第三章 仮魔女と魔物(5)
ガストンに押されるように詰所を出ると、新たなマヌエルが飛んで来ているのが見えた。ジェイド、という名らしいマヌエルが呻く。
「……なんであっちかな」
小さな独り言だったので、ガストンには聞こえなかったようだった。大きく手を振ってマヌエルに合図をした。すぐに降り立ったマヌエルは中肉中背で、二十歳くらいだろうか? ともあれジェイドというマヌエルは、新たなマヌエルに好感情を持ってないらしいとリンは思う。
マヌエルは品定めするような目でガストンを見た。
「名前は」
ガストンの質問に、マヌエルは鷹揚に頷いた。まるで、相手はマヌエルではないが身分が低くなさそうだから謁見の栄誉を与えてやろう、とでも言うかのようだった。
「ダスティン=ラクエル・マヌエルです。ジェイド、先に来てたのか。仮魔女は? まさか抜け駆けしてないだろうな」
「……試験は中止って言われたろ」
ジェイドはうんざりと言うようにため息をつく。
自分の出番らしいと、リンは一歩前に出た。
「マリアラは森の中よ、あたしを箒に乗せてここに――自分は火事を食い止めると言って。狩人に会ったの、急いで行かないと」
「くっそ、真っ暗すぎて何も見えないんだよ。ここの詰所で最大光量の光珠を借りようと思って」
「はいっ、ただいま!」
と答えたのは、先程の若い方の局員だった。
既に膨らんだ革袋をたくさん抱えていた。ダスティンにふたつ、ジェイドにふたつ渡し、ガストンと、なぜかリンにまでいそいそと袋を手渡した。一体この変わり身はなんなのだ。リンは顔をしかめた。さっきは、リンがどんなに叫んでも取り合ってくれなかったくせに。
ダスティンは箒の柄に革袋を引っかけ、さっさと跨がろうとする。ガストンが声を上げた。
「右巻きのラクエルはもう一人いたはずだな。どこにいる」
「北の方がかなり燃えてて、〈壁〉観測所が蒸し焼きになりそうだったからそっちに向かいましたよ」
「ひとりで?」
ガストンの呟きに、ダスティンは、一瞬言い淀んだ。
「……大丈夫ですよ。あいつの魔力は底なしなんだ」
何故だろう、リンは反感を覚えていた。ジェイドの抱いている悪感情の理由がわかる、気がする。
でも、とにかく今は、マリアラのところへ戻るのが先だ。「狩人がいるの」言いながらリンはダスティンの後ろに無理やり乗った。
「さあっ、行きましょう!」
「……って、行きましょうじゃねえよ! 降りろ!」
「やだ! 連れてって!」
「はあぁ!?」
「行こう。なんとかもうひとりと連絡取れないか」
ガストンが言いながらジェイドの後ろに乗り、えっと無線機の番号は、と言いながらもジェイドは素直にガストンを乗せて舞い上がる。「ああっ」ダスティンが声を上げた。
「おい、降りろよ! 孵化もしてねえ足手まとい連れてけるか!」
「あたしは場所を知ってんのよ!? あなたひとりで見つけられんの!?」
「……!」
「光珠投げる手は多い方がいいでしょう!」
「……!!」
「いいの? ジェイドに先越されちゃうよ」
「……っ、くそ!」
ダスティンは諦めてリンを乗せたまま舞い上がった。さっきの反感の理由をリンは悟っていた。抜け駆けしてないだろうな――リンは顔をしかめた。今心配するのはそこなのか、と言いたい。
「そんなに〈ゲーム〉に勝ちたいの」
ダスティンの背に嫌々しがみつきながらリンは呟いた。風が強かったので聞こえないと思ったが、ダスティンは聞き取った。あー、と呆れたような声がする。
「そりゃそーだ。当たり前だろ」
そのバカにした言い方に、リンはますます反感を覚えた。この人もマリアラの相棒候補なのだと思うと嫌な気分だ。
相棒はマリアラを『幸せ』にしてくれるわけじゃない、そうマリアラには言ったけれど、だからといって誰でもいいというわけでもない。
「どうして? そんなに相棒が欲しいの?」
「つーか、マヌエルってのはな、相棒いて初めて一人前なんだ。ジェイドはまだよくわかってねーみたいだけど。人助けのシフトに入れなけりゃ孵化した意味なんかないんだ」
「雪かきだって人助けでしょ。大事な仕事だよ」
「雪かきなんか」
軽蔑したようにダスティンは言い、さすがにリンの反感に気づいたのか、少し口調を改めた。
「いやまあ、そりゃ独り身だって仕事はいろいろあるよ。でもさ、俺は孵化してもう六年も独り身の仕事をやったんだ。それに一番年上だし――フツーは年上に譲るもんじゃねえ? まあ本当はさ、もっと魔力の強い左巻きだったら良かったけど、そんなこと言い出したらキリないしな。贅沢言ってる場合じゃないし」
――わたしは魔力が弱いの。
マリアラの恥じ入るような声を思い出し、リンは歯軋りした。
なんという言いぐさだ。ぎりぎりぎり。
「試験は中止になったんでしょ」
ダスティンはふん、と笑う。
「〈ゲーム〉なんて所詮茶番だろ。結局は〈アスタ〉が決める。仮魔女と誰が一番先に話したか、ってのはさ、結局、誰が一番相棒になりたがってるのかを計るためのものなんだ。この騒ぎだ、〈ゲーム〉のやり直しなんかないだろうし、この機会に勝ったっつー既成事実作っとくのは無駄じゃないだろ。左巻きだって断りにくくなるだろうし」
もしかして一度断られたことがあるんだろうか。リンがそう思った時、前方の箒から光珠が投げられた。
市販されているものに比べ、光量が段違いだ。リンも袋を開け、光珠をつまみ出した。元の大きさに戻し、いつでも投げられるように身構えた。