第二章1
青天のへきれき、という言葉があるそうだ。
大好きな家庭教師の、最後の教えだった。
へきれきというのは雷のことで、空が青く晴れ渡っているのに急に雷が起こったらびっくりするでしょう、つまりそういう、突然起こる大事件のことを言うのです。そう教えてくれた家庭教師は、その次の日に急にムーサによって解雇され王宮を追われた。ムーサが言うには、余計なことばかり教えて肝心なことを教えないからダメだった、そうだ。
家庭教師が突然いなくなったことは、カーディスにとって正に“青天のへきれき”と呼べる事件だった。
知りたいことは何でも答えてくれて、わからなければ一緒に調べましょう、と言ってくれる、とても優しい先生だったのに。
そんなことを知りたがるより他に覚えなければならないことがあるだろう、なんて、絶対に言わない先生だったのに。
ムーサの言う“肝心なこと”というのはマーセラ教に関わるもろもろのことで、カーディスには全然面白いと思えないことばかりだ。次に来た今の家庭教師はムーサの顔色を窺うばかりで、知りたいことは全然教えてくれない。
だからあの難しい言葉も、未だに覚えているのだろうと思う。あの時の会話を、一言一句思い出せるのもきっとそのせいだ。空気の色や匂いまで、思い出せる気がする。何物にも代えがたい、穏やかで刺激に満ちた午後のひととき。
『青空なのに雷が起こるというのは、おかしなことなのか?』
『普通雷が起こるときには空が暗くなります。雷を起こす雲が空を覆うからです。ですから、全く前触れがないところに起こる、とてもひとを驚かせる出来事、という比喩……たとえ話です』
『うむ、じゃから、青空なのに雷が起こることはあり得ないのか?』
『さあ、どうなのでしょうね。私はまだ遭遇したことがありませんが、絶対に起こらないとは言い切れませんねえ』
起こったぞ、先生。
カーディスはその時、そう思った。
青天のへきれき、というのは起こりうるのだ。先生に教えてあげたい。
それは一昨日の、真っ昼間だった。空は良く晴れていて、正に青天だった。召使いにかしずかれて昼食を取っていたカーディスのすぐ傍の木に、雷が落ちたのだ。
確かに驚く出来事だった。
が、カーディスはそのまま召使いたちによって無理矢理退避させられ、兵士たちに厳重に守られた天幕に押し込まれてしまったので、雷がどうなったのか、なぜ起こったのか、撃たれた木や周辺はどうなったのか、ということについては全くわからないままだ。
召使いたちの囁きを盗み聞いたところ、どうやらルファルファ教の信者が引き起こした事件だったらしい。ルファルファ教は闇の女神を崇拝している“邪教”であり、その神官や神子は様々な不可思議な力を使えるのだと言う。その力でカーディスを暗殺しようとしたものの、雷は逸れて違う場所に落ちた。ルファルファ教信者たちの思惑は失敗したわけだ。おまけにその雷を呼び寄せた謎の男(ルファルファの神官?)は雷を呼んだためか気絶した状態で見つかり、ムーサは早速その男を火炙りにした、らしい。
捕まえて見せてくれればいいのに、というのがカーディスの本音だ。ルファルファ教の信者は本当に不思議な力を使えるのか、風を起こしたり水を降らせたり出来るのか聞いてみたいし、神子って何なのかとか、どんな子なのかとか、カーディスよりひとつ年上なだけの幼い少女だというのは本当なのかとか、それから水が呼べるなら雲も起こせるのかとか、畑に水をやることは出来るが耕すのはどうなのかとか、色々聞きたいことがあったのに。
そんなことをムーサに言っても無駄だから、カーディスは沈黙を守った。
