表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/16

第1章・家出王女

 

 『君には悪魔が取り憑いている』

 

 寿潤人(ことぶきうると)は高校1年生に進級したばかりの頃、“誰か”にそう告げられた。

(いや、自分は十字教信者ではないし、仮にそういう霊的(オカルト)なモノに遭うとしたら、井戸から這い上がってくる女だとか、家に取り憑いた白い服の女とかを連想するんだけど)

 と、潤人は思ったが、宗教だとか国だとかはどうやら全然関係ないらしい。

 その“悪魔”のせいか、潤人は何かと、苦労と悲哀の絶えない災難まみれな人生を歩んできた。

 潤人は物心ついた時から養護施設で暮らしていた。両親が居なかった(、、、、、)からだ。

 潤人は運動も勉強も苦手だった。それは高校に進学しても相変わらずで、少しでも向上させようと努力してきたものの、それを不幸粒子(ディスティフィア)が嘲笑っているのか、報われる兆しは見えない。

 櫛風沐雨(しっぷうもくう)な人間は世の中探せば他にも居る。だが、その“誰か”は、潤人を蝕む災難の元凶は、潤人に取り憑いた“悪魔”である、と言ったのだ。

 いつ、どこで、誰に言われたのかまでは覚えていない。ただ妙なことに、潤人には“悪魔”の話が事実であり、何らかの対応策が必要なものである事が理解出来ていた。

 その対応策の事は記憶にあるのに、それを自分に伝えた人物が誰なのか、どうしても思い出せない。重要な部分の記憶だけが完全に欠落していて、気味が悪かった。

 おまけに、欠落している部分について何かを思い出そうとする度、“偏頭痛”に襲われるという症状もあった。

 潤人はそれらが気がかりでならず、一度医療術師(メディカラー)に見てもらったが、原因はわからず仕舞い。

 誰が何の目的でその事実を告げたのか気がかりだった潤人は、他にも、“寿潤人には悪魔が取り憑いている”という説を知っている人が居ないか、友人達に聞いて回ってみたが、彼らの反応は、


『どこかで頭でも打ったの? それとも創作?』

『誰かにそう言われたのか? からかわれてるぞ、それ』

『修行の頑張りすぎで疲れたのではないかね?』

『きっと悪い夢でも見て、引きずっているだけよ。そういうのは早く忘れなさい』


 というような按配で、潤人を一笑に付すか真顔で心配するかの2パターンであった。

 そんな気はしていた。

 というわけで、“自分には悪魔が取り憑いている”という迷信じみた話をしても大抵信じてもらえないので、潤徒は自分の不幸な日常や記憶障害を“持病”で通す事にした。

 ところが、高校の生徒会長はどういうわけか潤人の“悪魔説”の事を知っていた。

 彼女によれば、ストレス性の病の事を、潤人自身が己に暗示を掛けて“悪魔が憑いている”と認識してしまっているらしく、治療が必要との事だった。

 潤人としては、“誰かに悪魔の事を告げられた”という不鮮明な記憶こそが、本当の出来事だと思うのだが、違っているらしい。

 記憶がぽっかりと抜け落ちている事もあり、“悪魔説”が自己暗示であると考える方が現実的であるのは確かだ。

 ただ、心の隅にある“しこり”は、どうしても消えてくれなかった。

 自分が質の悪い幻術の世界に迷い込んだのではないか、と不安になるのだが、生徒会長は、『それも持病の症状だ』と言っていた。

“悪魔”と“持病”。

 どちらを信じるにせよ、今後も何かと災難続きな人生が待っていると考えると、気が気でない。


『自分の事を、“不幸”だと思ってたら、本当にそうなっちゃうよ? 気持ちは前向きに、そこまで気負いしないで過ごしてみるといいかも』


 と、友人の1人から言われた事もあるが、何も好きで落ち込んだり、不安になっているわけではないのだ。

 日々前向きで、心健やかに過ごせればどれだけ幸せな事か。

(この世界ってやつは、そう都合よくは出来てないっぽいし……)

 とはいえ、友人のせっかくのアドバイスだ。蔑ろにはするまいと、潤人は考えた。

(とりあえず、ちょっとだけでも前向きになってみようかな。人生は山あり谷ありって言うし、きっとその内イイこともあるだろう) 

 そんな潤人を、新たな災難が襲う事となった。




 発端は、『悪魔』の事を告げられて2ヶ月後。6月暮れの出来事だ。

 1年生同士で親交を深める意味合いも含まれた行事――――『遠征学習(えんせいがくしゅう)』で、英国屈指の砦『ウィンザー城』を訪れた時である。

 本来、ウィンザー城内部の見学は、英国女王が不在の際に許されるものなのだが、潤人達が訪れた日は何故か、女王含め王族達が場内に滞在していた。

 この時点で、“フラグ”は立っていたのだ。

「と、トイレはどこだ?」

 石造りの通路を歩く見学列の隅で、潤人は青ざめていた。

「どうした潤人? トイレか?」

 隣から、ガタイのいい大男こと遠藤良汰(えんどうりょうた)の声がする。 

「ああ。機内食が合わなかったのか知らないけど、今頃になって急に腹にきやがった」

「大丈夫か? 腹殴ってやろうか?」

「やめろ。大衆の前で醜態を垂らしたりなんかしたらお嫁に行けなくなる」

「何言ってんだ、俺達1年男子は全員、童貞のプライドを守って墓場まで持っていく同盟を結んだだろ?」

「なんだよその少子化促進同盟」

 通路が二股に分かれる。列は向かって左へと進む中、潤人は右側――――外へと続く通路に、トイレと思しき標識を見出した。

「遠藤、俺ちょっとだけ抜けるわ」

 友人に一言告げ、潤人は建物を出て回り込み、ノーステラス側のトイレでお花畑。

「さすがウィンザー城のトイレ。綺麗だったなぁ」

 気分爽やかに通路へと戻った潤人は、今度は向かって左側の通路を進んで皆に追いつこうとしたが、しかしそこで愕然とした。

 通路がT字路に分岐していたのだ。

「……みんなはどっちに行ったの?」

 交通安全教室よろしく、右を見て左を見てもう1度右を見た。誰も居ないのである。

 運の悪さに定評のあった潤人は、遠征先でもその実力を余す所なく発揮してしまったらしい。

「え、ち、ちょっと待って? これって迷子じゃないか!?」

 皆とはぐれてしまった焦りと不安に苛まれて城内を彷徨う潤人。

 まずい。

 日本から遠く放れた異文化の城で、ほぼ一文無しで言葉も通じない男子高校生が孤立したらどうなるかなんて考えた事も無い。

 嫌な汗が噴出す。

「ど、どうにかして、合流しないと――――!」

 知らぬ内に歩調も早まる中、潤人は幾人もの人間とすれ違った。

「――――?」

 顔立ちからして英国の人々である事はわかったが、その装いに、気に掛かるものがあった。

 どの人も、黒い衣服を身に纏っていたのだ。まるで、日本で言う葬式のような印象で、黒いハンカチを目元にあてがう女性の姿も散見された。

(今日は王族の人たちが居るって聞いたし、誰かのお葬式でもやっているのかもしれないな……)

 焦燥感から半ば駆け出し気味だった潤人は、徐にその歩幅を静めていった。

 その後も数分の間城内を歩いた潤人は、開けた通路で、1人の少女と出会った。

 まず目に飛び込んできたのは、鮮やかに靡く金色(こんじき)の髪。

 次の瞬間には、形の良い眉に縁取られたエメラルドの双眸と目が合う。

 床から反射した陽光が、少女の顔を下から照らし出していた。

 いつからそこに立っていたのか、無言で佇む少女は鮮やかな瞳をゆっくりと持ち上げていき、潤人を見つめた。

 緑豊かな庭に面して立ち並ぶ石柱。その間から暖かい陽光が差し込み、影と日向の縞模様を成す中、石造りの神殿のような廊下で。

 小柄な子だった。

 可愛い、と思った。

 モデルが雑誌から飛び出したかのような、美し過ぎる姿に釘付けになる。

 最初、少女はどこか思い詰めた様子だったが、潤人と目を合わせると、宝石のような、しかしどこか仮面のような笑顔を見せ、駆け寄ってきた。

 見たところ同い年くらいの少女は流暢な日本語で、『観光中に迷子になってしまったので、外まで連れて行って欲しい』と頼んできた。

「き、君も迷ったの?」

 少女はこくりと頷いた。

(俺は城外に出たいんじゃなくて、みんなと合流したいんだけど……)

 断るべきかと逡巡する潤人だったが、少女のどこかもの悲しげな眼差しを受けると、協力する以外の選択肢は生まれなかった。

「実は俺もなんだ。一緒に、出口探そうか」

「――――ありがとう」

 少女は、外観よりも幼さの残るあどけない声で潤人を見上げてきた。

「――――どうした?」

 と、尋ねる潤人。

 よく見ると、少女の身体は小さく震えていたのだ。

「寒いのか?」

 少女は無言で首を振った。

「……迷子はみんな恐いよな」

 と呟いて、潤人は考える。

(こういう時は、男の俺がしっかりしないと)

 何も言わず、少女の手を取った。驚くほど冷たい、折れてしまいそうな手である。

(低血圧なのか? 冷え性?)

 潤人は、少女の手を握る自分の右手の力加減に注意する。

 すると、少女の方も、ゆっくりと指を絡めてきた。

(詳しい事はわからないけど、手を温めてあげれば少しはよくなるか――――?)

