番外編:修学旅行中
「ふむ、中々いい感じ」
「だろ? なんてったって俺はリアルでのクゥちゃんの動きを熟知してぐふ!」
殴られた。ダメージは受けないが痛みは感じる。大分やわらげられているとしても、だ。
このバイオレンスな彼女はどうやら今日は普段一緒の友達がいなくて暇だ、ということで俺と一緒に狩りをしてくれることになったわけだが俺としてはうれしい限りだ。
このゲームでは俺は弟子みたいなものなので師匠の動きの分析は至極当然の事――現実で被害を受けているとも言う――だ。その動きに合わせて矢を射るのが俺のお役目よ。
上達っぷりを披露するため少し調子に乗ったら一撃をもらったって寸法よ。
「…今頃現地についてるかもな」
「は?」
ということでごまかすために話を変える。するときょとんとした表情をされた。普段はこういうことを言うと睨まれるので新鮮度が高く思わずドキッとした。
「は? って修学旅行なんだろ? ナギさん…だっけかクゥタンの友達」
「なんで知ってるの!? 長髪メガネ…まさか!」
「ちょっと待ったちょっと待った! 変な疑惑をかけるなよ!」
思わずドキッとさせられたお礼にクゥタンと呼んだことはスルーされて、より――俺の身が――危険な方に話が進みそうなので止める。
「時期とか、数日一緒に狩ろうとかクゥちゃんがデレる理由を考えたら修学旅行ぐらいしかないだろ」
「デレてない!」
「で、間違ってる?」
「あってる」
どうやらあってたらしい。だがこれでこの数日間は「クゥちゃん」を独占状態だ!
「他に何かほしい素材とかある?」
「クゥちゃんの気持ちかな」
「それ実装されてない」
全く運営は仕事しないな。と冗談はさておき。
「そうだな、夢見の王国のドラゴン素材とか気になるかな、でもそれは二人じゃ厳しいよなぁ」
「じゃあ人呼べばいいじゃん、ちょっと待ってて」
「いいよ呼ばなくて! その素材使うと装備の性能がいいらしいからな、装備に頼らず実力をつけるためにもう少し後でも問題ない、ということで…」
と適当な狩場をリクエストする。危うくデートがデートでなくなるところだった。
狩りで躍動するクゥちゃんの後姿を眺めながら俺はそのサポートに徹した。でもあんまりデートの実感はわかなかった。
主な理由はあれだ。彼女の後姿は毛皮で覆われ肝心の本人部分がよく見えない……。誰だ、あんな装備作った奴は。
―――――――――――
朝、目が覚める。昨日は就寝時刻を守ることができなかった。続々と起きる面々をぼーっと眺めながら体が目を覚ますのを待った。
「おはよう、舞浜」
「おはよ」
同じ部屋の奴が俺を見て言葉を発すれば、重たい瞼を一生懸命持ち上げながら俺も返事をする。そいつはそのまま部屋のトイレへと向かって行った。だがそこには。
「まじかよ!」
先客がいる。一番に起きた奴で、俺もそいつがトイレに入る音で目が覚めた。あれから割と時間が経っているので…これ以上は言うまい。
昨日の夜就寝時刻を守れなかったのは主に「女子の誰がかわいいと思うか、誰が好きか」という定番の話をしたまでだ。彼女持ちがいたのでそいつが口撃されることが多かった。…まさか!
