番外編:聖樹
ナギ達がイベントを楽しんでいる頃、元のサーバーではイベントに参加しなかった者たちによる集会が行われていた。
第四の街ルージュナ、大樹が見守るその街は緑で覆われ、日中の明るさは木漏れ日によるささやかな日の光がほとんどであり、街全体が緑色に輝くかのような景色である。
ルージュナの西には結界で守られた森があり、その奥にダンジョンである「聖樹」が存在する。結界のために森へ入ることはできないが、唯一ルージュナの西門からならば森に入ることができる。しかし現在その西門にも結界が張られており誰一人として入ることができなくなっていた。
そしてその結界はかつてルージュナと交易のあったゴブリンの魔道士たちによって張られたものであり、解除するためにはゴブリンの力が必要なのだ。しかしルージュナとの確執が結果的にゴブリン族と人間とが敵対する要因となったことでもあるためか、ルージュナの情報を持ってきたのはゴブリン達だが、現在ルージュナにゴブリンの商人等は足を運んでいない。
ルージュナ側は「聖樹」の開放に乗り気ではあるが、ゴブリン側が結界解除の要請を拒否している。
「聖樹」へ行くためにはルージュナとゴブリン王国とを仲直りさせる必要があり、プレイヤー達が仲介して仲直りさせることになった。
今行われている集会はそのための作戦会議である。
「現在の状況を報告してくれたまえ」
蒼い軽鎧に身を包んだ男が切り出す。もちろん普段はこのような言い方ではないのだが、ロールプレイ感覚である。彼はこの作戦会議における議長の役割をしている。
「思ったより難しそうね」
あまり豪華ではないドレスを着た、長い髪の女性が答える。
「向こうは何か要求してきたか?」
向こうとはここにおいてはゴブリン王国、というよりもその王のことである。
「交渉に乗るつもりはない、と」
「バッサリだな」
二人のやり取りを聞いていた参加者の面々も口々に意見を言うのであった。これまで数回の交渉を行ったが、そのほとんどが門前払いのように一言二言で終わるため、交渉とすら呼べない状況であった。
そのような状況もあってゴブリン側の要求がなんなのかを聞くこともできず、ルージュナ側に何かを求めようにもそれすらできないのだ。
「静かに! …で、他には何かなかったのか?」
「要求としては、使者をよこすな、ってのがあったな」
ローブを着た男が答える。
「その要求はのめないな」
要求がのめないのはルージュナではなくプレイヤーが、であるが、っと議長は心の中でつぶやく。
「一応向こうも心を開いてくれてると思うんだけど…今回は今までで一番会話が弾んだもの、今までは要件を話せ、話したら帰れって感じだったから」
「ああ、でも段々要件以外の世間話程度は普通にしてくれるようにはなった」
交渉役の二人の言葉に参加者がどよめく。彼らからしてみればあと一押しではないのか? という考えが出てくる。しかし交渉役の二人からしてみればあの現場がそんな簡単なものではないという気持ちである。
「使者をよこすなってことは、交渉事抜きなら歓迎してくれてるって考えるべきか、仲良くなってるのはうれしいが最悪の形ではあるな…」
交渉はしたいが、せっかくできてきた仲をまた壊すのは賢明とはいえない。今の仲を壊さずに交渉するとなればその難易度は高いものとなるだろう。
「他にはルージュナとの確執は共闘のときの紫色の騎士達が原因みたいだったな」
「ゴブリンが仲良くするのを止めたのに聞かず、最終的に占領されてしまったとか」
「そうか…だからゴブリン達が結界を張ったってことか」
しかし今更それが分かったところでどうしようもない。
「あのぉ」
一人の男が手を挙げた。生産と戦闘を両立できる数少ないプレイヤーだ。
「どうした」
議長がすぐさま切り返す。
「ゴブリン達に話を聞いてみたんですけど」
彼は生産の方で活動しているとき、たまたまゴブリンの商人と知り合いになった。通訳があって話ができる、という感じだがその際にゴブリン王国とルージュナを仲直りさせる交渉がうまくいってないことを相談していたのだ。
「どうやらゴブリン王国に言うことを聞かせられるかもしれない人がいるらしいです」
「なんだと!?」
会場の全員がその報告に驚く。そんな人間がいるならば何故交渉に参加しないのか、とか今までの苦労はなんだったんだ、とかの感情が入り混じり、驚いてもざわつくことはなく、彼の言葉に耳を傾ける。
「ゴブリン王国は強き者とその仲間に感謝しているそうです、そしてその褒美をまだ渡していないんだとか」
「強き者? 感謝ってなんだ?」
交渉役のローブの男が問いかける。
「共闘の時にゴブリンと一緒に戦ってくれたとか、人間との国交再開に貢献してくれたとかで感謝しているみたいです」
人間と敵対しているときはゴブリン側も当然被害があり、元々は友好関係のあった種族相手だったため心が痛かったらしい、と続ける。
「強き者っていうのはよくわかりませんが…」
「そいつの頼みなら結界解除ぐらいは譲歩してもらえるかもしれない、と」
ゴブリン達にとってルージュナ以外の人間の頼みでその人間たちが変なことをしないのならルージュナの西門の結界を解除してもなんら問題はない。しかし、結界を解除するためにはルージュナの街に入らなければならず、それを彼らは拒否している。
プレイヤーにとってルージュナとゴブリンが仲良くならなくても、結界さえ解除してもらえるのであればそれでいい。事実西門に関してルージュナは何の権限も持っていないのである。
「とりあえず強き者が誰かを探すことと、その人の頼みならどうなるか交渉役は話をしておいてくれ」
「「了解」」
これでひとまず集会は終了した。
――後日。
「では、交渉役、報告を頼む」
議長が集会を始めるとともに交渉役に状況報告を促す。
「まず、強き者の褒美としてならば頼みを聞くことは構わない、とのことです」
髪の長い女性が淡々と口にする。しかし参加者からは「おおぉ!」という興奮した声が上がる。
「静かに、次に強き者の情報について、誰か」
議長が話の続きを促す。
「ゴブリン達に強き者と聞いてピンとくる人は誰か尋ねてみたところ、ナギ様と答えてました」
参加者はどよめく。
「ナギ様? で、そいつはNPCか?」
「さあ? そればっかりは」
「プレイヤーかもしれないからな…とりあえずイベントが終わるまではどうにもできそうにないな」
議長の言葉に会場は静かになるのであった。
ここにいる者たちはイベントに不参加だったものかイベントから死に戻ってきた者しかいない。彼らにとって今回のイベントとは忌々しい存在であり、イベントの期間中は北の開拓で気を紛らわそうとしていただけに、イベントの壁に阻まれてそれすらも停滞せざるを得ないというのは彼らの心の傷をさらにえぐることなるのであった。
「まぁ俺達でもどうにかできるかもしれないからが、頑張ろうぜ?」
一人の勇者の声を聞いた者が果たしてどれだけいただろうか。
【猛者の証】を持ってるから強き者です。




