黒士無双
遅れて申し訳ないです。
十階層からの階段を上ってたどり着いた十一階層。そこは学校の教室よりもやや広い部屋となっていて明りは不要で、部屋の奥に通路が見えている。
そんなことよりも、部屋の丁度真ん中あたりだろうか。目の前に黒塗りの装備を身に纏いし「鬼面」の武士(?)が立っている。武士は通路の方を見ていたけど、私達が近づいてきたことに気づいたのかこちらに体を向ける。
「ほぅ……、この先で魔法を放ち暴れ回る者がおる、巻き込まれぬように気を付けるがよかろう、最も合流する方がお主らにはよいかもしれぬがな」
私達を見て何か思案気な仕草をしてしばらく沈黙し、口を開くと私達に対する注意だった。
『敵じゃ…ない?』
クゥちゃんはまだ警戒しているみたいだ。
「えーっと、あなたはNPCということでいいのですか?」
カッサが警戒している様子を隠すこともなく、だけど慎重に問いかける。
「うむ、主の推察通り、某はお主らとは違った存在じゃ」
武士はカッサの問いかけに素直に答える。しかしカッサ達は疑わしそうな顔をする。プレイヤーが容易に関わることができるようなNPCは「NPC? 何それ?」みたいな反応をすることはもはや常識となっている。
私みたいにレフトさんのような存在からその辺の常識を壊されてなければ今の武士の反応の方が却って怪しく感じることだろう。
「ふむ、却って怪しんでおるようだのぅ、まぁよい、出会ってしまったからには慣例に従わねばなるまい」
武士の言葉を聞き、戦うことになるかもしれないと全員が戦闘態勢に入る。
「某はジョーカーが一人、『鬼面』の黒士無双と申す」
武士はが堂々と言い放つと呆気にとられたのか全員が警戒を解き、戸惑ったように戦闘態勢からもとに戻る。一方で私はより一層警戒しブーメランを持つ手にも力が入る。
「ジョーカー」といえば以前ゴブリン王国開放の際のゴブリンとの共闘に出てきたあのピエロの仮面の男も同じことを言っていた。だとすれば今目の前にいるこいつも敵の可能性もある。
そういえば忘れていた…ルージュナに行けるようになったら図書館で「ジョーカー」が何なのか調べるつもりだったのに。
「そこまで警戒せずともよい、此度はそなたらと敵対するつもりで来たわけではないからのぅ」
黒士無双は私が警戒を強めたことに気づいたみたいで柔らかな口調で言う。私は信じたわけではないけど警戒を解く。
それを確認した黒士無双は私達が通りやすいように部屋の隅の方へと行く。
「なんかよく分かんないけど、敵ではないみたいだし、俺達の目的は他にあるし、で先に行こう」
カッサの言葉に皆が頷き部屋から出る。
通路は人二人が並んで歩くのが精一杯なくらいに狭く先へと進むのにもペースが落ちる。
「さっきの人…魔法で暴れてる人がいるって言ってましたけど、どこにいるんですかね?」
「もう終わったから部屋を通してくれたのかもしれないからなぁ」
「だとしたらその人達と合流しないように調整されたってことかな?」
魔法で暴れているならそのエフェクトですぐに見つかると思っていたのに見つからず、ミカちゃんの問いかけにカッサが推測を述べる。それでクゥちゃんはまた黒士無双に対して不信感を募らせているみたいだ。
十一階層はモンスターと遭遇することがなく、これが魔法で暴れていた人のせいなのかただの偶然なのかが分からないけど、もし前者ならばMP切れの休憩を加味して合流できるはずだ。
十一階層にある部屋はどれも教室よりやや広いくらいの広さの部屋ばかりで、これまでその全てがドアなどなく通路から部屋の中が見えるタイプだった。
しかし今、私達の前には扉がある。クゥちゃんの話によると、部屋になっているのは確かなようだ。
「中にはプレイヤー6人…1PTってところだね、他には何もなさそうかな」
クゥちゃんが部屋の詳細を話す。
部屋には男女6人のPTがいた。ローブ姿の女性がその集団の真ん中でへたり込むようにしていて、息が荒い。多分この人が魔法で暴れている人だろう。
「おや、人が来たようだ」
PTの一人の男性が私達に気づく。
「どうも」
カッサが私達を代表するような形であいさつを交わす。
「今ちょっと取り込み中…、先急ぐならどうぞ」
「別に急いでいるわけでは…」
「そっか、ならどうぞー」
軽ーい感じのその男性はそういって彼らの横のスペースを指す。
「ここまで来てるってことはボス狙いか?」
タンカー風の重鎧を着た男性が近づき私達に問いかける。ここでもカッサが軽く「ええ」と答える。
6人PTのみなさんもボス狙いでここにきているらしい。しかしローブ姿の女性が色々あって暴れ回って現在休憩中なんだとか。
「でぇ、そっちはぁ?」
「まだすっきりできてないみたいだ」
軽い感じの男性が重鎧の男性に問いかけ、その答えに「ありゃー、結構重症だねぇ」と言ってる。
「彼女のMPが回復し次第進むつもりだけど、一緒に来るってことでいいよ…な?」
重鎧の男性が念を押すように、だけど何か心配なことでもあるのか最後の方は少し弱弱しく私達に聞いてくる。私達は全員で頷き返す。
それを見た男性は、少しやりにくそうな雰囲気を出しながら、
「まぁ、まだ暴れたりないみたいだから…やりにくかったりすると思うけど、大目に見てもらえるとうれしいかな、はは」
最後は乾いた笑顔だった。
「ロイド、大丈夫よ! いけるわ!」
ローブ姿の女性が復活したようで重鎧の男性の名前を呼び、その声色はどこか冷た男性の表情もこわばっている。…私達はもしかしたら関わってはいけない人たちと関わってしまったんじゃないだろうか、と少し後悔し始めていた。
女性が復活したので私達は部屋から出て次の階層に向かって進みだす。しかし、先ほどの重鎧の男性――「ロイド」さんというらしい――の言った通り、女性はまだ暴れたりないようだった。
「全くあのセクハラ上司! 何がモテない娘はつらいねぇ、だ! イマドキそんなこと言っていいと思うなぁ!」
ローブ姿の女性が吠えるたびに強烈な魔法でモンスターが吹き飛ばされ…モンスターがいなくても爆発が起こり、人二人が限界の狭い通路ということで全く進まず、彼女のPTメンバーの面々は申し訳なさそうな表情を作っている。
「私だって! 私だって男作ってあんな会社辞めてやるぅぅぅぅ!!!」
現実の世界にゲームの世界を持ち込む人がいるとは聞いたことがあるけど、現実の話をゲームに持ってくる人がいるとは思わなかった、しかも女性がなんて。
その次のMP切れですっきりした女性は、私達が合流したことに気づいてなかったようで「気づいてたらあんな姿見せなかったのに! 恥かいたじゃない!」と顔を真っ赤にしながらロイドさんを睨み付け、私達にはひたすら謝っていた。
その謝っている姿と、普通にしている姿を見ると立派な常識人なようだった。
生きるって大変だね。としみじみ思いながら、十一階層、十二階層と突破し、十三階層へと向かう階段を上る。
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NAME:ナギ
【ブーメラン】Lv28【STR上昇】Lv40【幸運】Lv42【SPD上昇】Lv38【言語学】Lv41【視力】Lv40【アイドル】Lv11【体術】Lv19【二刀流】Lv30【水泳】Lv18
SP29
称号 ゴブリン族のアイドル 恋に惑わされる者
ローブ姿の女性は、名前だけならすでに出ています。




