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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
仮魔女物語
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第三章 仮魔女と魔物(1)

 昨日の夕方は、逃げそびれたのだった。


 ジェイドもフェルドもダスティンも、三人とも『右巻き』で『独り身』で、おまけに昨日は突発的な大吹雪だったから、みんな雪かきにかり出された。さらにラクエルは光がなければ雪かきすることができないから、シフトから上がる時間も同じだった。


 雪かきをこなしてへとへとだったジェイドは、待ち構えていたダスティンにまんまと捕まった。

 〈ゲーム〉を翌日に控え、ダスティンはいつも以上に機嫌が悪かった。そもそもダスティンは、一番年上である自分が最優先されるべきだという認識でいたらしい。ジェイドもフェルドも『自分から遠慮して当然』なのに、二人とも〈ゲーム〉を下りなかったから、腹に据えかねていたのだろう。


 競争者がいれば、一番不利なのはダスティンだ。年齢ではジェイドが似つかわしいし、〈アスタ〉がもしマリアラの【親】であるダニエル=ラクエル・マヌエルの意向を勘案するなら、一番有利なのはフェルドだ。フェルドとダニエルはとても仲が良い。まるで実の兄弟みたいに。


 だからダスティンの主張はむやみやたらと攻撃的で、内心の鬱屈が透けて見え、ほとほとうんざりだった。

 適当にあしらって詰め所から出ようとしたジェイドの前に回り込んで、ダスティンは言い募った。


「いよいよ明日だ。吹雪も夜半には止むそうだから、今んとこは予定どおり――な、いーだろ? 俺が一番先に孵化したんだから、本来、相棒は俺がもらうのが当然だ。そうだろ?」


 そうだろじゃないよとジェイドは思う。誰が決めたんだ、そんなこと。

 と思うけれど、それをストレートに口に出せない自分が情けない。


「何度も言うけどさ……全部〈アスタ〉が決めることだろ」

「〈ゲーム〉の勝敗が結果をかなり左右するってんだからさ、やっぱここは、勝っとかないと。明日、俺を手伝ってくれよ。それくらいいーだろ? お前相棒いらないんだから。荷運び好きなんだろ、な」


 ああ、面倒臭い。

 そう思いながら、邪険にするのも怖かった。ダスティンはジェイドより魔力が強いし、今は特に機嫌も悪いし。でも尻尾を振ってダスティンに協力すると、確約できる気分でもなかった。


 ジェイドはマリアラ=ラクエル・ダ・マヌエルの、おとなしそうな風貌を思い出した。もしダスティンが彼女を獲得したなら、魔女になってからマリアラはかなり苦労することになるだろう――そう思うが、かといって、自分が積極的にゲームに挑んでマリアラの相棒の座を獲得したいとも思えなかった。今後ずっとダスティンから恨まれ続ける覚悟ができない。


「手伝ってくれるよなあ――?」


 ダスティンの回りに若草色の粒子が凝り始める。今度は脅しか。つくづくうんざりだと思いながらも、痛い思いをさせられてまで我を張る理由を思いつけない。もう面倒だから口だけ約束して解放してもらおうかな――と思いかけた時、詰め所の扉が開いた。

 入ってきたのはフェルドだ。


 ダスティンがものすごい目つきで睨み、ジェイドは、ひいいいい、と思う。逃げ出すチャンスではあるが、展開によってはさらに面倒なことになりそうだ。

 フェルドはその場の雰囲気には全く頓着する様子もなく支給の防寒着を脱ぎ、回収ボックスに放り込みながら、ジェイドを見た。


「よ、まだいたのか。飯は?」

「……今から、行くとこだよ。ちょうどよかった。今日の肉定はおろしステーキだってさ」

「うっし」


 フェルドは嬉しげにブーツもボックスに放り込み、靴箱から自分の靴を出して履きながら机の上のシフト表に屈み込んだ。ペンで、数カ所にチェックして、サインして、ペンもペン立てに放り込む。