「昨日の仕返しにトイレ占領してんじゃねぇ! いや、まじ開けてください漏れそうです!」
俺が一つの可能性に思い当たるころ、同じ結論に至ったらしいさっき挨拶をくれた奴は必死にトイレのドアを叩いていた。
「ちょ、待て! すぐ終わるから落ち着け!」
トイレの中から声が聞こえる。別に仕返しというわけではなさそうだ。
「朝っぱらから元気だな」
「でも今からテンション上げておかねぇと、これからスキーだぜ?」
俺と同じようにまだ完全に覚醒してない奴の言葉に徐々に体が目覚めてきた俺は言う。
「そうだな、松木さんに格好いいところ見せなきゃだもんな、お前は」
「ちょっ! 急に来るのかよ!」
く、ここには味方はいないのかもしれない。
それぞれ準備して、朝食の集合時間10分ぐらい前に集合場所へと同じ部屋の全員で向かう。
クラス別、男女別に配置された席について朝食を食べた後、先生から今日のスケジュールのことが説明され、次にインストラクターの代表者(?)さんへの挨拶。スキー靴の履き方をレクチャーされた後順番にスキー靴置き場に行く。
そこでスキー板もストックも受け取って持っていく。
担当のインストラクターの方の前に班で集合する。大体人数は二部屋分だ。
「「「よろしくお願いします!」」」
ときちんと挨拶をしてインストラクターさんの話に耳を傾ける。滑り方や止まり方の説明を受けた後、早速ということでリフトに乗る。
これが想像以上に
「怖っ!」
「思ったより高いとこ通るんだな」
体が硬くなる俺の横にいる奴は案外余裕そうだ。
「お前余裕だな!」
「高いところ苦手じゃないし…てかお前そういう姿してると松木さんから嫌われるぞ」
「それを言えば俺が言うこときくと思ってるんだろ!」
「あらばれた?」
やっぱりそうか! どことなくクラスの男子のほとんどがそういう空気になっている気がしてたんだ。
そうは思っても好きな人の名前を出されるとどうしても平然とした姿になってしまう。
その日のうちにそこそこ滑られるようにはなった。これで格好悪い姿を見られることはないだろう。
男子の浴場と女子の浴場は階が同じで、入浴時間もクラスごとに割り振られていた。当然それらの浴場は貸切。そのためその周辺や入り口には先生方がきちんと陣取って不届き者がいないかを見張っている。もちろん女湯の前には女性の先生、男湯の前には男の先生だ。
お風呂に向かう際に松木さんと一緒になるかも、と茶化されたが一緒にはならなかった。茶化されているところを見られなくてよかった。
現実での接点はあるに越したことはないが、ゲームではしょっちゅう一緒に行動している。変に気まずくなる方がダメージは大きい。
入浴時間は思いっきり短く、入って少ししたら「もうすぐ出ないと着替えが間に合わなくなるぞ」と先生から催促される。俺は催促されるとさっさと風呂から出て着替えをすませて廊下に出る。同じ部屋の奴がまだ出てないのでそれを待った。
「あ、舞浜君」
唐突に横から天使の声がした。
「な、松木さん!」
思わぬ不意打ちに危うく「ナギさん」と言ってしまいそうになった。
女子も入浴時間がそんなに長い時間とられていないせいか、彼女の髪の毛は乾ききっておらず普段はさらさらと流れるような髪は水気を含んで派閥争いをするかのように同じ方に流れる髪の毛同士でまとまっている。
頬も赤くなっていることなど普段とまた違った姿は一層心に突き刺さり、その姿を記憶に焼きつけようと視線は彼女から離れなかった。
「何やってるの?」
と軽く聞かれたので
「鍵当番待ち、そっちは?」
とこちらも軽く答える。ゲームではよく会話しているんだからこれぐらいは違和感なく話せる…はずだ。
「もう帰るところ、髪乾かしてる暇がなくて…絶対時間短いよね?」
と乾ききらない髪の毛を首に巻いたタオルで優しく拭きながら彼女は言う。もっと荒く髪を扱ってその水気をこちらに飛ばしてほしい、とか変な考えが頭をよぎったけど努めて冷静に話を続ける。
「確かに短い」
「まぁ髪の毛乾かすのは部屋でできるからってちょっとゆっくり入った結果がこれなんだけどね」
と彼女の微笑みにほっこりする。できればこのまま話し続けていたいけど茶化し隊の連中にこれを見られるとどうなるかわからない。
「髪の毛乾かさないと風邪ひくよ」
「そうだね、じゃあまた」
「また」
また、があるのかわからないけど彼女は小走りで去って行った。彼女の姿が見えなくなるのと同時に鍵当番が出てきた。
「遅い」
「鍵持っていけばよかったのに、入る時は部屋の奴全員いるか確認されるけど帰る時はフリーじゃん」
「お前がどこの棚使ったのかわからなかったんだよ」
「じゃあ文句言うなよな、他の奴にはもう言ってあるから部屋に戻るか」
とやりとりしながら二人で部屋に戻っていく。
次回は金曜日の予定です。




