祝宴と遺跡(3)
その島は予想以上に大きかった。差し渡し、十キロ以上はあるだろう。
アナカルシスによってルファルファ信仰が禁じられて以降、ここは聖地になり、巡礼者も、それを相手にする商売人も増えた――若い歴史学者は、そう語った。皮肉なことだ。それまでは、この島は、長いこと打ち捨てられた、廃墟だった、と。
それを聞いてマリアラは驚いた。廃墟だなんて。
今目の前にある神殿はとても巨大だった。大理石でできた壮麗なものだ。尖塔が優美で、蔦が芸術的に石柱に絡みついている。ルファルファの力の強さを感じる。五百年前に、それも本拠地からかなり離れた島に、これほどの建物を建てる力があったなんて。
おまけにそれが、六年前まで忘れ去られた取るに足らない存在として扱われていたなんて。アナカルシスが滅ぼした宗教の力の強さと――そんな立派な神様を滅ぼさなければならなかった王、エルギンの父親の、決意と覚悟の強さをも、同時に感じる。
「こんなに壮麗な神殿なのに。廃墟になったのは、やっぱり、船で半日近くかかる距離のせいですか?」
来るときは海流に乗って来られるが、戻りは海流に逆らう形になる。二日がかりになりかねない。そう予想して問うと、歴史学者はにかっと笑った。
「というよりも、この神殿は、エスティエルティナを封じる役目を負っていたから、という説が有力です」
「エスティエルティナ――!?」
さっきまで考えていた単語が唐突に飛び出し、マリアラは愕然とした。反応が予想外だったようで、歴史学者は戸惑った。
「え、ええ、はい。ご存知でしょ、エスティエルティナ。あれね、昔は、人斬りの呪いがかけられてたみたいなんですよ。今は大人しいもんですがね」
なんだこの言い方。魔王なんかじゃなくて、なんだか猛獣の話でも聞いてるみたいだ。
「ひ、人斬り――と、おっしゃいましたか?」
「そうなんです。エスティエルティナと言えば、ご存じのとおり、自ら動いて持ち主を選ぶ剣の名です。先代の【最後の娘】が亡くなってから六年、未だに誰も選んでいませんが」
研究者の説明を聞けば聞くほど、混乱は深まっていった。
それでも何とかその説明を消化したところによると、エスティエルティナ、とこの時代に呼ばれているのは、魔王でも女神でもなく、剣のことらしい。一振りの、美しい装飾を施された柄と鞘を持つ、不思議な剣だ。
それは、エルカテルミナ――現在はニーナ――のために存在する。エルカテルミナの歩む道から危険を排除し、道を平らかにして歩きやすく整えることがその剣の役目だ。その役割を果たすため、その役目に最も相応しい人間をひとり選ぶ。ルファルファの教義ではその人間は、エルカテルミナと共に“ルファルファの娘”と呼ばれる。剣に選ばれ続けている間ずっと、神子の片割れとして崇められる。剣が選んだ人間が男性だった場合は、女性の影武者が立てられるのが常である。ルファルファの教義ではそれほどに重要な地位を占めるその剣は、今から五百年ほど前には、人斬りの剣として恐れられていた。
「どうもまだ、鞘がなかったようなんです」
歴史学者はそう言いながら、マリアラに、エスティエルティナが閉じ込められていたといわれる、石造りの部屋を見せてくれた。
墓地のような、殺風景な部屋だった。窓もなければ壁に装飾もなく、調度類も何もない、ただの四角い部屋だ。出入りできるのは小さな扉がひとつだけで、その扉も重厚な石造りだった。
「エスティエルティナは誰も研がないのに鋭い切れ味を保ち続ける不思議な剣です。しかも飛び回る。鞘がない状態で、剣を取り押さえることは難しかった。――ひとりの高潔な男が身を挺し、命と引き替えにエスティエルティナを捕まえ、この部屋に閉じ込めるまで、何百人もの人がエスティエルティナに斬られて命を落とした、とか」
ずいぶん陰惨な話だ。そんな事件を引き起こした剣を、よく今も、宝剣として崇めているものだ。