 潤人が“女の子と2人きりで手を繋ぐ”という行為を、“童貞同盟”的な契約を迫ってくる遠藤が目撃したなら発狂するに違いない。だが、内心密かにテンパっていた潤人にとっては、手を繋ぐ行為も童貞同盟も大した問題には思えず、少女をリードするようにしてしばらく歩くのだった。

“運”が味方したか、衛兵や使用人に見つかる事なく、2人は城外へ脱出する事が出来た。

 ここまでは良かった。

 めでたい話で済んだかもしれないからだ。

 脱出した後は、お互いの戻るべき場所に戻れれば一見落着だったが、話は終わりではなかった。

 少女の言ったことは真っ赤な嘘だったのだ。

 少女の正体は、家出を目論む正真正銘のお姫様。

 英国第1王女その人だった。

 王族の安定した暮らしのどこに不満を持ったのか知らないが、潤人は第1王女の家出にまんまと付き合わされ、その手助けをしてしまったのである。

 結果、潤人は英国王女の誘拐犯と間違われ、城を出て間もない所で捕獲され、学校を巻き込んだ大騒動になった。

 


 

 そんな、一生分の恥を掻いたような悲劇から一年が経ち、今に至る。

 2029年。6月30日。

 場所は伊豆半島、新大島(しんおおしま)

 辛くも高校2年に進級を果たしていた潤人(うると)は、学生寮の自室の窓から、島の外に広がる青藍の海をぼんやりと眺めた。

 状況――――放心。

「……なんで俺はまたこんな破目に」

 今日起こった出来事を思い返してみるが、未だに実感が湧かない。

「わぁ、海が綺麗だな」

 はきはきとした、少女の可愛らしい声が背後から飛んできて、潤人は放心状態から我に返った。

「それに比べ、随分汚いお部屋だな。お掃除の係は居ないのか?」

「俺は1人暮らしだから、家事は全部自分でやらなきゃいけないんです」

 潤人がそう言いつつ振り向いた先に立つのは、高校の制服に身を包んだ1人の少女。

 プラチナブロンドに輝くワンレングスの長髪。エメラルドの麗しい瞳。

 どんなに精巧に作られた人形よりも美しく、整った小顔。

 その白い肌は、凡人が触れてはいけない宝物(ほうもつ)であると言われても不思議はない。

 存在そのものが賛嘆され、崇められているかのような気品が漂う。

 少女の名前は『リル』

 リル・オブ・シャーロット・レスター。

 英国第一王女その人である。

 まただ。

 またなのだ。

 もう一生縁の無いはずの王女様が、漫画やら食べ掛けのスナック菓子やらが散乱する青春真っ只中な男子高校生の一人部屋に居るのである。

 リアルタイムで。

 ちなみに合成ではない。CGも『気想術(ソウルスキル)』も使ってない。

 公開生放送。

(俺の不幸を笑うなら笑えよ)

 そう卑屈になるものの、潤人も出来るものなら、誰かが仕組んだドッキリだとか、悪戯目的の『幻術(ヴィジョン)』に掛かっているのだと思いたかった。でも、無理だ。

 去年あんなことがあったのだ。お互い、顔も名前も忘れるはずがない。

 間違いなく、どうしようもなく、現実だった。

 悲劇の、願いもしない続きが始まってしまったのだ。

 



 今朝、潤徒が在籍する2年1組に、何の予告も無しに突如転校生がやって来た。

 担任が入ってくるなり、いきなり始まる転入生紹介。ホントに唐突過ぎて、潤人もクラスの皆も、驚きや好奇心溢れるリアクションを取ることが出来ずにポカンとした。


「「――――え?」」


 その転入生がリルだったわけだが、面識がある(、、、、、)事を理由に、というか1年前の騒動をネタにされ、潤人がリルを1日エスコートして校内を案内する事になり、その日の放課後、どういう因果か潤人はリルと共に生徒会室へ呼び出された。どうも、生徒会長から潤人(うると)に話があるらしかった。

 新大島(しんおおしま)の学校では、教師達に次ぐ権限を持ち、『組織』と直接繋がっている生徒会が中心になり、校内の規律を取り仕切っている。そのため、生徒会役員には一般生徒への命令権が与えられており、それが規律に準じたものである限り、呼び出しを受けた潤人達は従わざるを得ない。

 運の悪さを自他共に認める潤人は、研ぎ澄まされた“災難サイレン”が脳内で鳴り響く中、リルを連れて恐る恐る生徒会室を訪れた。

 そこで潤人は、校内一の美貌と言われ、ファンクラブ発足との噂もある超絶美人生徒会長レイラ・アルベンハイムから、前触れも端折られ、いきなりリルの“近衛騎士(このえきし)”となる事を命じられた。

 数ある任務の中でも、生徒会長から直々に伝達される、郡を抜いて責任重大な“特例任務(S・ミッション)”であった。

 要は、リルの身辺を警護する役割である。

 英国では、王族の護衛に当たる者を、“近衛騎士”という名誉ある称で呼ぶのだそうだ。

『リル殿下のご指名ですし、女王陛下の許可も頂きましたから、日頃の訓練の成果を活かして、任務に当たって下さい』

 と、1学年上のレイラは、お姉さんスマイルでサラッと責任重大な命令を何の取り柄もない1人の災難男子に下した。

 しかも、“任務上必要と判断する”とかいう言い分で、リル王女は潤人の部屋に居候する事が、もう(、、)決まっていた。

 そうして、あまりにもぶっ飛んだ内容の命令で潤人が放心している間に命令書が認められ、最後に、

『今回の近衛騎士という称号は、総合成績表の資格の欄に記載されますからね!』

 と、喜ぶに喜べない情報を聞かされ、リルと2人で家路についた次第である。

 突如転校してきた理由も、自分のような凡人が護衛をしなければならない理由も聞かされていない。

(……もう、何なの? この状況)

 もし潤人に“念話”の力さえあれば、今すぐ生徒会長さんを呼び出して問い質したい。

 英国の要人を護衛するのが男子高校生1人だけという所からおかしい。それに、仮にも英国の姫君だ。こんな薄汚い男子寮などより、もっとマシな住まいを提供するべきだろう。

 例えば、王女の身を狙う武装組織が現われたとして、島の東の海沿いに位置する二階建て、戸数10部屋の、平凡というかむしろ塩分豊富な風による錆びのオンパレードアパートが、その攻撃に耐えられるとは到底思えない。『本部』でもあるまいし、こんなワンルーム、ロケット弾1発で灰だ。

 今の潤人の心境を3行で。

(全く)

(わけが)

(わかりません)

「わたしは女の子なのだぞ? 男の子というのは、女の子がいつ来ても良いように、お部屋の中をキレイにしておくものではないのか?」

 そのお硬い口調は相変わらずなようだが、去年よりも更に上達したイントネーションで悪態をつきながら、リルは潤人のベッドに『ぽんっ』と座り込む。

「すみませんねホント。まさか俺の部屋においでなさるとは願いもしてなかったもんで――――」 

「おまえは私に忠実に尽くしてくれたからな。護衛として側に居てもらう意味合いで、居候の手配をしてもらったのだ」

「なんか、期待されているようですが、俺はそれほど優秀な人材じゃないです、はい。部屋に女の子を連れ込むスキルを持つステキな男性は、この島――――もとい俺の高校ではかなり限られます。ていうか居ようものなら“裏切り者”としてボコられます」

 自分で母校の野郎同士の結託事情を話しておきながら、

(あれ!? ちょ、ちょっと待って!? てことは俺がボコられるんじゃね!?)

 と、内心慌てる潤人。 

「では仕方ない。これも守ってもらうお礼の一環として、今回は私がこのお部屋をお掃除してあげるぞ!」

 半袖のブラウス、チェック柄のプリーツスカートに黒のニーソックスという姿で、両手を後ろでにつき、スラリとした美脚を投げ出してリラックスしていたお姫様が『ぴょん』と跳ね起きた。

 見ているこっちはドギマギしそうな可愛らしさ。部屋の悪態をつかれた事への憤りも、母校の野郎共にボコられる懸念もどこかへ消えてしまった。

「それはさすがに悪いです。掃除はあとで俺がやりますから、少し待ってて下さい。リル殿下」

「――――ふむ。()い」

 また『ぽんっ』とベッドに戻る王女様。

「着替えとかはちゃんとありますか?」

 部屋の隅に置かれたトランクに目を遣る潤人。

「着替えはある。それとは別にだな――――」

 高く澄み渡るような声ではきはきと話すリルが、唐突にその声を曇らせた。

「――――その呼び方は止めてほしい」

「呼び方?」

「もう、疲れたのだ。そういう呼び方にも、態度にも……」

 学校を案内した時、リルは、『堅苦しい言葉遣いは無しで、普段友達と会話をするみたいに、普通に接して欲しい』と潤人に頼んだ。

 ところが、“リルは彼の英国の王女様”という強大な認識が潤人の中で無意識に拡大し、今し方“堅苦しい言葉”が口をついて出てしまった。

 リルが顔を伏せてしまっているのを見ると、相当敬遠しているような印象を受ける。王族という身分に、何かトラウマを抱えているのかもしれない。

 夕方、生徒会室に行った時、レイラは生徒会長として、実意とはいえ、そういった(・・・・・)言葉遣いで話を進めていた。この時もリルは、自分の身を守るために計らってくれている相手を傷つけたくない一心で、笑顔を取り繕ってじっと耐えていたのかもしれない。

 潤人はリルと一日を共に過ごして、彼女の抱える“闇”の入り口に気付いた。

 人は誰でも、形はどうであれ、心に闇を抱えて生きているものだ。

「――――ごめんな。俺が悪かった。でも、互いに壁を作ろうとしてるんじゃなくてだな」

 だから潤人は、普通に接することを心掛ける。いや、心掛けずとも出来るようになるべきなのだ。

 リルが王族として扱われるのを嫌うのには何か理由があるはずだが、それについての深い言及をしていいものか、潤人は判断に迷った。

 人が抱える“闇”はまさに十人十色。似ているようで、経緯や価値感はまるで違っていたりする。相互理解も、共有も、簡単には叶わない。

「だから、その……」

 かと言って、自身の中の“闇”に苦しむ女の子を放っておくという選択肢は選べない。

(女の子を慰めたい時って、どんな言葉をかけたらいいんだ?)