そして今。雷が落ちてから二日後、時刻は夜。真夜中。
ようやくのことでカーディスは、雷の跡を見に抜け出すことに成功した。
夜中に抜け出すのは得意だった。天幕に押し込められてから二日間、何も起こらなかったからか、王宮で抜け出すよりよっぽど簡単だったくらいだ。ムーサは色々忙しくかけずり回っているし、兵士たちは魔物と戦うので疲れているし、母様は来ていないから侍女もいない。召使いは昨日一日張り詰めていたからか、今日は疲れ切って休んでいる。歩哨はいるが、外敵にばかり注意しているから内側からの逃亡には気づかない。首尾良く抜け出して、カーディスは軽い足取りで広場を横切り、雷の落ちた木のところに辿り着いた。
木は焦げていた。斜めに裂けてもいた。木がこの有様なのに、一緒に落ちてきたという謎の男は大丈夫だったのだろうか。もう火炙りにされてしまったそうだから、彼の体を心配しても無意味だろうけれど。
と。
きらりと、何かが光った。
二色の月に照らされて、草むらに何かが落ちているのが見える。
屈み込んで拾い上げ、カーディスは一瞬で夢中になった。何だろうこれ、すごく綺麗だ。親指の先くらいの大きさの丸い銀盤と、銀で出来た複雑な意匠の細い鎖。ごく細いが強靱な紐に、銀盤と鎖がしっかり付いている。これは、何だろう? 首飾りでも指輪でも腕輪でもない。たぶん何かの飾りだろうと思うが、何に付けるのだろうか。
銀盤には、弓と矢を象った紋章が刻み込まれている。こんな造作も初めて見た。
宝物だ。
カーディスは脚衣の隠しにその宝物を大事にしまい、きょろきょろと辺りを見回した。
そして気づいた。話し声がする。
「…………、……」
何を言っているのかはわからない。
でも、知りたい。
カーディスは、人一倍好奇心旺盛な子供だった。その好奇心を満たしてくれ励ましてくれた家庭教師はもういない。押さえつけられ、押し込められ、カーディスの好奇心は出口を求めてむずむずと暴れ回るばかりだ。誰にも諫められないという高揚感に、つい、夢中になって茂みに潜り込んだ。息を潜めて――静かに――忍び寄る。好奇心の促すままに。知らないものを知りたいという内なる欲求に身を委ねて。
それを聞いた。
「あの男はどうなった? さすがにもう起きたんだよな?」
「さあ。起きたらすぐ報告が来るはずだ。まだ来てない。何があったか知らないが、よっぽどの代償を支払ったんだろうな―― 一日半経っても眠ったままとは」
ヒソヒソと囁き交わす声のひとつに、聞き覚えがあった。カーディスは息を潜めたまま記憶を探った。誰だったろう。つい最近、聞いたような気がするんだけど。
「ルファルファの神官じゃないんだな」
聞き覚えのない声が言い、
「身内には、私に断りなくマーセラに攻撃を仕掛けるような愚か者はいない」
聞き覚えのある声が言った。とても冷徹で、冷静で、静かで落ち着いた声だった。
「でもよ、水を呼んだんだぜ――」
「だが雷まで落としたんだろう。いかにルファルファの神官とは言え雷まで操れる人間は存在しない」
雷。
カーディスは呼吸を止めた。
雷って、言った。
「よりによってカーディス王子に攻撃を仕掛けるなど。しかもし損じるなど、愚かにも程がある――」
声と足音が遠ざかっていき、辺りがしぃんと静まりかえるまで、カーディスはそこで息を潜めていた。
カーディスのすぐそばに雷を落とした人間について、あのふたりは話していたようだ。殺していないと、そう言っていた。火炙りにされたんじゃなかったのだろうか? 生きているのだろうか?
雷って、人が落とせるものなのか?
