雪祭り(6)
「いただきまーす」
「あ、熱っ」
噛みつくと、中身は挽肉と玉葱・にんじんのみじん切りを炒めて味を付けたもののようだった。これまたジェイドの言ったとおりだ。中まで熱々で、とてもジューシーで、カリカリぱりぱりふかふかの感触が素晴らしく美味しい。ふうふう息を吹きかけながら少しずつ囓ると、緊張で凝り固まっていた筋肉が少しずつほぐれていくような気がする。
「ケティもレポート書くの?」
食べる合間に訊ねると、ケティは頷いた。
「はい、でも、リンちゃんほど大変じゃないです。あとは仕上げだけ」
「いいなあー」とリンが笑う。「あたしまだ半分だよ。急がないと時間足りなくなっちゃう」
「大変だねえ。手伝おうか」
「ダメ」リンはきっぱりと言った。「今はマリアラは休憩でしょ。美味しいものたくさん食べて、少しでも英気を養わないといけない時間でしょ。人のレポートなんて、手伝ってる場合じゃないでしょ。美味しそうなもの、いっぱい届いてるよ。あたしとケティは研修が終わったら外行って食べられるから気にしないで、マリアラは食べて休みなよ」
確かに、休憩所の机には今や、とてもたくさんの食べ物が満載されていた。様々な種類の弁当が山積みになっているし、さっきあった色々な焼き菓子の他に、マーブルクッキー、スノーボールクッキー、チョコレートブラウニーやドーナツなど、様々なものが増えていた。以前、フェルドが“どこかに出荷するんじゃないかって冗談言うくらい”と話していたが、確かに、食べ物にだけは困らないようになっているらしい。
「あー、美味しかったー! ごめん、続きやるね。あたしのことは気にしないでほんと休んで」
そう言ってリンはレポート用紙を抱えて治療ブースの方へ戻っていき、
「あたし、何か手伝えることないか聞いてきます」
ケティが立ち上がる。マリアラは顔をこすった。もしかして、自分で思う以上に、疲れた顔をしているのかも知れない。そして、結構お腹が空いていた。お言葉に甘えてお弁当を食べよう……と思うが、折り詰めの種類もとても豊富で、しばし悩む。作りたてらしく、まだ温かいものが多い。右巻きはやはり男性が多いからか、それとも肉体労働に備えるためなのだろうか、天丼やカツ丼や肉野菜炒めといったガッツリ目の弁当が目立つが、中にはマリアラが好きなパン系の詰め合わせもあった。どれも美味しそうだ。
悩んだ末、切れ目を入れた小さな硬いバゲットに細かく切ったチーズとりんごをはさみ、蜂蜜を垂らしたものの入ったケースを選んだ。もうひとつ、レタスとトマトを挟んだ柔らかめのバゲットも入っていた。お茶を入れて、ゆっくり食べた。チーズの塩気とりんごのみずみずしさと蜂蜜の甘さが絶妙に絡み合っていて、とても美味しい。
ややして――
正面の引き戸の前に、誰かが降り立ったのが見えた。
がらり、引き戸が開いて、ジェイドが顔を見せた。その後にフェルドも続いた。ふたりは勢いよく駆け込んでくると、まだ籠の中に山盛りに入っているピロシキを見て、「やった!」「っし!」と喜びの声を上げた。マリアラは思わず顔を綻ばせた。ジェイドが満面の笑みをこちらに向ける。
「マリアラ、ほんとありがとう!」
「ううん、どういたしまして。ふたりとも、タイミングが合って良かったね」
「だいぶ学んできたからね。おおー、まだ熱い。フィにも知らせてくれてありがとう」
フェルドは嬉しそうにピロシキを抱えて椅子に座った。
「俺ら七時からシフトだったから、十時頃に休憩入れって言われるんだけど、そのとき素直に取っちまうとピロシキ来る時間には休憩終わったりするんだよ」
「だから今日はマリアラから連絡もらったらすぐ来られるように、休憩時間あとに延ばしてたんだー」
「えっとそれは……いいの?」
普通休憩というのは同じ仕事をしている人たちと調整の上で取るものではないのだろうか。
