心酔
「うへ、うへへへへ」
ふと気が付くと私はジェットさんの腕の中にいた。ジェットさんは座っていて、私はジェットさんの腰に手を回し体を預け倒れこむような体勢…私がジェットさんを押し倒したようにも見える体勢になっていた。
ジェットさんの顔はにやけ顔で目はどこを見ているのかやや上の方に向いている。ジェットさんのそん顔がふと気づくと目の前にあった、というのはある種のホラーだ。
「…えっと」
状況がよく理解できない。前にもこんなことがあった気がする、確か「バトルハッピー」になった時…というより「バトルハッピー」が解けた後の感覚。
そういえばキノミンエイローが頭に当たると精神系の状態異常になると言っていた気がする。てっきりキノミンに気づかず落下攻撃を頭に受けてしまったときのことだと思っていたけど、味方の攻撃でも発動してしまうのだろうか。
っと考えるのは後にしてどうにかしないと。
「えっと、ジェットさん大丈夫ですか?」
――返事がない、ただの屍のようだ。
「あっマネージャー正気に戻ったんすね」
後ろから声が聞こえる、つい数時間前に聞いた声、そしてマネージャーと呼ぶのは現在一人しか知らない。
テツさんだ。午前中は練習用のユニフォームという感じだった装備が試合用のユニフォームに変わっている。背中にはゼッケンもついており、そこの番号は言うまでもなく「1」だった。
「どうしてテツさんが?」
「色々あるっす、ちょっとみんなを呼ぶから座って待ってるといいっすよ」
テツさんは何やら操作し始めた。おそらく誰かにコールを送っているんだと思う。私はそれを見ながらジェットさんから体を離す、その時ジェットさんに結構な力で抱き着いていたことに気づいた。
冷静になってあたりを見回すと先ほどまでと変わらない景色で、場所は動いてないことが分かった。
「ナギちゃん、正気に戻ったの? いやぁ、ナギちゃんがジェットに抱き着いてるのを見たときはびっくりしたよ」
スカイさんが戻ってきて、私を見るなりそういった。そのあとホムラと…エースさんも来ていた。
「えっと…何があったんですか? っていうか私どうなってました?」
「魅了系の状態異常の【心酔】状態になっていた」
エースさんが淡々と話す。精神系と言われる状態異常の一つ「魅了」、その3段階目の【心酔】状態になっていたらしい。
魅了は、【釘づけ】【親衛隊】【心酔】【骨抜き】…のように段階が進んでいくらしく、釘づけはそのまま見とれて動けなくなり、親衛隊は「魅了」をかけてきた相手と敵対する奴に攻撃を仕掛ける、心酔は攻撃力が大幅に下がりどれだけ拒絶されようと抱き着くために近づいてくる、骨抜きは防御力が大幅に下がり無抵抗な状態になってしまう。
釘づけや親衛隊はダメージを受けたりすれば割と簡単に解けてしまうらしいけど、心酔からはなかなか解けづらくなり時間経過を待つか、状態異常を治す技や魔法が必要らしい。
原因はおそらくジェットさんが投げたキノミンで、ジェットさんが投げたことによってジェットさんの攻撃として認められたため、
「私がジェットさんに抱き着いた…と?」
気が付いた時のことを思い出しながら言う。スカイさんは苦笑いし、ホムラは少し顔をそむけた。…嫌な予感がする。
「俺が来た時には頬ずりしてたけどな」
エースさんが何食わぬ顔で発言する。そんな姿を見られたと思うと全身が熱くなってくる、きっと顔は真っ赤だと思う。一体私はジェットさんにどんなことをしていたんだろうという焦りも出てくる。
「で、ででででも、プレイヤーからの攻撃は一応感じてもダメージにならないんじゃ、そ、それと状態異常はまた別なんですか!?」
慌てて言ったせいでところどころ詰まってしまった。
「マスクデータ的な何かの影響か、イベント限定のハプニングととらえるべき現象かもな」
エースさんによると、プレイヤーの攻撃では一切のダメージを受けることも悪い状態異常にかかることもないはずとのこと。だから、魅了系は悪い状態異常とデータで位置付けられていないのかもしれないそうだ。
「そういえばどうしてエースさん達はここに?」
これ以上踏み込みたくはないけど、私が知らないうちに何が起こったのかできるだけ把握しておきたい。
「えっと、最初はジェットも意識があってね、俺たちに、『ナギちゃんがおかしい、何かの状態異常かもしれんからエースを呼べ!』ってコールが来たからエースさんを呼んで俺達もナギちゃんたちのところに向かったんだけど…」
最後はニヤつきそうな顔を隠すように口元に手を当てるスカイさん。私はニヤついているのをばっちり目にするけど恥ずかしさのあまり反撃できなかった。スカイさん達がたどり着いた時にはジェットさんはあんな状態だったらしい。
「俺達もビッグシードをちょうど倒したところだったからすぐにこっちに来れた」
エースさんの言葉に、午前中ボスと戦って午後からもボスと戦うってすごいなぁ、と現実逃避し始める私。実際エースさん達は簡単なことのように言うけど、どれくらいボスを倒したのだろうか。
結局エースさんの観察眼で私の状態が【心酔】であると分かると同時に、手の施しようがないことが分かり、時間経過を待つことにしたらしい。
それで街に連れて戻ろうにもジェットさんはあんな状態だし、私の記憶がないうちに二人の姿を他のプレイヤーに見せるのはだめだろうということで、近くのプレイヤーを追い払いつつこの場にテツさんを残しクエストを続けてたとのこと。
「で、触れたくないんですけどあれは…?」
そういって私は視線をジェットさんへと向ける。
「あれか、システム外の精神系状態異常だ、ステータス的には至って健全だがもうだめかもな」
エースさんは淡々と話す。ふざけて言っているのか本気で言っているのかよくわからないくらい真顔だ。
「まあ俺も現実の方で様子見るから」
「え、ジェットさんとスカイさんって現実での知り合いなんですか!?」
「まあね、幼稚園ぐらいからの付き合いになるかな」
思わぬところで二人の関係を知ってしまう。知ったところで意味はないけど。
「クエストの方はどうなってる? 俺たちは目的の物を手に入れているが」
ホムラがクエストの話をしてくる。どうやら一連の事件の話はこれ以上は特にないということらしい。もしかしたら私のために話を変えてくれたのかもしれないけど。
「私もジェットさんも手に入れてると思う、きたぁ、と叫んでたし」
そしてそのあとキノミンを投げてきたことも教えておいた。
こうしてジェットさんはあのままスカイさんに肩を担がれ、私たちは街に戻った。クエスト完了手続きには私とホムラの二人だけで、スカイさん達は後日ということで途中で別れた。エースさん達も用事があるらしく街に帰ってくるとすぐにどこかへ消えていった。
「明日は別にログインしなくてもいいからな、俺も用事があるから午後からしかログインできないから」
ホムラが私を気遣ってくれる。
「大丈夫」
私は笑顔で返しておいた。正直言うとジェットさんに会うのが辛いというだけで特に心に傷はない。恥ずかしいであろう姿も一応知り合いにしか見られてない。
「そうか……あと、時間がかかってもいいから、ジェットとこのまま縁を切るなんてことはするなよ」
そういって私の頭をポンとする。そのホムラの優しい声には何かほかに言いたいことが含まれているような気がした。
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NAME:ナギ
【投擲】Lv30【STR上昇】Lv11【幸運】Lv26【SPD補正】Lv30【言語学】Lv32【視力】Lv23【】【】【】【】
SP32
称号 ゴブリン族の友 恋に惑わされる者