カーディスは耳を澄ませ、三秒待ってから、茂みから這いだした。普段眠る時間はとっくに過ぎているのに、全く眠くなかった。生きているなら、見てみたい。会ってみたい。そして、色々と話を聞いてみたい。
わくわくと胸を躍らせながら、カーディスは今のふたりが歩み去った方へ歩を進めた。天幕に帰ってずっと眠っていたふりをするのは、明け方になってからでもいいだろう。
歩くうちに、聞き覚えのあった方の声について、思い至った。確かランダールと言う名の、ルファルファ神殿――邪神を信奉しているとムーサが言っていた――の、長だ。
長ともうひとりは、カーディスの傍に雷を落とした人間のところに向かっているのだろう。足音を立てないようにし、息も殺してついていく。
それにしても、まだ目が覚めないなんて。
雷を起こすというのは、やっぱりそれほど大変なことなのだろうか。
ひそひそと話す二人の後を追ううち、前方に小さな、粗末な小屋が見えてきた。カーディスは馬小屋かと思ったが、馬の匂いはしない。二人の影はその小屋に入っていく。カーディスが中を覗きたくてうずうずしていると、やがて、ぼうっと明かりが灯った。粗末な木組みの隙間から、細い光の筋が何本も漏れ出して地面にまだらな模様を描いた。
カーディスは明かりに忍び寄った。どうやら、物置らしい。窓はないが、ひときわ大きな割れ目を見つけてそこに目を押し当てると中が見えた。
狭い。その面積の半分ほどに藁が積まれていて、その山に、若い男の人が寄りかかるように倒れていた。変な服装だ。あんな衣類、今まで見たことがない。どこか外国の衣装だろうか。
燭台を床に置いた見覚えのある男の人が、その、寝転がった若い男に歩み寄った。やはり、“邪神”の長だった。ムーサと似たような立場なのだろうと思うが、ムーサよりずっと若い。エルヴェントラ=ル・ランダール=ルファ・ルダ、という名前だったはず。
そのランダールは、とても冷たい顔をしている。わらの上に倒れた男の人は何も言わない。寝ているのかも知れない、そうカーディスが思った時、ランダールがその人の襟元を掴み、引きずりあげた。
「いい加減起きろ! おい!」
がくがくがく、と揺すると、眠ったままの男の人が、うー、と唸ったのが聞こえた。それを見て、ランダールの動きが激しくなった。
「起きろ! 起きろ! 起き、」
「ううー……?」
どうやら目を開けたらしい。ランダールの動きが止んだ。ぱっと手を放すと、痛そうな音を立てて男の人の頭が床に落ちた。ランダールはまったく気にする様子もなく屈み込む。
「聞きたいことがある。起きろ」
「……なに」
不機嫌そうな声。ランダールはぴくりと眉を上げた。が、そこへもう一人の若い男の人が割り込んだ。黒髪を無造作に後ろで縛った、ひょろっとした感じの人だ。眉が濃いが、動きや表情に、どことなくひょうきんさを感じる。
「まーまー、まずは水でも飲めよ。体調はどうだ? 起きて良かったよ、死んでんのかと思ったんだぜ」
そう言って彼は、水を入れた椀を差し出した。ひっくり返っていた男の人は、のそのそと身を起こした。それでようやく、カーディスにもその人の顔が見えた。
普通の人だった。さっきの会話からするとたぶんあの人が“雷を起こした人”でいいと思うのだが、そうは見えない。あの不思議な衣類さえ除いたら、本当に、ごく普通の若者だ。もしかして衣装の方に何か不可思議な力があるのでは、と思わせるほど。
「俺はイーシャット。お前、名前は?」
と髪を縛った若者――イーシャットと言うらしい――が訊ね、水を飲んでいた謎の男はまだどことなくぼんやりした声で言った。
「フェルド」
「フェルドか。よろしくな。体調はどーだ、お前丸二日寝てたんだぜ」
「ふつ……丸二日?」
「お前は何者だ」とランダールが冷たい声で言った。「聞きたいことがある。とっとと目を覚ませ。はっきりと」
「まーまー、体調悪い人間にそう詰め寄るもんじゃない。水が足りないはずだ、もっと飲めよ、な?」
イーシャットという人は、ランダールに比べてかなり親切らしい。フェルドの持ったままの椀に水を注いでやっている。ランダールは苛立ったように頭をかき、フェルドの前に座り込んだ。
「単刀直入に聞く。――空飛ぶ箒を知ってるな?」
空飛ぶ箒だって!
