隠居人という便利屋
夜のビーチの端っこに一人で体操座りで座る私。何もやっていないわけではなく、ここから動きづらいからここにいるだけで、やることはやっている。
何をかというと、もちろん装備の問題だ。朝食を終えてすぐログインした私はマキセさんと連絡を取った。
マキセさんも【裁縫】のスキルを持っていて水着を作れることもあって、尚且つ贔屓にするプレイヤーが多いので余計に私のオーダーを聞く余裕はないそうだ。
露店も出さず、作業場で作業をし続けて一定量出来上がったら待ってるプレイヤーに渡しているらしく、人を使って買い取りに行っても水着との兼ね合いでトラブルになりかねないから避けた方がいいとのこと。
「ベリーワーカーズ」の二人は昨日遺跡を探索しているあたりからログアウトしていて、今もログインしていない。昨日ログアウトする前にメッセージでも送っておけば、私がいない間にログインしていたら何か変わっていたかもしれない。と思ったけどどうやらログアウトしてから一度もインしていないそうだ。
今私のために奔走してくれている舞浜君が「Berry Workers」に立ち寄った時に二人のことを聞いてきてくれた。
何故舞浜君が走り回っているのかというと、クゥちゃんもカッサもログインしておらず、私は町中を水着姿で歩き回ることに抵抗があるからだ。ビーチの近くならば水着姿で歩き回る人もちらほらいるので問題ないけど、ビーチの近くに生産者はほとんどいないようだし丁度ログインしていた彼を頼っている。
生産の自由度が高いこのゲームでは、装備品と言ってもサイズが合わなければ装備できなかったりするので、私のサイズに合うものを選ばなければならない。舞浜君が「Berry Workers」に立ち寄ったのも私のサイズを明確に把握しているのが「ベリーワーカーズ」の二人だからだ。
そのときに二人のことと、私のサイズのメモを受け取って、今それにあう装備品を探してくれている。「Berry Workers」の方々も大変忙しいそうで、ブティックに置かれいてるファッション用の布装備を強化する余裕はないらしい。
どうやら水着は需要に供給が追い付いておらず、贔屓の多い少ないにかかわらず水着が作れる生産者は大忙しなようで、供給の間に合ってないプレイヤーはポルトマリア周辺で象と亀を大量虐殺しているらしく。特に亀ばかり狩っている人達は「浦島太郎が来るんじゃね?」とか「むしろ浦島出てこいや!」な状態だそうだ。
なぜそうなったのかというと、ポルトマリアで売っている水着でいいやと割り切っていたプレイヤー達が、海中のモンスターの攻撃に全く耐えられない性能のために一気に押し寄せてきたらしい。
夜のビーチにただ一人。多くのプレイヤーは海中や海底遺跡に行っているらしくビーチにいるプレイヤー達は恋人同士ばかりで、幸いにも隅っこにいる私に気づいて声をかけてきたり、ジロジロ見てきたりする人はいない。
とはいえいつそんな人が来るのか不安なので一人は嫌だ。かといってリアルで知り合いの舞浜君と二人というのも気まずいので、気まずくならない知り合いに応援要請を出した。ジェットさんやスカイさん、お兄ちゃん達は遺跡探索中で行くにしても時間がかかるとのこと。その代りジェットさんがギルドで暇してる人に頼んでくれたらしい。
……知らない人は極力嫌なんだけどなぁ。
性能を考えなかったり布装備に拘らなければあるんだけど、舞浜君曰く「それは最終手段」だそうだ。どうせ明日までのつなぎだよ、と思うのだけど籠りっぱなしになることも考えているみたいだ。
舞浜君は人から頼りにされて「しまう」人だと思っていたけど、人に頼られたら喜んで尽くすから頼りにされるんだろうな、と評価を改める。
私が舞浜君の評価を改めていると、
「VRというのは実にいい、夜のビーチでいちゃつく恋人たちの…女性の方の水着姿を好き放題楽しんでも胸の内から溢れ出んとする情熱が下半身によって顕現されることがないのだから!」
