エイロー二日目:メンバーズカード
白い布をマットの上に広げ、しわがないように伸ばしていく、マットからはみ出た分はマットの下に潜り込ませ…足りない! 左側がわずかに足りずマットの下に潜り込まない、仕方ない、少し引っ張れば何とか――
――なった。
「ナギさん、またですかぁ!? しわができていますよ」
「頑張ってもしわはできるものです」
「このしわのでき方はいけないものです!」
私は今、ベッドのシーツの付け替えをしています。そして同僚のNPC、メルサさんに怒られています。
なぜこのようなことをしているのかというと、大きな建物――ホテル・ヘルオアヘブンというらしい――で何か困ってることや頼み事はないか尋ねたところ手伝ってほしいと言われたためで、つまり隠しクエスト中ということだ。
手伝うにあたりこのホテルの女性スタッフの制服であるメイド服を着て行動している。NPCしかいないホテルで、そのNPCとも滅多に遭遇しないとはいえ正直恥ずかしい。メイド服はパッとイメージするメイド服の黒い部分を水色にしたもの。
女性スタッフが担当するのは主に掃除や洗濯で、私の担当は二階の部屋の掃除やベッドのシーツ・枕カバーの付け替えなど。二階の部屋は三階の部屋より狭いため二人一組で回る。その相手が先ほどのメルサさんだ。
「これで何度目ですか? 掃除を任せたら雑ですし、枕カバーの方も…」
「すいません」
ちなみに6回目、その都度メルサさんが代わりにやってくれる、手伝っているというよりは足を引っ張っているという方が正しい気もする。
メルサさんは口をへの字にして怒った表情で私を見ている。メルサさんの見た目は、幼さが残る顔で年は私と同じくらいに見える、茶髪で、その髪を頭の後ろで団子にし布を被せている。雰囲気は妹系でも、言いたいことははっきり言うタイプのようだ。
「まったく、ホムラさんはしっかり仕事をしていますよ?」
ちなみに男性スタッフは受付や部屋案内に荷物運びなど、しかしホムラのメインの仕事は薪割り。
一通り担当の部屋を回り終わり、スタッフルームへ向かう途中メルサさんが話しかけてくる。
「――それにしても珍しいですね」
「珍しい? …ですか?」
「ナギさん達は『バニードール』のメンバーズカードをお持ちなのでしょう? そんな方がホテルのスタッフの手伝いをするなんて珍しいですよ」
バニードール? と思ってイベントリで確認する。
【メンバーズカード:バニードール】
特殊アイテム
エイローにあるバー「バニードール」のメンバーズカード。選ばれし者しか持つことができない代物で、様々な特典がある。
これってそんなにすごいものだろうか? そう思いメルサさんに聞いてみる。
「ええっ!? バニードールといえばエイロー中の人々が一度は行きたいと憧れるバーですよ!?」
メルサさん曰くバニードールのメンバーズカードはただ金持ちだからと手に入る代物ではなく、エイロー中の店や人の紹介の行き着く先で手に入るものらしく、エイローに訪れる人のほとんどがこのバニードールのメンバーズカードを手に入れることを目的としているとのこと。
そして、エイローではそのメンバーズカードを持っていることは最高のステータスだとか。
あまりに手に入らないことから、そんなものはないとかいう都市伝説もあるとのこと。
価値もわからないような私がどうやって手に入れたのか、目をキラキラさせながら聞いてくるメルサさんに、慌ててそのバーの責任者さんに直接認められたと嘘をついた。それを聞いてうらやましそうな顔をした後、メルサさんは私の耳元に顔を寄せひそひそと話す。
「でもここだけの話、私知ってるんですよ」
さらに一度周りを見渡し誰もいないことを確認する。
「このホテルの地下からバニードールに行けること、でも私メンバーズカード持ってないんですよね…、行けるのに入れないなんて……」
少し残念そうな顔をしながら、ナギさんはいいなぁ、と言っていた。そんな話を聞きながら私は気になったことを聞いてみる。
「メンバーズカードって他にもあるんですか?」
