Chapter5 - 苦い状況
「うわぁ、飛ばされるっす!」
案の定と言うべきか、サックはその風に押されてすっ転んだ。しかも、楕円体と見まごうほどに服を着ていたために、起き上がるのに手間取っている。
「遊んでる場合じゃないぞ」
ローデンドは、表面の雪が吹き飛んだ、ある一点に目を留めていた。
そこには大きな氷の裂け目。そして、そこから首をもたげる白く長い――。
「あ、あれなんすか!?」
それを見て、サックは声を上げた。まだ起き上がれないながらも、何とか這ってローデンドの後ろに隠れる。
「お前の会いたがっていた雪蛇だ」
ローデンドは腰に佩いた剣を引き抜きながら答えた。サックの造る妙な武器ではない。鍛え抜かれた鋼に強力な呪文が彫り込まれた、魔道戦士用の呪術剣だ。
「あれ、雪蛇すか!? え、"蛇"ってサイズじゃないすよ! あれ、あれですよ。遠い東の国にいるとか言う"リュウ"!」
確かに、雪蛇は大きかった。鎌首を持ち上げている分だけでも、建物三、四階分はある。頭から尾の先までの長さなら、三十メートル以上あるかもしれない。太さも、大人が六、七人手をつないでやっと囲めるくらいだろう。
白く輝く鱗に、大小さまざまな薄青の斑紋が浮かび、深い青の瞳をしている。神々しいとも言えそうだが、その美しさに見とれる余裕はない。
「お前の望みだ。覚悟を決めろよ」
ローデンドは言って呪文を唱えはじめた。
「ええ~! 無理っすよ」
サックは腰がぬけてしまったのか、まだ立ち上がれずにいる。
しかし、ローデンドは呪文を唱えているせいで話せないこともあり、完全無視を決め込んだ。
雪を吹き飛ばしたものの正体が分かったのだろう。雪蛇が、二人に向かって迫ってくる。
普通の蛇がするのと同様、身をくねらせて近づいてくるのだが、見上げるような巨大蛇がこれをやると迫力が違う。
「うわあぁぁ!」
這って後ろに下がるサック。
対照的に、ローデンドは前に飛び出した。呪文の完成までもう少し。
氷を割るような雪蛇の頭突きをひらりとかわし――。
「"イグナイト"!」
叫んだ瞬間、手にしていた剣の刃が真紅の炎を纏う。
それを一閃。剣から炎の一部が離れた。三日月形に放たれた炎は、鎌首を持ち上げていた雪蛇のあごに命中する。
グアァァアァァ……!
声とも呼べない、地響きのような叫びを上げ、雪蛇の体が傾いた。しかし傾いただけ。倒れることはない。
あれだけで決着がつくとは思っていないローデンドも、すでに新たな呪文詠唱に入っている。
再び迫ってきた雪蛇の牙をかわし、まだ炎を纏っている剣で胴体より細い首を斬る。
頑丈な鱗に覆われているため、数枚鱗が剥がれ飛んだだけだが、火が苦手な雪蛇には不快な一撃だったようだ。
長い尾の先が、大きくしなる。それはローデンドに届く距離ではなかったが、尾が凍った雪を砕き、無数の氷のつぶてを放った。
――尾を動かせば雹が降る。
ローデンドは、剣で自分に当たりそうな氷の破片を全て叩き落した。
ふと、サックの存在を思い出してそちらを見たが、彼もあの"チョコレート・シールド"でつぶてから身を守っていた。どこから出したのか不明だが、もしかすると着太りだと思っていたマントの下に、自製の武器を隠し持っているのかもしれない。
しかも、凍ったチョコレートはローデンドが試用した時の数倍、強度を増している。鍛えられた金属で作られた盾には劣るだろうが、少しは役に立つようだ。
「兄貴ぃ~。怖いっすぅ」
ローデンドがこちらを見たのに気付いて、サックが泣き出しそうな声で言う。それをローデンドはまだ余裕があるとみなし、雪蛇に向きなおった。




