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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
魔女の現実
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第三話 孵化と花火(1)

 次の日の朝、マリアラは、またリズエル工房の前に立っていた。


 部屋でひとりで朝ご飯を食べるより、誰かと一緒に食べた方が楽しい。ラセミスタがまだならば――まだに決まっている――ここで食べれば一石二鳥だ、ということに気づいたからだ。


 集合時間まで、あと一時間ある。工房の扉をノックして、開いた。

 そして、息を飲んだ。カウンターの向こうに見える“それ”が、明らかに、人の形を取り始めている。


 昨夜はまだ、コードや電極や様々な複雑な機械の集合体に過ぎなかった。それがこうまで進んでいるところを見ると、やっぱり徹夜したらしい。しないって言ってたのに。


 ともあれ、“それ”は作業台の上に仰向けに寝かされていた。ラセミスタはその左隣に立っていて、“それ”から伸びた複雑な回路に、厚みのある手袋のようなものを慎重に被せているところだった。腕だ、と、マリアラは思った。ラセミスタの持つその“手袋”はゴムのような質感をしていて、肌色をしていて、指が5本あるのが見える。被せてもぶかぶかで、サイズが合ってるように見えない。


 ラセミスタがその“肌”を腕に被せ終え、何やら計り、計算し、嬉しそうに頷いたのが見える。マリアラは固唾を飲んだ。イーレンタールがラセミスタを助手にして何を作っているのか、今はっきりわかった。


 “魔法道具人形(アルフィラ)”だ。


 人型をして動き回る魔法道具には、既に実例がある。【魔女ビル】12階に行けば、〈アスタ〉の操る人型のアスタに会うことができる。スクリーンに映る〈アスタ〉と同じ顔、同じ声の、大人の女性の姿をしたその人形は、行けばいつでも優しく迎えてくれ、歩き回ってお茶を入れてくれたりする。


 しかし“彼女”は、その部屋から出ることができないと聞く。12階ほとんど一階ぶんの広大な面積に、〈アスタ〉の本体がぎっしり詰められているそうなのだが、その複雑な機械群から離れては、動力を保つことができないのだ。


 ――国家プロジェクトってあれでしょアルフィラの! 省力技術の! 画期的な、あれ! 浪漫ですよね、やります!!!


 先日、ラセミスタはそう叫んで工房に走った。省力技術――アルフィラを動かすための動力を、従来より大幅に省略することができたなら。

 【魔女ビル】から離れて元気に動き回ることのできるアルフィラをも、作ることができるようになる、と、いうことになる。


「あ、マリアラ! おはよう」


 気づいたラセミスタがにこやかに声をかけてきた。今彼女は、作業台の上に寝かされたアルフィラの、右腕に、“皮膚”をつけ終えたところだった。「ちょっと待っててね」また人型に向き直って何やら計り、計算して、頷いてから、ラセミスタは嬉しそうに振り返った。


「今日も出勤なの? お疲れ様!」


 ラセミスタは元気いっぱいだ。生き生きしている。マリアラは嬉しくなって、中に入って扉を閉めた。


「ラス、朝ごはん食べた? まだなら一緒に食べようと思ったんだけど、」

「まだ! 食べよう! お腹すいたー!」


 ラセミスタは嬉しそうに工房の奥の休憩スペースへ向かった。イーレンタールはいないようで、工房は昨日より少しガランとして見える。ラセミスタはパネルを覗いて華やいだ声をあげた。


「わあ! 今日の朝ごはんはソーセージ、それもスペシャルだ! これはフェルドが大喜びだろうね! マリアラ、二本にする? 三本にする?」

「ええー、どうしよう」


 二人は並んでしばらくあれこれ悩んだ。スペシャルソーセージの日はパンもサラダもいろいろ選べるので楽しいが、困る。ホットドッグにしたい人はコッペパンとふわふわキャベツ、ケチャップとマスタードにできるし、チーズをのせてこんがり焼いた甘くないマフィンを選んでレタス・トマト・玉葱スライスと一緒に挟んで食べることもできる。二つに割って、ホットサンドにすることもできる。もちろんトーストやクロワッサンを選んで、ソーセージは単体で堪能することもできる。

 ラセミスタは悩んだ末にホットドッグセットにし、マリアラはトーストセットにした。ぷりぷりのソーセージはかなり太いので、かぶりついたら制服に脂が飛んでしまうかも知れない。休みの日だったら、マフィンも捨てがたかったのだが。