 潤人はわからないなりに、必死になって言葉を探す。

 その言葉が逆に、相手を更に傷つけてしまう事になるかもしれない。

 恐怖や、不安感や、罪悪感を与えてしまうかもしれない。

 それでも、彼女の心の負荷を少しでも緩和出来る可能性があるなら、それに望みを持ちたいと、潤人は思った。

「今日から、俺達はクラスの仲間だ。仲間はお互いを守り合うんだ。だからもし、リルの嫌がる事をしてくるヤツがいたら言ってくれ。俺がそいつをやっつけるから!」 

 緊張で変な汗が出てくる。こんな、アニメみたいなセリフで良いのだろうか。

「……信じていいのか?」

 俯いたまま、両手を前に出し、スカートの裾をぎゅっと握り締めたリルが言う。

「ああ」

 一方的な命令とはいえ、受けた以上はやらねばなるまい、と、潤人は自分を奮い立たせる意味も込めて、リルに答える。

「わたしと友達になったら、もし誰かに襲われた時、巻き込まれるかもしれないのだぞ?」

「そういう時のために、仲間はいるんじゃないか。俺が必ず守るから、安心していいぞ? あと、この島には強い『術師(スキラー)』がたくさん居るから、リルに手を出そうとする輩なんて現れないさ」

「……うん」

 リルの華奢な肩が、小さく震え始める。

(え? どうしたんだ? 俺、変なこと言っちゃった?)

 潤人はまた汗が出てきた。

「そうだ、呼び名を決めないか? お互いの。ええと、ニックネーム?」

 何とか気まずさから抜け出そうと、潤人は話題を変える。

「――――ルで良い」

 俯いたまま、リルが何か言う。

「何だ?」

「リ、リルで良いと言ったのだ! ちゃんと聞け!」

 ぱっと顔を上げたリルは、頬を膨らませた愛らしい小顔で叫ぶ。

 よく見ると、目と頬の辺りが赤い。まだ怒っているのかもしれない。

「わわ、わかった。俺、潤人な。潤人って呼んでくれ」

「これから、その、しばらくの間、お世話になるから、宜しく頼むぞ。潤人」

 頬どころか、顔全部を朱に染め始めたリルが、上目遣いで片手を差し出してきた。

 これが英国式挨拶なのだろう。

「お、おう」

 潤人がリルの手を握った瞬間、お腹が鳴った。リルのお腹が。

「――――ッ!」 

 それが恥ずかしかったのか、リルは湯気が出そうなくらい真っ赤になって、再び俯いてしまう。

「ははは。お腹が鳴るのは元気な証拠――――」

「うう、うるさい!」

 潤人が気を抜くのと、リルのなかなかキレの良いハイキックが潤人の顔面にめり込むのはほぼ同時だった。




「掃除はあとでやるとして、まずは晩飯の準備だな。米を炊く間におかずを作るぜ」

 鼻にティッシュを詰め込んだ潤人はカウンター式の台所へ移動し、2人分の米を研ぐ。リルは清楚な見かけによらず、やんちゃな娘だった。

「潤人、料理が出来るなんて、なかなかやるのだな。わたしが近衛騎士に選んだだけのことはある」

 ベッドから降ろした細い足を組み、腕組をするリルは、肩書き通りの偉そうな態度。

「この料理は、1人暮らしの少年が買い置きしておいた平凡な食材を淡々と炒めるものです。過度な期待はしないで下さい」

「とてもたのしみだ!」

 足をぷらぷらさせ始めたリルは、子犬のように喜んでいる。

 潤人はここで、どうしても知っておきたい事をリルに聞いてみる事にした。

 でないと、気になりすぎて物を落としそうだ。

「その近衛騎士のことでちょっと気になってるんだが、どうして護衛が俺なんだ? 探せば、俺より適任の生徒なんてごまんと居るのに」

 護衛というのは普通、要人の側はもちろん、建物の周辺や、遠方の監視など、複数人で行うものだと考える潤人は、安全な島の中とはいえ、今のリルの護衛状況がどうしても不十分に思えてならないのだ。

「潤人は去年、わたしの家出(、、)を手伝ってくれたであろう?」

「まあ、俺はそのつもり全く無かったわけだけど、いつの間にか誘拐犯に仕立てられてたし、そういうことになるのかな?」

「だからだ」

「――――え?」

「だから頼んだのだ。この前は失敗したけど、今度こそ上手にやるぞ?」

 潤人の米を研ぐ手が停止した。

(この娘は今、何と?)

(“家出”の手伝いをしてくれたから頼んだ?)

(今度こそ上手にやる?)

(ナニヲ?)

(パードゥン?)

「あの、まさかとは思うけど、チミは今回も“家出”を?」

「そうだぞ?」

「――――て、そのまさかああああああああああああああああああ!!」

 ま、た、だ。

 ま、た、な、の、だ。

 頭に血が上ったのか、潤人は目眩がした。

「そのことを、女王陛下はご存知で?」

「もし知ってたら、艦隊を使ってでも連れ戻しに来るだろうな」

「…………」

 潤人は天を仰いで考える。

 大英王国育ちのリルは健全な外国の女の子だ。流暢な日本語とはいえ、考えのニュアンスや伝え方に多少の相違はある。

 しっかりと日本語に訳すとこうなるだろう。


『私はまた家出をしました。これが発覚すれば、私は連れ戻され、2度続けて誘拐犯となった寿潤人は処刑されます。そうならないように、今度こそ上手に隠蔽しましょうネ』


「……生徒会長はさ、リルが“家出”して日本まで来てること知ってるわけ?」

「知ってるぞ? 今回、わたしを城からこの島まで連れてきてくれたのも、『組織』の人だしな」

 潤人の鼻からティッシュがすっぽ抜けた。

「なにやってくれちゃってんのうちのセイトカイチョオオオオオオッ!!」

 組織絡みでリルの家出に加担して、責任は全て潤人個人に押し付けようとかいう魂胆であるならそれは正気の沙汰ではない。断じて断じて断じて。

(い、いくら学校内で凄い権力持ってるからって、お、王女様に手ぇ出しちゃ駄目でしょおおお!? どど、どうすんのこれ!? 俺死ぬの!? 死んで詫びなきゃなの!?)

「俺、ちょっと生徒会に物申して来る!」

「何をそんなに慌てているのだ? お母様には、『社会勉強』という名目で城から出る許可をもらっているから、向こう1週間は、今回の外出が実は家出だったって事はバレないのだぞ?」

「俺はバレた時の話をしてるんだよ!また俺が誘拐犯だと勘違いされたら、弁明の機会も無しに処刑されちまうよぉ!」

 艦隊が飛来して上空から艦砲射撃をしようものなら、こんなワンルーム、一瞬で粉砕玉砕パウダーだ。

「バレそうになったら、期間を延長させて欲しいとか、テキトウに言う。その時は、レイラも口裏を合わせてくれる手筈だから」

「そこだよそこ! 組織に対してもそれなりの権限を持つ生徒会長が絡んじゃってるのがおかしいんだって!」

「レイラもそうだし、組織の上層部も動いてくれてるぞ?」

「マジかよ……」

 そういえば、夕方の生徒会室でレイラが、『女王陛下の許可ももらった』的な事を言っていた気がする。その許可というのは、当然家出ではなく、リルの『社会勉強』という名分に対するものだろう。

 もし家出だと女王陛下に知れれば、世界的批難を浴び、潤人個人どころか組織そのものが存続の危険に晒される。

 英国王室は、元々英国“最暗部”を従えていた事もあり、『I・S・S・O』に対して協力的であるが、今回の誘拐が発覚すれば、これまでの友好関係は崩れてしまうだろう。

 ということは、別に潤人1人が慌てる話ではない。生徒会も上層部も1枚噛んでいるからだ。

 組織がそれほどの高いリスクを背負ってまで、リル王女の『家出』を手助けするのには相応の理由があるはずだが、当然潤人にはわからない。

「組織絡みなら、俺にはもうどうしようもないか……」

 毎日の食事の心配で一杯一杯な潤人にとって、顔も名前も知らない上層部の人間の都合に振り回されるのは御免だったが、かといってリルを有事から守る任務を放棄するわけにもいかない。

(とりあえず、俺に出来ることをやるしかないよな)

