子がもし、ミランダの相棒に決まったら、ちょっとしたお祝いをしたいと思ってるの。だってそれって、ミランダの相棒の、お誕生日になるわけでしょ。みんなで美味しいもの食べて……それから、普段着とか靴とか、色々必要になるよね? 鞄とか、コートとか、髪飾りとか、帽子とか。そういうものをプレゼント出来たらなあって、思ってて。その、軍資金に使わせてもらえない?」
「んんん」
ララが変な声を出した。と思うや出し抜けにララは背伸びをして、マリアラの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「わ!?」
「……んもー、いいに決まってるでしょ! そうよ、そりゃそれが一番よ! さいこーだわ! お祝いってどこでやるの、【魔女ビル】19階の喫茶店借り切る!?」
「借り切る!? そ、それはさすがに」
「そっか、あんまり大がかりにするのも良くないかな!? じゃあミランダの部屋の近くの談話室にさ、喫茶店の出前頼めばいいのよ! あ、もういっそコオミ屋に出前頼む!?」
予想以上に歓迎してもらえて、マリアラは嬉しくなった。ララは大喜びだった。踊り出しそうな足取りだった。うふふふ、と笑って、右の踵をこつこつ鳴らした。
「ああでも、そうね、あんまり大勢にしちゃうとラスが来づらいかも知れないわよね。あの子がいなきゃ始まらないもの、出来るだけこぢんまりとやりましょうか……でも、ジェイディスは呼んだ方がいいわ。あとそうね、マリアラ、製薬の時に、ミランダとも仲良く出来そうな左巻きの子って誰か心当たりない? 出来ればそう言う子も呼んだ方がいい」
「うん、心当たりある。でもどこまで呼んだらいいか、線引きが難しいね」
シャルロッテならきっと喜んできてくれるのではないだろうか。しかしあの製薬競争の時に仲良くなった左巻きはシャルロッテだけではない。ひとりを呼んで、他の子を呼ばないとなると、角が立ってしまいかねない。しかしあの部屋にいた全員を呼ぶのはやり過ぎだし、ラセミスタは絶対に参加してくれなくなるだろう。
話している内に、ララの割り当てであるお汁粉の屋台に辿り着いた。おやつ時、お汁粉の屋台は少し混雑していた。最後尾に並んだララは、にっこり笑って言った。
「大丈夫よ、ひとりでいいの。その子には、橋渡しを頼むんだから。代表ってことでね。その子だけが呼ばれた理由は、きっとジェイディスがうまく話してくれるわ」
「代表……? なんの?」
「あのね、今生まれかけてるアルフィラは、ミランダの相棒になったら、医局や他の、製薬とか治療とかの担当になる左巻きとも関わりができるでしょ。だから橋渡しが必要なのよ。突然アルフィラが仲間になったら、きっと驚いて反発したりする人もいるはず」
「……そういうもの?」
マリアラはちょっとどきんとした。今まで、ミランダが相棒を得ることはとてもいいことだ、ということしか考えていなかった。でも確かに、“相棒”は前代未聞の魔法道具人形だ。アイリスの“診断”を受け入れたくない人や、ミランダの風変わりな経歴を排除したがる人がいる現実を見れば、“相棒”を拒絶する人もまた、存在するに違いない。
「そういうものよ。……あたしがそうだもの」
ララは少し厳粛な口調で言った。マリアラはまたどきんとした。「え?」
「あんたに話したかどうか忘れたけど……あたしね、レイキアの出身なのよ。ジェイドと同じ。育った場所は、だいぶ離れているけどね。十六の時に孵化して、エスメラルダに来たの」
「――」
「レイキアとエスメラルダは、本当に何もかもが違う。レイキアにはこんな屋台はない。あってもごく一握りの大金持ちだけが並んで商品を手に入れることができるのよ、目の玉が飛び出るほど高いから。だからあたしは雪祭りが大好きなの。どんな人も、どんな子供も、みんな好きに楽しめるから。バカ高い入場料を払わなくても雪像が見られて、皆の投票で、公平に――賄賂の金額とは無関係に、グランプリが決まるからね。
でもエスメラルダの文化は、ワクワクするものだけじゃないわ。エスメラルダの魔法道具はあまりに発展しすぎてて、空恐ろしくなることがある。ついには歩いて喋って、あたしと同じ“右巻き”の役割まで果たせる人形さえ、作り出されようとしてる。あたしはそれが、ちょっと怖い」