「鞘に収まるようになってから、エスティエルティナは嘘のように落ち着いたようです。ようやくひとりの人物を選び、当時のエルカテルミナのところへ馳せ参じ、彼女のために尽くしました。その後も、エスティエルティナに選ばれた人物はみな、ルファルファ信仰の要となり、国を豊かに、発展させる方向へ導いた人ばかりでした。そうしてエスティエルティナは、現在の地位を確立したんです。選ばれた人間は【最後の娘】と呼ばれ、ルファルファの意思を示す存在として、崇められるようになった。――僕はね、思うんですけど。五百年前にトチ狂って人殺しの剣になったというのは、何かの比喩というか。エルカテルミナの権威を高めるための方便だったんじゃないかな、と、思ったりしているんです」
ナイショですよ? 歴史学者は声を潜め、悪戯っぽく笑った。
「その当時、エルカテルミナの権力争いが起こっていたようなんですね。醜聞でしょうから歴史書にも大っぴらには書かれていませんが。正当なエルカテルミナを弑し奉り、その地位を簒奪しようとした偽物がいたらしい。エスティエルティナはその簒奪者を排除し、閉じ込められ殺されそうになっていたエルカテルミナを救い、現在のような地位に戻した。その醜聞を隠すため、はたまたエルカテルミナの権威を取り戻すため、それとも――? 色々と想像させられますが。とにかくエスティエルティナは、物言わぬ剣ですからね。人斬りの汚名を着せられても、弁解なんてできませんから」
ナイショですよ、歴史学者は念を押した。マリアラは苦笑した。確かに、ルファルファの信仰が深いこの時代に、エルカテルミナの権威を高めるためのエピソードが付け加えられたのでは、なんて説を、声高に唱えるわけにはいかないだろう。
「僕は外にいますからね。聞きたいことがあったら、声をかけてください」
歴史学者はそう言って、石部屋の外に頭を引っ込めた。
その石造りの部屋には、そちこちに、シミとか、汚れとかが残っている。マリアラはしげしげと辺りを見回しながら、考えた。あのシミは何だろう。元はしみのないつるりとした石造りの部屋だったらしいのに、まだら模様になってしまっている。そしてこの部屋――牢屋にしては、食事や汚物の出し入れを想定していなさすぎる。
食べ物も飲み物も排泄も必要としない何かを閉じ込めるために作られた部屋。
まだら模様になるほど染みこんだ、おびただしい量の色の付いた液体。やはり、血だろうか。さっきの“人斬り”伝説が生まれた素地が、この部屋に刻まれている。
マリアラは考え込んだ。この部屋はかなり狭い。人が三人も寝そべったら窮屈に思うだろう、という程の小部屋だ。なのにこの神殿はとても巨大なのだ。何百人もの人間が寝泊まりできただろうと思うほどの建物だ。エスティエルティナを閉じ込めるために作られた神殿、とさっきの研究者は言った。なのにその中枢に当たる部屋はこんなに小さい。
わくわくする。恩師であったアルフレッド=モーガン先生と、崖下の遺跡を調査するフィールドワークに出かけた時のことを思い出す。遺跡に残る痕跡を手がかりに、作った人々に思いを馳せ、その生活を想像し、作られた目的を推測する、そういったことは本当に、マリアラの胸を躍らせる。
孵化しなかったら、いつか研究者になりたかった。モーガン先生のように歴史の研究をして、そしてできるなら、子供たちに、歴史を学ぶ楽しさを伝えられるような、そんな教師になりたかった。
――モーガン先生は、お元気だろうか。
何か碑文や壁画や文献などがないだろうか。その部屋を出ながら考えた。ミフに頼んで、この神殿の写真をたくさん撮ってもらおう。碑文や壁画などを見つけたらそれも写真に撮って、そして、持ち帰ってモーガン先生に見てもらいたい。ご意見を伺いたい。きっと躍り上がって喜んでくださって、一緒にわくわくしながら没頭してくださるだろう。質問攻めにされるだろうから、できるだけお答えできるように、できる限りのことを覚えておかなければ。