 と、潤人は自分に言い聞かせた。

「潤人がそこまで気負いすることはないのだ。ちゃんと報酬もあげるぞ? わたしが落ち着くまで、ここに居させてくれれば、それで十分だ……」

 どこか思いを馳せるように、リルは視線を足元に移した。

「……でもどうして、家出なんかしたんだ?」

 組織の協力を得てまで実行したのだ。相応の理由を知っておく必要があると思い、先ほどから躊躇ってはいたものの、潤人はそう尋ねた。

「――――嫌だったのだ」

 少しの沈黙を破って、リルは事情を話してくれた。

 リルは王族という身分があり、作法の稽古や勉学、行事への参加、齢16を数えてからは、他国代表との会合など、責任と品格を問われる務めをこなし、どこへ行っても、何をするにしても護衛が付きまとい、厳重に監視された毎日を過ごしていた。初めは、しっかり出来れば女王に褒めてもらえるのが嬉しくて、ひたむきに頑張っていたのだが、ある時を境に、人々から向けられる視線や、周囲から来る無言の圧力、また、国民や身の周りの人々の、“王族である自分と王族ではない者に対する態度の違い”など、それまで当たり前だった事柄が妙に気になり、居心地の悪さを感じ始めた。

 当たり前だった日常が一度その色を変えると、あっという間にリルの心を黒く蝕んでいった。

 日常が苦痛に。

 安息が虚無に。

 周囲の人々との交流が、恐怖へと変わる。

 まるで、自分が恐い夢の中に迷い込んだかのような。

 まるで、自身が幻術に掛けられたかのような、精神の虚脱感。

 気にしなければ済む事なのかもしれなかったが、出来なかった。

 そんな単純な事で解決するようなものではなく、呪いのように纏わり付いて、離せなかった。

 清楚に食事を取っては、憚り(はばかり)に飛び込んで嘔吐を繰り返し、笑顔を振りまいて一日を終えては、ベッドの中で独り、泣いていた。

 その度に、かつては『いたずら』という好奇心で家出をした際、リルの手を取って懸命に導いてくれた潤人が思い浮かんだ。

 そんなリルの下に、組織の使者が現れ、リルに家出の提案を持ちかけてきた。

 リルはそれに応じ、使者は女王から『社会勉強』の名目でリルの短期外出許可を取り付け、日本に至ったのだという。

「詳しい事情は知らないけど、組織がリルを助け出してくれたみたいだな」

 リルの家出の経緯を知った潤人に、もう憤りなど欠片も残っていなかった。

 この島に住む学生は、そのほとんどが、過去に大きな闇を抱えて生きている。

 ずっと家出したままでは済まされないのも解っているが、今のリルに必要なのは、安息だ。

「少なくてもこの島じゃ、恐いことなんて何も無い。リルは仲間なんだから、こんなボロアパートで良ければ、居てくれて構わないぞ?」

「本当か?」

 リルの表情が、ふわりと明るくなった。

 潤人が頷くと、嬉しそうに両足をパタパタさせる。

「ありがとう!」

「気想術を使えない俺には、それくらいしかしてやれないけどな」

 潤人は研ぎ終えた米に水を注ぎ、炊飯器にセットする。

「どういうことなのだ?」

 カウンターの向こうでリルが小首を傾げた。

「――――ちょっと事情があって、俺の気想の総量は、『術師』としての訓練を積んだ人達の平均値を大きく下回ってるらしいんだ。事象の書き換えには至らない程度の量しか無いんだとさ」

 正確に言うと、潤人の気想の総量は、『術師』の平均的なそれを10とすると、その7割ほどしかない。

気想(ソウル)』という粒子は、生物の脳内で生成・分泌され、血液中を循環し、体表から外へと放出されている。身体が成長すれば、血液の量が増え、気想の分泌量・循環量も増えてくるが、潤人の場合、血液の量は増えても、気想の増加がある一定量に達すると止まってしまうのだ。

 この島の生徒達のように、幼い頃から気想を操る訓練をしておけば、いざ身体が成長した際に、それまで何の訓練も積まずに来て、ぶっつけで気想術の発動を試みる人よりも、遥かに上手く気想術が扱える。だが潤人は、何の訓練も積んでいない人より、気想術を扱う技量も、総量も足りないのだ。

「高校に上がってから、人生初の実力考査で最大気想量を測った時に、そう言われたんだよな。発覚してから、いろいろ修行を試してはいるんだけど、全然ダメなんだよ」

「何か……病気でもあるのか?」

 おずおずといった雰囲気で、リルが尋ねた。無礼に値しないか、聞くべきか否か、迷ったうえでの問いであることは潤人にもわかった。

「――――『持病』があるんだ。治療法がまだ無くて、地味に厄介なんだよなこいつが」

「気想量が足りなくなる病なんて、聞いたことないぞ? 何か、軽減策みたいなものはあるのか?」 

 リルが心配そうに潤人を見つめる。

「ああ。そんなに心配は要らないさ」

 治療法が存在しない、その『持病』の事を話そうにも、『わけのわからん中2病なのかこいつは』と思われる恐れがあるので話せない潤人は、そう答えるしかない。

「――――そうか。ならば安心だが」

「お互いに、苦労してるみたいだな。これも『不幸粒子(ディスティフィア)』の仕業なんですかねぇ?」

 炊飯器を『早炊き』で仕掛けた潤人は、続いておかずを調理しようと、冷蔵庫の野菜室を確認する。

 空だった。

『不幸粒子』め。

「しまった! 昨日あいつらが来た時に作ったチャーハンに残り物全部投入したんだった!」

 昨日の夕方、潤人とよく連む友人達が遊びに来た際、残り物で拵えた料理を夕飯として振舞った事を、潤人は完全に忘れていた。

 ただでさえ、ろくな手入れも出来ていない男子部屋にリルは泊まらなければならないのだ。せめて、料理くらいはまともなものを提供しなければと、潤人は考えを巡らす。

「食材が足りないのか?」

 ベッドの上が気に入ったのか、仰向けになったリルが聞いた。

「……まあ、そんなところかな」

 と、潤人は答え、

(米と調味料以外何もありませんのよ)

 と、心の中で付け加えておく。

 潤人は今、自宅に居るとはいえ、大英王国第1王女の身柄を守る特例任務に就いている。よって、リルを危険な状況に置いてはならない。

 自分が足りない食材を買いに行くとなると、リルは部屋で1人きりになる。

 島の中であれば安全とはいえ、リルを1人にしておくのは不安なため、一緒に連れて買出しに行くか、リルを外に出すのは、『特例任務』という極秘扱いの措置から考慮するとあまりよろしくないと判断して留守番をさせるかの2択だ。

「いや、待てよ?」

 昨日夕飯を振舞った友人達には、1食分の貸しがある。彼らに電話をかけて、食材を少しずつ分けてもらう手段を思いついた潤人は、ポケットから携帯を取り出して早速コールする。

「――――おう潤人! なんだ?」

 1人目の名は、遠藤良汰(えんどうりょうた)。潤人と同じ、2年1組の生徒だ。

 遠藤とは1年生の頃からの付き合いで、『遠征学習』でも行動を共にしていた。大の運動好きで、趣味は筋トレである。体を張った肉弾戦が得意で、卒業後は機動部隊(ナイトフォース)になるのが目標の17歳。やたらとテンションの高い男だ。

「今夕飯の支度してたんだけど、おかずを作る食材が足りないんだ。急で悪いけど、何か分けてくれないか?」

「昨日ので全部使っちまったって話か! しゃあねえな! 今から行くぜ?」

「ああ。頼むわ」

 1人確保。

「潤人じゃないか。どうしたの?」

 ご飯の食いすぎで膨れたような声で話すのは2人目の男。

 名前は、上平大樹(うえひらだいき)。彼も潤人のクラスメイトである。

 まん丸い顔に真ん丸いお腹。食べる事が生き甲斐で、好物のマシュマロを毎日のように口へと放り込む。あだ名はマシュマロマン。17歳。彼女居ない暦=年齢。

「かくかくしかじか」 

「飢餓ですねわかります。今行くぉ」

 2人確保。

“女の子と同棲している”という事実を知られる事無く取り引きを済ませるため、すぐさまドアの前に仁王立ちして、自分という名の壁を作って内部を不可視にする。無理矢理覗こうとされたらどこかのバスケット漫画のように『ふん! ふん!』と叫びながら身体を左右に振って高速ディフェンスすればよい。

 5分もしないうちに、潤人の部屋のチャイムが鳴った。

 ドアの外には筋肉バカとマシュマロマン。

 3人とも、同じ寮だというオチである。

「ほらよ! 昨日の礼だ! モリモリ食ってくれ!」

「たまたま多く炊いちゃった日に電話してくるなんて、潤人もたまにはついてるじゃんぉ」

 あいさつもそこそこに、友人達は何か用事でもあるのか、どこか慌てた様子で、潤人に食料を渡すなり、そそくさと退散してしまった。

 閉じられたドアの前に立つ潤人の手元にはラップで包んだ真ん丸いおむすび1個、足元には米袋。

 友人達のおかげで、大量の米が手に入った。

「――――待て! 俺が欲しかったのは野菜とかであって米じゃないよ! この米袋は遠藤が筋トレ用に担いでたやつだし、上平はおむすび1個だけって、そこはマシュマロじゃないのかよ! のりすら巻いてねえ!」

 とはいえ、好意でもらったものを突き返すわけにもいかなかった。

 それに、会話をしたのは計算通り、ドアの側だったので、“女の子と同棲している”という異端審問会の引き金にはならずに済んだ。

 もう、買出しに行くしかなくなった。

「リル。俺、ちょいと買出しに行かないと――――」

 連れて行くか留守番か、葛藤する潤人を余所に、リルはいつの間にかベッドの上で気持ち良さそうに寝ていた。

 年頃の男子部屋で英国王女が1人で熟睡している。

(一応ここ、男子寮なわけだが……)