「大丈夫だよ、右巻きは子供二人組か三人組のグループにひとりつくことになるんだ。対応人数で業務がカウントされる。整理券配ってあるから、休憩終わったら次の番の子を呼び出してもらえばいい」
「へええ……」
「去年はそれよく知らなくてさ、」
フェルドがそう言ったとき、またどやどやと右巻きたちが駆け込んできた。先頭はディノだった。続いて五、六人が駆け込んできたので、休憩所は一気に賑やかになった。ディノはまず真っ先にピロシキを確保するとジェイドの隣にどすんと座り、「やっぱりな」と言った。
「ずりーよなお前ら、マリアラちゃんに箒経由で教えてもらったんだろ。急に休憩取るからさてはと思って」
「へへへ」ジェイドは笑った。「朝会えてラッキーでした」
「まーお陰で俺もありつけたからいいけどさ。フェルド、昨日ベネットさんの話、聞いたか? 南大島に異動になるって」
「聞きました」
フェルドはとっくにピロシキを食べ終え、カツ丼に手を伸ばしていた。ディノは声を低めて囁いた。
「この時期にわざわざ南大島だろ。やっぱあれかな、ザールのとこに潜入捜査かな」
間に挟まれた格好のジェイドが目を白黒させている。と、ディノの隣に座った人が笑った。
「まーた言ってる。話半分に聞いとけよ、本当ディノは陰謀好きだよな」
「いやだってさ、だったら面白くね?」
「面白がってどうすんだよ。ザールさんが悪いことしてるってのだってお前の思い込みだろ」
「いやなんかしてるってあの人。絶対なんかしてるって」
言いながらディノは焼肉弁当を確保し、ぱちん、と割り箸を割った。ジェイドが唐揚げ弁当に手を伸ばし、「なんかってなんですか」と言った。
「汚職とか?」
「いやそーゆーんじゃなくて、もうちょっとなんかこう……でかい」
「でかい」
「例えば――こないだ雪山と南大島に魔物が出ただろ。狩人が入り込んで、大変だっただろ。その黒幕があの人だったんじゃないかって、」
「!!」
「話半分に聞いとけって」さっきの人がまた笑う。「そんなことあるわけないだろ、狩人引き入れてザールさんになんの得があるんだよ」
「それはまー色々と? 癒着とか? 狩人との裏取引があったとか?」
「な、ふわっとしてるだろ? ただの妄想なんだって。こいつ警備隊ドラマの見過ぎなんだよ。昔っから警備隊員になるのが夢だったんだもんな」
「まーな。あー、今からでも警備隊、入れてくんねえかなあ。協力だけじゃやっぱお客さんだからなぁ。試験なら正々堂々受けんのにさあ。入隊資格は二十五歳まであるわけだし、マヌエルが受けちゃいけねえって法律はねえのにさあ」
「あ、そーなんですか?」とフェルドが言った。「へえー、知らなかった。じゃあ受ければいいのに。警備隊では歓迎されそう」
「やめとけって。またあのおっかねー事務方がすっ飛んでくんぞ」
わいわい話す彼らの会話を聞いていているのはなかなか楽しかった。話しながらもどんどん食べ物が減っていくところも、なんだか魔法のようだった。フェルドは当然のようにふたつめの弁当に手を伸ばしていた。今度のはミックスフライ弁当である。本当に、どこに入るのだろう。二つ目なのに勢いが全然落ちない。
その後も、次々と右巻きたちが入ってきては、ピロシキに歓声を上げたり奪い合ったり喪失を嘆いたりした。山積みだった弁当はどんどん減っていった。様々な食べ物の匂いが混じり合う。空調が奮闘する低音が振動として伝わってくる。賑やかなのに雰囲気が和やかで、とてもとても暖かくて、なんだか眠たくなってくる。
喧騒が遠ざかっていく。ゆっくりと沈んでいくような気がする。それとも、浮き上がっているのだろうか。判断できないけれど、とてもいい気持ちだ。午前中ずっと強いられ続けた“診断”の重圧が、少しずつほぐれていく。夢と現実の狭間のような場所をぼんやりと眺めていた時、
ぴりりりりりりり。
鋭い音を立てて、笛の音が鳴った。