帰ったら。そして落ち着いたら、モーガン先生に会いに行こう。
外で待ち構えていた歴史学者に、壁画などの所在を知らないかと訊ねかけた。その時。
「あ、いた! まーりーあーらー!!」
明るい声が頭上で弾けた。ニーナだ。ニーナはまだミフに乗っていた。マリアラを探していたらしい。ミフにしがみついた体勢で、ニーナは明るい声で叫んだ。
「探検してるの? あたしも行くー!!」
マリアラは微笑んだ。
「探検してるんじゃないよ。研究してるんだよ」
「けんきゅうってなに!? あたしもするする!」
「研究って言うのはね、あることについて、詳しく調べたり、考えたりすることだよ。わたしは今この神殿について調査して、研究してるの」
「ふうん」ニーナはミフから降りてマリアラを見上げた。「どうしてこの神殿について知りたいの?」
「この神殿を建てた人のことや、ここに住んでいた人たちのことや――この建物はルファルファという神様のために建てられたものでしょう、だから研究すれば、ルファルファ神についても良くわかるでしょう? わたしはね、大昔に住んでいた人たちが、どういう気持ちで、どういう考えで、どういう風に生活していたのか、そう言ったことを知りたいの。ルファルファという女神についても知りたいことがいっぱいあるし――」
「お母様について知りたいなら、巡幸に来ればいいわ」
ニーナが明るい声で、屈託ない言い方で、言った。マリアラは耳をそばだたせた。巡幸、という言葉には聞き覚えがあった。
「……この世の歪みを払い、みんなが安心して暮らしていけるように、半年かけて国を巡って、各地で儀式をするって――聞いたけれど」
言うとニーナは微笑んだ。うん、と頷いた顔は、一瞬とても、大人びて見えた。
「それがあたしの仕事なの。一年の三分の二、仕事をして、三分の一くらい、お休みをするの。今年はエルギンの統治権の狩りがあったから、途中で帰ってきたのよ。来週再出発するって兄様が言っていたわ。いつもはアナカルシスをぐるっと西に向かって回るんだけれど、まっすぐ突っ切って、イェルディアに向かうんですって」
せいじてきなもんだいがからんでいるのよ、と、ニーナは厳かな口調で言った。マリアラは思わず微笑む。「政治的、に?」
「そうなのよ。イェルディアはとっても大きな都市なの、アナカルディアやウルクディアと同じくらい大きくて、栄えているの。住んでいる人もとっても多いし。それからイェルディアの先にラク・ルダという都市があってね、光の女神の神殿があるの――そこでは一番大きな儀式をするのよ、だって、お母様は闇の女神だもの。光と闇は一対のもの。闇が満たした世界を光が照らす。光が照らす世界から悪しきものを閉め出す、それが闇の役目だから……今年も闇と光は仲違いをせず、世界は正常な均衡を保っている、そう皆に見せるのは、本当に大切なことなの」
「そうなんだ」
「そうなのよ、だから、来週にはイェルディアに向かって出発するの。マリアラたちも一緒に来たらいいわ。歴史学者も兄様もゲルトも、マーシャも、ルファルファの神官兵もみんな一緒に旅をするの。行く先々で神殿の跡地を巡るし、儀式には色んな人が来て、色んな口上を述べるのよ。あたしには良く意味がわからなかったりするけれど、マリアラが聞いたら新しい発見があるかもしれない」
だから一緒に来たらいいわ。そう無邪気に語るニーナに、マリアラは、頷くことができなかった。
――いつ迎えが来るかわからない。