 常に護衛に囲まれた生活の王族は警戒心が小さいのだろうか。

「――――」

 ツッコミを入れてやりたい潤人だったが、英国からの長旅で疲れていたのか、あるいは精神的苦痛から離れてほっとしたのか、どちらにせよ、その小柄な身体を子猫のように丸めて眠る彼女を起こす気にはなれなかった。




 この島は、外部からの侵入者に対するセキュリティを厳重にしているため、外を出歩いたからといって誰かに襲われるという事は考え難い。だが、島内にリルの事を狙う存在が紛れていないとも言い切れない。『不幸粒子(ディスティフィア)』による悪影響を考慮すると、気休めにしかならないだろうが、リルには部屋で休んでもらっていた方が無難だと判断した潤人は、財布を持って男子寮を出た。

 自転車に跨り、建物の間を縫うようにして流れる気まぐれな潮風を浴びながら、潤人は島の内陸部へと漕ぎ出す。

 食品の買出しの前に、寄っておきたい場所があった。

 潤人達が暮らす新大島(別名・始まりの砦(アースガルズ))と呼ばれる島は、東西約七キロ、南北約八キロに広がる円を描いた人工島である。

 海岸から内陸へ向かうにつれて徐々に標高が高まり、島の中央には、高さ156メートルの三沢山(みさわやま)が聳えている。

 島は三沢山を基点に、東西南北、計4つのエリアに大きく区分けされており、各エリア毎に、小、中、高等学校が1校ずつ存在する。発電施設や浄水施設等、生活の基盤になる施設は勿論、居住区、医療施設、更にショッピングモールといった娯楽施設も存在し、住民は不自由の無い生活が可能だ。

 歪な円を描く島の外周に沿うようにして、片側2車線の大通りが走り、内陸部は片側1車線の道路と歩道を有した陸橋が配線郡のように複雑に入り組んで交通網を築いている。

 新大島は、過去100万年以上に渡って活動の形跡が無く、今後一切活動の見込みが無い死火山だった三沢山を、日本政府が地上から内部まで“改築”し、10年ほど前から1つの町として本格的に機能するようになった。

 島の行政区域は()東京都に含まれるので、島の正式名称は『()東京新大島』となる。

 新大島が改築された理由は、規模を拡大しつつある『Ⅰ・S・S・O』の本部を設立するための条件が揃っていたからだ。

 現在この島は、『I・S・S・O』のために存在していると言っても間違いは無い。

 今後更なる拡大が予定されている『I・S・S・O』の、云わば人材育成機関が置かれているのがこの新大島である。

 人材とは、『術師(スキラー)』を指す。

 組織の『術師』として育成するには、そのための訓練を幼少期から始める必要があったため、島には世界中から大勢の子供が集められた。『育成機関』と言うだけあって、総人口11000人の内、約8000を子供が占めている。

『気想』の質と総量の成長は、20歳前後に最盛期を迎え、以降はその成長速度が減少する事が古の時代から伝えられており、幼少の頃から伸び盛りの期間に訓練を受けて実力を高めた者は、『術師』としての活躍が大いに期待出来る。『術師』になるための訓練は、始める年齢が遅ければ遅いほど、基準のレベルに達するのは難しくなるのだ。

 そういった理由から、『I・S・S・O』は、訓練を開始する対象年齢を『1歳から6歳まで』と定めた。

 新大島の地上に存在する建物は、全て訓練生のための飾りのようなものである。

 何故、そんな大掛かりなものを、本州から離れた孤島に築いたのか。

『I・S・S・O』はその名こそ世間に知られてはいるが、組織の詳細については、『アーク・スピア』や『CIA』と同様に極秘扱いであり、いかなるメディアも干渉を許されていない。加えて、『I・S・S・O』の本部が置かれる施設には、日本国の最新鋭の運用技術及び防衛技術が導入されるので、情報の漏洩を極力減らすためにも、外界と同施設とを隔離する必要があった事が理由の1つである。

 もう1つの理由として、今後増大が懸念される“敵”に対し、強力な防衛手段を整える事が挙げられる。

“敵”とは、悪行に走った人間や災害等、『不幸粒子(ディスティフィア)』に侵される事で生じたあらゆる事象を指す。

 海に囲まれていることで、“敵”による陸路からの攻撃を封じ、本部施設を島の地下に隠すことで空からの攻撃にも耐える。そうした要塞化の条件を満たしているのがまさにこの島だったというわけだ。

 その要塞の上に建てられた学び舎で、生徒達は訓練に明け暮れる日々。

 この島が育成機関として本格的に始動したのは今から13年前。当時はまだ、中学校と高等学校の建設は着手されておらず、娯楽施設も無く、居住に最低限必要な施設(発電施設や水道施設等)と、小学校と養護施設があるのみだった。そこへ、『術師』育成の第1期生として、ある理由を抱えた最高年齢6歳以下の子供達が移住したのが始まりである。それから13年が経った今、その第1期生は義務教育課程の卒業を果たし、“前線”へと赴くべく、『我らの道は違えども、志は1つ』という言葉を最後に、世界中へと散っていった。

 そして第2期生は高校3年生となり、後輩達の手本となって導く立場まで成長した。

 新大島に大学は無い。生徒は高校卒業と同時にその全育成課程を修了し、独立して世界各地でその責務を果たす事になる。

 彼ら3年生の後輩である3期生、4期生も、“先輩に追いつけ、追い越せ”をモットーに、終日訓練に励んでいた。だが、その誰もが順調に気想術(ソウルスキル)を修得し、実力をつけているわけではない。中には素質が十分でなかったり、将又訓練をサボったりといった理由で、能力が伸び悩む生徒達も居た。

 第3期生である寿潤人(ことぶきうると)もその1人だった。

 潤人の場合、サボっているわけではなく、恐らくは『持病』が原因で、日々の修練が実っていなかった。

 潤人自身はそれを、“自分には才能も運も無い”と捉え、半ば自暴自棄になっていた。

 努力をしていても、日常は変わらないまま。“努力はいつか報われる”とはよく言ったものである。それは、努力が偶然“成功”という形で実を結んだり、怠けていたにも拘らず運が巡ってきて、報われてしまった(、、、、)人間が言う台詞だ。

 世間では“勝ち組”と呼ばれる人々。

 彼らは良い。

 光を浴びたから。

 光の中に入れたから。

 だから、“努力は実る”という前向きな発言が出来るし、気持ちにゆとりと自信が生まれ、周りから成功者として見上げられる。

 中には他者を見下したり、人の上に立って、あたかも自分が救世主(ヒーロー)であるかのような気になる者まで沸く。

(――――でもな)

 潤人は『持病』と理不尽に苦しむうちに、こう考えるようになった。

(遥か上の光を見上げて、手を伸ばして足掻き続ける人は、暗がりの中に居る。光の中に居る連中とは違って、周りには暗闇しか無いんだ。だから、前向きに考えるのも、だんだん億劫になるんだよ)

 生徒達の中には、『そうやってネガティブに考えるからいつもダメなんだよ』『悪い方に考えて何になるわけ? 馬鹿馬鹿しい』と、上からの目線で言ってくる輩も居るが、潤人にとっては、痛み知らずの人間の言葉同然だった。その言葉が潤人のためを思って発せられたものであったとしても。

(暗闇の世界にどっぷり浸かると、気がついた時にはネガティブになっているんだよ)

(悪いほうに考えるのが馬鹿馬鹿しいだって? なら、良いほうに考えたら奇跡でも起きるのか? 俺と同じ苦痛を味わってもなお、そんなことが言えるか? 努力が報われない中、考え方を変えた程度で、状況は改善されていくのか?)

 何も、好きでマイナス思考になったわけじゃない。

 冷たい現実が、そうさせるのだ。

 それを甘えだと言うのなら、1度暗闇に落ちて、絶望しか見出せないような苦しみを味わってみればいい。

 どうにか抜け出そうとして足掻き、這い上がるために考えても、『持病』にそれを妨害され、無慈悲に突き落とされる現実を。

 この島で暮らす他の生徒達と比べ、潤人は貧乏で、無能で、苦労しているかもしれない。だが、世の中にはもっと辛い思いをしている人が居るのも事実。

 干ばつに見舞われ、内戦の絶えない貧しい国々で暮らす人々。

 生まれつき、或いは、後から何らかの不幸な因果で、普段生きてゆくうえで必要な能力に障害を抱えている人々。

 病や災害で、親を、子を、友人を、不幸にも失った人々。

 15年前、当時の日本の首都――――『東京』に居た人々。

 事実上消滅したその街にも、寿潤人のように、苦労しながら戦う者はたくさん居たかもしれない。そんな彼らの志がある日突然、無慈悲に、認識されることも、祈られることもなく、不条理に奪われたのだと考えれば、今こうして生きている自分など、比較すら無礼に値する“幸せ者”ではないのか。

 皆、潤人と同じ不幸粒子の被害者だ。だから潤人は、自分自身を『不幸だ』と言って嘆く事は出来なかった。

 潤人が訓練生として所属する『I・S・S・O』は、気想術(ソウルスキル)を駆使し、各地の『治安維持』を主な任務として活動している。訓練生であっても、時には、悪の事象を招く不幸粒子の濃度が高いエリアへ出動し、そこで発生した事態の収拾に務めなければならない。この経験を積まないと、いざ卒業して独立する時に、経験不足による任務失敗を犯しかねない。

