序章
初めまして。
宜しくお願いします。
世界は理不尽に出来ている。
人の都合も、心情も、お構い無しに。
容赦という概念はない。
どんなに備えて、覚悟を決めていようとも、無慈悲に全てを否定する。
物事は全て、『運』で決まる。
“努力”とは、ただの行為だ。『努力した分=望んだ結果』とはならない。
努力とは単に、望む結果に達する可能性を上げるためのものでしかないのだ。
確かに、努力をしなければ可能性はゼロに近い。
だからと言って、どれだけの努力を重ねても、望みに辿りつく可能性が100%になることはない。
(――――これが、世界というものなのか)
諦めなのか、嘆きなのか、或いは恨みなのか、義憤なのか、はっきりとしない、煮え切らない感情が潤人の胸中でうごめく。
薄く透けるような青空の下。朝陽を浴びる校舎の屋上。
熱く硬いコンクリートの上で、潤人はうつ伏せに倒れていた。
ここで勝負を決めるつもりだった。
決闘だった。
相手は、常軌を逸した『気想術』の使い手。
“巨竜の力を宿す者”。
今思い返せば、いくら“力”を発現したとはいえ、化け物相手に、男子高校生がたった1人で戦いを挑むなど、無謀以外の何物でもない。
煤まみれの身体は隈なく打ちのめされ、着ている制服は至る所が破け、ボロボロなその胴に大穴を穿たれ、大量の血液を失った潤人の命が尽きるまで、猶予はもう無い。
そんな状態の潤人の意識が飛ばないのは、『不幸粒子』が、潤人をここまで悲惨な目に遭わせてもまだ苦しめ足りないからか。
(何をやっても運任せな世界に怯えて生きるくらいなら、このまま命を落とした方が楽ではないだろうか)
そんな感情が、何度も湧き上がっては不鮮明になっていく。
でもきっと、そうして逃げられるほど、世界は甘くない。
世界は無慈悲だ。
それは解る。この身をもって味わった経験が積もり重なって、確信へと変わったのだ。
ではその中で、どうすれば善いのか。
絶望は出来ても、奮起が出来ない。
負の感情は、こうも勢いを持って全身を駆け巡るものなのか。
永遠のように長い、走馬灯のような葛藤は続き、漂う血の臭いと、コンクリートのざらついた感触が、次第に遠退いていく。
答えの無いまま。
それでも潤人は、何かを求めるかのように、血だまりの上を這う。
そして虚ろな目で、世界を――――己の“敵”を、見上げた。
「もう、終わりなのか?」
“敵”が言い放ったのか、自身が思ったのか。
もはや、誰のものかもわからない声が、脳内に響いた。
その声を引き金に、潤人の脳裏で、今まで過ごしてきた日々の記憶が、断片的に明滅する。
潤人には、自分を犠牲にしてでも、“敵”から守り抜きたい人が居た。
大切な仲間が居た。
仲間のためにも、こんな所で終わるわけにはいかない。
その時、胸の奥から、疾うに失われていた希望と共に、湧き上がる感情があった。
その感情を認識した途端、急速に感覚が回復し、思考能力が戻ってきた。
肉体の治癒が始まる。
腹部に穿たれた穴をも修復させていく。
意識を保っているのが奇跡であると言うべき現状で、潤人の五感が何かを捉えた。
それは、右手の感触。
その右手に握られていたのは、白き異物。
砂鉄を集めて凝縮させたような手触りの“白”が、柄、刀身の部分を形作り、細長い剣のような形状を保っていた。
その『剣』によって注入される気想が、潤人の身体の隅々まで行き渡る。
恐らくこれが、“敵”への最後の一撃になるだろう。
結果がどうなろうとも、寿潤人の戦いはこれで終わる。
直感的にそう思いながら、潤人は全身に最後の力を込めた。
理不尽な世界に抗うかのように、激昂の哮りが響き渡った。
読んで下さった方、ありがとうございます。
アドバイス等頂けると幸いです。宜しくお願いします。