プリンセス
詠唱が終わったプリンセスバタフライは、私達に右手をかざす。今度は単体の風魔法で、狙われたのはゆうくんだった。
ゆうくんは一旦後ろに下がりミカちゃんは回復魔法の詠唱をしている。
私はダガーを投げて牽制する。ダガーを避けると同時にボスは後ろに下がる。
魔法による攻撃が主体でその容姿からもあまり実感がわかないけど、羽を使っての瞬時の速い動きで縦横無尽に飛び回るボスを最初のクゥちゃんの連続攻撃以外にとらえることができない。
ゆうくんの回復が終わり前線に戻ってくる。舞浜君とゆうくんが二人で最前列に並び、いつでも前に飛び出せる位置にクゥちゃん。タンカー二人の後ろに私で、そのさらに後ろにミカちゃんとカッサだ。
私達から距離を取ったボスは再び魔法の詠唱を始める。
「またかよ!」
舞浜君が悪態をつく。私達は距離を詰め、私はブーメランを投げる。
横に回避されるも丁度良くブーメランの帰ってくる軌道上だったので攻撃が当たる。帰ってきたブーメランに驚いたのか一瞬表情を変え動きが止まったのですかさずダガーで追撃。
ぐぅ――
ダガーは首元に当たり、ボスはうめき声とも取れる声を上げる。
魔法の詠唱の中止に成功したようで、再びボスは俊敏な動きを展開し始め距離を取ろうとする。
後ろに回り込まれそうになったので【誘惑】で動きを止めてるうちに、舞浜君が猛然と突っ込み【シールドバッシュ】で吹き飛ばす。そして畳み掛けるように全員で距離を詰め、先行していたクゥちゃんがボスに殴りかかる。
少しの攻撃で先ほどの風を食らう前にクゥちゃんは引…かず、ボスを掴んで投げ飛ばした。直線でこちらに投げ飛ばされたボスにゆうくんの剣が振り下ろされ、ボスは床に頭を打ち付ける。
そこにさらに舞浜君が追撃、この隙を逃すまいとクゥちゃんも近寄り手数を増やす。
射線のない私はダガーを持って【チャージスロー】を発動し溜めている。
ばたつくようにして体を動かし、ボスは前衛の三人を振り払う、しかしその時にはミカちゃんの詠唱が終わり光の柱がボスを襲う。
それでも倒れないボスに【チャージスロー】を放つ。ボスにはこの攻撃を回避する余力はなかったようで見事に命中。
この攻撃も耐えた。しかし明らかに動きは鈍り、羽もピンよ張っているようだったのが元気がなくしなだれてしまっている。
「よし、いけるぞ」
舞浜君の掛け声とともに前衛の三人が再び一斉にボスに飛びかかる。その時、プリンセスバタフライは手を横に広げ、羽をピンと張り、体を弓なりに反って顎を上げる。すると光の粒子が辺りにまき散らされる。
その範囲内に入っていた前衛三人は一度動きを止めて、同士討ちを始めた。
「「「んな!」」」
取り残された私達後ろの面々はその光景に驚愕する。
「攻撃し合ってるのに解けないってことは強力な混乱系だ!」
「どれ? どの段階なの!?」
「落ち着いて! せめて一人元に戻さないと!」
カッサの推測に慌てるミカちゃんを落ち着かせるつもりだったけど、私も落ち着きれず、段階を尋ねるミカちゃんに元に戻すことを促していた。ミカちゃんには解除できない段階の混乱系状態異常の可能性もあるのに。
「しまった! また詠唱を始めてる」
ミカちゃんが落ち着きを取り戻し詠唱に入ると、ボスを確認していたカッサが苦しい表情を浮かべる。
「ナギちゃん、何かないの!?」
カッサが私に問いかけるけど、完全に出遅れていた。体はボロボロのプリンセスバタフライは口元に不敵な笑みを浮かばせてすでに両手を私達にかざしている。
「広範囲魔法か!?」
カッサは今まで聞いたこともないくらい声を張り上げる。
咄嗟の【誘惑】は不発――ただ舞浜君の動きを止めることになるだけ――同時に私は走りカッサとミカちゃんから極力離れる。
そして【スポットライト】を発動。その瞬間全員が私の方を向く。プリンセスバタフライも体をこちらに向けた。彼女のかざされた両手を中心に渦巻く旋風が射線上の前衛三人と私に向けて放たれる。
その瞬間ダイブして回避したカッサと、私が走って気持ちだけできた距離のおかげで射線から外れたミカちゃんの姿を確認して安堵する。
ものすごい風力に踏ん張ることもできず吹き飛ばされ、風の刃に身を裂かれながらそれぞれ壁に打ち付けられる。
ローエスさんお手製の防具のおかげで魔法では4割、壁に打ち付けられてさらにもう1割、でHPの半分は残った。
「うぐぅ」
「んん」