 そして、経験を積むためには、現場に赴くに値する気想術を身につけなければならない。

 だが、潤人はまだ、“身につける”段階に達していなかった。

 世界を構築するあらゆる物質に組み込まれている気想と呼ばれる素粒子が、『気想術』を発動する源なのだが、潤人はこの『気想』の分泌が一定量に達すると止まってしまう。

 想像力は皆平等に備わっているにも拘らず、気想術を扱う技量も、それに必要な気想の総量も足りていないのだ。

 壊滅的な運動音痴、“イケメン”とは一生縁の無い容姿、気想術を用いた実力考査での成績は最低辺。

 ものの見事に欠点だらけで、長所を探す方が大変なこの惨状。

 世の中は不公平だ、と潤人は毎日のように思う。

 自分が何か悪いことをしたわけではない。

 報われたいと願い、ひたすら努力を重ねてきた。

 しかし、虚しい現実しかやって来ない。

 気想の総量が少ないのは、気想術を発動していられる時間も相応に短い事を意味する。当然、一瞬にして大量の気想を消耗する大技級(おおわざクラス)の気想術は使えないし、小技を連発しようにも、潤人にはその『技』すら無い。もし技があったとしても、小規模なものを数回発動しただけで気想量の限界だろう。

 気想の総量を上げるには『想像し、創造する力』が。

 能力による物理的な技を振るう時は体力が、それぞれ必要となる。

 故に潤人は毎日のように走り込みを力行したり、集中する事で思考力及び想像力を高め、気想を体内で制御するための基礎訓練である『座禅』を、室内に籠って何時間も続けたりと、様々な修行を試した。

 それでも、結果はついて来ない。

 その『持病』が、潤人の努力の全てを嘲笑い、台無しにする。

術師(スキラー)』にとって、気想術はなくてはならないものなのだ。今通っている訓練学校の成績にも大きく関わる。

 だから潤人は必死であった。


(もう、悪魔でもストレス性の病でもどっちでもいいよ。とにかく、俺の中から出ていってくれ!)


 今自分が置かれている状況を考えると、とても嘆いている余裕は無い。

 今度は自分だけでなく、少女の事も守らなければならないのだ。

(何で俺がこんな重役を任されるんだ? 王女様が指名すれば誰でも良いのか?)

 本当は、生徒会室でレイラから命令を言い渡された時、彼女に対してそう抗議したかったが、あまりにぶっ飛んだ内容だったのもあって、口をパクパクさせる事しか出来なかった。

 巻き込まれた。

 自分の能力では逃げることも出来ず、リルも家まで来てしまい、どうしようもなくなって、泣く泣く就いた今回の任務(ミッション)

 不安だ。

 物凄く不安だ。

 任務を遂行するための策よりも、『失敗』した時の事を考えてしまう。

『I・S・S・O』には、重大な失敗を犯した者に罰を下す制度も存在するらしい。どのくらい重い罰があるのかまでは知らないが、軍の罰則では、最も重いのは『極刑』だったはずだ。もし、『I・S・S・O』もそれに倣って同じ刑罰を設けていたら、下手をすれば潤人は次の正月を迎えられない可能性もある。

 任務はまだこれからだというのに、今こんな事を考えるべきでないのはわかっているが、それでも、自身の『気想術』の実力を踏まえると、感情は暗い方へと傾いてしまうのだ。

 今日(こんにち)の任務に限らず、テストや体育等の行事がある度に、不安と劣等感に苛まれて気持ちが落ち着かなくなる。

 最近は、それがずっと続いていた。

『持病』があるせいで、自分の中に沢山の不幸粒子が蔓延り、渦を巻いているからだろう。

(俺の中には『悪魔』が居るのに――――)

 状況――――消沈。

(神様は、何もしてくれないのか――――)




 潤人は、海沿いの外周道路から程近い位置にある男子寮を出て陸橋道(りっきょうどう)を走り、三沢山の東側に位置する神社を目指した。

 割と狭い下道からだと自転車で20分近く掛かるが、陸橋道は空中を走り、住宅や施設の上を一直線に通過できるので、15分弱で登山道の入り口まで来れる。

 山の東に面した登山道を登って行く途中に、目的地はあった。

 この三沢神社は、島に要塞が建造され、島の名が『新大島』に改められるよりもずっと昔に建てられたもので、過去に山火事が起きた際、火の手がこの神社だけを避けるようにして燃え広がったという伝説の残る神聖な(やしろ)である。

 人の想い――――即ち気想が集まる神聖な場所で対策を講じることで、『持病』の症状は緩和される。

 潤人の『持病』への対抗手段は、定期的にこの神社を参詣し、護符をもらうことであった。

『悪魔』というから、てっきり十字教絡みの対応策かと潤人は思ったが、『加護』という概念は十字架だろうが護符だろうが根幹は同じなのだそうな。

 

 300メートルほど続く、少々急な登山道を上り、古びた朱色の鳥居をくぐると、規模の小さい、装飾も控えめな社と出会う。山の斜面を、直角三角型に()り抜いた平坦な土地に建つ神社からは、東の海が一望出来るので、ちょっとした憩いの場所でもある。

 お賽銭箱の前に立った潤人は、お祈りをする事柄を考えながら財布の中を覗く。

 空だった。

 今朝、通学路の自動販売機の前で、手持ち最後の1000円札を取り出した瞬間に突風が吹き荒れ、華麗に舞い上がったお札がそのまま海の藻屑となったのを遠い眼差しで見送りはしたが、まさか小銭の1枚も入っていないとは。これならカツアゲされても被害総額0円だから安心だ。


「カネが無えええええええええッ!!」


 あまりの虚しさを、恥で上書きして紛らわすように潤人は叫ぶ。どこかでカラスが間の抜けた鳴き声を上げた。

 状況――――一文無し。

「うう、せっかくお参りに来たのに、入れる金が無いとか、それで罰に当たったりなんかしたら不幸のリンチだ……」

 こちとら『持病』持ちだというのに突如やってきた英国第一王女の護衛。お参りすることでそのプレッシャーを少しでも和らげようと思っていたが、和らぐどころか経験史上最悪とも言える重さとなって潤人の胸に伸し掛かった。

「今日は、自主トレも止めてとっとと寝ようかな。いくらやっても効果が無いんじゃ、続ける意味も無いのかも……」

 近年、『島の外』では後ろ向きな考えを持つ学生が増え、不登校やいじめが増加しているという(ニュース)が各メディアで取り上げられているが、潤人はそれを見聞きする度にこう思った。

(そういう人達は多分、良くない状況から抜け出したくても抜け出せないんだよ。冷たい現実の悪循環が皆の幸福粒子を奪って、そこを狙い澄ましたように、不幸粒子が侵食してるんだ)

 こんな時こそ、『I・S・S・O(自分達)』が出動して、結界術でも何でも使って、世の中の苦しむ人達を少しでも守るべきなのだろう。

 しかし、卒業した第1期生達と、現高校3年生の優秀な一部の生徒を除いて、ほとんどの生徒が、“島の外”での任務の経験がまだ無い状態である。

 今頃は世界中の支部へと派遣されているであろう1期生達も、聞いた話では、春先から夏に掛けては準備期間で、戦闘も想定した本格的な出撃が行われるのは9月以降らしい。

 組織自体が今は発展途中で、備えが万全な状態ではないのだ。

 潤人には恐怖心があった。今は“島の中”、つまり結界の中に居て、不幸粒子の影響から保護されているが、島の外――――それも、結界が施されている都心部ではなく、結界も『I・S・S・O』の支部も存在せず、治安は劣悪で紛争ばかりが続く地域に突如任務として放り出された時に、自分はいったいどうなるのか、と。

 この懸念は恐らく、潤人に限らず、島の生徒の誰もが抱いている負の感情だろう。

 訓練通りに自我を保ち、精神を安定させて気想術を行使し、任務に当たる事が出来るのかという不安。

『想像し、創造する』が、気想術を発動する上では必要不可欠である。

・座禅による精神統一。

・精神統一によって、心を無にするイメージで思考を一新し、邪念を遮断。

・発動させる術のイメージを脳内で練る事で気想を生成。これが“想像”。

・生成した気想を燃料にして、気想術の発動。これが“創造”。

 この一連の流れが出来れば理想だが、人は神様と違い、完全ではない。精神統一の中に、多少の邪念が残ってしまう。

 発動させる気想術(ソウルスキル)のイメージが精巧で、練られた気想の量が必要量に近いほど、気想術の質も効果も高いものとなるが、潤人はどちらも不足しているがために、実戦でまともな対処は出来ないだろう。

 高校を卒業するまでには、『外』でも1人でやっていけるようにならなければいけない。だが、今のままでは最悪、留年になってしまうかもしれない。

(……落ち着け。こうして不安にばかり駆られてると、不幸粒子にやられる)

