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Chapter8 - 味を占めた魔獣

 サックが大きく跳び上がり、両手で横にハンマーを振りかぶる。狙いは側頭部。

 しかし、雪蛇もすばやくサックの方を向き口を大きく広げ――。

 腕を引いて、噛み付かれるのは避けたが――。


「あ~、食べられちゃったっすぅ~!」


 ハンマーは雪蛇の口の中。

 柄から手を離し、サックは雪蛇の体を足がかりに跳んで距離をとった。

 はるか頭上では、バリバリと凍ったスイートポテトを噛み砕く音。


 ――そうか。


 ローデンドは気づいた。


 今は冬。雪蛇は飢えているのだろう。


 呪文は完成していないが、ローデンドは飛び出した。サックに駆け寄り、マントの下からチョコレート・シールドを出す。


「な、何するんすか!?」


 批判的な声を上げるサックを抱え、その場を離脱した。チョコレート・シールドは置き去りだ。


 ――さて、目の前の動かぬ食料をとるか、生きのいい俺達をしとめるか。


 思考力に乏しい雪蛇は、目先の動かぬ食料をとった。

 矢を口内で噛み砕いた時点で、サックの武器の味を覚えてしまったのだろう。そして、さっきのハンマーで、彼――サックの出すものは食べられると学習したらしい。

 文字通り味を占めた雪蛇は、あっという間にチョコレート・シールドをたいらげ、まっすぐその口をサックに向けて開いた。


「な、何でオレっすか!?」


 ローデンドは自分の気付きを教えてやりたいが、やはり呪文詠唱中。不可能だ。申し訳ないが、彼にはおとりになってもらおう。

 ローデンドはサックから離れ、せめてもの情けにさっきサックが受け取らなかった自分の剣を投げてやった。

 そして、呪文詠唱終了。あとは使うタイミングだ。


 雪蛇が大きく口を開け、サックを飲み込むように突っ込んでいく。


「しかたないっすぅ」


 サックはローデンドの剣を手に取った。

 横に避けて、飛び散るつぶてを剣ではじく。


 フガァ!


 興奮した雪蛇が、声を上げる。低い位置に頭があったため、その息が辺りの雪を舞い上げた。サックはそれに逆らわず間合いを取る。


「"ブライト・ソード"!」


 そこにローデンドの呪文。彼の右手には、熱と光に満ちた眩い光の剣。


 身を低くしていた雪蛇の胴体に飛び乗り、駆けあがる。度重なる呪文攻撃で融けて剥がれた鱗の凹凸(おうとつ)がちょうど良い足がかりになっていた。


 そして頭まで登りきり――。


「うらぁぁっ!」


 雄叫びとともに、雪蛇の額に光の剣を突き刺す。

 その瞬間、多量の魔力を必要とする"ブライト・ソード"は霧散した。


 ガアアアアァァァァァ……ッ!


 雪蛇が大きく頭を振る。額から、真紅の血が跳び散った。


 剣を失い、すがるものが無くなったローデンドの体が宙に放り出される。一度大きく斜め上へと飛ばされ、すぐに重力で下へと落ちる。

 呪文を唱える時間は無く、受身は取ったものの、ローデンドは硬く凍った地面へと叩きつけられた。


「ぐっ……」


 転がるようにして衝撃を殺したが、やはり痛い。魔石で守られていても、全てのダメージをなくすことはできない。


 深く額を貫かれた雪蛇が、ローデンドに向かって来る。純白の大地に、転々と真紅のしみをつくりながら――。


「させないっす!」


 その間に、サックが割り込んだ。

 ローデンドの剣を隙無く構え、雪蛇を睨み据える。


「……下がれ」


 かすれた声で言い彼の肩を掴むローデンド。しかし、雪蛇は二人の下にたどり着く前に力尽きたようだった。


 ズドン! と大きな音と雪埃を舞いあげて、雪蛇の頭が倒れた。あとはただ、ゆっくりと雪蛇の下に赤い液体がたまっていくだけだ。しかしそれもすぐに雪とあたりの寒さで凍り付き、不気味な赤黒い結晶になっていく。


「ふわあぁぁぁぁぁ……」


 しばらくその様子を無言で見守ったあと、情けない声を出したのはサックだ。へなへなとその場に座り込む。


「ふぅ……」


 雪蛇の死を確信して、ローデンドも詰めていた息を吐いた。

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