38.閑話: 副会長と一緒に (琴美 視点)
せっかく勇気を出して言ったのに舌を噛んでうやむやに、なんて冗談じゃない。ミーちゃんにも申し訳が立たない。
顔が熱くなり、ぐっと握った手のひらから汗が滲み出てくるのがわかる。なんか、なんか言わないと───
「小動物みたいで可愛いわ…」
「「え!?」」
「あ…」
わー、あたしとミーちゃんの声がそろったー。すごーい…じゃない!
い、今、鈴蘭様はなんて…。小動物みたいで可愛い…って!
うわうわうわ、嬉しすぎて頭が真っ白になる。だって、可愛いとか言われ慣れてないし!しかも可愛いって言ってくださったのが、憧れの人・鈴蘭様とか、もう幸せすぎでしょ…。
ミーちゃんが呆れた目で見てくる気がするけど気にしないぜ。うん。
っていうか、何か言わないと。なんて言えばいい?
「ありがとう」?「ごめんなさい」?「鈴蘭様の方が可愛くて綺麗で優しくてちょっと天然で完璧です」?
どれも違う。どうしよう。
「えっと…」
結局でてきたのは、そんなマヌケな声だった。恥ずか死ぬ。ミーちゃん、あたしの亡骸はミーちゃんの家の庭に埋めてくれ。あ、迷惑?すんません。
「あー…」
一瞬の沈黙の後。鈴蘭様は、今度こそ死ぬかもしれないというくらい刺激が強い言葉を…あたし達の、名前を、呼んでくださった。
「琴美…ちゃん?美結、ちゃん?」
少し照れたように、ためらいがちに呼ばれた名前で幻の鼻血を吹き出したのは言うまでもない。…というか今回は、鼻血だけじゃ収まらないくらいの感動だった。
「えっ!?ちょっと、新田さん?わ、渡辺さんも?」
ボロボロと涙をこぼしてしまう。
だって…一年半。ここまで来るのに、一年半もかかったんだよ。ずっと機会を伺い、会のみんなに『先陣を切ってください、会長、副会長!』と言われ続けた日々。
長かった…。もちろん会の目標、『目指せ、友人』には遠く及ばないが、確実に今日、前進した。
そんな思いと鈴蘭様に名前を呼んでもらえたことに対する喜びが凝縮された涙は、あたしの制服を徐々に濡らしていく。いや、いいかげん止まろうよ、涙。制服がマジで濡れてきてる。
あぁ、でもこの喜びをミーちゃんと分かち合いたい。お泊まり会でもなんでもして、今日のことを語り合いたい。
そして明日には会員のみんなを集めてこの幸せを分かち合うのだ!
「な、泣かないで?どうしたの?」
困惑している鈴蘭様の声で現実に引き戻された。
その途端、サーと血の気が引いてくる。教室でなに大号泣してるんだ、あたし!
鈴蘭様は泣きやまない…というか泣き止みたくても涙が止まらないあたしを見て少し困った顔をした後、陽野さんと吉崎さんに一言断ってからあたし達を連れて教室を出た。
無理に頼んで、いざ名前を呼んでもらったら、いきなりに泣く人間とか迷惑すぎる。鈴蘭様に嫌われてしまったらどうしよう…。
それに、ミーちゃんも気になる。彼女は基本メンドくさがりで人に注目されるのを嫌うから、あたしが泣いて注目を集めてしまったことをどう思ってるか。
大事な場面で舌を噛んでしまったことも含めて、あとでちゃんと謝らないと。
鈴蘭様に連れてこられた場所は、踊り場の端っこだった。あたし達が泣いてるのを見られてもいいように、という配慮だろう。
なにから伝えればいいだろう。感謝?いや、まずは謝罪をしなければ。
「ご、ごめんなさい、鈴蘭様ぁ。か、感極まって泣いてしまうのは…うっ…いつもの、ことなのでぇ!」
うおっ!
どもりすぎだし、大声だしすぎだし、嗚咽が混じってるし、我ながら情けなさすぎるわ。こんな謝罪したら、かえって心配させるだけだ。
「すみません、琴美のだと何言ってるかわかりませんね。琴美が泣くのは珍しいことではないので、放っておいても大丈夫です。それと、ご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ございませんでした」
あぁ、さっすがミーちゃん。いつもあたしの尻ぬぐいばっかりさせてごめんね…。
ミーちゃんになら、会長の座を渡してもいいとさえ思ってるよ!実質、会長っぽいことはほとんどミーちゃんに助けてもらいながらやってるしね!