 と、潤人が深呼吸をしたところへ、

「どぉしたの?」

 どこからか、少女のおっとりした声が聴こえてきた。

 ふと顔を上げた潤人は、社の東側に広がる小さな原っぱに目を向ける。そこに――――。

 夕焼け色から逸早く藍色へと変化を始めた東の空を背に、1人の少女が立っていた。

 リルと同じ、新大島東高校の女子制服、潮風に揺れるショートヘアに、『すげ笠』という奇妙な身なりの子だ。

「おう、万炎(ばんび)。今帰ったのか?」

 潤人の問いに、すげ笠の少女は首を振った。

「今日は学校、行ってない。登校途中で具合が悪くなっちゃってね。やしろの中で休んでたら今まで寝ちゃってて、今目が覚めたの」

「俺の悲痛の叫びで起こしちまったか? ごめんな」 

 潤人が苦笑気味に謝ると、すげ笠の少女はやや赤く火照った頬をにっこりさせた。

「気にすることないよ。たくさん寝れて、万炎はとても幸せでした」

「――――朝からずっと寝てたって、大丈夫なのか? 今回はよほど酷いのか?」

 と、潤人が問うのは、彼女は時々、貧血で体調を崩す事があるからだ。過去にも何度か、それが原因で早退したり、休んだりしていた。

「今回のは、ちょっとね。でも大丈夫。潤人の方は大丈夫? 叫んでたみたいだけど」

「……気にしないでくれ。景気が悪いだけだから」

 最近の世の中って、俺達くらいの年齢のヤツが生まれた頃からずっと不景気らしいな。と、潤人は苦笑いする。  

「今日もお参りしていくでしょ? 護符も用意してあるよ?」

 すげ笠の少女はトコトコと潤人の側へとやってきた。

 少女の名は万炎(ばんび)という。潤人と同じ新大島東高校に通う2年生である。

 詳しい理由は知らないが、万炎は他の生徒と違って学生寮には入らず、この三沢神社の裏手にある小さな一戸建てで暮らしている。以前は神主が住んでいたようなのだが、何かの事情で不在となっており、その間は万炎が代わりに神主を勤めているのだそうだ。

 小学生と見間違うくらい小柄な体型で、男子からは勿論、女子からも、“小動物みたいにカワイイ”と評判の子である。出会う時は、いつでもどこでも被っている頭のすげ笠は、自身のお守りのようなものなんだとか。

 小振りな制服も、特注サイズとの噂が流れている。

 そんな万炎は、小柄な身体とは裏腹に、気想の総量はかなり多いらしく、結界術と治療術に長けており、よく効く護符を創造する事が出来る女の子である。

「お参りして行こうと思ったんだけど、今手持ちが無いから、護符だけもらえるか?」

 潤人は苦笑しつつ、財布をズボンのポケットへとしまう。

「必要なのはお金じゃなくて、気持ちなんだよ?」

 万炎はすげ笠の下から潤人を見上げた。

 夕闇に浮かぶ白い肌、少し細めな二重の目は、どこか閑雅な風格を漂わせている。大和撫子という表現が相応しい美少女だ。

「だけど、お金を入れずにお願いだけして帰ったら罰当たりそうで恐くないか?」

「無銭祈願したくらいでカミサマは怒ったりしないよ」

「なんか、無銭飲食みたいで聞こえ悪いんだけど……」

「それじゃあ、一緒にお祈りしてあげる。無銭祈願」

「お前まで罪を背負わなくても……」

「大丈夫だよ。潤人が心の底から強く望めば、気想(ソウル)は味方になってくれるから」

 神様が本当に居るかどうかは、潤人にはわからない。古文書や伝承にはそれらしい記述が残っているらしいが、事実であると立証出来るものは無い。

 昔からの言い伝えに怯えている方が、逆に不幸粒子の影響を高めて、その結果、起こった事を“罰が当たった”と勘違いしているだけかもしれない。

 潤人は渋々、万炎と一緒に社を仰ぎ、合掌した。

(もっと気想を下さい。運を下さい。報いを下さい)

 と、同じようなことを呪文のように念じる潤人の横で、


「明日も晴れますように」


 万炎が声に出して祈った。

「……明日の『天候』、どうなるんだろうな……この島には結界があるから、“雨”にはならないと思うけど」

『天候』の事を考えると、また気が沈んだ。

 潤人の知る、空と海に挟まれた“世界”という広大な空間は、幸福粒子の濃度が高ければ、事象は善の概念へ働き、不幸粒子の濃度が高ければ、事象は悪の概念へと働く。この関係は、世界のどこに居ても常に一定というわけではない。地域によっては、幸福粒子が濃かったり、不幸粒子が濃かったりする。

 時間と場所、人々の感情等、様々な要因が重なり、常に濃度は変化しているのだ。

 潤人達を管理下に置く『I・S・S・O』の間では、幸福粒子と不幸粒子の濃度の度合いを『天候』に準えて認識し、組織間の隠語として機能させている。

 善の事象をもたらす幸福粒子の濃度が濃ければ“晴れ”、その逆に不幸粒子が濃ければ“雨”、どちらとも言えない均衡状態が“曇り”といった具合に。

 単純に言えば、“晴れ”なら運が良く、“雨”なら不運に見舞われる。

『I・S・S・O』の使命は、この『天候』を監視し、悪天候の領域に術師(スキラー)を派遣して異常事態に対処する事だ。

“雨”即ち高濃度の不幸粒子には、事前に気想を込めた護符によって幸福粒子の結界を発生させ、更に自身の『気想術』の技を駆使し、対抗する。これは、己の体内に気想があればあるほど、打開出来る確立が上がる。

 故に、潤人のように気想の弱い者は、どうにかして今以上の気想を生成する必要があるのだ。

「今日の夕方から、島の東側の天候は“雨”みたいだよ?」

 その小さな唇に人差し指を当てて、万炎が言った。だからさっき、“天候”が“晴れ”になるよう祈ったのだろう。

「夕方!? ってもう今じゃん! 結界があるとは言っても、油断は出来ないからな。金も無いし、早く帰らないと!」

 買出しは中止だ。リルには悪いが、今夜はジャパニーズ白米オンリーワンで我慢してもらうほかあるまい。

 気想の総量が平均を大きく下回っているうえ、運も無い潤人にとって、雨という『天候』は災厄の塊でしかない。

『I・S・S・O』の本部であるこの島は、優秀な術師達によって幸福粒子の結界が展開されており、この結界が傘の役割をして、“雨”という『天候』を軽減し、“曇り”に留めている。とはいえ、結界が張られていない島の外が『嵐』などに見舞われた場合、結界内部も雨、或いはそれを上回る悪天候に陥る可能性はある。

『天候』が“晴れ”だった今朝でさえ、千円札が飛ばされたくらいだ。その自分が“雨”や“嵐”に遭いでもしたらどうなるか。

 想像するのも恐ろしい。

 人間は誰でも、生きるうえで最低限の抵抗本能は備えているので、『術師』として気想を高める訓練を受けた事が無い人であっても、不幸粒子がもたらす不運に対して、“なんのこれしき!”と、その時の咄嗟の判断と行動で状況を打開するといった、ある程度の抵抗能力を持っている。

 だが、寿潤人という少年は訓練を積んでいるにも拘らず、『持病』の悪影響で、体内に備わる気想の量が一般人の平均値よりも少ない。

 更に、自信の無さや、理不尽な日常からくるストレス、将来への不安等、数多の負の感情が原因で『持病』に拍車が掛かり、潤人を精神的にも事象的にも苦しめる悪循環が発生していた。

 そこへ、『悪天候』が加わったらどうなるかなど、考えるべきではない。

 世界中で、自ら命を絶ってしまう人の数が年々増加傾向にあり、日本でも、毎年3万人以上がその『数』に含まれているらしい。

 自ら生涯を閉じた人間は、地獄へと落とされ、二度と転生出来ないと言われている。

 真相がどうであれ、自分から命を絶ってしまう行為は、人々が考える『悪の概念』だ。やってはいけないことだ。

 かと言って、自分にその気が無くても、潤人が『悪天候』に遭ったら、不慮に命を落とす可能性もゼロではない。

「もし島の中まで“雨”になっちゃったら洒落になりません耐えられません!」

 再び社に向き直り、必死に手を合わせる潤人。

「怯えてばっかりなのもよくないよ? 自分の中だけじゃなくて、周りの不幸まで引き寄せちゃうから」

 斜め後ろで、万炎が潤人のYシャツを引っ張った。

「でもさ、こうもお先真っ暗だと、来る日も明日が不安で、前向きに考えられるものも考えられなくなるんだよ。最近、というかここ数日、『持病』のあの(、、)症状が頻繁に出るし……」

「病は気からって言葉があるでしょ? 今の潤人はその状態だと思う。初めはむずかしいかもしれないけど、強引にでもたのしい事を考えて、笑う回数を増やしてみるのはどうかな? たのしい事考えるだけで、からだの気想の分泌を良くする効果があるみたいだから」