カーディスはいよいよ夢中になった。盗み聞きは楽しい。今までも、父上の側近や母上の侍女たちのひそひそ話を盗み聞くのは大好きだったが、こんなにワクワクする盗み聞きは初めてだ。
「これを見ろ」
ランダールが板を取り出した。何か図が描かれているようだが、さすがにそれまでは見えない。箒の絵が描かれているのだろうか。箒って、あの、部屋の掃除に使う道具でいいのだろうか。デボラが良く使っているが、あれで空を飛ぶなんて、できるのか?
「今日の午前中に目撃された。巨大な板を吊して森の向こうへ消えたそうだ。これの行き先を知りたい。知っていることを全部吐け」
「……」
「あのな」とイーシャットが口を挟んだ。「起き抜けにわーわー聞いて悪いとは思ってるんだ。けど、切実なんだよ。頼む。助けて欲しいんだ」
「いい加減に目を覚ませ」ランダールが言いつのる。「お前は得体が知れない。よりによってカーディス王子の傍に雷を落とすなんて――お前はルファ・ルダの人間じゃないが、ムーサは信じないはずだ。本来私はお前を投獄するつもりだった。イーシャットが取りなしたからこんなまだるっこしい方法を採っているが、私の本意ではない。お前のような得体の知れない――」
言いかけてランダールは言葉を切った。何かに気づいたように。
剣呑な空気が周囲に満ちた。フェルドがランダールを睨んでいる。とても機嫌が悪そうだ。ランダールも負けずに睨み返した。ふたりの間に落ちた沈黙を、イーシャットがすくい上げる。
「まーまーランダール、そう頭ごなしにがーがー喚いちゃ話せるもんも話せないだろ」
「……」
「ちょっと、ちょっとだけ、外へ出ててくれ。聞いた話は全部お前に伝える。もちろん、外で聞いてるのも自由だ。な、頼む。箒の行方を知りたいのは俺も同じだ、そうだろ? わかるだろ? 四半刻でいい、飯かなんか――」
「飯だと?」
「あーいーよ、わかった。わかったよ。とにかく時間をくれ。四半刻でいいから」
「長すぎる。半分だ」
「ありがとよ」
ランダールは憤然と息をつき、そろそろと後じさり、カーディスの視界から消えた。もし外に出て来るようなら隠れなければ、と思ったが、ランダールは出てこなかった。離れた場所に、座り込んだらしい。
イーシャットも、フェルドの前に座り込んだ。懐を探って、革袋を取り出した。口をくつろげ、中身を出しながら、穏やかな口調で話しかけた。
「ごめんな。今、非常事態なんだよ。あいつは色んな重いもん背負ってて――ただでさえぴりぴりする状況だったんだ。何とか無事に首尾良く終わってくれって、祈るような気持ちで大仕事をこなしてた。なのに、その真っ最中にだ、命より大事な妹が消えた。妹を連れ去ったのは空飛ぶ箒と、それに――」
「……女の子?」
ようやく口を開いたフェルドの声はしわがれていた。イーシャットが息を飲み、ランダールが戸口で叫んだ。
「やはり知ってるんだな!?」
「ランダール!」
イーシャットが鋭い口調で叫んだ。カーディスまでビクリとするほどの怒気だった。
「まだ時間経ってねえだろ、俺に任せると言ったはずだ!」
「……すまん」
ランダールが呻き、黙る。イーシャットはフェルドに向き直った。
フェルドは低い声で言った。
「女の子……ひとりか? ふたりか?」
「ふたりだ」
「……」
その答えは、フェルドにとって、とても望ましいものだったらしい。彼は目に見えて緊張を解いた。深い、深い、ため息が聞こえた。
「……そうか。ふたりとも、生きて」
「知ってるな? 申し訳ないが、お前の持ってたものは全部調べさせてもらった。お前は首に箒――小さな箒を提げてた。でっかいぴかぴかの金貨もあったが」
「……」
「お前の箒も空を飛ぶのか? ……飛べるのか?」
そんなはずはないと、カーディスは思った。たぶんイーシャットも、そう思っていただろう。
