ペナルティ(4)
保護局員とフューリーが調えてくれた昼食のテーブルには、フライドチキンとコーンスープ、コールスローサラダ、サンドイッチ、スコーンとクリームと言った美味しそうなもろもろが載っていた。「サンドイッチとスコーンはコオミ屋のものですよ」フューリーが優しい声で言った。「おやつにケーキも買ってありますからね!」
マリアラは嬉しくなった。ミランダも顔をほころばせている。
「疲れた時には特別美味しいものが必要よね」
ディアナも嬉しそうだ。マリアラはフェルドのことを考えた。雪かきの助っ人でも、美味しいものが出されているといいのだが。
皆が手を洗ってテーブルにつく。取り皿とフォークが配られ、思い思いに食べ物に手を伸ばす。テーブルに色んな箱が並んでいる様子はちょっとピクニックのようで、なんだか楽しい。
「ディアナさん、そろそろ、レンドーの出入り禁止措置を取りませんか」
保護局員がフライドチキンを取りながら言った。
「今日詰所に戻ったら書類作っときますよ。今後も若い左巻きの研修受け入れするんなら……」
「エスメラルダで左巻きとしての生活を続けるなら、ああいう人との関わりは免れないわよ」
しみじみとした表情でコーンスープを飲みながら、ディアナが言った。まだ言おうとした保護局員に、微笑んで見せる。
「あの人はここを出入り禁止になったら、また別の治療院に行くわ」
「まあそうなんですけど、でも。ああいう人は増殖するんですよ。類は友を……ってのはちょっと違うけど。あの人たちにもネットワークがあって、あそこなら追い出されない、って情報が広まれば、続々と集まってくる」
「そういう輩をのさばらせないためにあなたたちが来てくれてるんでしょ。頼りにしてるわ、ベネット」
ディアナが微笑み、ベネットと呼ばれた保護局員は、まあねえ、と唸った。フライドチキンをもうひとつ取り上げてもりもり食べた。フェルドに負けない食べっぷりだ。
マリアラはミランダと顔を見合わせた。レンドーというのは、さっき最後にディアナの説教を受けた、あのガラガラ声のおじさんだろうか。
ディアナはマリアラとミランダを見て、咳払いをした。
「仮魔女時代に聞いてると思うけど、あなたたち、誰になんて言われようと、軒先で風邪や虫歯の治療なんて始めちゃダメよ」
ここで治療してくれればいいじゃないか――さっきあのおじさんが言った言葉が思い出される。フェルドが断ってくれて、フューリーとベネットが来てくれたから、そんなことにはならなかったけれど。
「よっぽど重症ならまた別だけど。指定場所以外で治療行為をするには届出が必要なんだけど、それは、左巻きを保護するために定められているのよ。どこにでも狡い人というのはいるもので……なんていうかな、うん、ゲームみたいな感覚なのかもしれないと思うことがあるわ。国民の血税によって、マヌエルは、特権的な生活を送っているでしょう。そのマヌエルを、どんな些細なことでもいいから、自分のために使いたい。奉仕させたい、だってそれは、納税者の権利だから。そういう名目でね、こんな真冬で、つらい症状で苦しんでいる患者でごった返す治療院に、ごく軽い咳のためだけに、わざわざやってくる人というのがいるのよ。夏はあんまり来ないわ――混んでないから、ありがたみが減るんでしょうね」
ディアナは言い、フューリーは頷いている。ベネットも、フライドチキンをもりもり食べながら、嫌そうな顔をして聞いている。
「あの人は、冬になると、毎週と言っていいほど風邪を引くの。趣味のようなものなのかしら、自分の休みのたびに治療院――特に混雑しているところを狙って渡り歩いてサービスを受けたがる。最近のお気に入りがここってわけなの。休日なのに風邪を引けなかったら、わざとけがをして来る」
「わざと?」
マリアラは驚き、ミランダは頷いた。
「医局でも聞きます。ほんのかすり傷の場合は治療しないで絆創膏貼って帰っていただくんだけど、そうすると次は、わざともっと酷い怪我をしてくるんだって」
「えええええ」
「あの人はいつも混雑を理由にして入口に陣取るんだよ」ベネットが新たなフライドチキンを持ち上げながら腹立たしそうに言った。「で、助っ人の左巻きが若くて新人っぽい子だったりしたら、通せんぼして、ここは通れないからそこで治療すればいいじゃないか、それがマヌエルの義務じゃないか、こんなに混んでるんだから効率を優先させるべきだって言うのさ」
