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第一話

ーキーンコーン

 九時〇〇分。今日も一日が始まる。オフィスの角に準備して貰ったデスクについて、大きく深呼吸する。心が落ち着いたところでパソコンに向かった。

 私の仕事は主に事務作業。掃除をするにもバケツをひっくり返し、調理をするにも調味料を入れすぎ、受付に立てばしどろもどろ。何をするにもどんくさい私が唯一無事にできる仕事がこれだった。スピードは人一倍かかるのだけれど。

「ジラソール・サンレイさん?」

 ふと、左隣から声を掛けられた。振り向くと、肩までのボブが印象的な女性が笑いかけていた。

「は、はい…エレナ、さん」

まともに人と喋ることに慣れなくて、返事をするのがやっとだった。そんな私を見て、彼女は更にクスリと笑う。

「すごーく人見知りなのね。エレナでいいの。そろそろ慣れてくれてもいいのに。隣なんだから何でも聞いてよ」

 そう言う快活なエレナの笑みにつられて、私も笑ってみた。だけどなんだかぎこちない笑い方しか出来なくて、ついと顔を背ける。最後に笑ったのは、いつだっただろうか。

 「サンレイ君、珈琲を入れてくれないか?」

 後ろからそう声をかけられ、びくりと肩を震わせるする。上司のライトさんがやってきたようだ。そしてそのまま自分のオフィスへと足早に去っていってしまった。

「は、はいっ、ただいま!」

 わたわたと席を立つ私に、エレナが優しく声をかけてくる。

「サンレイさん、珈琲係になっちゃったの?ライトさん、沢山飲むから大変よ…ってあらまー」

 言い終えるより先に慌ただしく駆けだしていく。給湯室までは通路に出て、突き当たりだったっけ。オフィスと通路は低い棚で仕切られており、見通しは良いはずなのに通路にでる際、右足を棚の角にぶつけて派手によろめいてしまう。

「っおわぁ!」

「うおっ?!」

 転びこそしなかったものの、額に柔らい衝撃を感じた。

「っ、あっ…?あぁっ、ごめんなさい!」

 前方を見やると、真っ黒な隊服を着た人が痛みをこらえるように前屈みになっている。どうやらこの人の背中に頭突きをしてしまったようだった。

「ごめんなさい、ごめんなさ…」

 振り向いた黒髪の間から鋭い眼光が私を見やる。

「オフィス内は走るな」

 その声には威圧感を感じさせる何かがあった。切れ長の真っ青な瞳に見据えられると、ただこくこくと頷くことしか出来なかった。

 端正な顔立ちは訝しげに歪んでいる。

「…?見ない顔だな。…そうか、噂の新入りか」

「うわ、さ?」

「何をやらせてもからっきしな新人が、行く先々で問題を起こしていると」

「なっ…」

 内容は事実に違いないが、初対面の人間にそこまで言われる筋合いは無い。

「せいぜい気をつけることだ」

 言い返そうとしている私を気に止めもせず、そう言い残すとすたすたと歩き去っていった。

 失礼な人ーーー!!

 怒りから思わずその場に立ち尽くすが、ふと、珈琲のことを思い出し、給湯室まで駆け出した。


 コンコン。

 珈琲を乗せたお盆を左手に、ライトさんのオフィスの扉をたたく。一つ大きく深呼吸をし、そっと扉を開いた。

 室内には落ち着いた茶色のローテーブル、その奥に焦げ茶のデスクがあり、ライトさんは革張りのソファにゆったりと座って微笑んでいた。

「おお、サンレイ君ありがとう」

 そう声をかけるライトさんの隣に立っていたのは、先ほどぶつかった失礼な人だった。思い出して、怒りがふつふつとこみ上げ、手に持ったお盆がふるえる。

 文句の一つでも言おうと口を開いたその時、失礼男がはぁーっとため息をついて額に手を当てる。

「ライトさん、勘弁して下さいよ。こいつ、あのどんくさい新入りですよね?」

そう言われて、ついに腹に据えかねた。

「あなた、さっきから失礼です!!」

 そう叫んで、手に持ったお盆をバンッとローテーブルに叩きつけてしまった。衝撃でカップががちゃりと揺れ、熱い珈琲が私の手に掛かった。

「きゃっ…」

「どこまでもどんくさいな。事実を言って何が悪い」

 言い返すことも出来ず、珈琲の掛かった左手をさすりながら睨みつけた。

「なんだ、二人共顔見知りか?まぁそういきり立つな。これからはパートナーとしてやっていくんだから」

「ちがいます!この失礼な人がパートナーなんかじゃないです!…って、えっ、パートナーって……なんですかっ?!」

 頭に血が上ったままに言葉を発してしまう。ライトさんの言っていることがよく分からない。パートナーって、どういうこと?

