仮面の男
目の前には馬に乗る男。顔は仮面で隠れている。その仮面は白い、鼻のあたりには赤い丸。目のあたりは十字のようになっていて、横棒はやや曲線を描き笑っているようにも見える。口元を見れば、その仮面に描かれた顔が笑顔であることがうかがえる。ただし、目の下に一滴の黒い涙が落ちている。
笑っているのに泣いている……ピエロの顔だった。
服装はレザースーツのようで、体にぴったりとフィットしている感がある。手元も手袋をしている。そして何より先ほどまでの紫色の騎士と違い、全身が黒で覆われていた。騎乗している馬も黒だ。
得物は棒の先に刃がついているもので。その刃は曲線を描いているが、得物の形のイメージとしてはYに近いだろうか。
「ヒヒヒ」
「シシシ」
不気味な笑い声を発しながら得物を振り回す。その動作は素早い。
私たちとゴブリン部隊は仮面の男と正面で対面する形になって、しばらく戦っていた。
ダメージが入れば頭上にHPバーが出てくる。普通に攻撃しても仮面の男の頭上からはHPバーが出てくるため、ダメージは与えられているみたいだ。
「減ってるのか?」
ジェットさんが呟く。先ほどからHPバーは頭上に表示されるが、減っている気配がない。相当HPが高いことを意味しているのかもしれない。
「ヒヒヒ」
ふとした瞬間だった。仮面の男の得物がゴブリンの首を刎ねた…。その瞬間場が静まる。
「――誰か蘇生薬を使え!」
レフトさんが叫ぶ。それはまさに異様な光景だった。さっきの騎士の時には、ゴブリン達がやられるときは一瞬で消えていった。しかし今、首を刎ねられたゴブリンの肉体は残っている。…それが意味するものは何なのか、ここにいる全員がなんとなく理解する。
「NPCを…殺せるのか……?」
ジェットさんが静かに呟く。確かにレフトさんもとある条件下では死ぬこともあるらしいと言っていた。
「隊列を変えるぞ!」
レフトさんが叫ぶと、今まではボスと思われた騎士とそれ以外にも敵がいたため全体の隊列はバラバラになっていたが、リングさんを中心に盾を持ったゴブリン達が最前線に立つ。進んだエリアででてくるゴブリンはPTを組んで行動しているから単体では大したことないけど厄介だ。と聞いたことがある。そのタンカー役のゴブリン達だろう。
整えたとはいえ、隊列は徐々に後ろに下がっている。死ぬとわかった以上恐怖を覚えるのも仕方がない、死なない私たちとは違う。
膠着状態になってしばらく、幸い首を刎ねられたゴブリンは復活した。蘇生薬はまだプレイヤーは入手できない。レフトさん曰く、一人一つ、と国が支給してくれたとのこと。
「こうなることも織り込み済みか」
ジェットさんが呟くとほとんど同時に、再び奴が動く。得物を振り回すやつの攻撃をゴブリンの「盾」が耐える。
防戦一方となり、しばらくして男が馬を下りての戦闘に切り替えてきた。攻撃役のゴブリンは死を恐れて「盾」より前に出られず、魔法部隊の魔法は当たってもHPバーのゲージに変動がみられない。
「今までのことを考えると、やっぱりあの仮面を壊したらどうなるか気になるな」
防衛戦にかかわる敵には必ず仕掛けがあった。そしてそれはこいつにも当てはまるはず。一向にHPが減る気配がない以上その可能性ははるかに高いように思う。
しかし、動きの速さでガードされてしまう、仮面をめがけて投げても男が得物を風車のように回し弾いていく。魔法部隊の魔法は意に介さず顔を狙えば風車でかき消され、前衛の攻撃部隊は現在機能停止中、そしてゴブリンの中に弓矢や投擲用の武器を構えているやつはいない。
「何とか攪乱したいんだがな」
ジェットさんの呟きを聞いてふと昼の戦闘を思い出す。ジェットさんが使ったアーツ、あのスピードはまさに一瞬だった。あのスピードなら攪乱させずとも反応させずに攻撃できると思った。
「ジェットさん! 昼のアーツを使えば!」
名案だと思った。だけど
「ごめんナギちゃん、あのアーツは今使えないんだ、ちょっとした準備不足で」
特別な武器を使わなければあのスピードがでないということなのか。ジェットさんも戦い方が分かってるからとっておきなくしていけると思ったのかもしれな。私に色々と隠しているところがあるし、あれも私に極力知られたくないことなのかも。
戦い方の方針は決まった。でもただそれだけ、さっきまでのように死に戻り頼りの特攻戦術は使えない。
――ゴブリンだけなら。
しかし私やジェットさんなら問題はない、おそらくデスペナルティを受けると防衛戦中に戦線復帰することはできないだろう。でも、やる。
「私が前に出て隙を作りますので、ジェットさんは仮面を!」
「二人で二手に別れて、左右からのクロスアタックでいこう、俺が武器を持ってる右手側から攻める!」
「「追撃なら任せろ!」」
私とジェットさんの特攻、仮に失敗してもうまくいけばレフトさんたちが身代わりとなって死ななくてすむ。
「行くぞ!」
ジェットさんの叫びとともに一気に「盾」を乗り越え前に出る。そして男の両側から走りながら近づき仮面を狙って投げつける。この際、どちらの攻撃が当たっても仮面さえ割れれば――
躱される、そして得物の刃が私の首元を狙うかのように待ち構える。ぎりぎりのところで足が止まるが、気づいた男は得物を突き出そうとした――
――やばい!!
そう思って目をつぶる。ゲームとはいえ死ぬのは怖い。
「ん?」
そんな声が聞こえて、目を開けると私はまだ生きていた。目の前には仮面の男が立っている。
仮面で表情はうかがえないが少し戸惑った様子の雰囲気を醸し出している。いつの間にか得物がおさめられて…はいないけど刃は私の方を向いていない。
「これはこれは、挨拶が遅れてしまいましたな、フフフフ私はジョーカーが一人――」
「デス・サントラスと申します、以後お見知りおきを」
戸惑いの雰囲気が消えたと思うと唐突にあいさつされてしまった。いまいち状況が呑み込めないでいる。
「えっ?」
丁寧なあいさつに返す言葉がよくわからないし、誰も何もいわず静観している。
「よいのですか? 我々を殲滅なさらねばならないのでしょう?」
男は私に問いかけるように言ってくる。男はNPCであるのは間違いないとして、スーパーゴブリンみたいな何かの「鍵」なのかもしれない。慎重に様子を窺う。
「まぁよくわかってらっしゃらないようなら、いいでしょう」
そういって男は振り向きジェットさんを切る。HPが一瞬のうちに0…にはなってないみたい。しかし追い打ちをかけようとして
「嬢ちゃんしっかりしろ!」
レフトさんの声で我に返る。ちょうどリングさんが男とジェットさんの間に割って入ったところが目に移った。
急いで「盾」の後ろに戻る。
「フフフフ」
少し違う不気味な笑い声とともに左手を上げる、ゴブリン達の下に黒い渦巻くサークルができる。
「何かの魔法か!?」
慌てるゴブリン達を見ながら、私はさっきのことを思い出し、サークルの中心に立った。すると男は魔法を放つことなく左手を下げた。
「多分あいつ、私に攻撃できないんだと思います!」
私は接近戦に持ち込むことにした。もちろん攻撃できないように取り押さえるために。
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NAME:ナギ
【投擲】Lv28【STR補正】Lv23【幸運】Lv19【SPD補正】Lv22【言語学】Lv20【視力】Lv2【】【】【】【】
SP19
称号 ゴブリン族の友




