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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
魔女の現実
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孵化と花火(2)

 ひとしきり食べるとラセミスタは、今の空白など無かったかのように、さっきの話の続きを始めた。


「やっぱ重量の問題と消費魔力の問題とがあるわけなので、身体はできるだけ小さい方がいいのね。将来的には大人型のアルフィラも実用化できると思うけど、今の段階ではまだ幼児タイプが限界かなあ」

「ふうん」

「今ね、イーレンが、最終的な交渉に行ってるんだ。うまく行くといいんだけどなあ」

「交渉って、誰と?」

「ミランダの……」


 マリアラは驚いた。今ここでミランダの名前が出るだなんて。


「ミランダ?」

「そう、そうなの。あのね、ミランダはその、【親】がイリエルだったって、もう聞いた?」


 マリアラは頷いた。何度も何度も。


「うん、うん、聞いたよ。……そっか。この子、ミランダの相棒になる、アルフィラなの?」

「そーそー、そーゆーこと。……うーん。と言うか、問題なのはミランダじゃないんだ。イーレンが今行ってるのはミランダのところじゃなくて、イェイラのところなの。今日は日勤だから、今しかなくて。根回しはもう済んでるから大丈夫だと思うんだけど、もうほんっとうに……ミランダは大変なんだよ。ちゃんとした能力のある左巻きのレイエルなのに、色んな人が色んなところで横やり入れてくるの。前例がない! 問題があるかもしれない! 誰が責任を取るんだ! ……くだらないよ。魔女が足りなくててんてこ舞いな医局の現実を前にして、体面とか前例とか、言ってる場合じゃないのに」

「うん」


 マリアラが頷くと、ラセミスタは顔を上げて、微笑んだ。


「だよね。そう、思うよね?」

「うん!」

「それでね、それで……医局の正式な治療者に登録されると、出張医療に行く必要が出て来るの」

「出張? どこかに出張するの?」


「そう、そう。ほとんどアナカルシスだけどね。アナカルシスは魔女の絶対量が足りないから、本当にごく一握りの人しか治療を受けられない。それで、その不足を少しでも補うために、出張医療というのがあるの。大体三泊から四泊くらい。その時には右巻きが同行して、左巻きの安全を確保することになってるんだけど……それはね例えば相棒関係じゃなくてもね、その時だけイリエルの右巻きが選出されたりもするんだけどね、でもこないだイーサン=イリエル・マヌエルって右巻きと相棒関係を結ぼうとしたときも色んなところからわけわかんない横やりが入ってぽしゃっちゃってね」


「うん、聞いた。ひどいよね」


「うん、ひどいよねえ。だったら、このままじゃ、出張医療に行く右巻きを選ぶにもきっと横やりが入るよ。それでね、それなら、このたび生まれるアルフィラが右巻きの役割をこなせるかどうかの社会実験の一環として、ミランダに実験協力をお願いする、という、体裁を取ってはどうかということになったんだ。イーレンは、ミランダにこのアルフィラをプレゼントする。その見返りとして、このアルフィラにミランダの相棒として、右巻きとしての役割を勤めさせてもらって、色んなデータを取らせてもらう。ミランダには年に数回のヒヤリングをお願いして、フィードバックをもらう、それをもとに、イーレンかあたしがこの子のメンテナンスや、必要ならアップデートをする。そうすれば、工房にとっては貴重なデータが手に入るわけだし、次のアルフィラを作るためのノウハウも蓄積されるし、ミランダは、医局の医療者としてきちんと働ける基盤を手に入れられるって、ことに」

「ラス……!」


 マリアラは思わずラセミスタの右手を掴んだ。まだ“挨拶から始める間柄”に過ぎないということなどすっかり忘れて、両手で掴んでブンブン振った。


「すごい! すごいすごいすごい! すごーい!!!」

「え、あ、あ、」

「ありがとう! ラス、ほんとにありがとう! それってすごい! すごいよ……!」


 興奮しすぎて、言葉が上手く出てこない。でも、それはすごいことだということは間違いない。きっと、色んな人の協力があったに違いない。ジェイディスはもちろんのこと、多分ダニエルもだろうし、医局でミランダを待ち望んでいる人たちが、医局で働きたいというミランダの希望を礎に、様々な場所で骨を折ったに違いない。

 ラセミスタは硬直している。手を放してマリアラは立ち上がり、感極まってくるくる回った。


「わあ、わあ、わあ! すごい! すごい、すごい!」


 こんな方法があるなんて。イーレンタールがミランダに“プレゼント”をすることに口を挟める人は誰もいまい。それに、リズエルが行う社会的に重要な実験に協力するという名目があれば、ミランダがアルフィラを相棒代わりにして医療者として働く、ことも、やりやすくなるはずだ。“前例がない”のも“問題が起こるかも知れない”のも、実験なのだから当たり前だ。


 これはもう、絶対にうまくいってもらわなければ。そしてアルフィラが生まれるその日までに、何かお祝いのプレゼントを用意しておかなければ。


「完成っていつ頃なの?」


 ラセミスタはなぜだか、ぼんやりしているようだ。マリアラが「ラス?」声を掛けると、我に返ったように座り直した。おほん、と咳払いをひとつ。


「……か、完成は……完成までは、あともう少し。大事な部分は、ほとんどもう、できてるから……あと三日、四日、それくらい」

「そっかあ! ラス、頑張ってね! でも、無理はしないでね?」

「う、う、うん」

「そっかあ……! わたしにも何かできることないかなあ……! ねえこの子、男の子? 女の子? 身長それくらい……そうだな、五歳くらい?」

「すごい、当たり。ヴィヴィは、五歳の女の子タイプになる予定なの。ミランダにプレゼントすることに正式に決まれば、そうなる」

「ヴィヴィ?」

「うん、V-15873581SS78-V-001。初めと終わりの文字を取って、ヴィヴィ」

「可愛い! じゃあ服をプレゼントするっていうのはどうかな? 制服は支給されるんだろうけど、普段着は必要だよね! 顔が決まっていれば、見せてもらえたら、動き出す前に準備しておけるんだけど」