絶対に変態発言だと直感してしまう発言をする人影が近づいてくる。私はとっさに身構える。松明の火の近くによって見づらかったその姿が鮮明になると、力をすっと抜く。抜いていい相手かわからないけどとりあえず知り合いの、ローエスさんだ。
「いきなりの変態発言ですね」
私は呆れ口調で声をかける。
「それが分かるとはお主もなかなかのお手前で」
ローエスさんの返答に一瞬焦ってしまう。私はそんなんじゃない。
ローエスさんは私の隣に座り海の方に目をやる。海は闇に染まって真っ黒になっている。
「昨日の視覚阻害事件の場にいあわせてはしゃいだせいで睨まれて、何の理由もなしに来るのは危険だと思っていたけどこんな風にもう一度ビーチに来る機会をくれてありがとう」
「おかげで仮想現実だというのに紙飛行機ばかり作らされてノイローゼになりそうな気分を女性の水着姿で癒せそうだ」
淡々と話すローエスさんの方に目を向けると、さっきまで海を眺めていた視線はいつの間にか夜のビーチで語らったりいちゃつくカップルの方に向いている。
……この人大丈夫だろうか?
そして私の方に視線を向ける。
「それがワーカーズの水着か、いい感じじゃないか」
ローエスさんは目を細める。そして続けて
「で、俺は何をすればいいんだ?」
何も用はないのに呼ばれたわけではないだろう、といった感じのローエスさん。
「いえ、ここに私と一緒にいてくれればいいです」
言い方があれになってしまったけど、とりあえず先に要点だけをと思ってそう言うと、ローエスさんが急に震えだし顔に恐怖の表情が浮かび上がる。
「な、なん、なんだと!? もしかして俺をアカウントごと抹消しようとしてるのか!? やめろ! そ、それだけはやめてくれ!」
紙飛行機ばかり作らされる仮想現実にも未練はあるらしい。
恐怖し怯えるローエスさんに事情を話す。防具を修理に出して水着しかないこと、それを今知り合いに探してもらってるけど一人で夜のビーチは不安だということ。するとローエスさんは表情を若干和らげつつ
「ログアウトすればいいんじゃないか?」
というので
「人を走り回らせていてそれはないかなぁって思って」
と答える。ローエスさんも納得したようで頷いている。そして呆れたような表情で
「それで、一応確認したいんだが……俺をなんだと思ってるんだ?」
「え、もちろんへんた…」
あれ? この人が『変態』と呼ばれる理由ってたしかスカートが原因じゃなかったっけ?
「フフフ、スカートを作らなくなっても布系装備は作ってあるのさ! ハハハハハ俺の存在を知ってるやつは少ないし、知ってても水着を頼みに来るやつは一人もいない隠居人だ!」
……変なスイッチが入ってしまったらしい。神エロスについて語る時もこんな感じだったなぁ。
「隠居人となった今もそのバイタリティは衰えず、他の連中では作れないような代物を次々と完成させていっているのだ! 当面の目標は先日完成した褌をどうにか男性専用装備から男女装備可の物にすることで日々研究に明け暮れている! そう、俺こそが変態だぁ!」
大声で高らかに宣言するローエスさん。周囲の人たちに聞こえてるんじゃないかと気が気でないけど止められそうもない。
っていうか、あれ? そういえばさっき紙飛行機ばかり作らされてノイローゼになりそうだったとか聞こえた気がしたけど幻聴だったのだろうか。いやそんなはずは…。
なんかよく分からないけど、勢いそのままに防具一式を渡された。まぁ、とりあえず目的は果たせたし…結果オーライ?
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NAME:ナギ
【ブーメラン】Lv26【STR上昇】Lv39【幸運】Lv40【SPD上昇】Lv36【言語学】Lv36【視力】Lv40【アイドル】Lv1【体術】Lv18【二刀流】Lv27【水泳】Lv9
SP16
称号 ゴブリン族の友 恋に惑わされる者