「え、ええ?」
やっぱり困ってる。鈴蘭様は、困ったり、迷ったり、考えたりしてる時に親指の付け根を触るという癖がある。
…なんか我ながら気持ち悪いな。これから鈴蘭様の観察は控えめにしよう。
「ごめんなさい。名前で呼んだの、嫌だったかしら…」
控えめに口を開かれた鈴蘭様は、何気ない感じを装ってるけど少し悲しげに見える。
なぜにそのようなお考えに!
「え!?な、なんでですか?あたし、名前で呼んでくれて…嬉しくて…」
またポロリと涙がこぼれた。あたしの涙はいつか枯れてしまう。
「…もしかして顔が、怖かった…とか」
ポツリとつぶやかれた言葉には不安が滲んでる。
「…え!?違います!違いますよ、鈴蘭様!なぜそのような考えに!」
「あんたのせいよ、琴美」
「なんで!?ミーちゃん、なんで!?」
「あ、あれ?違った?」
いや、本当にどうしてそうなるのですか!もしかして鈴蘭様、自分の美貌をわかってなくて無自覚に男達を惚れさせていく、天然・魔性の女属性!?
…そんな鈴蘭様もいいかも。あとでミーちゃんに話してみよう。
ん?というかミーちゃん、なんであたしのせいなの?
「じゃあ、なんで、その…」
「姫百合さん、すみません。この子アホなので、すぐ泣くんです。気にしないでください」
「ちょ、ミーちゃん!?すず…姫百合さんの前でなんてこと言うのかな?」
危ない、危ない。面と向かって『鈴蘭様』とか言ったら引かれてしまう。…さっきまでかなり取り乱してたけど、言ってないよね?
「ねぇ、新田さん。『鈴蘭様』って…」
「あ、ここにいたんですね。すみません、お取り込み中だとは思いますが、先生が鈴ちゃんを呼んでいます」
鈴蘭様が何かを言いかけたけれど、吉崎さんの声と被ってよく聞き取れなかった。鈴蘭様の声を聞き取れないなんて…琴美、一生の不覚。
でも、『新田さん』と呼ばれたところはちゃんと聞こえた。…本当に、本当に贅沢なわがままなんだけれど…
「あの、姫百合さん」
「なに?あ、新田さんと渡辺さんは、落ち着いてから戻ってくればいいからね」
「いえ、そうではなく…」
言葉を続けようと息を吸ったところで。
「私と琴美を、できればもう一度、名前で呼んで欲しいな、って…」
ミーちゃんが言葉を続けてくれた。ミーちゃんが鈴蘭様に自分から話しかけることはあまりない。いつもあたしのフォロー役に徹していてくれて、一歩後ろにいる感じだった。
だから思わず驚いてしまい、横を見るとそのこげ茶の瞳が『別にいいでしょ』言ってるような気がした。冷たい感じではなく、照れたような、あたしが驚いてることにふてくされてるような。
そんなミーちゃんが珍しくて、思わず笑みがこぼれた。『もちろん』という意味を込めて、しっかりと頷いておく。
顔を前に戻すと、鈴蘭様もちょうど顔を上げるタイミングだった。何を言ってくださるかはわからないのでドキドキとする。
「じゃあ…琴美ちゃん、美結ちゃん、これからもよろしくね」
「…うぅっ…はい、もちろんですっ!」
「こら、泣くな。…こちらこそ、よろしくお願いします」
二度目だというのにまた泣いてしまった…。ああ、録音しておけばよかった!!