ラセミスタはそう言っていた。フェルドも、地下神殿で、ララと、グレゴリーという、ラセミスタの師に当たる人を見たという。フェルドの魔力の波長を辿って、今もグレゴリーはきっと、三人のところへ道を開こうと、奮闘していてくれるに違いない。近々迎えが来る。明日かも知れない。明後日かも知れない。フェルドは、まだ本調子じゃないから数日くらいなら大丈夫だろ、と言っていたけれど――それでも巡幸についていくほどの余裕はないだろうとわかっていた。
「どうしたの?」
ニーナがマリアラの逡巡に気づき、無邪気にそう訊ねた。マリアラは、先日、カーディス王子がフェルドに別れを告げに来たときのことを思い出した。
世界一周をしたら、土産話をしに来て欲しい。
カーディス王子はそう望み、フェルドは頷けなかったと話した。その時の心情については、詳しく語らなかったけれど。
「……巡幸には、一緒に行けないよ」
そう言ったとき、マリアラは、ほんの少しだけ、その時のフェルドの心情を理解したように思った。
自分に懐いてくれている、小さな子供を哀しませるのは辛い。嘘をつくことは容易いが、でも、そうすることはできなかった。ニーナには、理解してもらわなければならない。巡幸にはいけない――世界一周にも、今この時代で、出発することはできない。
だって帰るからだ。
そうだ。
フェルドも、マリアラも、たぶんラセミスタも――この時代にいつまでも、自分の意思で、留まることはできなかった。迎えが来なかったり、帰る道筋がわからなかったりしたら別だけれど、それでも三人とも、自ら進んでこの時代に、留まると決めることはできなかった。
「どうして? お母様について、知りたいんでしょう?」
ああ、そうだ。マリアラは知りたかった。ルファルファのこと。エスティエルティナのこと。この時代の人々がどんな風に暮らし、何を望み何を願い、日々を営んでいるのか理解したい。
けれど、それでも。
一生この世界に、この時代に、自ら望んで――元いた時代の生活や友人や家族、全てのものを捨ててまで、留まりたいとは思えなかった。
「ニーナ、ごめんね。わたしは、……帰りたいんだよ」
言って、マリアラは、自分がいかにそれを切望しているかに気づいた。
帰りたい。――帰りたかった。ダニエルやララや、リンやダリアや、ミランダ、シャルロッテ、ディアナ、ヒルデとランド、それからモーガン先生も――魔女が大勢いて、便利で快適で、マリアラが十六年生きてきたあの世界に、帰りたかったのだ。冒険と非日常は、大変だったけれど、でも楽しかった。けれど、あちらの人たち全員を捨ててまで、この世界に留まりたいとは思えない。
異邦人だからだろうか。お客様だからだろうか。この時代で出会ったニーナやエルギン、イーシャットやマスタードラやマーシャ、ランダールやゲルト、そういった人たち全員と、別れてでも。二度と会えなくなるとしても。
それでも。
「迎えが来たら、わたしたちは帰るの。迎えが来るのがいつか、わからないけれど――巡幸に一緒に行くことはできないよ」
「そうね――」
ニーナは気丈だった。瞬いて、頷いて、微笑みさえした。
「しょうがないわ。それじゃあ、巡幸が終わって、あたしたちが帰ってきたら。そうしたら、儀式のこと全部話してあげるわ」
「それは……」
巡幸が終わったら。
ニーナがルファ・ルダに、戻ってくる頃には。
わたしたちはきっと、ここにはいないんだよ。
そう、言うことが、伝えることが、できなかった。ニーナに理解してもらうことが怖ろしかった。泣くのでは、哀しむのでは、がっかりさせるのでは――そう思うと、決定的なひと言を、言うことができなかった。
それでも。
「……帰って、来たら……」
ニーナはマリアラの飲み込んだ言葉に気がついた。マリアラの両肩を掴んで、俯いたマリアラの顔をのぞきこんだ。
「あ、あなたたちが、帰るってことは、知ってるわ。でも。……でも……またいつでも、遊びに来て、きて、くれるでしょう……?」
――可能なのか。