「あー腹減ったー」


 そのまま詰め所を出て行こうとし、ダスティンが声を上げた。


「待てよ、お前、明日の〈ゲーム〉、真面目にやる気なのか?」

「もちろん」


 足を止め、少し訝しそうにフェルドが言う。ダスティンは唇を歪めて嗤った。


「『前代未聞』のくせに?」

「ダスティン」


 ジェイドは思わず声を上げたが、ダスティンの言葉は止まらなかった。


「その法外な魔力量で――真っ当にシフトこなせるとでも、思ってんのかよ」

「ダスティン!」

「思ってるけど?」


 フェルドは平然と言った。

 ダスティンが鼻白んだ。

 フェルドはさっさと扉を開け、さっさと廊下に出ながら、笑った。


「俺は自分が変だなんて一度も思ったことねーから」




 ジェイドは急いで後を追った。ダスティンと一緒に食事を取りに行くことだけは何とか避けたい。ジェイドが追いつくと、フェルドはちらりとこちらを見た。


「ダスティン、盛り上がってんな」


 いつもどおりの口調にほっとする。


「毎日毎日うるさくてうんざりだよ」


 思わずぼやいてしまった。ダスティンは、相棒を譲れとか、協力しろとか、絶対にフェルドには言わない。敵視しているから、なのだろう。フェルドに何か頼み事をするなんて絶対に嫌だ、と思っているのが伺える。

 前代未聞、と言ったダスティンの言葉はひどく刺々しかった。


「まー頑張れ。明日までの辛抱だ」


 フェルドは軽く言う。正に他人事だ。くそう、と思いながら、ジェイドは訊ねた。


「……フェルド、〈ゲーム〉、やるんだね」


 意外だった。フェルドはまたこちらを見た。


「そりゃやるよ。お前、やんないの」

「ダスティンがうるさいし……俺は荷運びも雪かきも好きだから、ダスティンに恨まれてまではちょっと……いーかなって。ダニエルの手前、一応参加はするけど」

「ふうん」

「フェルドは相棒、欲しいんだね」


 本当に、意外だった。フェルドはあまり、相棒とか、正式なラクエルの仕事とか、執着していないように思っていた――少なくともダスティンほどには。

 でもフェルドの答えには、意外に熱がこもっていた。


「そりゃ欲しいよ」

「……そう? なんで?」

「なんで?」フェルドは少し考えた。「……相棒がいればさ、ラクエルのシフトに入れるだろ」

「それが理由?」

「ラクエルのシフトに入れれば、【毒の世界】に行けるだろ」

「……そんな理由?」


 行きたいのか。あんな場所に。

 ジェイドは呆れた。フェルドの冒険好きにも困ったものだ。

 フェルドの『冒険』と、ダスティンの『偏屈』と、付き合うのはどちらがマシなのだろう。それしか選択肢がない仮魔女が、少々気の毒だ。


 ――そう思った、の、だけれど。


 蓋を開けてみたら、既にそんな事態ではなくなりかけている。彼女の相棒が誰になるかより先に、生死の方が心配だ。





 監督官と別れて飛び始めて数分、ジェイドは、なんだこれ、と、思っていた。なんだこれ、なんだこれ、なんだ、これ。

 山火事だ。

 南大島に魔物、仮魔女と連絡が取れない、そこまではいい。いや、良くはないが、とりあえず覚悟はして飛び立った。


 だが、山火事なんて聞いてない。


 でも山火事はやはり現実だった。さっきの監督官が万一にも逃げ遅れないようにと、ジェイドはとりあえず連絡を入れた。ついでに〈アスタ〉に通報してくれるよう、くれぐれも頼んでおく。

 上空から見ると山火事の暴威が一目瞭然だ。収まるどころか、じわじわ勢力を拡大しているのがこんな短い時間でもよくわかる。恐ろしいほど規模が大きい。

 ジェイドはあまり魔力が強い方ではないので、山火事の上を突っ切っていくのは断念せざるを得なかった。熱気も煙も上に行くから、かなり上空まで上がらない限り、魔力で遮断しないと飛ぶことさえままならない。


 ――ダスティンもフェルドもまっすぐ飛んでったみたいだけど。


 そう考え、ジェイドはため息をついた。燃えさかる火炎と煙の前に尻尾を巻いて迂回する自分が、とても情けなく思える。


 ――マリアラは、どうしているだろう。


 彼女は左巻きだし、ジェイドよりさらに魔力が弱いはずだ。燃える木々の中に取り残されでもしたら、数分もしない間に蒸し焼きにされてしまうだろう。それに、一緒にいるはずのお客さんも気がかりだ。

