メルサの悲願
今にも泣きだしそうなメルサさんを連れて『バニードール』のメンバーズカードを発行してもらう。
「あ、ありがとうございます、ナギさん」
震えるメルサさんを促しドアに手をかける。
「ま、待ってください! 心の準備が」
そういうと、スゥーハーっと深呼吸する。「大丈夫です」の声をもらいドアを開ける。
「うわぁ、こんな風になってたんですね」
さっきまでの、うれしさと緊張で震えていた姿はどこへやらといった感じでメルサさんの顔が輝き始める。店内をぐるりと見回していると店員に声をかけられ、フリーズした。
フリーズしたメルサさんをフォローする形で私が店員に応対し、すぐさま席に連れて行かれる。席に着くとほっとしたのか他の客を見る余裕ができたかと思うと、ホテルの常連がいることに気づいてまた緊張したりとメルサさんの心は忙しなく動いていたみたいで、その心情の変化が起こるたびに表情にも出ていた。
一応、メンバーズカードを持って正当に来ているのだから堂々と、と言ってもしばらくはどぎまぎしていた。なので、客ではなく店員を見て落ち着くように勧めた。
「うわぁ、女性の店員さんの服装は話に聞いてましたけど大胆ですね」
「あ、あれホムラさんじゃないですか!?」
緊張は解けたらしい、ただ興奮具合が一気に増したようでやっぱりどこか落ち着きがなくなってしまっている。
メルサさんが興奮している間にも、頼んだ食事や飲み物が運ばれてくる。
時間がたつと今度は店に流れる音楽にメルサさんはうっとりし始め、もはや私がいることを忘れてるんじゃないかというぐらい憧れの『バニードール』を満喫している。
「これ、おいしいですね」
「ほんとですね」
「あ、ナギさんそれ頂いてもいいですか?」
「いいですよ」
食事が進む、量も程よく様々な品を楽しめる。お互いが頼んだ物を一口ずつぐらい食べさせてもらったりしながら時間が過ぎていく。
「じゃあ次はこれ頼みません?」
「いいですね」
「これもどうですか?」
「あ、私はこっちも食べたいかも」
「あ、それもおいしそうですね、頼みましょう」
「「すいませーん」」
――しばらくして注文の品が運ばれてくる。それに目を奪われながらふと気づいてしまう。
「あの…メルサさん?」
「なんですかナギさん?」
「ここって入店するときにメンバーズカードのお世話になってるから、値段の割引とかないんじゃ…」
「あ…」
メルサさんは憧れの店に入ることができたために、入店した時から冷静さを欠き、私はおいしい食事に心を奪われて、お互いブレーキをかけることなく考えなしに注文しまくっていた。
恐る恐るメニュー表で値段を確認する。…高価だ。普段なら奮発したなぐらいの範疇で、ある程度の品数注文していても、狩りをがんばらなきゃと思うだけで済む値段だ。しかし今回のイベントは元々の所持金の持ち込みが不可能のため余計に高額に感じる値段になっている。
勘定の方は怖くて見ることができない。でも見ないわけにはいかない。
「う! …そ」
「だだだだ大丈夫ですか!?」
うそ…、という言葉すらも詰まってしまうほど注文の品がずらりと記載されている。そんなに私達食べたかしらとしらを切りたくなるくらいの数。頭が真っ白になりそうだ。一応メルサさんにも見せたけど、メルサさんも停止した。
「私…払えないかもしれないです」
メルサさんは停止した思考回路をなんとかつなげ言葉を紡ぐ。
「私も…危ないかも」
所持金をチェックしたら結構やばい。私は元のサーバーにおいてきたお金があるので、今持ってるお金をすべて使ってもいいけど、ここで暮らしているメルサさんに全財産をつぎ込ませるわけにはいかない。
出せる金額を話し合った結果ぎりぎり足りなくなったけど、とりあえず一度お金のことを忘れて食べることにした。さっきまでおいしかったものが途端にまずく感じるから不思議だ。
いや、厳密に言えばおいしいんだけど、味覚はおいしいといってるんだけど、心がそう思うことを妨害してくるというか。いっそ本当にまずく感じることができた方がどれだけ楽だろうか。
すべて食べ終えたところで私たちは最後のあがきと言わんばかりに時間をつぶす。特別な会話をしているわけじゃないけど心中穏やかではない。
「どうかしたのか?」
私達を見つけたホムラが声をかけてくる。今私達が置かれている状況を話すと、
「お前ら…」
そういって足りない分を払ってくれた。
「本当にありがとうございます」
メルサさんは何度も頭を下げて私とホムラにお礼を言う。
ちょうどホムラもお手伝いの時間を過ぎたらしく解放され、会計を終えた後三人でバニードールを後にする。もちろん宿の方から外に出てメルサさんと別れる。
「ではナギさん、また」
「メルサさんも、はしゃぎすぎてお金の無駄遣いをしないように」
「そうですね」
ホテルの手伝いの時と立場が逆転してますね、と微笑みながらメルサさんは夜の闇に消えていった。
私とホムラは部屋に戻り、活動報告を行うことにした。といってもホムラはアルバイトみたいな状況だったから特に何か変わったことはなかったらしい。私は主にシャングリラナイトやエンジェル・モーリン関連の話をした。
「バニー・バーンといい、エンジェル・モーリンといいキャラが濃いな」
「でしょ、でもモーリンさんの方が裏表ありそうで危険な感じ…かな」
「…それより、海の話とかしていいもんなのか?」
「さあ」
ホムラも一応好き放題やってる印象が拭えない運営の人間に思うところはあるらしい。
「あと、ナギのお金のことも考えないとな」
「ええ? あと一日だけしかないから使わなければ問題ないでしょ?」
「金銭の持ち込み不可だということも考えると、最終的な所持金もランキングに影響してくるかもわからん、一応狩りのメンバーにも目処がついた、行くとしても明日だけどな」
夜になって出現するモンスターが変わっていることだけを救いに、外に出たくない気持ちを切り替える。こればっかりは自業自得な面もあるので仕方がない。
「とりあえずナギはそろそろ夜ご飯だろ? そのあとエンジェル・モーリンだっけ? そいつに確認したいことがあるから、そこに行こう」
「わかった」
私は自室へと入り、ログアウトした。
夜ご飯やお風呂を済ませ――ゲームでお風呂もディナーも済ませた後だからちょっと変な気分だけど――ログイン。
ホムラとともに『エンジェルプレイス』へと向かう。エンジェルプレイスに着くとエンジェル・モーリンが私たちに気づき駆け寄ってくる。そしてホムラの方を見ながら、
「私はここ『エンジェルプレイス』の――ひっ!!」
私が止める間もなく始まった自己紹介の途中でエンジェル・モーリンの顔が引きつる。それと同時に私の背筋にも何か冷たいものを感じた。
「――ほぅ?」
聞いたことがない低い声、だけど私の頭にはその声の主の姿が何故か浮かぶ。そして後ろを振り返ると私の予想通りの人物がいた。
ゴゴゴゴゴという音が出そうなくらいの剣幕で、立ちはだかるというよりそびえ立つという表現の方がぴったりくる存在感を放つ女性。
――バニー・バーンだ。
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NAME:ナギ
【投擲】Lv30【STR上昇】Lv13【幸運】Lv26【SPD上昇】Lv2【言語学】Lv32【視力】Lv23【】【】【】【】
SP28
称号 ゴブリン族の友 恋に惑わされる者