 待て待て、ここは落ち着いて、深呼吸をひとつ。落ち着いて二人を見る。ライトさんは優しい笑みを浮かべたまま、私を見つめている。失礼男はより深いため息をついてかぶりを振った。

 居住まいを正して、もう一度ライトさんに問う。

「パートナーってどういうことですか?」

「どうもこうもないだろ。頭の回転までどんくさいのか」

「あなたは黙ってて下さい」

 拳を握りしめ、必死に怒りをこらえる。本当に、どこまでも失礼な人だ。

 その様子を見ていたライトさんがゆっくりと口を開く。

「つまりだ。ジラソール・サンレイくん。君にはこの国家、ローズハルトの治安を維持する組織、百花隊に所属してもらうことになったね。普段は事務作業をしてもらっているが、有事の際に出動する秘密隊員として。そのときのパートナーとなるのが、彼、トウマ・フユツキだ。」

 こ、この失礼男とパートナー?!…あまりのことに口をぱくぱくさせていると、彼―トウマが口を開いた。

「言っていることは分かりました。…が、このどんくさい奴がパートナーだなんて、俺も見くびられたもんですね。お荷物でしかない」

トウマは冷めた目で私を一瞥するとこう続けた。

「それとも何ですか、瞳術にだけは長けているとでも言いたいんですか?」

 瞳術――程度の差はあれど、この世界の人ならば誰もが持っている力。

「そうだ」

「へぇ…それはさぞかし素晴らしい能力をお持ちなんでしょうね」

「トウマ」

 完全に馬鹿にした口調のトウマをライトさんが諌めた。

「瞳術とは、なんだ?」

 そう聞かれたトウマがやれやれと言わんばかりに仕方なく答える。

「目の焦点をある任意の点に合わせ、その一点に自分のエネルギーを集中させる。そうすることで発現するさまざな現象を起こせる能力のこと、ですか?」

「そうだ。例えばどんな能力がある?」

「火を起こしたり、電気を発生させるのが一般的でしょうね。他にはあまり聞いたことないですから」

「もし、だ。その焦点を人に合わせたらどうなる?」

「どういうことですか?」

ちら、とライトさんが私を見て続ける。

「他人の瞳に焦点を合わせたら、そこにエネルギーが集中するな。そのエネルギーは相手の視神経を通じて全身の神経へと流れてゆく。そうすると、何が起こるだろうか」

 そこまで聞いて、トウマの顔色が変わる。その瞳は驚愕で見開かれていた。

「他人の身体を掌握できる…?」

トウマがそう答えて、にいっとライトさんが悪戯っぽく笑った。

「流石、コードネーム隼。頭の回転も早いな。実際は動きを止めることしか出来ないが。それも数秒。そこで、だ。瞬速を誇るお前と組ませることにしたんだ。コードネームは伊達じゃないだろう?数秒あればお前なら十分だろう。」

 数秒の沈黙の後、トウマが口を開いた。

「理屈は分かりました。それなら、それが事実かどうか試させて貰いましょう」

 言うが早いか、腰に下げていた剣をトウマが抜き放つ。剣にしてはやや湾曲した刃のその切っ先は、真っ直ぐ私に向けられていた。

「切られたくなければ、その瞳術とやらで止めてみせるんだな」

「ちょっ、えっ…!!」

 彼の瞳は本気だった。

「待って…!」

 言葉が出た時にはときすでに遅し、彼は大きく踏み出し、湾曲した剣を振りかぶっていた。

 ――もうどうにでもなれ!

 私は無我夢中で青い瞳のその奥、視神経に焦点を合わせた。体中の全神経をその一点に集中させ、体内のエネルギーを一気に流しこむ。同時に体中から汗が滴り落ちる。

―――――。

 一瞬だった。トウマの剣は私の首元50mmのところで止まっていた。その彼の瞳は先ほどと同様、驚愕で見開かれていた。

「まさか、本当だとはな…」

 数秒の後、身体の自由を取り戻したトウマはゆっくりとした動作で剣を鞘へと収めた。

「どうだい?彼女の瞳術は」

勝ち誇ったようにライトさんが尋ねる。

「まぁ、及第点ですか」

むくれたようにトウマが答えた。

「ただひとつ難点があってな」

ポリポリとライトさんが頭をかく。

「一度の使用で非常に体力を消耗するんだ」

「なんだって?」

 ライトさんと向きあっていたトウマが私を振り向く。気力でなんとか立っていたが、もう限界だった。

 慌ててトウマが手を伸ばしてくれたような気がしたが、意識は遠のいて、その後どうなったのかはわからなかった。

「お荷物には変わりないじゃないですか」

 そんなトウマの声が聞こえたような気がした。

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