「もちろんですよ、このホテルにもメンバーズカードがありますよ」
メンバーズカードにはランクがあるらしく、低いランクのカードの店を贔屓にしたりするとその店でランクの高いカードをもらえるらしい。そしてランクが高い店に行ってまた上のランクのカードをもらって…を繰り替えしていくとのこと。ランクが高いと下のランクの特典も有効で、例えばこのホテルのメンバーズカードがあると下のランクのカードで入店できる店に入ることも可能。
ちなみにこのホテルのメンバーズカードのランクは上から四番目で、一番上はもちろんバニードールとのこと。
「四番目ってことはこのホテルにいる人って結構格が上なんですね」
「そうでもありませんよ、このホテルのメンバーズカードまでは割と簡単に入手できますからね、低いランクの店で上のランクのカードがもらえるのはここまでで、その上は直接現地に赴かないともらえないんです」
このホテルのカードはこのホテルに入ることと宿泊することはできてもカジノには入場できないとか。なぜならホテルの上のランクがカジノだから。
そしてカジノのカードを手に入れるためにはカジノ以上のカードを持っている人から直接カジノに紹介してもらうことが必要らしい。それだけ聞けば割と簡単に思えるけど、知り合いにカジノのカードを持っている人がいなければ、その人と知り合い、仲良くならなければならないためハードルが一気に上がるようだ。
「そして、その上は都市伝説…」
先ほどまで目がきらきらしていたのに、最後の最後でメルサさんはしょんぼりした。
「上の部屋に泊まってる人はランクの高いカードを持ってるってことですか?」
なんとか話をそらそうと思ったけど結局自分の気になったことを聞いてしまった。
「カードがあると値引きできたりするのでそういう人もいるかもしれませんが、単純にお金持ちなだけかと思います」
メルサさんは調子を取り戻したかのように話す。
スタッフルームに着き、しばらく休憩してよいと言われたので休憩しながら話を続ける。
「あっそういえばこのホテルの四階にも部屋があるんですけど、四階へ行く階段はなくて別の宿のポータルを使わなければいけないんですよ」
それは昨日、バーンさんから聞いたことだ。しかしあえて、私そこに泊まってます、とは言わない。メルサさんによればその宿のスタッフルームとこのホテルのスタッフルームをつなぐポータルがあって、その宿の管理は選ばれたスタッフだけしかできないらしい。
現在四階の使われている部分は狭く、それ以外のスペースは準備中で何になるかは偉い人しかわからないとか。
偉い人? と聞くと
「オーナーですね、このホテルのオーナーはバニードールのオーナーでもあるんですよ、だから私もワンチャンスあるかもと思ってこのホテルのスタッフやってるんです」
メルサさんのホテルで働く動機を思わぬところで知ってしまった。
この街のそんなところのオーナーといえば、運営が用意した中身が人間の『スタッフ』しか思い浮かばない。そして『スタッフ』といえば昨日の恐ろしいバニーガールの姿が…。
「オーナーって誰ですか?」
まさかと思いながら一応聞いてみる。
「バニー・バーン様です」
メルサさんは輝かしいほどの笑顔で答えた。きっと彼女にはものすごく素敵な人としてインプットされているのだろう。
ってことは憧れの「バニードール」は私たちの宿の地下にあるあのお店!?
昨日のバーンさんの話と合わせるとこのホテルがNPCしか泊まれないNPCにとっての最高級。ならば私たちの宿はプレイヤーにとって最高級ということなのだろうか。
気になることが増えてしまったと同時にまたあの人と会わなければ知ることはできないのかとがっくりした。
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NAME:ナギ
【投擲】Lv28【STR上昇】Lv3【幸運】Lv19【SPD補正】Lv22【言語学】Lv32【視力】Lv13【】【】【】【】
SP21
称号 ゴブリン族の友