 注文が済み、食事が届くまでの少しの間、ラセミスタはまた作りかけのアルフィラのところに戻った。カバーを取ると足には既に皮膚がかぶせられているのが分かった。ラセミスタは胴体用の皮膚を取り出し、足部分に開けられた穴にアルフィラの足を通して慎重にかぶせていった。マリアラはしげしげとそれを観察した。初めのうち“それ”は無数の機械とコードの集合体にしか見えなかったが、胴の部分が皮膚に覆われると、俄然、人間らしくなってきた。しかし、意外に小さい。これが大人サイズになるのだろうか。まだ肌がしわしわだし、完成形が想像できない。


 マリアラは吸い寄せられるようにそろそろとそちらに近づいた。万一にもラセミスタの邪魔にならないようにしながら、しかし興味津々で覗き込むことはやめられない。“リズエルの技術は芸術だ”とフィンダルが先日言っていたけれど、確かにそうだ。その機械は複雑に絡み合っていて、本当に、芸術品のようだった。しわしわの皮膚で隠してしまうのが惜しいほど。


「……すごいね」


 思わず呟くとラセミスタは「でしょ!」と叫んだ。


「でしょでしょでしょ! すごいでしょ! イーレンの技術は本当にっ、芸術みたいだよねえ……!」

「でもラスも、」

「あたしはただ組み立ててるだけだもん、設計は全部イーレンがやったの。設計図見た時震えたよ……! ほらここっ、これこれここ見て! このカーブ! この流線型! 雅だよねえ……! あのねこのアルフィラはどうしても体重が七十キロ超えちゃうんだよね、身体を滑らかスムーズに動かすためにこの特殊皮膚と魔力透過膜の間にね、この子のためだけに発注した特別製の“体液”を充填するんだけどっ、そうするとやっぱり重さがねー」

「ふうん」

「でも人型取るためにはどうしてもこの華奢な骨格で全体重を支えなきゃいけない、幼児タイプだからごつごつマッチョな筋肉なんて不自然でしょ! そーするとやっぱり首がね、どうしてもね! で、ここで重要になってくるのがこの雅な流線型なんです! ここっほら見てここ! このカーブが頭の重みをこうしてこうしてこういう風に! 分散させて! 受け流す! っかー! ニクい! スゴい! ああ! 滾る……!」

「お、落ち着いて……」

「はああ……このほっぺ……この骨格……この肩関節のカーブがまた粋で……可愛いでしょお……」

「か、可愛い……」

「でしょ! かっわいいいいいいよねえええええええ!」


 正直なところ今この段階で“可愛い”とは思えなかった。すごいとかカッコいいとかならわかるが、どこにも可愛らしさは見いだせない。しかしすっかり“親バカ”状態になっているラセミスタに、そんなことをわざわざ言う必要はない。ラセミスタが可愛いというなら可愛いのだ。それでいいではないか。ちょうど食事も届いたので、急いでそれを取りに行く。


 両手に盆をひとつずつ持って戻りながら、マリアラは訊ねた。


「さっき、幼児タイプって言った?」

「そ! そーそーそー、そーなんですよ!」ラセミスタはやはり空腹だったのだろう。匂いを嗅いで嬉しそうな顔をした。「あー、いい匂い! マリアラ、あんまり時間ないよね? ちょっと待って、カバーかけちゃうから」


 ラセミスタは作りかけのアルフィラに元どおりカバーを掛け、簡易テーブルを作業台の隣に据えた。マリアラが盆を置く間に、畳まれていたスツールをひとつ出してくれた。自分は作業用の椅子を引っ張ってきてそこに座る。


「ありがとう! いただきまーす!」

「いただきます」


 挨拶をして食べ始めた。ラセミスタはコッペパンの切れ目に千切りキャベツをぐいぐいはさみ、そこにソーセージをぐいぐい挟んで、マスタードとケチャップをかけた。マリアラは脂の撥ねに気をつけながらソーセージを一口大に切り分け、トーストにバターを塗った。もう一枚はイチゴジャムのためにとっておく。サラダにはバジルのドレッシングがかかっている。マリアラの頼んだ香茶と、ラセミスタのコーヒーの香りが混じり合う。友達とお喋りしながらの、和やかな朝ご飯の時間。


 幸せだなあ、と、マリアラは思った。

 先週までの、鬱々した日々が嘘みたいだ。


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