「……なんのために?」
マリアラは困惑した。わざと怪我をする、わざと混雑時を狙ってくる、と言うのも驚きだったが、さっきの“ここで治療を”と言ったのもわざとだったとは。しかし、そんなことをさせたがる理由がわからない。
そうするとベネットは、眉を顰めた。汚いものの話をするかのように声を潜めた。
「……若い子が自分の言うとおりに譲歩して働いてくれる。そういうことがことのほか嬉しいヤツってのもいるもんなんだ」
「そう……なん、ですか?」
「理解しないでいいよ。ただ覚えておいた方がいいよ。この仕事してるとそう言うヤツいっぱい見るから。犯罪ってわけじゃないところがタチ悪いんだよね。一応奴らは、善良な納税者だからね――」
「ベネット」フューリーが、出し抜けに言った。「それはマリアラさんのですよ!」
「えっ」
最後のフライドチキンを持ち上げていたベネットは、虚を突かれたように動きを止めた。その手から、フューリーは断固たる手つきでフライドチキンを取り上げた。
「少しは遠慮なさい。左巻きの人たちは、午後にはまたてんてこ舞いで治療しないといけないんですよ。休み時間に栄養摂って休養してもらわなければならないというのに、本当にあなたときたら」
「えええ、でも」ベネットは空になった手をわきわきさせた。「俺、そんな食べてないですよ」
「自分の前の骨の山を見なさい、この食いしん坊。マリアラさんはね、消費魔力と十代後半の少女の必須カロリーから鑑みて、これくらいのサイズのフライドチキン、ふたつは食べないとダメです」
フューリーさんはそう言いながら、フライドチキンをマリアラの皿に載せた。ベネットは恨めしそうに自分の前に積み上がった骨の山を見た。ディアナはくすくす笑う。
「数えてご覧なさい。四つも食べてるじゃないの、ベネット。いくら何でも五つは食べ過ぎよ。サンドイッチやサラダもお上がりなさい」
「いやでも、俺、まだ二つ目……くらい、ですよ」
「あなたねえ」フューリーさんはやれやれと首を振る。「公平な取り分というものを弁えないと、彼女ができてもすぐに破局しますよ」
「ああ、ありそう。彼女と一緒に楽しく食事をしてるつもりで、相手の分まで全部食べてしまいそう」
「覚えておきなさいな、ベネット。それはね、相手の女の子からすれば、“この人は私のことをちっとも思いやってくれない人だ”というメッセージになるのよ」
「そんな。いやでも俺、全然――」
ベネットが釈然としない顔で縋るようにマリアラを見た。と、フューリーが先手を打った。
「マリアラさんはあともうひとつ食べなければなりません。それは彼女の必須カロリーの問題であり、午後からの消費魔力の問題であり、権利であり義務なんです。諦めなさい、ベネット。スコーンは三つ食べていいわ――さっきひとつ食べてるから」
「え!? 俺食べてないですよ!」
「食べてますよバカなの!? あと残りふたつよ! ひとーつ、ふたーつ、これでおしまい!」
フューリーはベネットの皿の上にスコーンをふたつ載せ、サンドイッチも三切れ載せた。それからマリアラとミランダに、スコーンとサンドイッチをそれぞれ配ってくれた。この分ではクロテッドクリームも独占すると思ったのか、入れ物からベネットの皿に必要だと思われる分を取り分けている。ベネットは情けなさそうな顔をしてふたつしかないスコーンを見つめ、マリアラとミランダは顔を見合わせて思わず噴き出した。ベネットは大柄で強面で食いしん坊で親しみやすくて、だいぶ年上に違いないのになんだか可愛らしい。
「これさえなきゃほんといい若者なのにねえ」
「本当にねえ」
ディアナとフューリーは顔を見合わせてしみじみと言い、ベネットは自棄になったようにスコーンに噛みついた。ほとんど噛まずに飲み込んだのを見て、フューリーが言った。
「もっと噛んだらどうなの。太りますよ」
「俺どんだけ食べても太らないたちなんです」
「マリアラ、ちゃんと食べるのよ」ディアナが言った。「ミランダも。午後からまた、頑張ってもらわないといけないんだからね!」