その後鈴蘭様は「教室へ戻るのは落ち着いてからでいいからね。言い訳なんてどうとでもなるから」と言ってくださったあと、吉崎さんと教室へ帰っていく。
その背中を見送ったあとあたしがとった行動はというと…
「ミーちゃん!いや、副会長!やりましたぜ、みんなに報告だー!」
「うわっ、くっつくな、うっとうしい!…でも、そうね。名前で呼んでくださったことは、すごく感動したわ」
「えー、うっとうしいとか言わないで、この喜びを分かち合おうじゃないか!」
力一杯抱きしめようとしたら、メチャクチャ嫌そうな顔をされて避けられた。…そんなに嫌そうな顔をしなくても。
ミーちゃんが階段に座ったので、あたしもとなりに座る。いつ教室へ戻ろっかな。
「それにしても、目標に一歩近づけたわね。一年半も何も進まなかったし、会員のみんなが痺れを切らすのもしょうがないわ」
「う…ごめんなさい。でも、タイミングがつかめないじゃん!いきなり名前で呼んでくださいとか、変な子だよ!」
最近話す機会が多い今でさえ、ちょっと無理矢理感がでてたのに。
「大丈夫よ。あんたもともと変でアホで、大切なところで舌を噛むようなバカだから」
「そこまで言うか!…でも舌を噛んじゃったのはごめん。あと泣いて注目集めちゃったのも」
「ああ、うん、そこはそんなに重要じゃないんだけど…」
「…あたし、けっこう責任感じてたのに、そんな軽く…」
「いやー、それより、あんた何度か『鈴蘭様』って呼んじゃってたわよ」
「…マジですか」
「マジですね」
…鈴蘭様は気付いたかな。多分気付いてて知らないフリしてくれたんだろうな。
引かれた?引かれてない?ヤバイ、何をやっているんだあたしは。
「まー、つっこまれたらあんたが会長やってることバラすわ。うまくいけばもっと距離が近づくかもよ?」
「失敗したら引かれるよね!?確かに最初の会員集めは派手にやったけど、それでも鈴蘭様本人には気付かれないようにしたんだよ?」
「『鈴蘭様とできるだけお近づきになろうの会』も『王子をお見守りしようの会』も『姫と王子を応援しようの会』も、一応非公式ファンクラブなのよね。でも案外本人達にもバレてるかもよ?」
「百歩…いや一万歩譲って会の存在がバレることはいいけどあたしが会長やってることが知られることだけはダメ!」
「うん、でも本人の前で鈴蘭様呼びしちゃったのはあんただから、つっこまれた時にはバラすわよ?」
「鬼畜ーー!悪魔ーー!」
「こんなに優しい悪魔がどこにいんのよ」
「ここにいる!」
確かに、本人がいるところで鈴蘭様呼びしちゃったのはあたしが悪かったけどそれだけは許してくれ。もしバラされたらミーちゃんが副会長だってこともバラしてやる。
それからは『王子をお見守りしようの会』の谷口さんがやたら鈴蘭様に突っかかってくることに対して文句を言い合ったり、所属している『姫と王子を応援しようの会』からの情報で、夏祭りに鈴蘭様と王子が一緒にいた目撃情報があった話などをして過ごした。
「ん!ミーちゃん、時計持ってたりする?」
「ええと、あと7分でチャイムが鳴るわ。…教室でてからもう30分経ってる。立派なサボりよ、これ…」
「…帰ろう」
「…そうね」
珍しくミーちゃんが慌ててる。目立ちたくない彼女にとってサボりという行為をしてしまったことは、結構な問題なのだろう。
対してあたしは基本時間にルーズなほうで、困ったらその時考えればいいや的なタイプ。
そして、鈴蘭様に話しかけた今日のあたしに怖いものなどないのだ。
「ほら琴美、急いで」
「わかってるよー。ね、ミーちゃん」
「なによ」
「これからも頑張ろうね」
「もちろんよ。当たり前じゃない」
なにを頑張るかなんて、聞かなくてもわかるあたし達。
「…ふへへへ」
「なに、その気持ち悪い笑い」
「ひどっ!ひどくない!?」
「事実」
「ひどい…じゃなくてさ。あたし、多分ミーちゃんがいなかったら心折れてたよ。鈴蘭様生命が、ここまで育たなかったと思う」
「私がいたせいで琴美の変態度が増してしまった、と」
「あたし、変態ではないよ?」
「変態じゃなかったらこんなファンクラブ作らないわよ。しかも同性の」
「んな馬鹿な。そんなこと言ったらみんな変態になってしまう」
「みんながあんたと同じくらい鈴蘭様に憧れてると思うな」
そっすか。
いや、じゃなくて。話がズレまくってるよ、ミーちゃん。
「いつも、ありがとう」
「は?なによ気持ち悪い」
そんな冷たい対応をしても、耳の赤さはごまかせないぜ。
「これからも『鈴蘭様とできるだけお近づきになろうの会』の会長として、副会長と一緒に頑張ります!目標、『目指せ、友人』!」
「誰に言ってんのよ」
教室に戻ったあと鈴蘭様に心配されて、幻の鼻血をふいたあたしに目標達成の日はまだまだ来なさそうです。
本日も閲覧ありがとうございます!
琴美の変態度がどんどん上がっていってることに恐怖を感じてる作者です。
次回は学園祭の予定。