けれどフェルドは頷いた。あっさりと、普通箒は空を飛ぶものだと、初めから思っているかのように。
「まあ……壊れてなければ、たぶん」
「ふたりの少女があいつの妹と俺の主をどこへ連れてったか、教えてくれないか?」
フェルドは顔をしかめた。どこか痛むようだった。
イーシャットが覗き込む。「大丈夫か?」
「ちょっと……頭痛。悪い、……話の半分も、入ってこねえ」
「ずっと寝てたからな。水分が足りねえのかも。水もっと飲め。それからなんか食わねえとな。あとでマーシャに頼んでやるけど、その前に……干し肉は硬すぎるよなあ、練り粉なら食える?」
「練り粉?」
「待ってな、今練ってやるよ」
イーシャットは先程の革袋から小さな袋を取り出し、フェルドが今飲み干したばかりの水の椀に中身を入れ、水を少量注いで、匙でかき混ぜた。フェルドはまじまじと、とても不思議そうにそれを見ている。カーディスはうずうずした。あれが噂に聞く、練り粉か。保存食である。一般的には下々の食べるものであるらしく、カーディスも未だに食べたことがない。
「ほら、ちっとずつ食えよ。丸二日食ってないんだ、いきなりがっつくと腹に障る」
フェルドが椀を受け取った。椀から匙で掬い出されたのは、乳白色の固まりだ。見た目は白い粘土のようで、あまり美味しそうではない。フェルドはひと口食べた。劇的に美味しいものではないらしい、とカーディスは思った。しかし、即座に吐き出すほど不味いものでもないらしい。
「……ありがとう」
「ん? そりゃこっちの台詞だな。俺焼き殺されるところだったんだわ。お前も」
フェルドが目を見開いた。「俺も?」
「覚えてねーか。お前どっから来たんだ? お前はな、一昨日、とても良く晴れた青空の日に、稲光と共におっこって来たんだよ。どこからともなくな。で、落ちた場所が良くなかった。カーディス=イェーラ=アナカルシスという、ある王子様のすぐ傍だったんだ」
フェルドがぴくりとした。「アナカルシス?」
「そう。この辺一帯を統べる強国だ。カーディス王子はその国の跡継ぎ……の、ひとりだな。で、その王子様の側近が慌てふためいてお前を捕まえて、ついでにっつって、俺と一緒に焼き殺そうとしたんだ」
「……へー……」
「へえってお前、もうちっと驚けよ。そんで、めらめら燃える炎の中で、ああもうダメだって思った時に、お前が『あちーっ』とか叫んで飛び起きた。そしたらどうよ、どこからともなく大量の水が降り注いでな」
「あー……」
「それでこの俺も無事助かったってわけ。ありがとうよ。ちっと焦げたが、あんなクソジジイに殺されるなんてまっぴらだって思ってたから……だから、さ、お前はムーサに焼き殺されそうになったんだからもちろんムーサの味方じゃねーだろ。つーかお前、どこから来たの?」
「エスメラルダから」
「えすめらるだあ? 聞いたことねーな……」
「ここはアナカルシスなのか?」
フェルドが訊ね、イーシャットは真面目に首を振った。
「いーや、ここはルファ・ルダだ。まあ、アナカルシスに占領されて六年経つが、未だに国としての体裁を保ってる」
「アナカルシスの……近く?」
「そう、すぐ西に当たる。なに、アナカルシスは知ってんのな? でもルファ・ルダは知らねーのか? 諸外国じゃあ、アナカルシスよりルファ・ルダの方が名が通ってるはずなんだが」
「西……? 隣り合ってんの?」
「そう」
「半島の形してる?」
「そうだよ。何言ってんのお前?」
「こーゆー形?」
フェルドは指をあげ、簡単な形を描いて見せた。イーシャットは頷く。
「そう、その半島がルファ・ルダだ」
「えええ……」
フェルドが頭を抱えた。ランダールが苛立ったようににじり寄り、カーディスの視界に戻って来た。早いところ本題に入れ、と、うずうずするような気持ちでいるらしいが、先程の叱責が効いているらしく声を出すことはしなかった。