 ジェイドは気を取り直し、箒の柄も握り直して速度を上げた。しゅうしゅうと、水の蒸発する音が少し離れた場所で聞こえる。ごうごうと轟く炎の音、どうん、と上がる火炎の音、ずしん、と焼けた木が倒れる音。


 こんなに簡単に燃えちゃうのか、と、ジェイドは考えた。

 秋のエスメラルダの日暮れは早く、周囲はもう真っ暗だ。ジルグ=ガストンのいるという詰所まで、直線距離にしてたったの五キロ。少々迂回するとはいえ、箒ならばほんの数分だ。詰所が炎に襲われてないといいけど――と思う間に、左前方にポツリと明かりが見えてくる。チカチカと点滅しているのは、ライトが回転しているからだ。


「あれだ」


 詰所は背の高い塔になっている。灯台の役目も兼ねているので、山火事の光に照らされていてもよく見えた。近づくうちに、大勢の人間がうろうろしているのが見えてくる。

 ジェイドは驚いた。

 詰所の周辺にできた広場に、松明を持った男たちが集まっている。


 ――なにやってるんだ?


 ぞっとした。放火だろうか? この山火事はこの人たちが起こしたものなのか? だからこんな勢いで燃えているのだろうか、


「マヌエルだ!」


 塔の上で誰かが叫んだ。ジェイドはその声に応じて、建物の中から、見覚えのある壮年の男が駆け出してくるのを見た。間違いない。レイキア育ちのジェイドでさえ顔を知っている、ジルグ=ガストンその人だった。


「ありがたい、来てくれたか!」


 ガストンは叫び、ジェイドに向かって大きく手を振った。ジェイドはわけがわからないながらも、とりあえず下降して地面に降り立った。松明を持った男たちは、ガストンに放火? を見咎められてもうろたえる様子もない。


「名前は」


 端的に問われ、ジェイドは急いで箒を降り、柄を下にして構えた。


「ジェイド=ラクエル・マヌエルです」


 ガストンが目を見張り、出し抜けに、ぐっとジェイドの腕を掴んだ。


「ラクエル――そうか、仮魔女試験か!」


 何だこの剣幕。ジェイドは慌てた。


「は、はいッ」

「他の右巻きはどうした! 確か一人じゃなかったはずだな、ふたりか、三人か!?」

「さ、三人です、俺を入れて。他のふたりは仮魔女を捜しに行ってます、その、南大島の方から出動要請があったんで、お、俺だけでもそっちに……」


 言葉は尻つぼみになった。ガストンの射るような目がジェイドを睨んでいる。怒っているのだろうか、思わず身を竦ませるような姿勢になった。それでガストンの腕が引っ張られ、ガストンは我に返ったらしい。一瞬考え、何か決めたようだった。


「ルッカ! 後は任せる!」


 灯台の上で双眼鏡を持っていた若い男がギョッとしたようにこちらを見た。


「でもガストンさん、どこへ!?」

「俺は仮魔女の方へ行く。このマヌエルはラクエルだったんだ。仮魔女試験の右巻きだ」


 ジェイドにはさっぱりわけがわからなかったが、ルッカと呼ばれた男にはわかったらしい。ああー、とため息のような納得のような声を出し、ルッカは手を振った。


「しょうちしましたー」

「悪いな。頼む」


 ガストンは言い、ジェイドを振り返った。


「行こう。乗せてくれ」

「南大島に? ……じゃなくて……仮魔女を捜しに。ですか?」


 ジェイドはおずおずと言い、ガストンは真面目に頷いた。ジェイドの持つ箒の柄をぐっと握った。


「懸念があるんだ。この山火事はどうもおかしい。ラクエルが三人――仮魔女も入れて四人。試験があったのは幸運か。それとも」

「い、い、……はい、行きます」


 ジェイドは箒にまたがった。二人乗りだとジェイドは考えた。訓練以外では、これが初めての二人乗り。


 ――どうせなら可愛い女の子を乗せたかった……


 この事態に直面してそんなことを思うあたり、俺って結構図太かったのかもしれない、と、ジェイドは思った。

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