一瞬、そう思った。ラセミスタの技術力ならば、もしかして。好きな時代に、好きなタイミングで、行き来できるような道具を。作ることが、できるのだろうか。
……でも。
不可能だと、わかっていた。フェルドの魔力の波長を辿ってくるだろうとラセミスタは言った。フェルドが地下神殿でグレゴリーとララを見てからもう一週間は経つ。ラセミスタの師に当たるようなグレゴリーの技術力を持ってしても、フェルドのような強大な魔力を持つ誰かの波長を手がかりにしなければ、ここに来られないのだ。
あれは事故だった。偶然に偶然が重なって、前代未聞の出来事が起こった。いくらラセミスタでも、あの事象をもう一度、同じ条件で、起こすことなんて無理だろう。
「また、会えるでしょう?」
ニーナが言った。必死だった。マリアラは彼女の顔を見られなかった。約束できない。断言できない。それなのにマリアラは帰りたい。――帰りたいのだ。ニーナに今後ずっと、永遠に会えないとしても……帰って、皆に会いたい。日常に戻りたい。仕事をして、薬を作って、友達とお喋りして、ダニエルとララに会って、それから、アルフレッド=モーガン先生に会いに行って。
あの穏やかな日常に、帰りたいのだ。――どうしても。
「……」
ニーナは首を振った。幼い子供がいやいやをするように。それから、か細い声が喉から漏れた。
「……会えないの……?」
「わからない。約束は、できないよ。できるなら会いに来たいけど、でも……」
「だって。だって、空飛ぶ箒がいるし……あんな大ケガをあっという間に治したり、空飛ぶ橇を、作ったり……魔物をやっつけたり、できるのに。なのに……」
「……」
「会いに、来られないの……?」
「……わからない。ここに来たのは事故だったの。偶然、本当に偶然、落ちてきたの。偶然と同じ出来事を、もう一度、起こすことが……できるのかどうか、わたしにはわからない」
ニーナは座り込んだ。マリアラは胸が痛かった。ニーナの顔は紙のように白くなっていて、それが痛ましかった。嘘をつければいいのにと思った。また会いに来るよって、空虚な約束を。口約束を。子供をあやすみたいに、その場しのぎの嘘を。
つければ、いいのに。
「……母様は」
ニーナが呻き、マリアラは顔を上げた。「かあさま?」
「六年前に母様は死んだわ。父様も。それからあたし、一度も、ふたりに会っていないの……」
「う、ん……?」
「マリアラは死ぬの? ラセミスタも、フェルドも? そういう、こと、じゃない……?」
ニーナはまた首を振った。いやいや、というように。
「もう二度と会えないのなら……それは、死ぬと言うことと、どう、違うの……?」
どう違うのだろうとマリアラは思った。
本当に、どう違うのだろう、それは。
「ニーナ」
「……いや」
ニーナは立ち上がり、くるりと踵を返した。走り出したニーナの足はびっくりするほど速かった。白いワンピースの裾を翻して走って行き、あっという間に角を曲がって消えた。マリアラはもの悲しい気持ちのまま、黙ってその背を見送った。
もう、神殿の調査をするどころではなかった。哀しませるのは辛い。そしてあの子を哀しませてでも、それでもあちらに帰りたいのだと……あなたよりあちらの方が大切なのだと、その事実を突きつけるのが辛かった。あの子にも、そして、自分にも。
歴史学者はまだそこにいた。それに、遅ればせながら気がついた。見上げると彼は、しょうがないね、というように微笑んだ。マリアラは礼儀として一応微笑み返しはしたが、内心では、しょうがないだろうか、と思った。本当にしょうがないことなのだろうか、それは。
ニーナの後を追いかけ、角を曲がると、上へ続く階段と下へ続く階段がある。ニーナはどちらへ行ったのだろう。一瞬迷ったが、マリアラは下へ向かった。ニーナはきっとマーシャのところに行ったに違いない、無意識にそう思ったのだ。