空中大浴場「シャングリラナイト」
エンジェル・モーリンに案内され、シャングリラナイト用の脱衣場。服を脱ぐと、どういう理屈かタオルを巻いた状態になり、見せられない姿をさらすことはない。
「あの、モーリンさんも入るんですか?」
そう、気づけばエンジェル・モーリンも天使の衣装を脱ぎ去り、タオル姿になっていた。
「もっちろーん、ご新規さんには入り方をしっかりレクチャーしなきゃね」
ハイテンションは相変わらずに、私たちを促す。脱衣場から扉をくぐると、シャワーが並んでいるけど浴槽がない、浴場…があった。その奥には魔法陣――転移ポータル――が設置してある。
「まずはここで、体を洗って、そのあとあの魔方陣に乗れば、みんなの憧れ空中大浴場だよ」
と言って私たちをシャワーのもとに連れて行く。体や髪を洗い、全員がそれらを終えるのを待って魔法陣の前に立つ。
「では、行っくよー!!」
「「わぁっ!!」」
行くよの合図とともに私とメルサさんは背中を押され転移ポータルに突っ込まされる。一瞬視界が真っ白になり浮遊するような妙な感覚に包まれ、気づいたらそこに地面があった。
「痛っ」
私は着地に失敗し膝を打ってしまった。私たちが到着した後すぐエンジェル・モーリンもやってきた。
「どうかなぁ~? この眺めは」
そういわれて顔を上げると大きな浴槽があり、そこで先客の女性達が湯に浸かっている。その先には夜空が広がり、私は別の方向に顔を向ける、そこにも夜空が、ぐるっと一周見回すけど、話に聞いていた通り壁はなく夜空と区切りになるような何かすらも感じさせず、さながら宙に浮かぶ浴場に来てしまったような感覚に陥る景色がそこにあった。
落ちてしまわないか、試しに床が途切れるところまで歩いていく、
「痛っ」
「…なにやってんのあんた」
透明な壁があるらしい。足を踏み外して落下、ということがない安心感は大事。
「ナギさん、お湯に浸かりましょう!」
「あ、うん」
興奮しっぱなしのメルサさんに促され浴槽に入る。そして二人で壁際まで行き、景色を見る。
「きれいですね」
さっきの興奮はどこへ行ったのかというくらい今度はうっとりした雰囲気でメルサさんが感想を漏らす。
夜のエイローの街は百万ドルの夜景が楽しめるようなものじゃない。でもホテル街から少し離れたところに位置する浴場の真上からだと、そのホテル街の明かりを中心に徐々に明かりが薄くなることで光の花が咲いているようにも見える。
「あれがヘルオアヘブンですね、あっ」
少し移動して違う方向を眺めていたメルサさんは何かに気づいたようだ。私もメルサさんの視線の先を追い、ヘルオアヘブンを見つける、そしてホテルの上にはウサギのマークのライトアップが施されていた。
「あ、気づいちゃいました~? でもあれ現在準備中の『プライベートシャングリラ』からだと♡に見えるように仕掛けがしてあるんですよ」
「へぇ、そうなんですか」
「なんかカップル向けですね」
「エイローのデートスポット企画だからね」
「ん? それって男女でってことですか?」
「そうだよ『プライベートシャングリラ』は男女関係なく最大六名、つまり1PTが入れるようにするつもりだよ」
え!? 男女一緒!?
私はその言葉に耳を疑った。脱衣場ではタオルは巻かれているけど、浴場に入った途端そのタオルは消える。もちろん湯気による視覚阻害で隠すところは隠れている。とはいえそれが異性相手だと隠れていれば問題ないということにはならないはず。
「隠れるところは隠れていても異性には見られたくないって思ったでしょ?」
エンジェル・モーリンは私の様子で私が考えていることが分かったらしい。私はそれに頷く。
「あ~そうだね、とりあえず海のあるエリアと街が実装される予定で、元々イベントはそこで行われるはずだったんだけど…」
エンジェル・モーリンの話によるとそのエリアが最終段階でうまくいかず実装の延期が決まり、わざわざ特別サーバーを設置してまで、先行お披露目という形でエイローでイベントが行われることになったらしい。
そして海が実装されるとばれてはいけないということで、水着の配布とその種類の装備の実装が先送りにされ、基本的に水着で入浴させる予定だった『プライベートシャングリラ』はイベント期間中は封印ということになったらしい。
「あっ、もちろん裸入浴でも問題はないんだけどねー、でもゲームだとかイベントの事情とかメンバーズカードの仕様とか考えたらここに来る男女が恋人とは限らないし、だけど仲のいい男女なら水着でワイワイするのは問題ないと思うし」
夜景を見ながら水着でワイワイできるかな。と少し疑問に思いながらも、あくまでここは欲望の街、気になる異性と夜景を見ながら一時の幸せを感じたり、口説いてみたりってことだろうと無理やり理解する。
そして、ここまで運営の内部事情に詳しいエンジェル・モーリンはおそらくバニー・バーン同様『スタッフ』だろうといことを確信する。「バニードール」の次にランクの高いカードが必要な場所を任されているということはバニー・バーンの右腕にあたる人なのかもしれない。
なんてったってあのバニー・バーンを「オバサン」といった人だもの…。うん、違った意味で敵に回してはいけない人な気がしてきた。
「なんかのぼせてきました、ナギさんあがりませんか?」
変なことを考えていた私をメルサさんが現実(?)に引き戻す。
「そうですね、あがりましょう」
まだメルサさんを案内しなければならない場所があるんだもの。
エンジェル・モーリンも一緒にさっきやってきた転移ポータルを踏み、シャワーが並ぶ浴場、脱衣場。そしてロビーへと向かい、
「…無料じゃないんですね」
「そりゃ、まあね」
私の言葉にエンジェル・モーリンは無表情で答える。営業スマイルと営業テンション、いざお金を支払う時のテンションの違いに私は少し恐怖を感じた。
シャングリラナイトのお値段はそこまで高くなく、バニードールのメンバーズカードがあれば無料になる。私が気にしているのは、メルサさんだけ有料になるということだ。
「ナギさん、気にしなくていいですよ、私が自分で言い出したんですから」
メルサさんは気にする様子もなく話してくれる。もし私がバニードールのカードがあれば無料になるとわかっていれば先にあっちで紹介を済ませて来たのに、ちょっと後悔。
「まぁ、他の設備を使わなかった分問題ないんじゃない? そういうのも使ってたら余計にお金を払うことになるし」
エンジェル・モーリンはフォローなのか、もしそうだったらというホラーなのか、そんなことを言ってくる。
あんまり申し訳ないと思い続けるのもメルサさんに悪いと思い、気持ちを切り替えて「エンジェルプレイス」を後にする。
地下通路に戻り、突き当りを右に曲がる。そしてあとは道に沿って歩いていく。そこには見慣れたドアと、その横に一人の男性が立っている。
「やっと、やっと『バニードール』に行けるんですね」
メルサさんが目に涙を浮かべながら震える声で漏らす。『エンジェルプレイス』の時とは全く様子が違う。
エイロー出身で特にお金持ちというわけではない彼女がどれくらい苦労してここまでこぎつけてきたのかは知らない。だからこそ、この街の人間にとって『バニードール』に出入りできるというステータスがどれほどのものなのか、それを感じさせるくらいメルサさんは感動していた。
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NAME:ナギ
【投擲】Lv30【STR上昇】Lv13【幸運】Lv26【SPD上昇】Lv2【言語学】Lv32【視力】Lv23【】【】【】【】
SP28
称号 ゴブリン族の友 恋に惑わされる者