 笑う門には福来る、という事なのだろうか。

「楽しいこと、か。仮にそれで元気を出したところで、明日には努力を裏切られて、突き落とされるんだよ。そのまま落ちたらオシマイだから、必死にしがみついてはいるけど」

「――――前向きになるの、もうイヤになっちゃったの?」

 という万炎の問いに、潤人は振り返った。

 万炎の瞳は、まるで心を見透かしているかのように、どこか遠く、しかし真っ直ぐ潤人を見つめている。

 潤人は、自身の心を読まれているかのような感覚に思わず顔を下へ逸らす。

 自分は、本当はどうしたいのか。

 どうするべきなのか。

 報われたいと願い、ひたすら修行に励んできたが、何度も突き落とされる内、その勢いは衰え、かつて見上げていた光を見失いつつある。

 リルが現れ、突如課せられた重荷に、半ば強引に背中を押され、惰性で動いているような状態だ。

「まだ、よくわからない」

 としか、返せなかった。

 万炎は、その小さな頭には少々大きめのすげ笠を俯かせ、静かに言う。

「――――例えばだよ?」

 その瞬間、境内の空気が変わったような気がした。

 歓談に満ちていた教室が、矢庭に沈黙したかのような感覚。

 いつの間にか風が止み、木々のさえずりが静まっていた。まるで、万炎の言葉に聞き耳を立てようとするかのように。

「――――?」

 辺りの静まり返った空気に呑まれ、潤人も沈黙する。


「潤人の大切なひとがだれかに命を狙われてて、潤人が必死にがんばってそのひとの事を守らなくちゃいけないとしたら?」


「……」

 偶然であるとはいえ、彼女の問いは今潤人が置かれた状況を射抜いていた。

 リルがもし、誰かに狙われているなら、自信をなくして下を向いている猶予は無い。

 それでも、潤人は考えてしまう。

 必死になった所で、自分には何が出来るのか。

 リルを狙う相手が銃を持っていたら自分が盾に。刃物を持っていたら肉弾戦に持ち込んで時間稼ぎ。

 大した事は出来ない。その場限りの、捨て身の戦法が精々だ。

 それ以前に、いざ敵を目の前にした時、潤人は逃げ出すことなく、竦み上がることなく、リルのために尽くす事が出来るのか。

『I・S・S・O』の一員として、銃の取り扱いや格闘術など、一通りの訓練は積んできたが、実戦経験は皆無。

 島の外に派遣されるのは優秀な一部の生徒のみで、そのほとんどが3年生である。潤人のような低能者が単独で、しかも外へ出動する事は無いのだ。

 そんなレベルの自分は、いざという時にどう動けるのか。

 起きてみなければわからない事を今から考えるのは無意味かもしれない。だが、いつからか潤人は想像上の事ばかり考えるようになってしまっていた。

 いつの間にか、自分がこんなにも弱腰になってしまっている事に、潤人は苛立ちと驚きを入り混じらせる。

 今まで、いつか報われるようにと願って続けてきた自分の努力を自ら否定しているようで、悔しかった。

 そうして、自分をこんな状況まで追い込んだ現実を、自信に満ちた返答が出来ない自分を、憎んだ。

「もし本当にそういう状況になったら、俺はどんな選択をするのか、今はまだ、わからないんだ。でも多分、俺にはなにも出来ない……」

 視線を地に落とし、潤人は言った。

「――――そこは嘘でも、『守る』って、言ってほしかったな」

 万炎は潤人を上目で見上げ、それから花びらが萎むように視線を落とした。

 女の子の手前、多少強がってでも『俺が守る!』くらいの事は言うべきだったのかもしれない。でも、それも結局は嘘だ。どうせ最後には、期待を裏切る事になる。

 そうならないために、初めから“NO”と言って期待を無くし、相手ではなく、自分が傷付かない事を優先した己が今、心の中に居た。

 自分の醜い一面に気付いた潤人は同時に、“なにか”が自分の中に現われた事に戦慄した。

 潤人を凝視する、“なにか”の気配。

「――――ッ!!」

 これも、生徒会長の言う、『持病』の症状か。

 或いは、本当に、“誰か”の言った通り――――。


『チカラガ欲シイ?』


“声”だ。

“なにか”が、潤人の耳元で囁く。

 これまで味わった事の無い現象が、今この瞬間、この場で起こっていた。

 潤人の全身が急激に強張り、不可解な凍てつく寒さに包まれ、筋肉が痺れたかのように、身動きが重くなる。

 激しい頭痛が潤人を襲った。

「ばん、び――――」

 来た。

『悪魔』が、とうとう現われた。

 万炎にそう伝えようとするが、『悪魔』に邪魔される。

「――――潤人?」

 生徒会長が直々に協力依頼を出してくれたおかげで、潤人の事情を知っている万炎は、異変に気付くと心配の面持ちで潤人の顔を覗き込む。


『私ニ全テヲ委ネレバ、アナタノテキハイナクナル』


 その声は毒。

 その声は詐術。

 その声は悪意そのもの。

 その声は、悪魔という存在からは想像もつかないほどに澄んでいて、少女のようなあどけなさの中に、どこか妖艶な響きが添えられていた。


『委ネテ。アナタノココロヲ』


『ソウスレバ、モウ苦シム必用モ無イ』

 

 その声は、潤人の意志に関係無く、発作のように現われ、潤人の心身の自由を奪おうとしてきた。

 全身から汗が噴き出す。無論、暑さのせいではない。

 潤人の中にもう一つの人格が眠っているのか、何者かが『念話』等の遠隔用気想術を(けしか)けてきているのか、それとも、『持病』が、幻聴や幻覚を覚えるほどに悪化してしまったのか。

 見えない何かに胸を締め付けられ、呼吸が出来ない。

「潤人、しっかり」

 万炎は落ち着き払った様子で、スカートのポケットから小さなお札を取り出すと、前屈の姿勢で苦しむ潤人の額にそっと押し当て、


「ノウボ、アキシ、キラバヤ、オン、サマヤソワカ」


 念じるように両の目を閉じ、何かの術を唱えた。

 発声法で唱えられたその術は潤人の聴覚を介して、脳へと響く。

 やまびこのように、何度も、何度も。

 術の発動の代償か、お札が音も無く灰に帰すと、潤人の全身を覆っていた凍てつきを追い払うかのように、暖かな風が生まれ、潤人の身体の周囲を渦巻いた。

 潤人が我に返ると、頭の割れそうな痛みと胸の圧迫が解消され、“その声”も止んでいた。

 万炎が両の手を胸の前で合掌し、大きく息を吸うと、潤人を包んでいた心地良い風が吸い込まれていき、凍えそうな冷気も取り払われた。

「――――だいじょうぶ?」

「……ああ。ありがとう、万炎。」

 万炎がその小さな手で背中を優しくさすってくれる中、潤人は深呼吸をして落ち着きを取り戻す。似たような症状は、6月に入ってから起こり始めていた。潤人の記憶が正常なら、これで4回目だ。

 だが、“声”が聴こえたりはしなかった。

 こんな事(、、、、)がこれからも続いていくと思うと、気が狂いそうになる。

「今、潤人の中に、なにが居たの(、、、、、、)?」

「――――!?」

 潤人は万炎のその問いに、目を見開いた。

 彼女の問いは明らかに、潤人の中に潜む『なにか』の存在を示唆するものだ。

(いま、彼女はなんと言った?)

(“俺の中になにが居たか”だって?)

 一つ、はっきりした。

 

 潤人に今起きた事は、『持病』によるものではない。


「万炎は、俺の中に何が居るかわかるのか?」

 藁にでも縋りたい気持ちで堪らなくなった潤人は逆にそう尋ねるが、

「……よくはわからないけど、今潤人のおでこに触ったとき、潤人のものじゃない気想を感じたから」

「――――そうか」

 万炎から断定的な答えは聞けなかった。

 だが。

 それでも構わない。

 間違いではなかったのだ。

“誰か”に告げられた、『悪魔』の話は。

 となれば、その“誰か”を突き止める必要がある。

 その人物から、もっと詳しい話を聞かなければ。

 2人の頭上を、巡回中と思しき武装輸送機(ガンシップ)がゆっくりと通過していく。

 機体の左右に位置する2基のターボファンエンジンが生み出す推力で、森の木々が踊るように揺れた。万炎があまりの突風に『わぁ』と、短い悲鳴を上げ、すげ笠を小さな両手で押さえつける。

 潤人も反射的に片手を伸ばし、万炎のすげ笠を押さえる動作をしたが、なんだか自分が、怯えるちびっ子を慰めるお兄さんに思えてしまった。

「空の警戒が始まってるね。早く帰ったほうがいいかもだけど、さっきのがもしまた出てきたら、わたしを呼んでね?」

「今起きた金縛りみたいな状況じゃ、難しい相談だな。俺としても、万炎に助けてもらわなきゃ困るわけだけど」

「絶対に、呼んでね?」

 万炎はその目を細め、諭すように潤人を見上げた。

「――――わかった」

 もしかしたら、事態は潤人が思っているよりも深刻なのかもしれない。

 そう思った潤人は、

「今の万炎の術は初めて聞いたけど、“魔よけ”か何かか?」

 先ほど万炎が唱えた呪文を、願わくば自分もいつか習得したいと考えながら尋ねた。

「わるいものをはじく“魔よけ”と言うより、“魔封じ”と言った方が近いかな。これも結界の種類の一つで、護符に込められた気想の効力を潤人の身体に流し込んで、発作を封じ込めたの」

 万炎が潤人の額に宛がって灰になった護符に、件の“魔封じ”効果を持った気想が仕込まれていたのだ。。

「結界術の中には、魔よけみたいに結界の“外側”に対してはじくのじゃなくて、今の魔封じみたいに“内側”に閉じ込めるものもあるんだよ」

 すげ笠の顎紐を指先でいじりながら、万炎は術のレクチャーをしてくれた。

「出来るものなら、自分で自分の発作くらいは対処したいんだけど、ごめんな。今は一人じゃどうしようもなくて、万炎に頼るしかないんだ」

「苦しい中頑張ってるのは潤人だよ? わたしは大丈夫だから。症状が落ち着くまで、根気強く頑張ろうよ」

「――――ああ。それしか道は無いもんな」

 友人の暖かい言葉に、感に堪える思いの潤人は、恐らく今日一番の幸福粒子(エフティフィア)であろう安心感を抱いて頷いた。

 世界は理不尽に出来ている。

 容赦という概念は無い。

 それでも、弱者は誰かに支えてもらいながら苦しみに耐えるしかないのだと、潤人は卑屈な思いでいた。

 


ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

まだお話は続きますので、好かったらそちらの方も宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