すぐさま私は起き上がる。前衛の三人は何かの状態異常なのか立ち上がろうとするけど立ち上がることができないみたいだ。それを確認した私は再び何かの詠唱を始めるプリンセスバタフライに向かって走って助走をつけながら大斧【タイタンキラー】をぶん投げる。
ぼろぼろで動きの鈍った彼女は、その大斧を避けるだけの余力はなく、その一投を全身で受け止める。
その威力に耐えきれずに宙を舞い、地面に落ちると消えていった。
プリンセスバタフライの姿が消えると、入口の反対側にいつの間にか扉が現れて開かれる。
「…勝った……のか?」
「あぁ、まぁな」
苦しそうな表情が想像できるような声の舞浜君の問いかけにカッサが近寄りながら答える。私もタイタンキラーを回収し、倒れている前衛三人の近くに座る。
「ううん、なんか体がだるい」
上体を起こすだけで精いっぱいのクゥちゃんは頭を振りながら呟く。
「デバフかもしれません」
範囲の回復魔法の詠唱を終えたミカちゃんは考えを一言で伝え、淡々と次の詠唱に入る。
「ボスに勝ったのに…爽快感が全然ないなぁ」
やっといつもの調子に戻ったカッサはニヤけた顔になる。
「ふぅ、やっと普通な感じに戻れました」
デバフを最優先で解いてもらったバカップルの彼氏は手をグーパーしながら座り込む。そのあとクゥちゃんと舞浜君も再起してその場に座る。戦闘後忙しかったミカちゃんもゆうくんに抱きつくようにして座る。
「あんな技を隠してるなんて、油断した」
兜を取ってその表情がよく分かるようになった舞浜君は悔しそうな顔をしている。
「あんなの聞いてませんけどカッサさんまた隠してました?」
ミカちゃんがカッサを睨んで問いかける。カッサは海底遺跡の十階層で情報を完全に開示しなかった前科がある…事前に調べてない私達も悪いんだけど。
「俺も知らないよ、でも聖樹に来る人達って俺達よりも強い人だろうから、HP残りわずかで発動するとかだったらスルーされて気づかないかもしれないし」
カッサの事前の情報収集でもわからなかったみたい。
カッサの事前調査では風魔法と混乱状態にしてくる魔法(?)での攻撃が主体、動きが素早いけど弱点の火属性攻撃で一気に遅くなる、と言ったことだった。
「そういえば一度プレイ動画みたことあるんですけど、そのとき火魔法で動きを鈍らせてて、確か羽が焼けて動かせなくなってた気がします、羽を封じることで動きとあの変な光の粒子の技を使ってこなくなるんじゃないかと」
ゆうくんの推測に一同で「なるほど」と頷く。
「じゃあそろそろ上に行くか」
カッサが話を切り上げて上へと向かう。11階でボス後セーブを完了。10階のボス前の部屋に転移して、10階から1階へ転移。そして聖樹から出る。
聖樹から出て反省会を再開。混乱状態で同士討ちってどんな感じなのかとか、私が投げたあの大斧はなんだとか、最後の風魔法(?)にはデバフの効果がついていたのになぜ私が無事だったのか、という話がほとんどだった。
昨日体調を崩していたクゥちゃんにとって今日は中々にハードだったのか、途中でログアウトしてしまった。
反省会が終わり、カップルは二人でまたどこかへと行き、街をぶらりとしていたらカッサは…何かをしに行った、何かは知らない。
舞浜君と二人になったころに聖樹から昨日のゴブリン達が戻ってきて、遭遇した。トクシーから「運命ですね!」と言われた以外は今日は何をしていたかの話をして別れた。
ゴブリン達と別れた後、舞浜君がほっと息を吐いた。
「どうかしたの?」
「いや、なんか、ボス倒した後あたりから松木さんの表情が常に気を張り詰めた感じだったから」
「あー、通りでなんかみんながちょっと変な感じだったんだね」
舞浜君に言われて、いつの間にか心配をかけてしまっていたことを知る。舞浜君が息を吐いたのは私の緊張が解けるのを見て安心したからみたいだ。
「あんな感じの松木さん…ナギさんは初めて見たからみんな戸惑ってたんだよ」
「そんなに違ったかな? でもなんか疲れた感じがする」
「ぎりぎりで頑張ってたからね、今日はもうやめた方がいいと思うよ」
「うん、じゃあそうする、またね」
そう告げて舞浜君に手を振り、ログアウト。
――――――――――
NAME:ナギ
【ブーメラン】Lv27【STR上昇】Lv40【幸運】Lv42【SPD上昇】Lv37【言語学】Lv39【視力】Lv40【アイドル】Lv8【体術】Lv18【二刀流】Lv28【水泳】Lv18
SP21
称号 ゴブリン族のアイドル 恋に惑わされる者