「まだミランダに正式に引き受けてもらえたわけじゃないから……顔もちょっとミランダに似た感じになると思うんだ、その、持ち主が誰だかすぐわかるように、姉妹、あ、もちろん血縁のね? 姉妹みたいな感じになると思う。だから顔もまだ、正式には決まってない」

「そ、そっか……そうだよね」


 マリアラは椅子に戻り、香茶を飲んだ。落ち着け、と自分に言い聞かせる。まだ全てがうまくいったわけじゃない。ぬか喜びは禁物だ。

 でも、ララから押しつけられた銀貨の使い道はこれしかない、という気がする。ミランダとフェルドと“豪遊”するのだって、期限を決められたわけじゃないのだから、ヴィヴィが生まれたお祝いという口実にしたっていいのだ。


「ヴィヴィかあ……早く会いたいなあ。わたしも何か手伝えたらいいのに」

「……ひとつ、お願いしたいことが、あるんだけど」


 ラセミスタは座り直した。慎重に、言葉を選ぶようにして。


「……冬の魔女にこんなこと頼んだらよくないかなって思ってたんだけど……ヴィヴィの誕生をそんなに喜んでもらえるなら……できれば、マリアラに、お願いしたいことがあるの」

「えっ、なになに? なんでも言って!」

「ヴィヴィに、名前をあげたいの」


 ラセミスタはマリアラを見た。なにか、確かめるように。


「イーレンは、別にいーだろヴィヴィで、って言った。正式な名前はV-15873581SS78-V-001で、愛称はヴィヴィ。それでいいじゃないかって。でも……あんまり味気ないような、気がして。だから、もし、もし、なにかいい名前があれば、考えてあげてくれないかな」


「え……わ、わたしが?」


 マリアラは愕然とした。そんなまさか、名付け親だなんて。責任重大過ぎるし、ミランダが気を悪くしないだろうか。

 

「そ、そんな。作ったのはイーレンさんとラスだし、ミランダの相棒になるのに、」

「相棒って、普通、名前がついてから決まるじゃない。マリアラはフェルドの名前、つけてないじゃない」

「え、ええ? それは、まあ……」

「ヴィヴィはもちろんアルフィラで、ミランダの相棒になれればいいなって想定されて組み立てられた。これから、正式に決まれば、ミランダと同じ性別を与えられ、ミランダによく似た顔を与えられる。でもね、でも、全てがミランダのために造られるというのは、ちょっと、悲しいなって思うの。ひとつくらい、この子のためだけのものがあってもいいんじゃないかなって。

 マリアラはさっき、『この子』って言ってくれた。嬉しかった。だからね、だから……ミランダにプレゼントされる前の、まだ誰のものでもない段階のこの子に、名前をあげたい。……うまく、言えないけど。でも……えっと、なんていうか……」


 ああ、と、マリアラは思った。ラセミスタだ。

 ヴァシルグの兵に追われ、ヴェガスタに抱えられて死にものぐるいで逃げた直後に、ニーナとマリアラの身を案じるような心根は、きっと、こういうところに根ざしている。


 そして彼女は今、なにか恥じ入るように、恐れるように、俯いている。この顔は前にも見た。ラスって呼んで、と、言ってくれたあの時。自分の発言が信じられないと言うように、恥じ入るように、恐れるように、俯いていた。今もきっと、こちらの反応を恐れている。マリアラに笑われたりバカにされたり拒絶されたりしないかと恐れて、身を、縮めている。


 どうしてそう思うのだろう。

 この子はこんなアルフィラを作ってしまうほどの頭脳の持ち主なのに、なぜ、こんな簡単な問題につまづくのだろう。


 それは彼女が虐げられてきた長い年月のせいだ。マリアラは奮い立った。いいだろう、何度でも伝えよう。虐げられた思い出がいつか打ち消されるその日まで、何度だって、あなたは素敵な女の子なのだと、わたしはますますあなたが大好きになる一方なのだと、伝え続けよう。


「……男の子になってもいいように、考えなくちゃ」


 そう言うと、ラセミスタは顔を上げた。まじまじとマリアラを見た。


「……頼める……?」

「もちろん! 任せて! 名付け親なんて責任重大だけどっ、できるだけいい名前、考えるから! Vで始まる名前だよね! 人名事典、借りてこなくちゃ……!」


 どんな名前がいいだろう。男の子でも、女の子でも通る名前で、愛称がヴィヴィにならなければならない。できれば凜々しくて、そしてちょっと可愛らしくて、あんまり他になく、でも異常じゃなくて――どうしよう、責任重大だ。


『マリアラ』


 出し抜けに、〈アスタ〉の優しい声が割り込んだ。マリアラははっとして、そして、気づいた。時間!


『お話中ごめんなさいね。でもそろそろ……』

「あ、あああ! ごめんラス、行かなくちゃ……!」


 慌てて立ち上がる。時間は、八時五十五分。遅刻寸前だ。


「お盆はそのままにしといていいから! 早く行って!」

「ごめんラス、ありがとう! 行ってきます!」


 マリアラは駆け出した。普段ならもう集合場所に着いている時間だ。走って工房を飛び出し階段を駆け上がりながら、そう言えばラセミスタの笛をミランダに渡したことを伝えそびれてしまった、と、思った。全くもう、何をやっているんだろう。ちゃんとしなければ。

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